第1章:発展都市・ニュージョージ

第3話:忍びつつある悪意

 目が痛くなるほど輝く月光が、荒涼とした原野に佇む家を照らしていた。開拓者の家だろう。敷地には納屋、井戸、そして家。豪華とはかけ離れたつくりだが、十分な広さだ。隣には家畜を囲う柵に小屋、こじんまりとした畑が見られる。

 静かな夜だ。

 夜が呼吸するのを忘れてしまったかのように、静まり返っていた。


 その静寂の中を2人の男が馬に乗ってやってきた。月明かりを頼りに、真っ直ぐ家へと歩を進める。馬が荒地を蹴る音がやけに大きく聞こえる。

 敷地に入ると馬を降り、手頃な柱に手綱を結んで家に視線を向けた。

 月明かりに照らされたその男の名はマト・アロ。アメリカ・インディアンで、錆色の体には無数の動物をかたどった入れ墨が施され、首からは病や災いから守って貰える熊の爪のネックレスをかけている。

 厳しい目付きで家を見るも、明かりはどこにも灯っていない。

 

「こりゃ、ダメだな」


 そう言ったのは一緒に来たもう1人。

 彼の名はクリストフ。マトとは違い白人だ。暑い季節にも関わらず毛皮の帽子を被り、全身もさまざまな毛皮を身に付ける大男だった。立派なあご髭を持ち、外見も相まって熊を連想させた。

 視線の先にある柵の中では、家畜が全て死に絶え、干からびている。次いで、井戸で水を汲むが、鼻を近づけすぐに顔を顰めた。

「おまけに、水も腐ってやがるぜ」

 クリストフは、腹立たしげに地面に唾を吐き捨てながら、家のそばへと近づき、肩を並べて見上げる。

「明かりもねぇ。誰も出てこねぇ。人の気配もねぇ……手遅れだろうな」

 その言葉にマトからの返答はない。彼は変わらずに視線を家に向けながら、首に掛けた熊の爪を手で触り、口の中で言葉を転がす。隣のクリストフには、何を言っているのかは理解できないが、おそらくは先住民の祈りの言葉だろう。

 しばらく祈り続けてから、マトはゆっくりと玄関先の階段を上がる。置いていかれるクリストフは、やれやれと首を振りながら後に続いた。

 

 

 家の中は外と異なり、月光が入らない闇だ。

 慎重に歩く2人の手にはすでに武器が握られていた。マトは鉈とトマホークと呼ばれる斧を、クリストフはリボルバーとボウイナイフだ。

 2人以外に動く者の気配はない。

 そして奥のダイニングに辿り着いた時、2人の足が止まった。

 動かない影がいくつかある。

 クリストフはテーブルの上に置かれたランプに火を灯すと、周囲をボンヤリと照らした。

「マジか……」

 明かりでハッキリする影を見て、クリストフの口から思わず漏れた。


 その影は人だった。

 

 外の家畜と同じく干からびており、ミイラのような姿になった人間が、机に突っ伏している。もはや服装でしか老若男女の区別はつかないが、この家に住んでいた家族だろう。ぽっかりと開いた眼窩に、大きく開けた口は苦悶の声を上げそうだ。

 卓上の皿を見ると、和気あいあいといつも通りの食事を摂っていたことが窺える。その日常が一瞬にして崩れ去ったのだ。暴れた様子も、何かに抵抗した様子もない。ただ、食事を摂ろうと席についたまま、ミイラになっている。

「皿が、一つ多いな」

 憐れな一家を見ながらクリストフが呟く。用意された皿の枚数が、死んでいる人数と合わない。

「とんだ客を招いちまったみたいだな。で? ポワカか?」

 周囲を注意深く観察するマトは、その問いには応えずに別の部屋へと行ってしまった。

 ため息を吐いて見送るクリストフだが慣れたものだ。


 大抵、いつもこんな感じだから。

 

 別段、2人は仲がいいから一緒にいるわけではない。

 同じ目的のために、行動を共にしているだけだ。


 それは『ポワカ』と呼ばれる存在を殺すこと。


 ポワカは古くから存在する魔女で、災厄を撒き散らすと言われている。元はアメリカ・インディアンを狩るハンターだったクリストフだが、マトと出会い、ポワカによるものだとされる被害を目の当たりにしたことがきっかけで、一緒に旅をすることになった。

 アメリカ・インディアンへの偏見はまだある。が、ポワカの前では取るに足らない問題だと感じた。人間を殺す暇があれば、魔女を先に葬るべきである、と。

 共に旅を続ける中で、今回のように不可解な死を遂げる民家をいくつも見てきた。まるでハリケーンが通り過ぎた後のように、通った後には死体が転がっている。ただその足跡を辿っているも、未だにポワカの姿は見られない。

 今回もおそらく空振りだろう。家の中に気配が感じられない。

 マトも、少し落胆したような様子で帰ってくる。この家にはすでに何もないことが分かったからだ。


 家の外に出ると、マトは遠くを見つめていた。

 おそらく、この家の惨劇を起こした者が向かったであろう方角。

「あっちには… …確かニュージョージって街があるはずだ」

 マトの考えていることを悟り、クリストフは説明する。

「行ったことはないが、かなりデカい都市だって聞いてる。もしもポワカが行ったとすれば、今までとは比べ物にならんことが起きるだろうな。何にせよ、ヤバくなるってことは分かるぜ」

 マトとクリストフは、月光に照らされながらも先が一切見えない暗闇が支配する方角を睨む。巨大な闇を引き連れた悪意の向かったニュージョージの方角を。

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