プロローグ:ウッズ・クリークの終局
第1話:生き残りの反撃
生き物が死に絶えたかのような夜に、火の灯るランタンを持った男が干からびたトウモロコシ畑をかき分けながら現れる。空には目が痛くなるほど綺麗な月が輝いており、明かりを持たなくても周囲を照らしている。
年の頃は30半ばを超えたあたりか。着ている服は、質素で何の飾りもなく黒で統一されたもの。首から上の神経質そうな白い顔が余計に際立った。首からは、こちらも何の装飾も施されていない簡素な十字架を掛けている。彼は牧師だった。
牧師は足早に歩く。
その先には道にしゃがみ込んでいる大柄な男の影が。
近づくほどにその姿もはっきりしてきた。
ウェスタンハットを被り、頑丈そうなあごには髭、がっしりとした体格に、腰には銃を納めたホルスター、反対側にはハンティング用の小ぶりな手斧(アックス)を掛けている。そして背中にはボーガンを背負う。ハットが月光を遮り表情までは見えないが、その奥で輝く眼光の鋭さは力がこもっていた。
「よう。牧師様。先生はどうだったぁ?」
ウェスタンハットの男は、しわがれたダミ声に乗せて訛りのある口調で訊ねる。
牧師は無言のまま首を横に振ると、男は顔を顰めて舌打ちをした。
男の足元の地面には月光から逃れるように、ムカデや蜘蛛などの虫が塊となって、足跡のように蠢いている。背筋がゾッとする光景に、牧師は息を飲み、ハットの男は唾を吐き捨てて立ち上がる。
そして視線を道の先の家に向けた。今まさに通ってきたトウモロコシ畑を管理していた家だろう。家に明かりは無い。
決して大きくはないがみすぼらしさは感じない二階建ての住宅。元は白かったのだろうが、それが分からないほど外壁の塗装は剥げ、朽ちかけてることが暗がりにも分かる。
男は背を伸ばして、肺にいっぱい空気を吸い込むと、それをゆっくり吐きだす。そしてベルトに手を掛けて家を眺めた。その隣に牧師が肩を並べて立つ。
「牧師様よぉ。あそこが、ねぐらみたいだぁな」
「保安官(シェリフ)。教授の仇を、いえ、みんな仇を討つ時です」
ハットの男(シェリフ)の言葉に、牧師は震える手を、十字架を握りしめることで押さえ付けながら、力強く言った。
シェリフはその言葉を、小馬鹿にするように鼻を鳴らし、牙をむく獣のような笑みを見せる。
牧師の言葉は、言われなくても当たり前のことだから……
ウッズ・クリークという小さな村がある。いや、すでに『あった』と過去形の方がいい。このひと月で、数百いた村人は両手の指で数えられる程度にまで減った。そして先程、さらに1人減ったらしい。
シェリフと牧師もその生き残りだった。
ウッズ・クリークは特出する物があるわけでもない、典型的な片田舎。今年は蝗害で作物に被害が出ており、冬をどう乗り終えようか、などと心配していた。
今にして思えば、それこそが前兆だったのだらう。最初に犬が死んだ。動物が泡を吐いて、次々と死んでいく。そして、人間にも同じようなことが起きる。こんな田舎では、十分な治療ができるわけもなく、村人たちは死んでいった。さらに錯乱した者たちが、他の者を襲い始める。
地獄ような光景だった。
最初にそれに気付いたのは、外の街から来ていた大学教授だ。彼は言った「これは魔女の仕業だ」と。
最初は信じなかった。だが、混乱と恐慌に包まれた中で、あの赤い目の女を見て確信する。
あれは人智を超えた存在だ、と。
それから、魔女との戦いが始まった。次々と命を落とし、武器や知恵をくれた教授も死んだ。残ったのはシェリフと牧師の2人だけ。
今夜が最後になる。
2人の中でそれだけは理解できた。
そしてどちらが合図したわけでもなく、2人は顔の下半分をバンダナや布で隠して歩き出す。
家から目を離さず、さらに周囲も警戒しながらゆっくりと進む。砂利を踏む音がやけに大きく聞こえた。家に近づくほどに感じる違和感。暑さを感じるほどの気温が、一歩ずつ踏み出すごとに下がり、しまいには吐く息が白くなるほどだった。家の脇には大量の虫が塊となって蠢く。おそらく大きさから犬だろう。そして少し離れた所にも、黒く蠢く虫の塊が。ニワトリだろうと判断する。
シェリフは息苦しそうに口元のバンダナをいじると、腰のホルスターから銃を掴む。使い古されたシングルアクションのリボルバーだ。
「そんなもので倒せるなら、とっくに倒せているでしょう?」
シェリフの様子に牧師は、呆れ半分に声を潜めながらたしなめる。それにはシェリフもバツの悪そうな顔をして(バンダナで隠れていたが、おそらくそんな顔をした)、銃を腰に戻してから背負っていたボーガンを取り、矢をつがえる。輝きからして木製ではなく金属、それもおそらくは銀だ。
「すまん。ついクセが出ちまったぁ」
「しっかりしてください。ようやくここまで追い詰めたのですから」
「わぁってるよ。これまでにどんだけの奴らが犠牲になったか。そのツケを払わせてやろぅぜ」
その言葉には隠しようのない怒気が含まれていた。牧師は静かに頷くが、彼も同じ気持ちだ。
2人は玄関には向かわず、まずは家を一周するように液体を撒きながら歩く。そして、最初の位置まで戻ると、シェリフがポケットからマッチを取り出し、火をつけて投げた。その火は撒かれた液体に沿って円を描くように燃える。
「聖なる炎です。教授の説明では、奴の力を弱める効果があるとか」
「こんなもんでぇ本当に効果があんのかぁ? あの先生、肝心なとこが抜けてたからなぁ」
「信じるしかないでしょう」
牧師はベルトに挟んだ祭事などで使う、片手で持てる十字架を持つと、円の中へと入る。
2人が玄関までたどり着く頃には、鼻をつく異臭を感じた。肉の腐る臭いだ。家の中から無数の羽音も聞こえてくる。シェリフが玄関に手を掛けると、扉は抵抗もなく開かれた。
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