あまい死神はjkを辿る。

このしろ

第1話

 近年この洒落た街に、一人の死神が現れたという。そいつの名前も、果ては姿すらまだ誰も見たことがない。唯一情報としてあるのは、その死神は、甘いあんこが好きだということ、だ。


「そうなんだよ、昨夜に娘の財布が盗まれちまってな。大変だったんだぜ? クソ親父が盗んだってずっと叫ぶんだから。こっちはお前のために毎晩遅くまで働いて来てやってるのに、そんな面倒ごとまで持ち込まれたらたまったもんじゃないよ。どうせ娘の財布を盗んだのは例の死神という奴だ。間違いない-」

 Tシャツから毛の生えたお腹をさすりながら、小太りな男は懸命に事を僕に告げた。

 小太りな男は、時々ゲップをしてその度にアルコールの匂いが漂ってくる。

 娘のために心身共に苦労しているというのに、報われないという悲惨な結末がこの男を泥酔の底へ追いやったのだろう。

 僕はメモ用紙にペンを走らせながら、心の中でこの男を労った。

「-それから、他には何かありませんでしたか?」

「何かって言われてもなぁ」

 男は発情してるのかと思わせるくらい顔を赤くし、また喋り出した。

「そういえば娘は必死に叫んでいたな。あの財布の中には大事な物が入っていたとか、なんとか」

「大事なもの、とは?」

「おやきが入っていたとか......」

 財布の中におやきだと? 言い得て妙だ。なぜ財布の中に食べ物を入れる必要がある? あるいはそんな変わった事をするメリットがあるなら教えてほしいものだ。

「娘の名前は?」

「なぜアンタにいう必要がある」

「任務だからです」

「任務だ? アンタはなんだ。警察か? 探偵か? スパイか? あるいは死が-」

「上からの命令です。僕の身分をあなたにいう必要もない。答えないというなら、市販のステーキのタレをあなたのお腹にかけて今日の夕飯にする。それ以外は答えられない」

 僕は帽子を目深にかぶり、男を睨んだ。

 僕の目は赤眼だから、ちょっとやりすぎたかもしれない。

 男は「ひっ!」と怖気付いたように、「あ、アンコだ!」と叫んだ。

「アンコ。それが娘の名前ですか?」

 男は一度頷いてから、その場に崩れ落ちた。アンコ......僕に女の子を襲う趣味はないが、少しだけ美味しそうな名前にちょっとだけよだれが垂れた。


 アンコが学校帰りによく通うという本屋さんのベンチに腰を下ろした。

 夕焼けがこの美しい街を飲み込んでいる。

 すると遠くの方から制服を着た女子二人組がこちらに近づいてきた。

 一人はメガネをかけた、地味な女の子。

 もう一人は華奢で、美人と呼ぶのに過言はないロングヘアの女の子。

 二人は僕の横を通り過ぎ、書店の中へと入っていった。

 彼女のどちらかがアンコだろうか......。

 照らし合わせる情報もないため、やむを得ず彼女たちの跡をついていく。怪しまれない距離をとって。

 少し入り込んだ本棚のところで、二人は止まった。

 僕は本棚の角から彼女たちの行動をゆっくり見張る。店内は静かで耳を澄まさなくとも彼女達の会話は容易に聞き取れた。

「アンコはさぁ、彼氏とうまくやってるの?」

 地味な女の子がニヤニヤと話始めた。

「急にどうしたの? まぁ、うーん、うまくやってるかと言われればビミョーだけど」

「え? もしてかして喧嘩してる?」

「喧嘩なんかしてないけど、でも、なんか思っていたような人じゃなかったというか」

「と、いうと?」

 華奢な女の子が難しい顔をする。

「最近、ちょっと変なんだよね、あの人。君には死神が取り憑いているだとか、探偵である俺がその死神から救ってやるとかさ。厨二病みたいなこと言ってくるわけ」

「へぇー、面白そうな人じゃん。死神ってアレでしょ。最近巷で流行ってる霊的なアレでしょ?」

「そんなんどうせ嘘でしょ。私、霊は信じない派なの。うちの父さんも同じこと言ってたけどホントに意味がわからない。私の財布を盗んだのはその死神のせいとか言ってるのよ? 勘弁してよねってかんじ」

 大袈裟に手をひらひらふりながら話をする華奢な女の子。

 なるほど、アンコというのはおおよそあの華奢な女の子で間違いなさそうだな。

 少し話しかけてみようか。

 ナンパっぽくなってしまうのは居た堪れないが、仕方がない。これも任務のため。

 すると、肩が勢いよく後ろへ引かれた。

「おいそこのお前、さっきから俺のアンコを変な目で見るのはやめてくれないか? 俺のガールフレンドなんだ」

 後ろにいたのは金髪の爽やかなイケメンだった。制服は彼女達と同じ学校のものだ。

「こいつは失敬」

 僕は軽く会釈しながら、見えない程度によだれを拭いた。さっきからよだれが滝のように溢れ出している。

 そう。

 アンコというあの女の子をみてから、よだれが止まらないのだ。

「俺はアンコの彼氏だ。もしもう一回同じようなことしてみろ。警察を呼んで、その卑猥な目をくり抜いてもらうぞ!」

「やだな少年、変な冗談はよそうじゃないか」

「冗談だと? 俺は今夜、初めて彼女と一緒にベッドへ潜るんだ。その前にアンタみたいな変態に目をつけられたらたまったもんじゃないぜ!」

 なるほど、どうやらアンコは処女らしい。

 僕はついに我慢できなくなり、この男を殴り飛ばした。

 積まれた書籍や文房具が吹き飛ぶ。

 周りにいた人達がいっせいに僕の方を見た。

 構わない。

 今の僕が欲しているのは、アンコただ一人なんだからっ!

「アンコちゃん!」

 僕は勢いよく走り出し、アンコに抱きつき、唇を重ねた。

「っ!」

「あ、アンコ......!」

 地味な女の子は叫ぶだけで、目の前の状況に動けずにいた。

 弱っていくアンコを合図に、舌を強引にアンコの口の中で舐め回す。

「「ぷはっ......!」」

 甘い、甘い甘い甘い甘い甘い甘い!!

「アンコ、ちゃん! 今夜は僕に甘いものをちょうだい」

 

 その死神は、甘い一時も決して逃しはしない。

 

 

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