第7話 事情聴取

 一人目。世界史担当教師——山田玲二。

 ボサボサのパーマの頭を掻いて、その陰気な顔が面倒くさそうな表情に変わった。


「それで何の用かね、明石くん」

「いえ、山田先生に伺いことがありまして」


 山田先生はチラッと後ろに控えていた俺と未來先生を見た。

 俺がペコリと浅く頭を下げると、未來先生はわざとらしい「コホン」という咳を一つした。そして未來先生が説明した。


「山田先生、実は私、今日、文化祭の費用を業者に振り込むために銀行に行きました」

「それがどうかしたのかね、空川先生」

「よく調べると、修学旅行の積立金が引き出されているみたいだったんです」


「は……?」


 山田先生は先ほどよりも険しい表情へと変わった。


「どういうことかね?」


「そのままのことですよ、山田先生。修学旅行の積立金が引き出されていたんです。何かご存知じゃないですか?」


 明石の好奇心の強い瞳は、すでに山田先生を疑っているようだった。


「何を言っている。それよりも警察には連絡したのか、空川先生?」


「ええ、もちろんです。ただ忙しいようで到着に3時間くらいはかかるそうです」


 おい、この先生、間髪入れずにしれっと嘘をつきやがった。

 てか、通報してから3時間もかかる警察って……そんなわけないだろ。


 流石に山田先生だって嘘だって気がつく——


「……そうか」


 山田先生も何故かあっさり信じているだと!?


 どこか上の空のような返事をして、山田先生は自分の左手を隠すように握った。


 明石は山田先生への質問を続けた。


「山田先生は、修学旅行の積立金を管理していたんですよね?」

「そうだが……空川先生、なぜ明石くんと藍沢くんに話をしたのかね」


「二人はミステリ研究会なんです。私はそこの顧問なんです。警察が到着する前に、お二人にこの事件の犯人を見つけてもらおうと思いまして」


「何を言っているんですか!遊んでいる場合ではないでしょう!2400万円も無くなっているんですぞ!」


「もちろん、遊んでいるわけではありませんよ。犯人が警察に逮捕されたら、推薦で進路の決まっている受験生にも影響が出るかもしれません。母校の不祥事が明るみに出てしまうんですから……問題のある学校の生徒なんてほしくないと言われしまうかもしれません。そんなことになれば……生徒たちの推薦が取り消されてしまうと思うと、うう」


 未來先生はわざとらしく顔を伏せて、涙を拭くそぶりをした。


 それに便乗するように、明石が言った。


「私たちで先に解決してしまえば、警察に勘違いでしたと説明して帰ってもらうこともできるかもしれません。そうしたら、大ごとにはなりませんよね」


「まあ、それもそうだな……」


 ええ、山田先生、あんたいくらなんでも単純過ぎるだろ。

 いやこの場合は単なる日和見主義なのか?


 明石は待っていましたと言わんばかりに、山田先生に根掘り葉掘り質問をして行ったのだった。


 

 二人目。副校長——土田金造。

 ダルマのような小太りな身体をくるっとこちらに向けて、柔和な笑顔を浮かべた。


「空川先生、どうしましたか?それに後ろの二人は——明石紫苑さんと藍沢雄太さんだったかな?」

「こんにちは、土田先生」と明石が言った。俺は一応お辞儀だけした。


 明石は未來先生よりも前に出て、土田先生を睨んだ。


「土田先生。実は、修学旅行の積立金2400万円が見当たらないんです」

「ほお、それは困りましたね」


 土田先生の頬は引き攣った。

 チラッと、未來先生へと視線を向けた。

 どうやら説明しろ、という合図のようだ。


 未來先生は、俺たちに説明したように、文化祭の準備資金を銀行に引き出しに言ったら、金額に違和感を抱いたことを端的に述べた。


「副校長、安心してください。すでに警察には連絡しました。ただ、ちょうど忙しいみたいで青雲高校に到着するのは数時間後だそうです」


 未來先生がまたしても、しれっと嘘を付いた。

 この先生、息を吐くように嘘をつきやがる。

 こんな人が教員やっていて本当に大丈夫なのか。


 いや、今はそれよりも明石が暴走しないように注意しなければならない。


 当の本人である明石はというと——ジロジロと舐め回すように土田先生を睨んでいた。


「明石紫苑さん、先ほどからなんですか?」

「いえ、土田先生……その腕時計すごくオシャレですね」


 先ほどまで明石のことを怪訝そうに見ていたが、一瞬で土田先生は破顔した。


「おっと、わかりますか?これは最近買ったんですが——」


 はあ……勘弁してくれ。

 一体全体この腕時計自慢はいつまで続くのやら……


 

 三人目。校長——青雲太郎。

 残念ながら、校長はカナダの姉妹校に出張中ということでいなかった。


 その代わり秘書の三木ネネが現れた。

 20代の半ばくらいだろう。少し長い茶色の髪をポニーテールに結っていた。


 フワッと甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐった。


「あれ、先輩——未來先生?どうしたんですか?」

「ネネちゃん、ちょっといいかなー」

「なんですか……?」


 どこか不安そうな顔で、三木さんがチラチラと後ろに控えている俺と明石を見た。

 その時だった。

 野生の明石が飛び出した。


「単刀直入に聞きます!」

「は、はい」

「校長と不倫していますよね!?」

「ばか、明石!お前、いくらなんでも失礼だろっ!」


 この女はデリカシーというものがないのか。

 てか、なんでこの秘書と校長が不倫しているなどという馬鹿げた推理をしたんだよ!?どこを見たら、そんな結論になるというのか。


 全くもって明石の考えていることがわからん。


 三木さんは不安そうな表情から憤怒の顔に変わった。


「あなた失礼じゃないですかっ!!」

「図星ですか?」

「はい!?そんなわけないじゃないですかっ!!」


 ああ、くっそ。

 なぜ明石というこの残念女は火に油を注ぐようなことをいうのか。


 てか、ここは未來先生に仲裁をしてもらうしかない——クスクス口元を隠して笑いを堪えていやがる。


「校内で噂が流れていることを知らないんですか?」

「はあ!?」

「もちろん、あなたと校長ができているって話です」

「全くのでたらめに決まっているでしょっ!」

「ではお聞きします。あなたが今している、そのターコイズブルーのイヤリングは、到底あなたの給料では買うことのできないブランドものですよね?それはきっと、校長から買い与えてもらったものじゃないんですか?」


「——な、なっ!?」


 口元をぱくぱくとして、三木さんの顔は真っ赤だ。

 ああ、人って怒りの度が越すと言葉って出て来ないんだな。


 などと思っていると、ガヤガヤと生徒たちが集まってきてしまった。


 ……勘弁してくれ。

 

 その後、未來先生が何とか二人の仲裁に入って事なきを得た。

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