守護霊は今日も忙しい

えのき

第1話 守護霊、ただの阿呆


 和装に無精髭を生やしている、透けた男がいた。足は無く、典型的な幽霊である。


 その男の前には、一人の小さな男の子。彼はその子の守護霊である。大昔の先祖にあたる彼は、その子を他の霊から今日も守っていた。


『こら、離れんか』


 制服を着崩している透けた少年が近づいてくると、男はそれをしっしと追い払う。その少年もまた霊であった。この現世には、成仏できなかった霊がそこかしこをうろついている。


 守護対象の少年が、「お花だー」とチューリップ畑に近づいていった。


『太郎は今日も活発で困る』


 守護霊の男は無精髭をさすりながら、守護対象の少年である太郎を追いかける。その顔はにやにやと笑顔を浮かべていた。先祖バカというやつである。太郎はキャッキャと声を上げながら、花の前で手をあげた。


『それにしても、花というのはいいものだな。我もつい見惚れてしまう』


 男が花の前にしゃがみ、強面に似合わないニヤけ顔を浮かべていると、『おっさん邪魔』と誰かに話しかけられた。それは目の前のチューリップだった。


『あんたの霊気で、日光弾いてんでしょうが。とっととどいて』

『あと普通に顔がキモい』

『とりあえず邪魔―』


 花たちが、男に容赦無く罵声を浴びせる。植物というのは実を言うと、このように意思疎通を図ることができるのだ。それを聞けるのは、勿論不自然な存在である霊だけだが。


 見た目に反して口の悪い花たちに、男は『……可愛く無いやつらめ』と吐き捨てて、指示通り距離をとる。それに、太郎は飽きたのかその場から離れて、向かいの公園に向かった。男もそれに続く。


 公園では、太郎が遊具で怪我をしないかはらはらしながら見ていると、霊が近づいてきた。


『あの、すみません。あのチューリップがなんか呼んでますよ』


 気弱そうなサラリーマンの霊が、先程のチューリップ畑を指差してそう言った。男は『あの花ども、先程あの態度で今度は何用だ』とつぶやきながら、伝えてくれた男に礼を述べてそこに向かう。


 見た目だけは可憐なチューリップたちに『何用だ』と尋ねると、彼らは『なにおっさん、また邪魔しに来たの?』『鬱陶しいんだけど』と毒づく。


『ひょろりとした男に、お前たちが私に用があるという言伝があったのだが?』と男は花たちを睨む。


『はぁ? 私達、そもそもあんたら霊に自分から話しかけることなんてないし』


 花たちは悪びれる様子もなく、ただ答えた。おそらくその言葉に嘘はないと判断した男は、まさかと公園の方を見る。そこには、今にも取り憑かれそうになっている太郎がいた。


『この曲者がぁぁぁぁぁ!』


 男は叫びながら、取りつこうとしているサラリーマンの霊に飛びついた。しかし、少年の体と少し結合している霊は、そう簡単に離れない。守護霊はその結合部分を握りしめ、そこの霊気を吸い取った。それにより、男の体が離れる。


『おとといきやがれ!』


 さらに、掴んだ部分を強く握りしめて、守護霊はその男を遠くへ投げ飛ばした。


 このように、さまよう霊は生きる人間を襲う。彼らがこの世に残るための生気を吸うためだ。守護霊がつける者というのは、霊感が強く、霊が取りつきやすいという特徴を持っている。そして、そういう者はかなり希少で、霊たちは見つけ次第襲いかかってくる。


 そんな霊から太郎を守るのが、この守護霊のお仕事である。


『ねぇ、あなた。私と付き合ってくれない?』


 そうこうしていると、グラマラスな女性が扇情的な格好で男に話しかけてきた。その美貌に、男は目が釘になる。


『守護霊って大変でしょ。たまには休憩がてら、いいコトしない?』


 女はさらに男を誘惑する。ちなみに、霊にとって食欲とは生気を吸うことであり、睡眠欲は体がないので存在しない。だが、性欲はある。何故なら感情は生前となんら変わりないからだ。


『………………えん、えんりょ、…………まぁ、我暇なので少しくらいなら……』


 この男、鼻の下伸ばし切って遠慮などまるでしていない。完全に阿呆の顔である。


――いやまあ、たまには我だって、……癒しが欲しいではないか!


 さらに、心の中では完全に開き直っていた。この鴨な男に、女はゆっくりと抱きつき、『じゃあ、あっちに行きましょうか。ほら、あのベンチ』と少し遠くを指差した。男はその方向を見るが、そこにはベンチなどない。少し見てみるが、やはり無かった。


『どこにあるのだ?』


 そう尋ねながら女の方を見ると、その女は太郎に取り憑こうとしていた。先程の男よりも結合が進んでおり、太郎が背中を寒そうにさすっている。


『貴様ぁぁ! 我を弄びよったな!』


 男は泣き叫びながら、先刻と同じく結合部分を握りしめて霊気を吸い取り、遠くへと投げ飛ばした。


『大丈夫か太郎⁉︎ 今温めてやるぞ!』


 男は必死に息をはぁと吹きかけるが、太郎は温かさを感じるどころか、背筋に悪寒を感じていた。霊が息を吹きかけたら、それはただの霊気だ。


『すまん! うっかりしていた! それもこれも我の純情を弄んだあの女のせいだ!!』


 男はみっともなく涙を流して、上を向いた。


 その広い背中は格好良くもなんでも無く、ただの阿呆の背中だ。


 そんなこんなで、今日も今日とて主人を護る。

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