第4話 フィオナさん

「まず・・・フィオナさんという人はいません」

「え?どういうことですか」

「あのブログをやってるのは、一人暮らしの男性なんです」

「え?」

「心の病気の男性で・・・多重人格の人です」

「はぁ?」

「つまり・・・家族はいなくて、全部自作自演なんですよ。ブログを見ると、家族に囲まれているように見えますが、実際は一人暮らしです。生活保護を受けてて・・・平屋の市営住宅にお住まいです。」

「あ、そうなんですか・・・」

 Aさんは、ショックというよりも、むしろほっとした。

 あんな風に絵にかいたような完璧な家族がいる方が自分にとっては辛かった。


「家を教えてもらえませんか?」

「いいですけど・・・どうなっても知りませんよ」


 Aさんはオーナーに教えてもらった住所を尋ねてみることにした。

 手にはカフェのケーキを持って。オーナーへのお礼のつもりもあった。


 フィオナさんの家は、いかにもな古い平屋だった。

 吹付というんだろうか、ザラザラした白い壁に青い屋根。築30年くらい経っていそうだった。市営住宅だから月1万とかで借りれるのかもしれない・・・Aさんはドキドキしながら、インターホンを鳴らした。

「は~い」

 甲高い声が帰って来た。『あ、フィオナさん?』Aさんは焦った。

 出て来たのは白いワンピースを来た、45くらいの男性だった。

 小柄でやせ型、髪を後ろにまとめていて、中性的な顔立ちだった。

 ちょっと素敵。Aさんは思った。

「フィオナさんですか?」

「はい」

「急に押しかけてすみません。ファンなんです・・・。一度、ご挨拶したくて・・・。ブログ毎日見て、コメントしているHNです。これ、フィオナさんがよく行くカフェのケーキなんですけど・・・よろしかったら」

「あら。ありがとう!お時間ある?よかったら、どうぞおはいりください。散らかってますけど」

 その人は物腰柔らかでゲイの人のようだった。


 Aさんはドキドキしながら玄関のドアをくぐった。

 古いけどすごくキレイだった。全然物がない。ミニマリストと言うんだろうか。

 きっと、丁寧な暮らしをしているんだろうと思った。

 Aさんは好感を持った。


 キッチンは狭かったけど、掃除が行き届いていた。

 家具がダサくてものすごく古い。

 でも、こういう暮らしも悪くない・・・質素で最低限。

 心は満たされているような。

 Aさんはぼんやりと、フィオナさんと一緒に暮らせないかと思った。

 この芸術家のように個性的な男性と。

  

 俺の勝手なイメージだが、芸術家は女性にもてる。

 特に夢見るタイプの女性には・・・。


 フィオナさんは、ブログに出しているたんぽぽのコーヒーを入れてくれた。以前、野原のたんぽぽを摘んで手作りしたと書いていた。Aさんは感激した。

「初めてです。近くにたんぽぽが咲いてる所があるんですか?」

「ええ。ちょっと行った所に空き地があって、そこで摘んでるのよ」

 味はおいしくないけど・・・体によさそうだった。

「どちらからいらしたの?」と、フィオナさん。

「▽▲です」

「あら、お近くなのね」

 仕草が上品だった。髭もきれいに剃られている。

 肌が透き通るように白くて美肌だった。皺もほとんどない。いつも手作りのアロエ化粧水で手入れしていると書いてあったけど、本当なのだろう。フィオナさんは嘘をついているわけじゃなくて、多重人格なんだ。


 子供たちも集まって、テーブルについているようだ。

 皿が4枚並べられていた。


「わー。ケーキだ!久しぶり!」

 女の子がはしゃぐ。

「僕こっちがいい!」

 男の子が姉の皿を取ろうとしてすねる。

 

 しかし、目の前にはフィオナさん一人しかいない。

 次々に人格が入れ替わる。

 お母さんが笑顔で子どもたちに話しかけた。

「お客さんがいらしてるんだから、お行儀よくしないと、恥ずかしいでしょ」

  

 そのうち、夫のトロさんが出て来た。自宅で革細工のアーティストをやってる人だ。

「ブログ見てくださってるんですか」

 Aさんの目をしっかりと見てほほ笑む。

「はい。ずっとファンで」

 Aさんはドキドキした。トロさんになった男性はとても素敵だった。

 思いがけず多弁になってしまった。

 トロさんも楽しそうだ・・・もしかして、ロマンスが始まるんじゃないか・・・。Aさんは期待した。そんなに男性と話が盛り上がったのは初めてだった。フィオナさんの存在を忘れて話し続ける・・・彼に振り向いてもらいたい。トロさんも照れたように笑っている。Aさんのことを気に入ってくれているようだった。


「トロさん!鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ!」

 フィオナさんが突然怒鳴った。

「誤解だよ・・・」トロさんが情けない声をだす。

「若い女の人が来たからって何よ!」

「ごめんなさい」

 Aさんはおかしかった。自分のせいで夫婦が喧嘩をしている・・・。

「妻は嫉妬深くて。それもあなたがお綺麗だから・・・正直言ってタイプです」

「まぁ・・・妻の前で女性を口説くなんて!ひどい!離婚よ!離婚!もう出てく!」

 フィオナさんは立ち上がった。


「ギャー」


 突然、狂ったようにフィオナさんが叫ぶ。すると、白目を向いて泡を吹き始めた。顔が蒼白になり、目が充血していた。Aさんが驚いて固まっていると、ひっつめた頭をほどいて、振り乱しながら、四つん這いになって、床を這いまわり始めた・・・。Aさんはあまりの激変ぶりにショックを受けた。それは、見たこともないほどのおぞましい光景だった。


 やがて、フィオナさんは自分を棒で叩き始めた。自分で叩きながら「うっ!」「ぐっ!」と、悲鳴を上げる。


 フィオナさんの肉体に宿る魂が、その体から飛び出そうとして・・・戦っているのかもしれない。


ギャー!!!

ギャー!!!

助けて!!!


 何度も叫び声を上げた。まるで悪魔祓いのようだった。Aさんは祈った。『フィオナさん、出て行って!お願い・・・』フィオナさんは内側に潜んでいる何かと戦っていた。


 悪夢のような長い時間が続き、

 やがて、フィオナさんが床にばたっと勢いよく倒れた。

 苦しそうにのた打ち回り、息が苦しそうに首をかきむしった。

 Aさんはびっくりして駆け寄った。


 トロさんが勝ってほしい・・・。元は男性なのだから・・・。


 フィオナさんは泡を吹いたまま気絶していた。  

「フィオナさん、大丈夫ですか?」

 ゆすっても全然起きなかった。

 Aさんは慌てて救急車を呼んだ。


   

 

 

 


  

 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る