婿入り冒険者

結城暁

Aランク冒険者のヘイケ

 強ければモテる。そう思っていた時期が俺にもありました。金も学もない田舎出身の冒険者の俺は、地道に努力を積み重ねてAランクの冒険者に昇格した。

 Sランク冒険者には見劣りするが、Aランクだってそうそうなれるもんじゃない。依頼には危険が付きまとうが、報酬はその分良いし、冒険者ギルドからいろいろ便宜を図ってもらえたりする。

 例えば、よその国の未踏破ダンジョンの情報を聞けるし、武器防具に必要な素材を割り引いてくれたりもする。

 高ランクの冒険者たちがチヤホヤされているのを横目に、俺もいつか、と夢見て頑張ってきたのだ。その甲斐あって、Aランクになれたわけだが、しかし、現実は甘くなかった。

 田舎出身で都会の流行に疎く、女の人に免疫がなくて話しかけられてもどもってばかりで上手く受け答えができない。緊張して黙ってしまってもみんな気を遣ってくれるが、それが居た堪れなくてさらにどもる。上手い会話なんてできた試しがない。おまけに俺は強面コワモテだった。

 そんなわけで俺は悲しいかな、恋人いない歴=年齢を更新し続けている。いつかかわいいお嫁さんと田舎でのんびり過ごせる日々を夢見て、キャッキャウフフのチヤホヤライフを謳歌している知人冒険者たちを羨ましく思いながら、今日も粛々と依頼を受けるのだった。

 そんなある日のことだ。いつものように依頼を受けにいくとギルドの様子がおかしい。受付の周囲に人だかりができていて、何やら騒がしかった。その人だかりを避けて、いつも人気のない受付にいく。古馴染みで強面仲間のエフモントの受付にはいつも人がいない。おかげで依頼の受領や完了作業がスムーズにできる。


「よお、ヘイケ」

「よお、エフモント。いつもより賑やかだけど、なにかあったのか?」


 エフモントがほとんどない眉を寄せて眉間に皺を作りながら肩をすくめた。


「今日、めちゃめちゃ美人が婿探しの依頼を出してきてな。独身共が我こそは、って群がってんだよ」

「へー」


 女性と縁のない俺にはまったく関係ない話だった。美女が探す婿なら当然、美男だろう。

 しかしあの群衆は悲しき独身男だったのか。しれっと混じっている既婚者は、しっかり奥さんにぶちのめされるが良い。覚悟することだ、今そこで入念に準備運動していらっしゃるから。


「今日の依頼はなにがある?」

「お、立候補しなくていいのか?」

「あ? 美女が俺を選ぶと思うか? あぁん?」

「待て待て、ワンチャンあるかもしれねぇぞ、依頼主が提示した婿の条件は強いやつだからな」

「ほーん?」


 エフモントは悪い人相をさらに悪くさせて笑う。そのツラは指名手配されている盗賊の如し。さすが娘さんと歩いていて数多くの職務質問に遭ってきただけある。面構えが違うぜ。


「ワンチャンもネコチャンもねえよ。依頼見せてくれ」

「つまんねぇー」


 俺は立候補などしない。期待してそれが裏切られた場合、落ち込んで回復に時間がかかる面倒センサイな男なのだ、俺は。だから今回も期待などしない。始めから諦めていれば、傷つくこともない。エフモントが出してきた依頼書に目を通す。


「今日は石化魔眼鳥コカトリスの卵採取依頼と、亜飛竜種ワイバーンの群れの駆逐、森に棲みついた悪狼フローズヴィトニルの捕獲、ないし討伐が出てるが……」

「亜飛竜種の群れは団体パーティー向きだろ。個人ソロの俺に団体でやるやつ勧めるのヤメロ」

「だってできるじゃん」

「できなくもないけど、コスパ合わねーよ。どんだけ傷薬ポーションがいると思ってんだ」

「いい加減団体パーティー組めばいいだろ。けっこうおまえと組みたいってやつらもいるんだぞ」

「組めたら個人ソロなんてやってねぇんだよなあ」

「うーん、コミュ障」

「ほっといてくれ。卵か悪狼フローズヴィトニルにするか」

「コカトリスの産卵場所は分かるよな。悪狼が棲みついたのはここから四日のフェンの森だ」

「フェン森か。あそこ、定期的に悪狼が棲みつくよな」

「居心地がいいんだろ」

「卵食いたいから卵にすっか」


 エフモントが他の書類を片付ける。


「依頼人はケレスのかまど亭の料理長。卵は最低でも五つ欲しいとさ。報酬は卵一個につき銀貨二十枚。上限は金貨十枚まで。期限は五日後、早ければ早いほどいい」

「へえ、五十個も買い取ってくれるのか。団体さんでも来るのかね」

「さあな」


 手早く依頼承認の手続きをし終えたエフモントから書類の写しを貰い、収納鞄マジックポーチにしまった。俺の収納鞄は中型の竜種ドラゴンでも丸々一匹入るので、石化魔眼鳥コカトリスの卵の五十個や百個なら軽々と持って帰れる。産卵場所にも一度行ったことがあり、転移機能付き地図でマーキング済みだから行き帰りもスムーズだ。こういう時のために高価な転移機能付き地図を買ったんだ。石化魔眼鳥の産卵場所まで馬車で一日もあれば着くが、今回の期限を考えると往復を除いた残りの三日全部を卵の採取に使うわけはいかないからな。マーキングの数に上限はあれど、世界各国を股にかける冒険者でもない俺には十分な代物だ。石化と乱獲に気をつけて採集しよう。

 石化魔眼鳥もそのうち養殖し始めそうだよな、と俺はギルドを出た。転移するのは周囲に迷惑をかけないように指定された場所か、街の外でするのが基本なのだ。


※※※


 石化魔眼鳥の産卵地を駆けずり回ること三日、無事に金貨五十枚分と、自分で食べる分の卵を採集し終えた俺はギルドに帰還した。


「冒険者ヘイケ、ただいま戻りましたよ〜っと。エフモント、依頼完了手続き頼ま、あ……?」


 ギルドの中は静まり返っていた。いつもなら依頼を取り合う声や、飲んだくれて管を巻いている奴らが何組かいて、騒がしいものなのだが、今日はそれがない。

 依頼の張り出された掲示板の前には誰もおらず、休憩所に座っている人間もまばらで、テーブルに酒こそ置いてあるがそれだけだ、手をつけていない。意気消沈して項垂れている。もう飲んだ後で、酔い潰れてるのか?


「おい、エフモント、なにがあった? 魔物の大量発生とか、胸糞悪い事件でもあったのか?」

「ヘイケ……ああ、帰ったのか。無事でなによりだぜ」

「エフモント……?」


 ひどく疲れた様子のエフモントはたった三日の間に一体なにがあったのか、少しばかりやつれている。力なく笑っていつものように素材部門の方を指差した。


「まず卵を素材部門に持っていって鑑定を受けてくれ……。もうすぐ休憩になるから飲もうぜ……」

「お、おう」


 どんな恐ろしいことがあったのだろう。冒険者上がりのエフモントをここまで疲労させるなんて。俺は小走りで素材を納入しにいった。

 素材を納入し、依頼完了手続きをエフモントにしてもらい、そのまま休憩場所に移動した俺たちは飲み物を注文する。


「エフモント、一体なにがあったんだ?」

「三日前の騒ぎは覚えてるか」

「えーと……なんかあったか?」

「美人の婿探しだよ」

「そんなこともあったか」


 言われて三日前の人だかりを思い出す。準備運動をしていた人妻たちの中には相当の手練れもいたが、もしや夫婦喧嘩でこんなことに?

 そう問えばエフモントはにがりきった顔で首を横に振る。


「それは物損の弁償だけで済んだんだが……」


 見回せば確かにギルド内のイスやら机やらがいくつか新品になっていた。しかし、それらが原因でないなら、一体なにが原因で?


「婿探しの依頼人……ミアさんというんだが、ほれ、婿の条件が強いやつだっただろう」

「ああ、誰に決まったんだ? 『輝く美貌』のシュチェパーンあたりか」


 俺の予想にエフモントは緩く頭を振って否定する。


「……決まらなかったんだ」

「へえ」


 それだけでどうしてギルド内がこんな葬式みたいな空気になるのかわからず首を捻った。


「ミア嬢はな、自分よりも強いやつ、と条件を出したんだ」

「……へえ?」


 俺は周囲を見回す。いつもなら女にモテてモテて仕方がないぜえ、と見せびらかすよう両手に花を侍らせていた奴らが、酒瓶片手に涙ぐんでいるのに今さら気づいた。


「ミア嬢に負けたやつらは飲んだくれてるか、修行、鍛錬の旅に出ちまったよ。おかげでこの有様だ」

「ウワア、マジか……。ちなみに勝負方法は?」


 エフモントがジョッキの中身をぐいとあおった。ちなみに中身は麦茶だ。見た目に反して下戸なのだ、エフモントは。


「聞いて驚け、なんと腕相撲だ」

「ウワア、マジか」


 俺は純粋な力比べで負けるなどそりゃ大いにプライドが傷ついただろう。俺の発声に酒瓶のお友達共が啜り泣きを始めてしまった。すまん。


「身体強化なしか?」

「ありだ」

「そりゃそうだよな。女性の素の身体能力じゃどうしても限界あるし。でなけりゃ『剛力』カイェターンが晴れてお嫁さんをもらってただろうし」

「ああ。腕相撲じゃ本当の力を見せられんとゴネて決闘に持ってったやつもいたが、そっちは治療院に入ってる」

「ウワアマジか」

「マジだよ。大マジ」


 乾いた喉を麦酒ビールで湿らせて、俺はあの時ワンチャンを狙わなくてよかった、と安堵した。

 冒険者は体が資本だ。むしろ体しか資本がない。それを損ねてはおまんまの食いあげだ。相手の強さを見極めるのも冒険者の強さのうち。今度のことは良い勉強になっただろう。


「いやー、美人で強いとか本当にいるんだなー。どこのSランク冒険者だったんだ?」


 揚げたてほくほくの芋を口に放り込みながら尋ねた。エフモントは麦茶しか飲んでいないのに悪酔いしたような顔色だ。


「いや、それが……、どこのSクラスでもなかったんだよ……」

「ホラーか?」


 王都ではないとはいえ、この街も田舎というわけではない。それなりに大きく、それに伴ってギルドに集まる人数も多いから、分母が多いぶん自然と強者も多くなる。Sクラスはいないが、有事の際は声がかかるくらいのAランクがいるのに、冒険者ですらないお嬢さんに負けた……だと?


「ホラーかよ」

「現実だ。悲しい……事件だったよ……」

「悲しい通りこして恐ろしいんだが」


 口の中の芋を自棄やけ酒を飲むように麦茶を喉に流し込んだエフモントが肩を落とす。


「このままじゃこの辺の依頼が滞る、ってんでしばらく他所よそのギルドに応援を頼もうと思ってるんだが……。ひとつ、問題があってな」


 エフモントが視線だけで俺を見上げる。やめろ、中年男の上目遣いとか見たくねえわ。


「ミア嬢がまだこの街にいるんだ」

「それのなにが問題なんだ?」


 婿探しに来て、見つからなかったならまだいるだろう。エフラインが追加の麦茶を頼もうとして、やめた。


「ミア嬢は目についた男に勝負を挑むんだ」

「へえ、それで?」


 俺は揚げ芋をつまみながら先を促す。そろそろ味変しようかな。エフモントは言いづらそうに何度か口をもにもにと動かす。


「応援に来てくれた冒険者の自信も打ち壊すわけにはいかんだろう」

「Sクラス呼べよ」


 エフモントは力なく首を振った。


「貴重なSクラスを婿探しなんてF級依頼で呼べるわけないだろうが。いくらすると思ってるんだ」


 それはそうだ。Sクラス冒険者への依頼料は基本金貨十枚からだからな。俺の今回の三日分の稼ぎがパアになる計算だ。凄腕なら金貨百枚から、なんて話も聞く。婿探し如きで呼べるはずがない。依頼人だってそこまでの予算なんて持ってないだろう。


「依頼料いくらだったんだ」

「銅貨三十枚」

「ハハハ、割に合わねえ」


 Aランク冒険者を治療院送りにする相手と銅貨三十枚で戦う? 俺だったら絶対にごめんだ。そもそも女性相手に本気とか出せないし。


「で、だな。ここからが本題なんだが」

「うん?」


 思い詰めた顔のエフモントが息を呑む。嫌な予感がして、俺は席を立とうとしたが、それよりも先に背後から声がかかった。


「歓談中失礼する。エフモント殿、そちらがこの街で一番強いというヘイケ殿か?」

「すまん、ヘイケ」


 うちのギルドのためだ、と呻いてエフモントが机に頭を擦り付けた。こいつ、俺を売りやがった! 俺は錆びた歯車よろしく、ゆっくりと背後に向き直る。

 後ろにいたのは目を見張る美少女だった。ゆるく波打った赤髪は、室内の灯りを受けているだけだというのに光を放っているかと思うほどに煌めき、傷ひとつない肌は健康的に焼けていた。瞳は夕暮れ色に煌々と燃えているが如く。すらりと伸びた手足は腕の良い彫刻家が大理石から掘り出したように完璧なバランスで、大地に根を張る若木のように瑞々しい印象を受けた。俺はしばし芸術品に魅入るような心地で彼女を見つめていた。

 すっげえ美人じゃん。えっ、こんな美人さんが並み居る冒険者共を負かしたの? マジで?


「ミア嬢! こいつがうちのギルドで一番強いヘイケです! こいつが相手にならなきゃもうミア嬢のお眼鏡に適うやつはいませんので!  何卒依頼を取り下げていただきたく……!」

「ふむ」


 ミア嬢は呆けている俺を値踏みするように上から下まで遠慮なく眺め回した。

 イヤッ! 見ないでぇ! こんなことになるって知ってたらヒゲくらい剃っておくんだった……! 猛烈に後悔しても、時はすでに遅し。これからはいついかなる時も身だしなみに気をつけよう。


「は、初めまして。ヘイケです……」

「お初にお目にかかる。ワタシはミアという。父母に言われつがいとなるべく婿を探している。ワタシは父母のような仲睦まじい関係を番と築きたいと思っている。ゆえに力試しに応じてもらえまいか」


 随分と古めかしい喋り方をする人だな、とか仲睦まじくなるのに力試しって必要かな、とか色々なことが俺の脳内を駆け巡っていったが、ミア嬢の美しさにすべて押し流されていった。こ、こんな美人と喋れたァァァ! と心臓が動作不良を起こしそうだった。静まれ、俺の心臓。なにゆえそうも荒ぶるのか。目の前にミア嬢がいるからでーす! うん知ってた。


「ア……ゥ……ァ……」

「力試しは腕相撲で良いか? やってみて、強さを測るならワタシは決闘の方がふさわしいと思ったが」

「ア……ハヒ……ウァ……」

「ふむ。では腕相撲で」


 俺はミア嬢に腕を組まれ、空いている机まで誘導された。オゥワァァァ、おてて、ちっちゃ……。


「では尋常に勝負を……ヘイケ殿?」

「ヒャア……アヒィ……アワァ……」


 差し出されたミア嬢の腕は細くて、華奢で、細くて、柔らかそうで……。ダメだこれ。こんな美しい芸術品に俺なんかが触って良いはずない。女性に免疫ない人間が腕相撲といえ、女性と手を繋ぐなんて無理! 恥ずかしい!

 思わず目をつぶって顔を背けてしまった俺に、ミア嬢の困惑がひしひしと伝わってくる。ごめんなさい! でもだって! 美人にも女性にも免疫ないんだもん! すみません!


「……エフモント殿。ヘイケ殿は恥ずかしい、と言っているが、なぜだ?」

「エー、ヘイケはですね、その。ミア嬢のような美人に慣れてなくてですね……」

「ビジン? ……しかし、これでは力試しができないのだが」

「アー……。そうですね……。おい、ヘイケ、さっさと終わらせちまえば良いだろ、ホレ手ェ出せ」

「だってだってぇ! 無理だって! こんな美人と接触なんてできないってぇ!」


 ミア嬢のご尊顔をチラ見することすらできないのに! 直接触るとか! 無理!


「目ェつむってりゃ良いだろ!」

「無理ぃ! ちっちゃい手の感触するもん! やわっこかったもん!」

「もんじゃねぇ! お前だけが頼りなんだよ、しゃんとしろこのクソ童貞!」


 座り込んでイヤイヤする俺の背中にエフモントの罵倒がブッ刺さる。だがしかし、無理なものは無理なのだ。いやほんと無理。助けて。


「手の感触が問題であるなら手袋でもするか?」

「そりゃいい、お願いします。ホレ、ヘイケ! ミア嬢が協力してくださってるんだ、腹ァ決めろ!」


 尻を蹴飛ばされ、俺は渋々、しおしおと立ち上がった。もちろんミア嬢がいるほうは見られない。エフモントがドタバタと手袋を持ってきて、ミア嬢がそれをはめる音がする。待って待って待って! ど、どうすれば良いんだ?! どうにかして戦いを回避しなくては……!


「あっあの、不戦敗でいいです……! ミア嬢のご要望は強いやつなんでしょう? あなたの手も握れない弱虫なんて相手しない方がいいですよ! 王都に行けば俺より強いSクラスがわんさかいますから!」


 事実って、時として残酷だよね。盛大な自虐により心に傷を負ったが、戦わなくて済むなら大したことない。泣いてなんか、ないんだからな!


「いや、ヘイケ殿の力試しをしないことにはここを離れるわけには行かなくなった。貴殿は強い。見れば分かる」


 ピン、と緊張の糸が張り詰めた声だった。戦いたくいて仕方ない、というような闘気が俺の肌を刺す。


「是非ともワタシと勝負をして欲しい」


 めっちゃ真剣な声だった。これ、断ったらダメなやつ! でも戦えない! うう、どうしたらいいんだ……!


「じゃ、じゃあ、えっと、接触ナシなら勝負できると思います!」


 距離の近すぎるミア嬢の気配から遠ざかりながら叫んだ。美人と対面して勝負とか無理すぎる。美人は遠くからこっそり眺めるくらいでちょうどいい。


「非接触でどうやって力試しするんだよ……」

「し、森林伐採とか……?」

「無駄な森林破壊すんな」

「できることなら父母のように対面で正々堂々勝負がしたいのだが」


 ご両親も決闘で愛を育まれたらしい。なるほど。……なるほど?


「埒が開かねえな……。ミア嬢、少しお時間をもらってもいいですか? こいつに暗示をかけてミア嬢と対面しても大丈夫にするんで」

「暗示」


 その手があったか! 俺は思わず手を叩いた。暗示をかけてもらって恐怖心やら羞恥心をなくせば対面できる! はず!


「ワタシは構わないが、ヘイケ殿はそれでいいのか? その、暗示、とは。危険なものでは……」

「ハ、ハイィ! 大丈夫ですう!」

「こいつもこう言ってますんで、大丈夫ですよ。腕のいい魔術師がいますから。それじゃ明日の今頃、またここで落ち会いましょう」

「相わかった」


 ミア嬢の姿がギルドから消えて、俺はようやく顔から両手を外せた。


「ったく、情けねえな。『鮮烈』のヘイケともあろうモンがよ」

「あんな美人を目の前にすりゃ誰だってああなるわ!」

「はいはい」


 恋人いない歴=年齢を舐めないで欲しい。今までまともに喋れた女性など母親くらいのものだ。元々人見知りだしな!

 呆れ果てた様子のエフモントは禿頭をかきながら、暗示術の使える魔術師を呼び出しに向かった。

 その後、ばっちりしっかり暗示をかけてもらった俺は、無事にミア嬢と決闘を行い、なんと辛勝してしまった。お互いボロボロの死に体で治療院に運び込まれ、そこでミア嬢に求婚をされた俺は、バチバチにキマっていた暗示のせいでうっかりOKを出してしまった。俺のバカ! 暗示の効果はその日限りだったので、一晩寝たら元通り。俺はミア嬢の前では何もできなくなってしまった。

 これで考え直してくれないかな、と思ったのだが、にもかかわらず、ミア嬢はおいおい慣れていけばいい、と依頼完了をしてしまった。や、やさしい……。でも待って欲しかった。

 かくして晴れてミア嬢の婿となってしまった俺だが、ミア嬢のご両親に挨拶するべく旅に出た時は知らなかった。ミア嬢が竜に育てられたもと孤児で、彼女の強さが養い親の竜に育て上げられたものだ、ということを。

 なにも知らなかった俺は新婚旅行だな、と笑う彼女の眩しすぎる笑顔を指の隙間から覗き見るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婿入り冒険者 結城暁 @Satoru_Yuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説