席替えで俺の隣になりたいと女子が寄ってくる。俺ってこんなにモテていたのかと、喜んでいたら、人気者の幼馴染まで来てドキドキが止まりません。

 本鈴が鳴りLHRが始まる──担任は出席の確認が終わると「えー……テストが終わったので恒例の席替えをしますか」と言った。


 教室がガヤガヤと賑やかになる中、担任は話を続け「テスト頑張っただろうし、青春もしたいだろうから、席順の決め方は、お前たちに任せるよ。丸尾君」


「はい!」と、学級委員長の丸尾君は元気よく返事をして立ち上がる。


「こっちに来て、仕切ってくれ」

「はい、分かりました。」


 丸尾君は返事をすると教壇に向かって歩き出す──皆と向き合うように立つと「では──」と、仕切ってくれた


 ──話は割とスムーズに進み決め方が決定する。流れはまず、今日、女子が左側一列になるように好きな席を選ぶ。続いて男子が明日、右一列になるように好きな席を選ぶ。


 被った場合のため、出入り口側の一番前から数字が振られ、その数字を使ってクジ引きを行い決定する。女子がどこを選んだか内緒の方がドキドキするとのことで、男子はこれから外に出て、女子が決めるまで廊下で待機。こんな感じだ。


「──それでは男子の方、廊下に出ましょう」


 丸尾君がそう言うと、男子は立ち上がり、ゾロゾロと廊下に向かって歩き出した──。


 ※※※


 ──授業が終わり昼休みに入る。席替えの影響で教室内はいつもより騒がしかった。


「席を決めるの。一週間、余裕があるってチョーヤバいよな」と、男子生徒の声が聞こえてくる。


 確かにヤバい……一見、普通の席替えのようだが、時間に余裕があることで、要領が良い男子生徒は女子に席順を聞きに行ったり、積極的な女子は男子に席の番号を教えたりしてソワソワしていた。


 この雰囲気を例えるなら……バレンタインデーだろうか? 俺も平静を装っているが、内心ドキドキしていて落ち着かなかった。


 といっても、生まれてこの方、一度も告白されてこなかったから、今回も何もなく終わるだろうけど!


 さて、それよりジュースでも買いに行くか……っと立ち上がり、教室を出る。


 ──階段をゆっくり下りていると、後ろから「大川君」と遠慮深げに呼び止める女子の声がした。


 俺が後ろを振り返ると、そこにはチンマリとしていて可愛い雰囲気のあるクラスメイトの杏沙あずささんが、体を揺らし、落ち着かない様子で立っていた。


「なに?」

「えっと……私の席は、10番だから」

「え?」


 一瞬、よく分からなくて、そう声を漏らしたが、杏沙さんは何も答えることなく背中を向け、直ぐに階段を上がっていってしまった。


 ──席の番号を教えてくれたって事は、えっと……つまり隣に来て欲しいと? これってもう、告白だよな!? 俺はジワジワと嬉しさが込み上げてきて、手摺りに捕まりながら、階段を駆け下りていった──。


 ジュースを買い終えて、教室に戻ろうとした時、クラスメイトからお嬢と呼ばれている容姿端麗なゆいさんが、向かい側から歩いてくるのが見えた。


 唯さんはチラッとこちらに視線を向けたが、直ぐに視線を正面に戻し歩き続ける。


 なんだ……視線を向けてきたから、ちょっと期待してしまった。


 すれ違うちょっと手前で唯さんは足を止め「あ、大川君」と話しかけてくる。


 俺は「なに?」と返事をしながら足を止めた。


「えっと……席順。大川君はどこの席が好き?」


 それを聞いたところで、女子の方はもう決まっているだろうに。どんな意図があるんだろ? 


 俺はそう疑問に思いつつ「窓際かな」と答えた。


 唯さんはニコッと満面な笑みを浮かべると「そう! 丁度良かった。 私の席は26番なの! もし良かったら隣……選んでね!」と、恥ずかしそうに隣だけをボソッと言って、駆けて行ってしまった。


 何だよこれ……俺、気づかなっただけで、こんなにモテていたのかよ!? 嬉しくてニヤニヤが止まらないまま歩き出すと、正面から真紀が眉を顰めて歩いてくる


 ──俺の前で足を止めると「ねぇ、達也」と話しかけてきた。


「どうした?」

「今日の放課後、空いてる?」

「空いてるよ」

「じゃあ……久しぶりに一緒に帰らない?」


 真紀はそう言って首を傾げる。セミロングの綺麗な黒髪が揺れ、微かに女の子の良い香りがした。アイドル並みに整った顔して、可愛い仕草で見つめられたら断る理由なんてない。でも──


「お前、部活は?」

「今日だけは休むことにした」

「へぇ……じゃあ一緒に帰ろうか」

「うん!」


 真紀は嬉しそうに元気よく返事をすると、後ろで手を組みながら歩き出す──俺はそれを見送ると、歩き出した。


 余程の理由がない限り休まない真紀がね……これはひょっとすると!? ──いやいや、それは無いか。クラスで一番可愛いと言われている人気者の真紀が俺に気がある訳がない。


 だから俺は、君から少し距離を置いたんだ。


 ★★★★★


 その日の放課後。俺達は久しぶりに二人っきりで、通学路の並木道を歩き始めた──真紀は久しぶり過ぎて気まずいのか、俯き加減で黙ったまま歩き続けていた。


「──ねぇ、達也」と真紀は話しかけてきて、後ろで手を組む。


「なに?」

「どうして私の席の番号……聞いてくれないの?」

「え!?」


 それって……聞いて欲しいって事だよな!? だとすると真紀も!? ──いや、待て。杏沙さんや唯さんの場合、あまり接して来なかったから、好意があるのだと気付いた。


 だけど真紀はどうだ? ──真紀の場合は幼馴染だから隣に来て欲しいってだけかもしれない……あ~、もう! 近いからこそ、気持ちが読めない! とりあえず──。


「良いのかよ?」

「良いって何が?」

「だって……俺が隣になるって事は、勘違いされるかもしれないだろ?」


 真紀はそれを聞いて、驚いた表情をしながら俺の方へと顔を向ける。


「達也……そんな風に思っていたんだ」

「なんだよ?」


 真紀はブンブンと首を振ると「うぅん、何でもないよ」と答え、透き通った青い空を見上げた。


「私ね。中学の時に初めてあなたの隣になった時、すごく嬉しかったんだよ」


 真紀はそう言うと俺より前に出て、振り返りながら「だから勘違いされたって、全然構わないよ!」


 勘違いされても構わない? 俺は頭の中を整理したくて立ち止まる。


 真紀は笑窪を作りながら「私の番号は30番! もし良かったら選んでね」と言って、照れ臭くなったのか、俺を置いて駆けて行ってしまった。


 結局、真紀が隣を選んで欲しいと思った気持ちが、友達としてなのか、異性としてなのか、分からなかった。でも……いまは嬉しい気持ちでいっぱいだから、まぁいいか。


 ※※※


 次の週のLHRになり、男子の席順を決めていく──俺が決める番になり、「次、大川君。どこにする?」と仕切ってくれている丸尾君が聞いてきた。


 さて、どうするか……唯さんや杏沙さんを選んだら、付き合える人生だってあるかもしれない──だけど……だけど俺は「30番」と口にした。


 確実の道を選ぶのだって悪くないと思う……でも俺はやっぱり真紀の事が好きだ。自分の気持ちに素直になりたい。


 俺はチラッと教室に残る真紀に視線を向ける。真紀は嬉しそうな笑顔で俺を見つめてくれていた。


 ──最後の人が席の番号を言い終わると、丸尾君はクジが入った箱を手に取り「では被った人のクジ引きを行います」と言って、揺らした。俺はゴクッと固唾を飲み込む。


 男子生徒はどこで情報を仕入れたか分からないが、半数以上が真紀の席の隣を狙っている。だから正直、当たる気がしない。でも……それでも良いんだ。真紀が俺に席の番号を教えてくれた事実も、俺が真紀を選んだ事実も変わらない。


「──30番を選んだ人、クジを引きに来てください」


 俺はクジを引くため、平静を装いながらゆっくり席を立った──丸尾君の前にゾロゾロと男子生徒が並び、俺は5番目になった。


 ──1人目。クジを開き悔しそうに紙を丸める。──2人目も同じくクシャと紙を丸めて去っていった。


 あ~……メッチャ、ドキドキする。真紀はどんな気持ちで見守っているのだろうか? 気になって視線を向けてみる──真紀は祈るように手を合わせ、ギュッと目を閉じていた。


 ──3人目。ニヤッとした顔で紙を折りたたむ。おい、マジかよ!?


 4番目のクラスメイトが「おい、当たったのか?」と聞くと、三番目のクラスメイトは首を横に振り「いや、外れたけど、良い席だっただけ」


「なんだよ……紛らわしい顔すんな」


 まったくだ……俺もドキッとして心臓が飛び出るかと思った。


 ──4人目。クジを開くと「クソっ!」と声を漏らし、去っていく。いよいよ俺の番だ……俺は一歩前に進み、箱の中に手を突っ込む。選ぶことはせず、直感で最初に触れたものを選んだ。


 怖くて開けたくないけど、後ろが詰まってるから早くしないと……俺はゆっくり紙を開いた。すると──


「やった……」


 俺がそう声を漏らすと後ろに人が集まってきて、ザワザワと騒がしくなる。俺は引き当てたクジを丸尾君にみせ「30番」と口にした。


「確かに30番ですね。じゃあ真紀さんの隣は達也君と……」


 俺はクジの紙を丁寧に畳むとブレザーのポケットにしまう。チラッと真紀の方に視線を向けると、真紀は駆け寄ってきていて──ドンッと勢いよく俺に抱きついてきた。


「やったね、達也!」

「う、うん……」


 今の状況がとても照れくさくて、真紀の方を見ることができない。


 そんな中、真紀は不安な気持ちから解放され、気持ちが溢れたのか「──好き」と、俺に囁く。


 俺は一瞬、ビックリしたが、その気持ちに応えるため、恥ずかしい気持ちを必死に抑え、背中に手を回してソッと包んだ。


 クラスメイトの誰かが、優しく祝福の拍手をしてくれる。すると他の生徒も祝福の拍手をしてくれた。


 真紀……君はずっと俺の事を友達でも幼馴染でもなく、異性として見ていてくれたんだだな……。


 ※※※


 次の日の1時限目。真紀は俺の机に自分の机をくっ付けながら「英語の教科書、忘れちゃったの。見せてよ」と嬉しそうな笑顔で言ってきた。


「え?」

「え?」

「えっと……俺も忘れたんだけど」

「えー……」


 そう。せっかく隣になれたからと俺も今日、教科書を持ってこなかったのだ。


「どうする?」

「どうするって言ったって……」


 俺達が困っていると、ガラガラと教室のドアが開き、担任が入ってくる。俺は仕方ないので手をあげ「先生、すみません」と声を掛けた。


 担任は教壇に立つと「どうした?」と言って、出席名簿を開く。


「教科書を忘れてしまいました」

「なんだ。じゃあ隣に見せて貰え」

「いや……隣も忘れました」


 担任はビックリしたのか一瞬、呆けた表情で俺達を見つめたが、直ぐに表情を戻し、頭をポリポリと掻きながら「まったく……イチャイチャするのは良いが、ちゃんと打ち合わせぐらいしとけよ」と言って、頭から手を離す。


 そして「予備の教科書を持ってくるから、静かに待ってるように」と言うと教室から出て行った。


 理解のある担任の言葉が面白かったのか、教室内にドッと笑いが起き、賑やかになる。俺達は顔を見合わせて、クスッと笑った。


「なんだか、とっても恥ずかしい事になったな」

「うん」


 でも、青春って感じで、とても心地いい……俺達はこの機会をくれた担任に感謝しつつ、学校生活を満喫した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る