妻に裏切られた俺は、家政婦になっていた高校時代の同級生を雇うことにしました。その女性は俺に優しいので幸せです

 まったく……あいつ一緒に帰ろうって約束しておいて何処に行ったんだ? 


 俺はキョロキョロしながら校舎の裏を歩き、由香を探す──すると由香と女子の話し声が聞こえてきて足を止めた。


「ちょ、何であなたがそれを持ってるの!?」

「女の勘? ってやつで、たまたま見つけたのよ」


 由香と何やら話していたのは、男子生徒に人気のある奈々ななさんだった。


 珍しい組み合わせだな……と、様子を見ていると、奈々さんが大きな声で「返して!」と叫んだ。


「彼、好きな人居るんだって!」

「え……」

「だったらいらないよね?」と由香が言った瞬間、ビリっと紙が破ける音がする。


「あ……」

「恨まないでね。いつまでも引き摺っていたら可哀想だから、後押ししてあげただけなんだから」


 由香はそう言うと俺の方へと体を向ける。目と目が合うと、なぜかビックリした表情を浮かべたが、直ぐに表情を戻して「あ、ごめん。直ぐに行くつもりだったんだけど……」と言って、こちらに向かって歩いてきた。


「お前な。用事があるなら連絡ぐらい入れとけって」

「だから、ごめんって」


 俺が奈々さんと反対に向かって歩き出すと、由香も合わせて歩き出す──。


「ねぇ、栄治」

「ん?」

「──今の奈々さんとの会話、聞いてた?」

「ちょっとね」


 俺がそう答えると、由香は「え、どこから?」と言って、ゆっくり立ち止まった。俺も立ち止まって振り向くと「あなたが持ってるの? って聞かれている所から。あれ、ラブレターだろ? 奈々さん程の美人を振るなんて相手は誰なんだ?」


 由香は一瞬、ムッとした表情を浮かべ「栄治じゃない事は確かなんだから関係ないでしょ!」


「そりゃ、そうだけど……」

「ねぇ、栄治」

「何だよ」と俺が答えると由香はゆっくり歩き出す。俺も並んで歩けるよう、ゆっくり歩き出した。


「栄治は好きな人いるの?」

「いないよ」

「だったらさ……私達、付き合っちゃうか? どうせ誰も相手してくれないんでしょ?」

「まぁ……確かにそうだけど、ひでぇ言われようだな」


 由香はクスッと笑うと「それで、どうするの?」


「どうするのって……」


 歩きながらゆっくり考えてみたが──別に断る理由は何も浮かばなかった。


「じゃあ……そうするか!?」

「うん、決まり!」


 ※※※


 それから俺達は付き合い始め──俺が就職した後、順調に結婚した。最初はマンションを借りて過ごしていたけど、数年して親に援助してもらって一軒家を建て、いまは二人だけで暮らしている。


「ただいま」


 会社から帰った俺は、玄関から由香ゆかに声を掛ける──が、しばらくしても返事は返ってこなかった。出かけているのか? と思いながら、ダイニングに続くドアを開ける。すると奥の居間で寝そべりながらテレビを見ている由香が目に入った。


 会社で嫌なことがあった俺は、なんだよ、居るなら返事ぐらいしろよ! と、怒鳴りたい気分だったが、いつもの事だとグッと堪えて部屋の中に入る。作業着を脱ぎながら、ふとテーブルに目をやると、小さな袋に入ったお菓子が目に入った。


「由香、またパチンコに行ったのか?」


 由香はこちらに顔すら向けず「悪い?」


「いや、小遣いの範囲内でやるなら別に良いけどさ」

「だったら言わないで」

「分かった。飯は?」

「そこに置いてあるでしょ。適当に食べて」


 確かに置いてあるけど、カップラーメン1個ねぇ……由香はノソッと起き上がると「そうだ。お風呂、まだ洗ってないから食べる前に洗っておいて、先に私が入るから」


 マジかよ……とにかく疲れていた俺は、言い合いになるのを避けるため「分かった」とだけ返事をして、風呂場へと向かった──。


 風呂掃除を終え、夕飯を食べ終えた俺は、歯磨きを済ませてお風呂へと入る。生き返るように気持ちが良くて、「はぁー……」と、声を漏らしながら天井を見上げた。


「それにしても……」


 何で俺は由香と結婚したのだろうか? ──正直、分からなくなってきた。結婚する前は私も働くね! なんて言っていたのに、実際は職を探すことすらしなくなって1年以上が経つ。その代わりに家事をフォローしてくれるのかと思えば、そうでもない。


「はぁ……」と、ため息をつき両手でお湯をすくうと顔を洗う。


 幼馴染だったから、すべてを分かっているつもりだったが……どうやらそうではなかったみたいだ。


 ※※※


 数日が経ち、今日は休日。俺は買い物を頼まれ、近くのスーパーマーケットで買い物をしていた。


「えっと……」


 カートを押しながら、野菜を見ていると「あれ、栄治えいじ君?」と、後ろから聞き慣れない声で呼ばれる。それなのに不思議と懐かしい感じがして、誰だろう? と思いながら後ろを振り返った。


「あ……」


 そこには川口 奈々さんが立っていた。化粧のせいか少し大人になった雰囲気はあるけど、艶のある黒髪のおさげに、アイドルのような整った顔立ちは今も変わりなく、なんだかドキドキしてしまう。


「あ、やっぱり栄治君! 久しぶり」

「久しぶり」


 驚いた……高校の時は話す事すら滅多になかった俺の顔を覚えていてくれたのか。


「元気してた?」

「うん。奈々さんは?」

「元気だったよ。最近、どう? 確か栄治君は由香さんと結婚したんだよね?」

「あ、あぁ……どうかな?」


 正直、上手くいっていないと思ってる。だけどそれをストレートに言ってしまえば引かれてしまう気がする。でも──。


「正直、ちょっと上手くいってない気がする」


 愚痴を聞いてくれるような人が周りにいない俺は、少しでも聞いて貰いたい気持ちが強くなって、そう言ってしまった。


 奈々さんは眉を顰めると「そうなんだ……」と、声を低くして答えた。──返答に困っているのか少し沈黙が続く。


 悪い事したなと思っていると、奈々さんは「ねぇ、このあと時間がある?」


「うん、大丈夫だよ」

「じゃあさ、近くの喫茶店で少し話をしない?」

「え、あ、うん」

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