妻に裏切られた俺は、家政婦になっていた高校時代の同級生を雇うことにしました。その女性は俺に優しいので幸せです

 俺たちは買い物を済ませると、喫茶店へと向かった。店員さんに案内され、窓際に座る。まさか、こんな展開になるなんて思いもしなかった。


「私はミルクティーにするけど、栄治君は?」

「えっと……コーヒーにする」

「分かった」と、奈々さんは返事をして、店員を呼んで、注文してくれる──。


「えっと、話って?」

「ん? あぁ、栄治君が愚痴を聞いて欲しそうだったから、あそこじゃ何だしと思って」

「あぁ……そういうこと」

「そういう訳だから時間が許す限り話していいよ。私は独身だし、時間ならあるからさ」


 へぇ……こう思っちゃ失礼かもしれないけど、こんなに可愛いのに独身なんだ。


「ありがとう。じゃあ──」


 最初は遠慮しながら話していた俺だったが、これで終わりと分かっている相手だからか、それとも嫌な顔せずにウンウンと優しく聞いてくれる奈々さんに甘えているのか、次第にせきを切ったように、今までの事を話していた。


「──そうだったんだ……大変だったね」と奈々さんは言って、両手をポンっと合わせると「そうだ。私、家政婦の仕事を個人で始めたの」


 なんだ、そういう事。要は仕事を取るために話しかけてきただけか。奈々さんの言葉を聞いて、急に現実に戻された気分になる。


 奈々さんは白いハンドバッグから携帯を取り出すと「連絡先を教えるから、必要になったら連絡して」


 何か嫌なことに巻き込まれるのはごめんだし、断るか? でも、愚痴を聞いて貰ったし、こっちから電話しなければ良い話だからここは「──ありがとう。分かった」と返事をして、連絡先を教えてもらう。


 さて、奈々さんの目的は分かったことだし、もう帰るか。俺はそう思いながら立ち上がった。


「ごめん、そろそろ帰るわ」

「え、もう?」

「うん。あまり遅いと由香が怒るだろうし」

「そう……あ、仕事じゃなくても気軽に連絡してもらっても大丈夫だから」

「分かった。それじゃ」

「うん、またね」


 奈々さんは可愛い笑顔でそう言いながら、俺に向かって手を振ってくれた。正直、仕事のためと分かっていても、嬉しかった。


 ※※※


 それから数日が経ち、いつもと変わらぬ日々が続く。


 俺は会社から帰り、返事が返ってこない事が分かっていても、「ただいま」と言って家に入った。


 寂しい気持ちを抱えながら、ダイニングへと入ると、洗面所の電気が点いている事に気づいた。由香は風呂でも入っているのか。


 作業着を脱いでいると、静かな部屋に携帯の着信音が鳴り響く。ビックリした……机の上にある由香の携帯に目をやると、そこには──知らない男の名前が表示されていた。


 どうも胸騒ぎがする……義文よしふみって誰だよ。気になりはするけど、妻とはいえ勝手に電話に出るのはマズイだろうと、しばらく無視をしていると、電話は切れた。


 ──考えてみたら、ここ最近の由香の動向におかしいと思っていたことがある。以前はパチンコ屋に行くときはジャージ姿だったのに、いまはしっかりおめかしをしていったり、夜に急に出かけて来ると言って、出て行ったりとか……まさか、ねぇ。


 そう思っていると、また由香の携帯が鳴り響く。しつこいな、また義文か……少し様子をみるが、随分長いこと鳴らしてくる。俺は気になり「──もしもし」と、携帯を手に取り出てしまった。


「あれ? これ由香さんの携帯じゃ……間違えたか?」と、俺より年上っぽいが、まだ若そうな声が聞こえてくる。


「いえ、間違えてないですよ。これは由香の携帯です。いま由香は出られない状態だったので代わりに出ました」

「あぁ、そういうこと」

「失礼ですが、あなたは誰ですか?」

「俺は由香さんの彼氏です」

「え……」


 まさかとは思ったが、本当にそのまさかだったとは……驚きのあまり固まっていると、洗面所からガチャっとドアが開く音がして、由香がハンドタオルで髪を拭きながら、出てくるのが見えた。由香は俺に気づき、目を見開いて驚く。


 慌てて駆け寄ってくると「ちょっと! 何しているのよ!!」と、俺から携帯をむしり取る。


 着信表示を確認すると「あ、ごめん。いま忙しいから電話切るね」と言って、直ぐに電話を切った。


「由香、お前……」

「何よ」と由香は返事をして、俺から視線を逸らすように横を向く。


「義文って誰だよ」

「最近、知り合った友達よ」

「へぇ……あいつは彼氏だって言っていたよ」


 由香は動揺を隠せないようで、落ち着かない様子で髪を撫で始める──長い沈黙が続き、口を開けたかと思ったら、由香は「だったら何?」と答えた。


 なんて奴だ……認めやがった。正直、何があっても家族だと思っていたから、文句があっても一緒に居たが、さすがにもう我慢の限界だ……。


 俺は引っ叩きたい気持ちを必死で抑え、「別れよう。俺、浮気する奴は無理」


「──そうね。そうしましょう」


 次がもうあるから大丈夫と思っているのか、随分とあっさりしてやがる……俺は何もないってのに。


「分かった。明日、書類を取ってくるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る