妻に裏切られた俺は、家政婦になっていた高校時代の同級生を雇うことにしました。その女性は俺に優しいので幸せです

 由香と別れて数カ月が経過する。仕事の都合もあり、俺は実家に帰ることなく、一人暮らしをしていた。


 もともと家事はほとんど俺がやっていたので苦にはならないけど、一人はやっぱり寂しい。ろくすっぽ会話は無かったけど、あいつが居るだけでも違ったんだな。


「はぁ……」と、大きくため息をつき天井を見据える。


 かといって新しい彼女を見つける気も起きない。俺はズボンから携帯を取り出し、暇つぶしにSNSを開いた


「あ……」


 すると家事代行の広告が目にはいる。すっかり忘れていたが奈々さん、まだ家政婦やってるかな? 


 あの時は避けていたけど、数時間でもいい、家で誰かと会話が出来たら……俺はそう思いながら奈々さんに教えてもらった電話番号に掛けていた。


 ※※※


 あの日、無事に奈々さんと電話が通じ、家事を手伝って貰うことになった。今日はその初日。俺は帰りの車の中、不安と期待でドキドキが止まらなかった。


 ──家に着くと玄関のドアを開け、「ただいま」と入る。


 すると、揚げ物のいい匂いが漂ってきた。それだけで心が躍ったのに目の前には、白と黒のチェックのエプロンを着た可愛い奈々さんが笑顔で待っていてくれていた。


「お帰りなさい」

「待っていてくれたんだ」

「うん! 帰る時間は聞いていたからね」

「ありがとう」

「いえいえ」


 ──新婚の時でさえ、由香はそんなことをしてくれなかったので、すごく嬉しく感じる。そう思いながら廊下を歩いていると、先を歩いていた奈々さんが急に立ち止まった。


「どうしたの?」と俺が聞くと、奈々さんはホッペを指で掻きながら「何だかさっきの、新婚さんみたいで恥ずかしかったね」


 奈々さんの言動がとても可愛らしくて、こっちも恥ずかしくなる。


「そうだね」

「じゃあ、恥ずかしついでに定番の言っておく?」

「定番の?」


 奈々さんはクルッとこちらを振り向くと「御飯にする? お風呂にする? それとも私にする? ──は、さすがに恥ずかしいから、冗談でも言わないね」


 もう言っているみたいなもんじゃないか! と思いつつ「分かった。御飯にする」


「了解! じゃあ準備するね」と、奈々さんは答えて、また先を歩き出す。俺も後に続いた。


 ※※※


 食卓に着き待っていると、これからパーティーでも開かれるんじゃないかと思うぐらい豪華な料理が並ぶ。


「はい、これでおしまい」と、奈々さん言って、鶏の唐揚げを食卓に置いた。俺は箸を手に取ると「頂きます」


 奈々さんは席に座り「たくさん食べてね」と、微笑んだ。


 俺は唐揚げを箸で掴み、頬張る。噛んでいると熱々の肉汁が口いっぱいに広がり、手作りってやっぱり良いなと感じた。


「あ、ごめん!」

「え、何が?」

「唐揚げ熱かった?」

「いや、大丈夫だよ。どうして?」

「いえ、栄治君の目に薄っすら涙が見えたから」

「あぁ……奈々さんの唐揚げが美味しかったからだよ」


 本当は久しぶりに家族の優しさに触れたようで、感極まって涙が出てきてしまっただけだ。必死で堪えていたけど、見つかってしまうなんて恥ずかしい所を見られてしまった。


 奈々さんはポンっと両手を合わせると「本当、良かった! 栄治君が唐揚げ好きだって言うから、作ったんだよ」


「え? 俺、そんな話したっけ?」


 奈々さんは一瞬ハッと驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに表情を戻し「えっと……直接は聞いてないけど、高校の時に聞こえてきたから覚えていただけ」


「そういう事か」

「それより早く食べないと冷めちゃうよ」

「あ、うん」


 あぁ、良い……俺はこんな何気ない幸せを望んでいたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る