妻に裏切られた俺は、家政婦になっていた高校時代の同級生を雇うことにしました。その女性は俺に優しいので幸せです

 日曜日。俺は服が買いたくてショッピングセンターに来ていた。隣には黒を基調にした花柄ワンピースを着た奈々さんが歩いている。昨日、俺が買い物したいと話したら、ついてきてくれたのだ。


 それにしても……普段、エプロン姿とかもっとラフな恰好をしているので、こうやって余所行きの服を着ている奈々さんを見ていると、デートをしている様で照れ臭くなる。でも……大人っぽくて良く似合ってる。


「さっきからジロジロ、私の方をみてどうしたの?」

「いや……服が似合ってるなぁって」

「ふふ、ありがとう!」

「いや、こちらこそ付いてきてくれて、ありがとうだよ」


 俺はそう言いながら、目的地の服屋に入った──考えたら俺……毎日のように奈々さんと一緒に居るな。俺は嬉しいけど「──奈々さん、休みってちゃんと取ってる?」


 奈々さんは俺の服を選んでくれていたのか、商品棚をジッと見つめていたが、体をこちらに向けるとニコッと微笑んで「うん、休んでるよ。だって今日、休みだもん!」


「え、そうだったの……休みなのに何で?」

「えっと……それ聞いちゃう?」と、奈々さんは商品棚の方へ体を向けると、忙しなく髪を撫でながら「栄治君とその……デートしたかったからだよ」と、照れ臭そうにボソッと言った。


「え……マジ?」

「マジ」


 奈々さんはそう答え、商品棚から黒いTシャツを手に取り、広げる。


「──私は今、栄治君の家政婦だけど……別に家政婦として私を見なくても良いんだからね」


 ──つまりどういう事だ? 恋人や家族のように見てくれて構わないという事か? いやいやそんな訳──。


 奈々さんは手に取ったTシャツを綺麗に畳むと、商品棚に戻す。今度は紺色のTシャツを手に取り、広げた。


「──そういえば栄治君」

「え、なに?」

「ボディタッチしてくる女の子とはどうなったの?」

「何にもないよ」

「そう……」


 奈々さんはまた、手に取ったTシャツを綺麗に畳み、商品棚に戻すと「良かった」と呟いた。


 小声でもしっかり聞こえた俺は「良かった?」と聞き返す。奈々さんは恥ずかしくなったのか、プイっと俺に背中を向けると「復唱しなくてよろしい」と言って、スタスタと俺を置いて行ってしまった。


 何だか良い雰囲気だ……このまま奈々さんに好きな人居る? って聞いてみようか? ゆっくり店内を一人で歩く奈々さんをジッと見つめながら考える──いや、それを聞いてしまったら、メンタルが持たない気がするから止めておこう。


 ※※※


 それから数カ月が経った休みの日。早く奈々さん来ないかな~っとダイニングで座って待っていると、携帯が鳴る。ズボンから取り出し着信表示を見てみると、知らない番号からだった。


 ──勧誘や詐欺だったら嫌だなと無視していたが、切っては鳴らしを繰り返してきて、しつこく電話を掛けてくる。あまりにしつこいので、もう一度、着信音が鳴った時、「はい」と出てみた。


「あ、栄治。久しぶり」と、元気が無さそうに言った相手は、なんと由香だった。


 俺が着信拒否をしていたから、違う電話で掛けてきたのか? まぁ、そんなことはどうでもいい。


「なに?」

「えっと、いきなりだけど……栄治、彼女とかできた?」

「は? 本当にいきなりだな。居ないけど、何?」

「そう……じゃあさ、その……よりを戻さない?」

「はぁ!?」


 浮気相手と肉体関係まで持っていた奴が、何を言ってんだこいつ!? 


「そんなつもりはないから、もう家政婦を雇ってるよッ!」

「──そんなの、クビにすれば良いじゃない! ねぇ、家事なら私がやるから。お願い」


 今まで何もしてこなかった奴が、いきなり出来る訳ねぇだろうが……俺がそう思っている時、ダイニングのドアがゆっくり開く。丁度良かった──。


「分かったよ……数分ほど待ってて」

「え? あ、うん」


 俺は携帯を保留にして、ゴクッと固唾を飲みこむと「──ねぇ、奈々さん。前から聞きたいことがあったんだ」と言った。


 奈々さんは買い物袋を床に置き、首を傾げて「聞きたい事? なに?」と答える。


 ソッと目を閉じ、奈々さんとの思い出を振り返る──奈々さんとの思い出は、とても温かいものばかりで、どちらに転んでも、きっと大丈夫だと思えた。


 だから──目を開き思い切って「奈々さんは好きな人とか? 彼氏いるの?」と前に進んだ。


 奈々さんは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、表情を戻して横に首を振った。


「それが居ないのよね」

「そう……良かった」

「良かった?」


 俺は椅子から立つと、ゆっくりと奈々さんの方へと歩いていき、向かい合うように立ち止まった。


「奈々さんと過ごしているのは短い時間だけど、その時間がとにかく幸せで、君のこと、特別な存在だと思うようになっていました。家政婦を辞めて、俺と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」


 俺が告白すると、奈々さんは最初、キョトンと驚いた表情を見せたが、直ぐに優しく微笑み「うん、喜んで!」と返事をしてくれた。


「よっしゃ!!」と大きく声を出し、ガッツポーズをすると、携帯の保留を解除する。


「由香、約束通り。家政婦を雇うの辞めたよ」

「本当! ありがとう」

「その代わり。いま彼女が出来たから、お前とは付き合えない」

「ちょ……何それ! ふざけないでよ!!」

「ふざけてなんてないよ。いま告白してOK貰ったんだ。あのさ、この際だからハッキリ言うけど、人なんてそんな簡単に変われる訳ないだろ? どうせ同じ繰り返しになるから端から、よりを戻すつもりはないよ」


 俺がそう言うと、由香は「──もういい!!!」と、怒りをぶつけて電話を切った。


「まったく……」

「由香さん?」

「そう! 今更、よりを戻したいとか自分勝手なこと言ってきやがった」


 俺は携帯をズボンにしまうと「あの日。奈々さんに偶然出会えて、本当に良かった。そうじゃなきゃ、俺の人生はあいつに振り回されて滅茶苦茶になっていたかもしれない」


 奈々さんはなぜか表情を曇らし、買い物袋を持ち上げると、「──それ、偶然じゃなかったら、どう思う?」


「え? どういう事?」


 奈々さんは俺の質問に答えず、意味深な言葉を残したまま、台所の方へと歩き出す──。台所に着くと、買い物袋を床におろし「いまから言うこと、栄治君が傷つく可能性があるから迷っているんだけど、それでも聞きたい?」


 どうしようか……傷つくのは嫌だけど、そんな事を言われたら興味本位で聞きたくなってしまう──俺はゴクッと固唾を飲みこむと「気になるから聞いてみたい」と答えた。


「分かった」

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