クラスで一番嫌いなあいつが、クラスの人気者である幼馴染に告白しやがった。あいつに取られるぐらいなら、俺が惚れ薬を使って幼馴染と付き合いたい


「そうだ、そうだ。もっと言ってやれ」

「え?」


 教卓の中から、聞き慣れた声がする──そこから出てきたのはなんと、晴彦だった。


「え、え、どうして、そんな所にいるの?」


 晴彦は私達の方へと近づきながら「こいつの動きがちょっと気になっていて、監視していたんだ。あぁ、先に言っておくと、渚が飲んだのは偽の惚れ薬だよ」


「え、じゃあ……」

「うん、大丈夫って事!」

「良かった……」


 私は壁に背中を預ける。健二が晴彦を睨むように見つめ「どうしてお前が惚れ薬の事を知っている? どうやって差し替えた?」


「そこは言えないが、交友関係は大切にしとけとアドバイスしてやるよ。さて……お前にどんな御仕置きをしてやるか。いま渚を脅していた会話、全て録音してあるからな」

「それがどうした。それを流すという事は、圭子の事も流れるってことだぞ?」


 晴彦はポリポリと頭を掻き、ニコッと笑顔を浮かべる。


「そう来ると思った。さて、話は変わるがお前、俺のバスケットシューズを知ってるか?」


 健二はそれを聞いて、一瞬目が泳いだが直ぐに視線を戻し「盗まれたやつだろ?」


「盗まれた? いや捨てられていたんだよ。あれさ、親に誕生日に買ってもらったスゲぇー大事なものだったんだよ。だから探して、ちゃんと家にあるんだ」

「へぇ……」

「過ぎた事だし、何も言わないでおこうと思ったけど、これ。警察に渡したらどうなるかな~。目撃者の話だと素手で触っていたって言ってたしな~」


 健二は私に背を向け歩きだし「さぁな。退けよ、帰る」


「健二。二度と渚を脅すようなことをするなよッ! じゃないと本気で警察持っていくからな! あと圭子の事もそうだからな」


 健二は黙って晴彦の横を通り過ぎ、教室を出ていく。


「ふー……まったく。本当にあいつは好きになれねぇ」と、晴彦は言って歩き出す――。


 向き合うように私の前で止まると「大丈夫か?」


「うん、大丈夫。ありがとう」

「なぁ圭子の事だけど、犯罪って何?」

「あぁ、そっか。会話だけじゃ分からないよね。実は圭子がコンビニで万引きをしているような写真が写っていたの」

「ふーん……あいつがそんな事をする訳ないじゃん」

「だよね! ――でも家庭環境が複雑だから、ちょっと気になっちゃって」


 晴彦は窓際に向かって歩き出し、カーテンを開け始める。


「きっと、あいつがそう見える様に写真を撮っただけだよ」

「あ――きっと、そうね!」

「圭子の事を信じてやろうぜ」

「うん!」


 ──少ししてカーテンを開け終わった晴彦が、私の所へ戻ってきて立ち止まる。


「さて、帰ろうか?」

「そうね」


 私達は肩を並べて歩き出し、実験室の出入口へと向かった。


「ねぇ、晴彦。何で健二を監視していたの?」

「あいつさ、数日前に俺の席に来てこう言ったんだ。渚に何をしたのか分からないが、俺は諦めないからな。お前がビックリするやり方で手に入れてやるって」


 晴彦は実験室のドアを開け、どうぞと手を動かす。


「ありがとう」

「うん」と、晴彦は返事をして実験室から出るとドアを閉めた。


「その言葉が気になって、監視したり聞き込みをやってたらさ。あいつが友達に惚れ薬の事を聞いてきたって情報が手に入って」

「あぁ、だから惚れ薬の事を私に聞いてきたのか!」

「そういう事」


 私達は肩を並べて歩き出し、下駄箱がある方へと向かって歩き出す。


「あとは割と簡単だったかな。あいつ自慢したいタイプだから惚れ薬を手に入れて、持ってきている事を友達にポロッと話していた訳よ」

「なるほどね。差し替えたのはどうやったの?」

「盗みをしている様で嫌だったけど、体育の授業の時にやったんだよ」

「あぁ……あの時か。ところで惚れ薬はまだ持ってるの?」

「うん、持ってるよ」


 私は晴彦に向かって手を出し「貸して」


「何で?」

「何でって捨てるから」

「いいよ。俺が捨てておく」

「え、いいよ。私が捨てるから」

「何で?」

「何でって晴彦こそ何で?」


 晴彦はなぜか私から視線を逸らす。


「いや……信じてない訳じゃないけど、その……他の男に使われたら嫌だなって」

「はぁ!」

「ごめん」

「ふふ、なーんてね。私も同じ事を考えていた。じゃあさ、一緒に捨てて帰ろうか?」

「そうだな。そうしよう」


 私は晴彦の腕に触れるぐらい近づき、手を握る。


「ねぇ、それって本物かな?」

「んー……どうかなー……噂を信じて渚に使おうとしたけど、実は偽物って事もあるかも? だし、なんとも言えないな」

「じゃあ……私たちで試してみる?」

「なに馬鹿なこと言ってるんだよ。俺達にそんなの必要ないだろ?」

「ふふ、冗談よ。それが聞きたかったの!」


 あぁ、幸せ……惚れ薬なんて無くたって、こうやって気持ちが通じ合っている。


「ところで渚、さっきのセリフ、カッコ良かったよ」

「さっきのセリフ?」

「ずっとずっとってやつ」

「あ~!!」

「どうした!?」


 晴彦は急に大声出した私にビックリしたのか、目を丸くして私を見つめる。


「さっきの録音してあるって言ってたよね?」

「うん」

「消して」

「駄目だよ。証拠なんだから」

「じゃあ、私の所だけでも消して」

「ダーメ!」

「どうしてよ?」


 晴彦は私の手をキュッと握り締め「そりゃ、嬉しかったから何回でも聞きたいからだよ」

 その言葉を聞いて高揚感に包まれ、一瞬、言葉を失う。


「──もう……そんなこと言われたら、消してなんて言えないじゃない」

「あ? 何だって?」

「何でもない! 本当は聞こえているんでしょ? 意地悪ね」


 晴彦は子供の様な屈託のない笑顔を浮かべ「意地悪したくなるほど、渚の反応が可愛いって事だよ」


「なにそれ、迷惑」

「ははは」


 晴彦の心地よい笑い声を隣で聞きながら、ラムネを食べ合ったあの日の事を思い出す。


 実は惚れ薬に書いた大人の部分は私が付け加えたもの。


 大人になっても永遠に愛し、愛されていたい。そんな想いが込められていた。

 どうやらそんな必要なかったみたいね。


「ねぇ、晴彦。あの時に言った言葉、本当にそう思っているからね。だからその……ずっと一緒に居ようね」

「うん、もちろんだよ」


 ――――――――

 続編 晴彦 視点

 ――――――――


 健二が渚に惚れ薬を飲ませようとしてから数日が経つ。健二はスッカリ大人しくなり、何もしてくる気配は無かった。放課後、俺と渚が廊下で話をしていると、圭子が近づいてくる。


「ハル君、ちょっといい」

「あぁ」

「今度の日曜日なんだけど、その……買い物に付き合って欲しいんだけど空いてる?」

「ほぇ? 空いているけど、何で俺?」


 圭子は茶髪のロングヘアを撫でながら「私って男友達、あなたしか居ないから……」


「あ、ごめん。そういうことか。良いよ」と俺が答えると、渚が手をあげ「はい、はい、私も行く」


「いや、お前。いま日曜日は用事があるって話していただろ?」

「大丈夫になった」

「嘘つけ」

「──もう! そんなに二人だけで行きたいの?」

「いや、そういう訳じゃないけど外せない用事って言うから」


 渚はフグのように頬っぺたを膨らませると、「もう良い!」と、怒って歩いて行ってしまった。


「あ、拗ねた」

「私のせいで、ごめんね」と圭子は申し訳なさそうに眉を顰め、両手を合わせる。


「あぁ、大丈夫。後でフォローしておくから」

「ありがとう。弟の誕生日選びに男の人の意見を聞きたかったから」

「そういうことか。圭子は優しいな」


 圭子は照れくさそうに微笑むと「そんなことないよ。それじゃ待ち合わせ場所とかメールするから」


「うん、わかった」

「楽しみにしているね」

「おう」


 ※※※


 約束の日曜日になり、俺はショッピングモールへと向かった。


 ここには中心に大きな噴水があり、そこが待ち合わせ場所になっていた。遅れないように10分ほど早く向かったが、圭子はネイビーブルーのワンピースに髪を束ねて、いつもと違う大人っぽい雰囲気を醸し出しながら待っていてくれた。


 俺が「ごめん、お待たせ」と近づくと、圭子は嬉しそうに手を振り「そんなに待ってないから大丈夫だよ」


 ほのかに柑橘系の香水の匂いがする。それにお化粧もバッチリしているな。


 鋭い目つきをしているから、学校では敬遠されがちだけど、こうやってみると、とても美人だ。学校とは違う同級生の姿をみるとドキドキしちまうな。


「えっと……何を買うとか決まっているの?」

「ごめん、男の子が欲しいもの分からないから、決まってない」

「そう。じゃあ上から順に見ていくか」

「そうね」


 俺たちはゆっくりと肩を並べて歩き出した──雑貨屋に洋服、スポーツ用品と見て回り、最終的に服屋に戻る。


 俺は財布が置いてある商品棚の前で立ち止まると「この財布なんてどう?」と、黒い長財布を手に取って、圭子に差し出した。


「あ、カッコいいかも」と圭子が手を伸ばし、受け取った瞬間、圭子の指が俺の指に触れる。


「あ……」

「ごめん!」と圭子は恥ずかしかったようで、直ぐに手を引っ込めた。


 おいおい、何だよこの雰囲気……結構、恥ずかしいものがあるぞ。


「あ、いや。大丈夫」

「えっと……買うのそれにするね。来年、高校生だから必要でしょ?」

「うん。そうだね、良いと思う」


 圭子は財布を受け取るとレジへと向かった──戻ってくると「ふふ、あなたに付いてきて貰って良かった。この後だけど、何か予定ある?」


「ないよ」

「じゃあさ、近くの公園で休んでいかない?」

「いいよ」


 ──俺たちは近くの公園に着くと白いベンチに座った。寒いからか、周りには誰も居なかった。


 圭子は座るなりポケットから携帯を取り出し、なにやら操作を始める。俺は終わるまで黙って待つことにした。


 しばらくして圭子は携帯をポケットに戻すと「今日はありがとうね」


「どう致しまして」

「──あのさ」

「ん?」と俺が返事して、圭子の方へと視線を向けると、圭子はポケットから可愛くラッピングされたピンクの袋を取り出していた。


「これ、今日の御礼」

「え、そんなの良いのに」

「遠慮しないで、せっかく作ったクッキーだから受け取って欲しいな」

「あ、そうなんだ。分かった、ありがとう」


 俺は圭子から袋を受け取り、後で食べようとポケットに入れた。


「いま食べてくれないの?」

「え?」

「美味しくできたから、いま食べて欲しいな……」と、圭子が悲しげに言うので、俺は「あ、ごめん!」と謝って直ぐにポケットから取り出す。


 リボンを解いて袋を開けると、チョコチップクッキーを1個つまみ「頂きます」


「どうぞ、召し上がれ」


 圭子はハートでも付きそうな可愛らしい声でそう言って俺を見つめる。俺は照れくさくて視線を逸らして、クッキーを口の中に入れた。


「美味しい……これ、普通に売れるんじゃない?」

「本当! 嬉しいな。実はそれね、隠し味が入っているの」

「へぇー、隠し味って?」と、俺は返事をして圭子の方へと視線を向けると、圭子は見覚えのある茶色い瓶を持っていた。

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