クラスで一番嫌いなあいつが、クラスの人気者である幼馴染に告白しやがった。あいつに取られるぐらいなら、俺が惚れ薬を使って幼馴染と付き合いたい

 その日の放課後、重い足取りで化学実験室へと向かう──健二以外に誰かが居てくれれば良いけど……実験室に着くとそう思いながら深呼吸をして、ドアの引き手に指を掛け、ゆっくりとドアを開いた。


 実験室内はシーン……と静まり返り、健二がカーテンを閉めたのか薄暗かった。奥の方で座っていた健二がスッと立ち上がり、ゆっくり歩いてくる。


「やっと来たか」


 薄暗いせいもあり、いつもに増して嫌な気持ちが膨らむ。


「何の用ですか?」

「まず奥の方に入れよ」


 私は黙って奥へと進む。すると健二はドアの方へと向かい──ドアの鍵をカチャッと閉めた。


「ちょっと、何やってるのよ!」


 思わず怒鳴り声を上げてしまう。


「念のためだよ。さて、誰かに気付かれたら厄介だ。こっちも早めに済ませたい」と、健二は言って、ズボンの中に手を突っ込み──何やら瓶のようなものを取り出す。


 部屋は薄暗いけどカーテンの隙間から零れる光で、微かだが茶色の瓶だと分かる。


 まさかね……晴彦が惚れ薬の話をするから、嫌な予感が頭を過ぎってしまった。


 健二が瓶の蓋を開け、乱暴に瓶を揺らしながら中身を掌に乗せると、一粒を指に摘み、私に見せてきた。


「これ。何だと思う?」


 ゾクッ! と悪寒が走り、言葉に出来ない衝撃を受ける。健二が見せてきたのはSNSに載っていたのとソックリな惚れ薬だった。


「──分からないです」

「あっそ。惚れ薬だよ」

「そんなのある訳ないじゃないですか」

「だったら試してみる?」

「結構です!」

「ふふふ」


 健二が薬の乗った手を差し出し、垂れ目をいつも以上に垂らしながらニヤけた顔で近づいてくる。


「遠慮するなよ。惚れ薬なんて信用してないんだろ?」

「だから、いらないってば!」


 私が逃げ回っても健二は追いかけてくる。ついに教室の角まで追い込まれてしまった。健二のニヤけていた表情が戻り、フッと冷たい表情へと変わる。


「そんなに嫌がって、友達の圭子がどうなっても良いのか?」

「え……圭子って、なに? あなた圭子に何をしたの!?」

「何もしてないよ。あいつが勝手に犯罪をしただけだ」

「──どういうこと?」


 健二がズボンから携帯を取り出し、操作をすると画面を見せてくる。そこに写っていたのは圭子がコンビニで、ポケットの中に何かを入れている姿だった。


 え……万引き?  ──いや、外見はちょっとヤンチャだけど、中身は気弱な女の子。


 そんな事できるはずがない──でもこの写真は何? もしかして家庭のイライラを発散するために手を出しちゃったの?


「これ、バレたらどうなるかなー。卒業間近な大事な時期だから、きっと大変な事になるだろうなー」

「卑怯ね、あなた……」

「何とでも言えよ。最後に勝ちゃ良いんだ」


 健二が私に向かって壁ドンをしてくる。なんとも気分が悪い、壁ドンだ。


「さぁどうする? こいつを食べたら、この写真、削除してやるよ」


 圭子はもう一人の幼馴染……見捨てることなんて出来ない。かといって、こいつを好きになるのは嫌だ。誰か来ても鍵が閉まっていて入れないし、どうすれば良いのよ──。


「グズグズするな! さっさと決めろ!!」


 こいつが持っている惚れ薬が本物とは限らない。私のように作っただけかもしれない。それに──。


「分かった。食べる」


 健二はニヤァーっと薄気味悪い笑みを浮かべ「じゃあ、手を出せ」


 私が手を出すと、健二は湿った手で、惚れ薬を掌に乗せてくる。惚れ薬は健二の手により溶け掛り、ベタベタとしていた。


 これを口に入れなきゃいけないのか……一粒つまみ、口に運ぼうとすると「おい、何で一粒なんだよ。全部食べろよ」と、健二が言った。


「え? 全部って?」

「渡したやつ、全部だよ」


 渡された惚れ薬は少なくとも5つ以上はある。こいつ分かって言っているのか?


「えっと……そんなにいらないんじゃない?」

「良いから黙って食えよ」


 こいつ、分かって言っているな。これで一週間だけ我慢すれば良い道は断たれた。


「遅せぇ! 誰か来ちまうから早くしろ!!」

「焦らせないで!」


 私は惚れ薬をジッと見つめ、ゴクッと唾を飲み込むと――意を決して掌に乗ってい薬を飲み込んだ。


 健二はニヤニヤと笑みを浮かべ「晴彦のやつが悔しがる顔が目に浮かぶぜ」


 こいつは……本当に私が欲しかったの? プライドを傷つけた晴彦に復讐したかっただけなんじゃ……いずれにしても、惚れ薬は私の口の中で溶け、体内へと流れていく。あぁ……むかつく。ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「こんなことしたって、私はあなたのものにならないから!!」

「なに!?」


 健二は私の一言を聞いて私を睨みつけ、あからさまに不快な表情を浮かべた。


「私は幼い頃から、ずっとずっと晴彦が好きだった。十年以上、築いてきたその想いが惚れ薬なんかに負けるはずがない! 例え今この瞬間、駄目だったとしても、きっとあなたに別れを告げ、晴彦の元に戻れるって信じてる! その時は覚悟しなさい!」


 惚れ薬……いや、こいつになんか負けたくないという気持ちが爆発する。健二は驚いたのかポカーンっと口を開けていた。

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