親の再婚で義理の妹と同居するようになった。天真爛漫で可愛い妹は俺に懐いてくれているけど、俺は君に手を出せない

 次の日の昼前。俺は大学近くの喫茶店に亜希を呼び出した。友達が送ってくれた動画で大体の事は分かっている。亜希は俺が告白した時より前から、バイトで知り合った先輩と付き合っていた。それが俺の浮気相手だ。


 だったらなぜ俺に告白したのか? それは幼馴染を誰にも渡したくないという独占欲から来ていたとの事だった。当然、腹は立つ……腹は立つけど俺は全て亜希が悪いと怒れない理由があった。それは──。


「瑠衣、お待たせ」と、亜希はバッグをソファに置き、俺の向かいに座った。


「探りあって話しても時間の無駄になるから単刀直入に言うね」

「なによ、真剣な顔して」


 俺は鼻で深呼吸をすると「亜希、浮気してるよね?」とハッキリ言った。


「は? ──そんな訳ないじゃん」

「嘘をつかないで……俺、証拠の動画を持ってるんだから」


 亜希は驚いている様で、目を丸くして「嘘……」と、声を漏らした。俺が「本当だったんだね」と、言うと、亜希は黙って俯く。


「俺も後ろめたいことがあってさ、別に怒る気は無いよ。実は俺……亜希と付き合う前に気になる子が居たんだ。でも、その子との関係を壊したくなかったから、亜希を選んでた」


 俺は亜希に頭を下げ「だから、ごめん」と謝り──頭を上げると「今日、亜希にはこう伝えようと思って呼んだんだ。俺達、もう別れよう。今までありがとう、楽しかったよって……」


 亜希はまだ俯いたまま、黙っている。俺は返事があるまで待つことにした──。


「分かった……浮気した私が、こう言って良いのか分からないけど──私も楽しかった」

「ありがとう」


 俺はスッと立ち上がり、亜希に背を向けると、それ以上は何も言わずに喫茶店を後にした。


 ※※※


 アパートに帰り「ただいま」と中に入る。居間に居た香澄はスッと立ち上がり「お帰り……」と出迎えてくれた。


 香澄は不安そうに眉を顰め、俺を見つめている。俺は安心させたくて直ぐに「終わったよ」と、伝えた。


 香澄は明るい顔を浮かべ「よ……」と、声を漏らすが、直ぐに表情を曇らせ、口を閉じた。きっと無事に解決して良かったと言いたかったのかもしれない。


 だけどそれは別の意味も含んでしまう。だから俺に気を遣って、必死にその気持ちを奥へと押し込んだんだと思う。


 俺は香澄の頭を優しく撫でると「腹減った。飯を作ってくれない?」


「うん!」


 香澄は元気よく返事をすると、俺が触れた頭を擦りながら台所へと歩いて行った──これでまた、高校の時のような生活に戻れる。俺はホッとした気持ちで香澄を見つめていた。


 ※※※


 そんなある日の昼間のこと。突然、正さんが俺のアパートを訪れる。ドアを開けていた香澄は「お父さん! 何でここに……」と、驚きの声を漏らす。


 正さんは香澄を見るなり、強張った表情で「やっぱりここに居たのか! お前は何をやっているんだ!!」と、怒鳴った。


「父さん、落ち着いて。とりあえず周りに迷惑が掛かるから、中に入ってください」

「あ、あぁ……」


 正さんはそう返事をすると、アパートの中に入った。俺は香澄に「確か冷蔵庫にペットボトルのお茶があったはず、用意して」とお願いした。


 俺は正さんと一緒に居間に向かい、正さんは手前、俺は向かい合うように奥へと座った。とりあえず香澄が来るまで話を進めるのを待つ。


「はい、お父さん」と、力強く香澄がお茶を置くが、正さんは何も返事をしなかった。


 えっと……何、この気まずい雰囲気。香澄が黙って俺の横に座ると、俺は直ぐに「それで……どうしたんです?」と二人に聞いた。


「──香澄が突然、仕事を辞めて瑠衣の所に行くと言い出したんだ。だから俺と口論になって家を出て行ったから、連れ戻しに来た」


 俺は香澄の方を向き「何で?」


「何でって……」と、香澄は答えるが、そこから先は何も言いたくないようで、口を閉ざした。


「とにかく帰るぞ。ここに居たら、瑠衣に迷惑が掛かるだろ?」

「迷惑なんて掛けてないよ! ねぇ、お兄?」

「う──」


 うんと俺が言い掛けた時、正さんは被せる様に「そんなの本人が言える訳ないだろ!? 良いからサッサと帰るぞ!!」と、怒鳴って立ち上がる。


 まずい! そう感じた俺はすかさず立ち上がった。


「何だ、瑠衣」と、正さんは俺を睨みつけ、威圧するかのようにそう言った。


 正さんは感情的な人だから、正直、怖い……言動次第では殴られるかもしれない。緊迫感がヒシヒシと、伝わってきて、握っている手が汗ばんでいるのが分かる。


 でも……理由は分からないが、そんな正さんに歯向かってまで、香澄は俺のところに来てくれた。その想いに応えたい!


「お父さん、お願いがあります。本当に俺、香澄が居ると勉強も捗るし、とても助かってます。だから……だからせめて俺が卒業するまで、一緒に居させてください」


 俺はそう言って深々と頭を下げる──正さんがいま、どんな表情をしているのか見ることは出来ない。でも、動いた様子はなく黙り込んでいた。


「私からもお願いします! 働いてないことが気に入らないなら、働きながらでもお兄をサポートします! だから、一緒に居させてください」


 チラッと香澄の方に視線を向けると、香澄も立ち上がり、深々と頭を下げていた。


「──もう……勝手にしろッ!!」


 そう怒鳴り声が聞こえ、俺は顔を上げる。正さんは俺達に背を向け、玄関に向かって歩いていた。


「ありがとうございます!」


 俺は御礼を言って、また頭を下げる。正さんはまだ怒りが収まらない様で、バンっと力強くドアを閉めた。


「はぁ……良かった」


 俺がそう言うと、温かい香澄の手が、俺の手を包み込む。香澄はあまり、正さんに逆らってこなかったのだろう……小さく柔らかい手は微かに震えていた。



「お兄、ありがとう」

「本当の事を言っただけで、何もしてないよ」


 俺はそう答えながら、香澄の手をギュッと握りしめた。


  ※※※


 その日の夜。俺は暗い部屋で天井を見据えながら、今までの事を振り返っていた──香澄がこっちに来てから、一週間も経たずに香澄は亜希の浮気現場に遭遇した。


 そんな偶然、本当にあるのだろうか? ──香澄が行き成り仕事を辞め、こっちに来た理由はそこにあるんじゃないか? ──考え過ぎか?


 いずれにしても、香澄は父親に歯向かい一歩踏み出してくれた……俺はいつまでも母親の鎖に縛られていて良いのか!? ──いや、そんなのは嫌だ!


 俺は香澄の方に体を向け小さく「香澄? 起きてる?」と、声を掛けてみた。


「うん、起きてるよ。どうしたの?」

「あのさ……この前の返事だけど、俺も香澄のことが好きだよ。もちろん、妹としてじゃない、異性として君を愛してる」

「え……本当?」

「うん、本当」


 俺がそう返事をすると、香澄は何やらモソモソと動き始める。何をやってるんだ? と思っていると、香澄の手が俺の布団に侵入してきた。


 コツンと俺の指に当たると、やっと見つけたといった感じで、指を絡めてギュッと握り締め「えへへ、嬉しい」と言ってくれた。


 暗くて表情が見えないのが、とても残念でならないが、とても愛おしく思える。


「俺……親がどうとか、失うのが怖いとか……そんなんで逃げるのやめるから。何かがあっても君を守るから……だから、俺と付き合ってくれないか?」

「うん、もちろんだよ」

「ありがとう」

「──ねぇ、そっちに行っていい?」


 俺は布団を持ち上げ「もちろんだよ」と答える。敷き布団の端に移動すると、香澄が入ってくる──俺は持ち上げていた掛け布団をソッと下ろした。


「俺が無事に卒業して就職が決まったら、結婚の話も進めような」

「うん! ──大好きだよ、瑠衣」

「うん、俺もだよ」


 俺はそう返事をすると、香澄の唇に自分の唇を重ねた。

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