可愛い幼馴染はいつの間にか俺に素っ気ない態度をするようになっていた。それでも俺は君から目が離せない


「おはよう」


 俺は横から、下駄箱で内履きに履き替えている佳奈恵かなえに挨拶をする。佳奈恵は俺の方に顔を向けることなくボソッと「おはよう」と、挨拶をして、そそくさと行ってしまった。


「またかよ……」


 挨拶はしてくれたものの、佳奈恵の素っ気ない態度がどうも引っ掛かる。あんな風になってしまったのはいつからだろうか? 靴を履き替え、廊下を歩きながら振り返ってみる──。


 佳奈恵と俺は家が近くて、小学校の時は毎日、一緒に登下校していた。小学校高学年になってから、かわれることもあったけど、それでもお互い楽しく過ごしていた俺達は全く気にしていなかった。


 中学に入って別のクラスになってから、時間が合わなくて登下校できる機会は減ったけど、何か変わった気はしなかった。


 だとすると高校からだろうか? 確かにまた同じクラスになれた時、話しかけた時にはもう、素っ気ない態度になっていた気がする。でも何で? ──まったく何も思い当たらない。


「おはよう」


 俺はクラスメイトに挨拶をしながら、教室に入る。先に教室に入っていた佳奈恵は、大人しい女の子にも明るく挨拶をして、話しかけていた。


 佳奈恵から目を離し、自分の席に座る。通学鞄を机に掛けると、窓際で話している佳奈恵にまた視線を向けた。


 朝日でキラキラと光りそうな長いサラサラの髪に整った顔立ち、切れ長の目に気さくな性格。彼氏は居ないと思っているけど、狙っている男子は少なくないと思っている。高校に入った佳奈恵はホンノリとお化粧をしているからか、ますます可愛くなったと思うから……。


 何が原因かは分からないが、嫌われてしまったことは分かっている。それでも俺は……君から目が離せない。


 ※※※


 授業が終わり、休み時間に入る。あまりジロジロと佳奈恵をみるのは、もっと嫌われると分かってけど、どうしても目を向けてしまう。


 佳奈恵には失礼だろうけど、可愛い動物をずっと見ていたい! そんな感覚だろうか。コロコロと変わる彼女の顔を見ていると、ふとした拍子に目と目が合ってしまう。


 佳奈恵は困ったように眉を顰めると、直ぐに目を逸らしてしまった。俺も直ぐに視線を逸らし、顔を隠すかのように頭を抱える。


「はぁ……」


 やってしまった……きっと気持ち悪いとか思われてしまったに違いない。今日はもう、佳奈恵を見るのは止めておこう。


 ※※※


 放課後になり、俺は部活をするため美術室へと向かう──美術室のドアをガラガラ……っと開けると、目の前で座りながらデッサンをしていた真弓まゆみがこちらを振り向いた。


 真弓はパァァァ……っと明るい笑顔をみせ、立ち上がると俺に近づく──俺の前に立ちガシッと腕を掴むと「ねぇねぇ、先輩。アドバイス貰いたいところがあるんです! こっち来てください!」


 人懐っこい性格からか、ちっこい背のせいか、真弓には申し訳ないが、いつも子犬のように感じてしまう。


「分かった」


 真弓は俺の腕をグイグイ引っ張りながら案内をして、丸椅子に座る。コンテを持つと「この人物のバランスが上手くいかなくて」と言いながら指した。


「どれどれ……十分上手く描けていると思うけど、確かに顔のバランスが悪いね」


 俺は気になるところを指さしながら「そこをもっと削ぎ落したら、もっとシャープになってカッコよくなるんじゃないかな?」


「えー、どこです?」

「そこだって」と、俺は体を近づけ、指をさす。その時、真弓のポニーテールの髪から、ほのかにシャンプー? の香りが漂ってきて、距離が近い事を意識してしまう。


 ふと真弓の横顔に目を向けると、そこには男子に人気なのがよく分かる可愛い顔があって、俺は急に照れくさくなり、真弓から少し体を離していた。


 真弓はコンテで指しながら「ここ?」


「いや違う。ここだって」と指をさすものの、真弓は首を傾げる。真弓はスッと立ち上がると「もう! 分からないので、先輩がちょっと描いてみてください」


「仕方ないな」


 俺が椅子に座り、コンテを手に取って「ここをこんな感じで削ぎ落せば良いんじゃない?」と説明すると、真弓は横からヒョッコリ顔を出し「ふむふむ……」


 ち……近い。さっき意識してしまっただけにこの距離はちょっとヤバい。コンテを握った手から汗が滲み出てくるのが分かる。


「じゃあここのバランスも変えた方が良いですかね?」

「あぁ……かもね」


 真弓の顔がスッと離れ、名残惜しい気持ちと、ホッとした気持ちが入り混じる。


「先輩、ありがとうございます!」

「いえいえ」と、俺は返事をして立ち上がる。後ろを振り返ると、美術室の出入り口で

 怖い顔をして立っている佳奈恵が目に入った。


 ゲッ……まずい所を見られた? 付き合ってもいないのだが、何だか気まずくて、俺は佳奈恵と目を合わせないように、コソコソと美術室を出て行こうとする。


「あれ? 先輩、今日は描いて行かないんですか?」

「あぁ……ちょっと用事を思い出して」

「そうですか……」と、残念がる真弓に背を向け、歩き続けると、佳奈恵が「良かったね」と、話しかけてきた。


 俺は足を止め「何が?」


「可愛い女子とイチャイチャできて」

「イチャイチャなんてしてないよ」

「そう」

「佳奈恵は今から彫刻の続きをするのか?」

「えぇ、そうよ」

「じゃあ、頑張ってな」

「えぇ」


 佳奈恵は素っ気なく返事をすると、美術室の中へと入っていった──何だかモヤモヤする。こんな気持ちになるなら、ドアを閉めておけば良かった……。

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