いつもあなたに出来る訳ないでしょと煽って来る幼馴染に、俺は出来る奴だと分からせるため、好きな人に告白する

 花火大会当日。俺は芽依が選んでくれた甚平に着替え、香水を付けると、一人で河原に向かった――。


 花火が始まるまであと5分という所で、目的地に到着する。


 ここは花火が打ち上げられる場所から少し遠い土手だから、音が小さく迫力はないが、人に邪魔される事無く見えるので、俺と芽依は小さい頃から、ここで花火を見上げていた。


「よいしょ」


 とりあえず草むらに座り、花火が上がるのを待つ――数分して微かにアナウンスが聞こえて来て、もうすぐ始まるのだと分かる。


「いよいよか……」


 周りに人はチラホラと居るものの、一人で見上げる夜空は何だか寂しい。


 そう思っていると一筋の光が空へと上がり、鮮やかなオレンジ色の大輪の花を咲かせた。


 破裂音と共に、光がパラパラと散っていく。


 次々と上がっていく色取り取りの花火を俺は黙って見つめる。


 いつになったら、彼女は現れるかな。


 ※※※


 一時間が経過し、微かに終わりのアナウンスが聞こえてくる。結局、花火が上がっている間に俺の隣には誰も来なかった。


「さてと――」と、呟いて立ち上がる。


「湊」


 聞き慣れた女の子の声が、俺の横から聞こえてくる。


 体をそちらに向けると、そこには赤と白の可愛らしい浴衣を着た芽依が立っていた。


「相手の女の子、来なかったの? 最低!」


 芽依は可愛らしい顔を台無しにして、眉を吊り上げ怒った表情を見せている。


 俺に近づき、腕を握ると「タコ焼き奢ってあげる! 行こ」と、グイッと俺の腕を引っ張った――。


 それでも俺が動かなかったからか、芽依は首を傾げる。


「どうしたの? 行こうよ」

「怒ってくれているんだ」

「当然でしょ!」

「それは焼き餅から?」

「はぁ! そんな訳……ないじゃない」


 芽依は最後の方をボソッと言って俯いた。


「そう……残念だな。俺はそうであって欲しいのに」

「え……」


 芽依が顔をあげ、円らの瞳を丸くしながら驚いている。


「俺がずっと待っていた相手を教えてあげる。それは……君だよ」

「それって……」

「うん、俺が告白したかったのは芽依だったんだよ」

「――何でそんな回りくどいやり方を?」


「俺って昔から意気地なしだろ? だから君に『出来るわけないでしょ』って煽られなきゃ、何も出来なかった」


「君にそう言われるとね。不思議とやり遂げなきゃって気持ちが湧いて来たんだ。きっと好きな人に良いところを見せたい! そんな気持ちが力になっていたんだと思う。だから今回もやり遂げたくて芝居をしたって訳」


 芽依は黙って俺を見つめ、ポカーンと口を開けている。


「私が来なかったら、どうするつもりだったの?」

「きっと来る、そう信じていたよ。だって芽依は昔から『出来る訳ないでしょ』って煽った後、様子を見に来ていたじゃないか」

「知ってたの?」

「何年、一緒に居ると思ってるんだ?」


 芽依はソッと目を閉じ「ふっ……気付かれない自信があったのにな」と、笑う。


「それで、返事は?」


 芽依は目を開け「返事って?」と、首を傾げる。


「告白の」

「今したっけ? 私に分からせてくれるんでしょ? はっきり言ってよ」と、芽依は言って、ニヤニヤと小悪魔のような笑顔を浮かべる。


「自分だと分かったら、強気にでやがって――分かったよ。ハッキリ言う」


 情けないことに、いざとなったら緊張で足がガクガク震える。


 それでも俺は勇気を振り絞り、両手をギュっと握ると――。


「俺は昔から芽依の事が好きだった。だから付き合って欲しい」


 芽依は嬉しそうにニコッと笑顔を浮かべる。


「湊、屈んで頭を下げて」


 言われたとおり屈んで頭を下げると、芽依はいつものように優しく頭を撫でてくれる。


「私の負けね。凄い、凄い」


 芽依の手が止まると、俺はスッと姿勢を戻す。


「それじゃ返事ね。私の言葉に負けず、いつも頑張ってくれる湊の事が好きだよ。これからも宜しくね」と、芽依は照れ臭そうに髪を触りながら、そう言った。


「うん」


 嬉しさが込み上げて来て、ジワジワと高揚感が体中に染み渡っていく。


 嬉しさのあまり言葉を見失い、しばらく沈黙が続いた。


 とにかく会話を続けたくて最初に浮かんだ言葉は――。


「何で浴衣なんだ?」

「えっと……あなたがもし振られたら、一緒に御祭を回ろうかな~……って思って」


 うつむき加減でそう言う芽依が、何とも可愛らしく思える。俺は本能に身を任せ、芽依をギュっと抱き寄せていた。


「じゃあ……タコ焼き食べに行こうか」

「うん。さっきからそう言ってるじゃない」

「ふっ……そうだったな」


 俺は芽依を離すと、手を差し出す。芽依はニコッと笑顔を見せると黙って俺の手を握った。


 いつものように手を繋ぎながら、屋台の並ぶ方へと歩き出す。


「もう少し一緒に居たいから、タコ焼き買ったら、ここに戻って来ようね」

「分かった」


 ※※※


 俺達はタコ焼きを買い終わると、土手に戻った。肩を並べて座り、タコ焼きが入ったパックを開ける。


「頂きます」

「はい、どうぞ」


 例え花火が上がっていなくても、二人でこうしているだけで、心が満たされる。


「なぁ、芽依」

「なに?」

「こんなことを聞いて良いのか分からないけど、俺のことを手伝ってくれた時、どんな気持ちだったんだ?」


 芽依は爪楊枝で刺したタコ焼きをパックに戻すと「聞きたい?」


「うん。俺が回りくどい事をした事で、芽依を傷つけてしまったのなら、謝りたいと思って」


「そう言う事……正直ね、すご~く複雑だった。幼馴染としてあなたをサポートしたい気持ちと、女として好きな人を渡したくない気持ち……そんな気持ちが入り混じっていた」


 芽依は体育座りをしながら、落ち着かない様子で体を前後に動かし始める。


「あなたに香水を買ってあげたでしょ?」

「うん」

「実はあれ……湊の後ろには女が居るんだぞ~、アピール」

「そうだったの?」

「うん」


 芽依はクスッと笑うと「女って怖いでしょ?」


「――ごめん、やっぱり悩ませていたんだね」

「湊はどうだったの?」と、芽依は言って、動きが止まる。


「どうだったって?」

「私が急に話しかけ無くなって、どう思った?」


「寂しくて、不安で……何度かメールをしようと書いては消してを繰り返していたけど、後戻りをしてしまえば、やり遂げられない気がしたから、ずっと我慢をしていた」

「そう……だったらお互いさまじゃない」

「そう言って貰えると助かる」


 芽依が腕を伸ばし、楊枝の刺さったタコ焼きを手に取る。


「話はこの辺にして、タコ焼き食べよ。冷めちゃったら美味しくないからさ」と、芽依は言って、タコ焼きを口の中に入れる。


 きっと、暗くなってしまった雰囲気を変えたかったのだと思う。


「美味しいね」

「うん、美味しい」


 芽依が俺に寄り添い、肩に頭を預けてくる。


「ねぇ湊、今度はどんな事で分からせてくれるの?」

「そうだな……まだ決めてない」

「そう……じゃあ、楽しみにしているね」

「うん、楽しみにしていてくれ」


 本当はもう決まっている。だけどそれは、まだまだ先の話だ。


 今度こそ君の力を借りずに、俺が出来る奴だって分からせてやるからな。


 俺はそう思いながら、芽依の頭の上に頬を寄せた。

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