第15話の3
美紗が金谷登美子の同僚を誘って、浅草の美術館長の金谷義信に会いに行った日、午後2時に一心と一助は再び遠辺野憲重と会う約束をしていた。
「何回も、すみません。ちょっと確認することができたもんだから」
「何だよ、何回も。で?」
「ちょっと、前にお会いした時、倉庫の水道水で過冷却水作ってとお聞きしたのですが、間違い無いですか?」
「お〜、だって倉庫だったから他に水ないから」
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらえますか?それをやってみようと思いまして」
「えっ、何でそんなことするんだ?事件は俺が務所へ入って決着だろうが」
「それが、どうやらそうではないみたいで、何か試すとまずいことでも?」
「い、いや、そんなことはない」
「じゃあ、知り合いの冷凍倉庫やってる人のとこで試そうと思いましてね」
憲重は口を曲げてうまくいかない時の言い訳でも考えているのだろう。
「宅さ〜ん、一心来たよ〜」
裏から、老人が出てきた。30年来の付き合いのある宅家真(たくや・しん)という倉庫業を営んでいる。
50センチ四方のガラスケースを台車に乗せて蛇口の側に置いてホースを中に入れる。
「憲重さん、これで良いんだよね?」
無言で頷く憲重、顔に不安の文字が書き込まれているようだ。一助はずっと憲重を睨み続けている。
蛇口を捻ると勢いよく水道水がガラスケースに入ってゆく。10分もかからず7分目まで水が入った。そして、代車ごと冷凍庫に置く。宅さんの話だと30分でマイナス10℃にはなるだろうと言う。一応念のためガラスケースには温度計が入っている。5分待って温度を見にゆく。まだプラス5℃だ。さらに5分待つ。今度はマイナス1℃になった。5分後に見るとマイナス8℃になっている。憲重を呼んで、凍っていないことを確認させる。見た目だが。
親指くらいの氷の塊をチャポンと落とす。氷は一旦は20センチくらいまで沈んで水面からかおを出し、プカプカ浮いている。
「憲重さん、水凍らないね?」
憲重はガラスケースに手を入れる。しゃっけーと叫んで手を抜くが凍らない。それから間も無く表面から凍り出した。
「憲重さんがやった時の温度と手を入れた時の温度とどっちが冷たかった?」
「お、同じか・・な」
「そうとしか言いようが無いよな。今が冷たいなら、憲重さんがやった時にも凍らない。今のが温度が高いと言ったら、すでに水は凍っていたことになっちゃうからね」
「どこでやったんですか、憲重さん。誰か他にいたんじゃ無いですか?過冷却をやった人」
そこに美紗から電話が入った。分かった、と返事をして憲重を睨む。
「今、事務所から浅草美術館の金谷館長宅から、14年前のお前の部屋の写真と同じものが見つかったよ、それに加えて別角度の写真もな。今回の美術館と同じ前後上下左右から撮ったものだ。今回も、あんたが殺した証拠だな」
さすがに憲重は顔色を失った。
「ち、違う。俺じゃない、俺は今回は関係ない!あの親父が勝手にやったことだ!」
「嘘つけ!お前が4人も殺したんだ」
「違う!あいつは、もう7、8人殺してるんだ!俺は14年前、現場見られて、通報されたくなかったら、言う通りしろって脅されて、写真とる手伝いをしただけだ!本当だ。あれ以来、俺は犯罪なんか犯してない!」
「憲重!嘘言うな!3人でレイプ失敗したろうが」
「あれは、あいつらが、やるって言うから、のっただけだ」
「そういえば、何でお前留置されていないんだ?」
「知らん、警察に捕まって、何日かいたら帰って良いって、言われたんだ」
「それで、あいつって誰だ?」
「あいつだ、金谷なんとかって浅草の美術館のやつだ」
「殺したの7、8人ってどういうことだ?」
「あいつは、14年前に撮った写真が気に食わなくって、その後一人で女さらっては過冷却水に放り込んで、写真撮って、それを雪山に捨てたり海に捨てたりしたんだ。見つかって山で遭難とか、海に飛び込み自殺かとか報道されてたの見た。娘が死ぬ前に呼び出されて、手伝えと迫られたが断った。あんな気持ち悪いことできないってな。その時にあいつが自分でそう言ったんだ。嘘じゃない、こんな事嘘ついてもしょうがないだろう!」
「娘は誰が殺した?」
「それは知らない。けど、あいつじゃないの?相応の設備もいるし、第一普通の人間だったら過冷却水に人を放り込むなんて出来ないぞ」
「そうか、よく話してくれたな。何か違ったら、共犯だからな!」
「嘘は、言ってない。もう務所はイヤだ」
「何言ってんのよ。レイプ魔が」
「一回も成功してない」
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