第12話 依頼
今朝は雨が降ったのか肌寒かった。そろそろ梅雨入りの時期なので、洗濯物が乾きにくくなるなぁとぼんやり考えながら、身支度を整えていつも通りの朝を過ごしていた。今日は仕事終わりにあちらの弁護士に電話を入れることにしているので、少し気持ちを鼓舞して家を出た。
職場に行くと、永島が会社に顔を出していた。
「よっ、久しぶり。」
「おう、お前どうしたの?」
「ちょっと実誠の顔が見たくてさ、顔をだしたんだ。」
「そうなのか?あいつ会う時間あるのかなぁ。」そうこう話をしていると、専務がやってきた。
「永島さんではないですか、ちょっと僕と話しませんか。」そう言って専務は僕に目配せをした後、専務の部屋へ連れていった。その間に実誠に電話をして永島が会社に来ていることを伝えた。
「専務から電話がかかってきて聞いた。それで今日専務が行く予定だった外回りを、行くことになって、今日は戻らないことになった。資料をお前から渡して貰うように言われたので、例のノートパソコンに入れて駐車場に持ってきてくれないか、僕は彼が専務の部屋に入ると同時に駐車場に向かうから。」そう言われたので、急いで情報システム部にパソコンを立ち上げ、専務のパソコンのデータを一旦僕のパソコンに保存し、そこからノートパソコンにデータを移した。準備が整ったら直ぐに駐車場に向かい、実誠にパソコンを渡した。
「永島さん、あちらでの研修は如何ですか?」
「順調ですよ。最初の頃はよく怒られましたけど、最近はそれもなくなりました。」
「そうですか。あちらではどのようなことをされているのですか?」
「そうですね、あちらでは秘書の方について、どう動くのかを見て覚えて言ってます。」
「あちらでの生活はどうですか?」
「物価は高いです。近くに食べるところが色々あるのですが外食してると、お金が足りなくなるので最近はなるべく自炊をしています。」
「そうですか、観光はされました?」
「近くにビーチがあったり、公園があったりするので、そういったところで過ごすことが多いですね。」
僕は実誠を見送ったあと、専務に電話をした。
「あっ、電話だ。ちょっと失礼。あっ、もしもし、はい、はい、了解しました。話の途中ですみません。」
「あっ、僕はそろそろ社長の顔を見てきます。」
「そうですか、では僕も同行しましょう社長室まで。」
僕は社長室に向かった。すると専務と一緒に永島が社長室の前にいるのが見えた。
「あれ、永島まだ社長に会ってないの?」
「おうこれからだ。」
「じゃあ入ろうか。」そして僕らが社長室に入ると、秘書の野村さんが社長の椅子に座って社長のパソコンを触っていた。
「君はそこで何をしている。」
「そのままそこに立ってもらえる。」
そして僕は彼のパソコンを覗きこんだ。
「これは?」
「社長に頼まれて。」
「けどこのUSB野村さんのだよね。」
「…はい。」
「社長のせいにしないでくれるかな。」そして僕は八反さんに連絡し、ウイルス検知をすぐに行ってもらうようにした。
「このUSB悪いけど預かるよ。」
「野村さん、これ社長のパソコンだから君触ってはいけないのはわかるよね。」そうしてると八反さんから再度連絡があり、ウイルス検知したとのことだった。それを専務に伝えると、専務は野村さんに自宅謹慎するように言い伝えた。ついでに社長はと聞くと、お出かけになりましたと応えたので、社長室のパソコンのLANケーブルを抜き、社長のパソコンの状態を正常に戻した後、社長室の鍵をかけ部屋を出ることにした。
「社長出かけたんだったら、僕も帰るかな。」そう言って永島も会社を後にした。
僕は情報システム部に戻り、八反さんからウイルスの検知のことを聞いた。すると箕島さんが前に手を打ってくれていたので、会社のシステムに入り込むのは防げたようだった。それで原因のUSBの中のウイルスも対策をとったあと、中身を確認した。すると、これまでの横領に関するデータがあったのでそれを印刷し、そして社長のパソコンの中のデータも取り出し印刷をした。
思わぬところから彼の不正の証拠を得ることができた。そして彼が社内に勝手に入れないように、システムを触っておいた。
社長秘書が自宅謹慎になったことは、専務より総務部長と人事部にも伝えられたようだった。総務部長より連絡があり、IDの操作の依頼があったのでその時に知ることになった。それで、永島についても、今は勝手に社内をうろつかれるとこまるので、彼のIDも操作するように依頼された。そして僕は再度システムで永島の分も変更した。
昼過ぎに長山さんから、昨日のお話の件ですが、お受けしようと思いますと言ってきたので、僕はわかったと返事をした。それともう一つの件ですが、部長が一緒に行って頂けるのなら、母と一緒に伺いたいですと言っていたので、そうしたら、今週末に時間が取れるか聞いてみようと伝えておいた。
長山さんが部屋を出るとすぐ、会長に電話をした。すると楽しみにしてると伝えてくれと言っていたので、再度長山さんを部屋に呼んで、会長の伝言を伝えた。
今日も朝からイレギュラーなことが起きたが、無事に仕事を終えることができた。そして僕は一度家に戻ってから、あちらの弁護士事務所に電話を入れた。
「…もしもし、日方法律事務所藤田です。」
「SWEETS株式会社の東浦です。お世話になっています。」
「ああ、データはいつ持ってこれそうですか?」
「いや、大変申し上げにくいのですが、依頼をお断りしようと思いまして、ずっと待って頂いたのにこのようなことを言うのは申し訳ないのですが。」
「そうですか、ちなみにこのあとどうされるのですか?」
「それが、母が動いてそちらに任せてあるんです。」
「そうですか、わかりした。」
「また今度何かありましたら、お願いするかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。」
「わかりました。」そういうと、僕は電話を切った。
この後だ。どれくらいで電話がかかるかなと待ち構えていたが、この日は電話がならなかった。僕は少し拍子抜けしてしまったが、かかってこないならそれでいいかと思い、シャワーを浴びてから晩御飯を作り、食べた後はゆっくりしていた。
翌日会社に行くと、また永島が会社にきていた。
「またきたのか?」
「おう、あのさ、弁護士変更したの?」
「えっ、何で?」
「何でって、僕はあいつの秘書なんだけど。」
「今は違うだろ?ところで弁護士変更の件、誰から聞いたの?」
「えっ?」
「もし弁護士からだっから、守秘義務違反になるんじゃないのか?」
「そうなのか?」
「弁護士に聞いてみればいいだろう。」
「わかったよ。そんでさぁ、実誠に会えないか?」
「僕は知らないよ。社長業で忙しくしているみたいだけどなぁ。僕も行くわ。じゃあな。」そして僕はさっさと社内に入っていった。その後彼がどうしたのかは知らないが、昼に外に出た時にはいなかった。
昼からは情報システム部のミーティングがあるので、会議室を開けて中に入ると、続々と情報システム部のメンバーが入室してきた。それで先週からの報告と昨日起こったウイルスの件について話をした。それからこの前から加納さんが行っていることの進捗についても報告を受けた。加納さんなりに考えてくれてはいるようだが、もう少し違うアプローチで考えてみてくれと言って、再度木宮さんにもサポートをお願いした。
ミーティングが終わり、今日も残り終業時間までは通常の業務についた。
水曜日に永島が顔を見せたっきり、こちらには連絡がなかったのでそのままほっておいたが、母に週末に長山と彼の母を祖父のところへ連れて行くと連絡をしたら、その時に永島の情報を聞かせると言っていたので、実誠に連絡をして祖父のところに行くように伝えた。その時に永島の接触について聞いたが、それはないと言っていたので、週末にそれぞれ向かおうと言って、電話を切った。
週末になり、あらかじめ長山さんと約束した場所まで、車で迎えに行った。そこで長山さんに似た優しそうな母よりも少し上くらいの年齢くらいの人が横に立っていた。
「長山さん、こちらお母様かな。お待たせしました。車に乗ってください。」そう促すと二人は車に乗り込んだ。
「拓実さんですね、いつも息子がお世話になっております。それとこの度は色々動いて頂いてありがとうございます。」
「いえ、僕は何も。まぁうちの母ですよ。言い出したの。ご存じでしょう、うちの母。」
「ええ。」
「緊張しなくて大丈夫ですよ。長山さんも、僕もいますしね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」そして僕らは祖父の邸宅に向かった。
祖父の邸宅に着くと、母が玄関に立っていた。そして開口一番待ってたわよ、今日は覚悟しなさいと笑いながら言っていた。なので僕は大丈夫ですよ。心配しないでと言って一緒に中に入っていった。
中に入るとダイニングにはご馳走が並んでいた。そしてまず祖父のいる部屋へ行き、対面をした。
「久しぶりだな。元気だったか。」
「はい。色々お世話になりながら、連絡せず申し訳ありません。」
「いや、こちらが悪いんだ。それは気にしなくていい。それでこっちが、修一か。」
「はい、会長が名前をつけてくださいました。」
「拓実の秘書だったな。遠くからは見ていたが、中々話すことができなくて、お前にも申し訳ないことをしたな。」
「いえ、母から聞いていましたから、恨んだこともないですし、まさかこういう機会がくるとは思っていませんでした。」
「そうか、今日はゆっくりそちらで食事をしながら、色々話をしようじゃないか、ただ役一名うるさいのがいるけどな。」
「母さんだろ。さっき玄関で先制パンチくらったよ。母さんらしいけど。」
「そうか、では向こうに行こうか。」そう言ってダイニングに向かうと、実誠と伯母さんも到着したようで、みんなで席に着いた。
そしてこちらを辞めてからのことを話してくれたのだが、それを聞いて祖父は泣いていた。そしてその話の途中を遮って、母が話だした。
「修一、拓実から聞いてると思うけど、海外研修のこと。修一ママはどうするか決めた?」
「はい、母は日本に残ります。」
「そうしたらさぁ、修一ママ、ここに住んでくれない?嫌だったらいいけど。」
「でも、それは奥様に申し訳がたたないです。」
「いや、母さん亡くなってるし大丈夫よ。ここにいてくれたほうが、あなたを守ることができるしどう?」
「そうだな、君が嫌じゃなければ、わしが最期を迎えるまではここにいてくれないか。」
「そんな最期だなんて。でも、本当によろしいのですか?」
そしてそこにいる人の顔を一人一人確認するようにみたあと、その顔をみて了承してくれた。そして実誠が引っ越し屋に連絡しようかと言うので、母が明日引っ越しで言っといてというので、そこにいたみんな苦笑いしていた。そんな話の後、母から祖父に部屋借りるわといって、僕ら三人が呼ばれた。
「はい、そこに座って。修一は私の横に。」そして興信所の情報を見せてくれた。そこには野村さんと永島が会ってるところだった。どうやら野村さんは永島の父の会社にいた人のようで、二人が色々画策していたようだった。それで、弁護士の方にもこれを渡すようにと、この時の音声も聞かされたので、これも渡すように言われた。それで長山に、母が我が弟よ、これからも我が息子を頼むぞよと彼の肩を抱き寄せ笑いながら言っていた。
それで、臨時株主総会を招集しようとしているけど、彼らにそんなことができるのかと僕は思っていたが、株主が緊急提案すればできると思われると、母が話をしていた。それでそれまでにこれを追加の証拠として渡すように言われたので、週明けに連絡をとることにした。
翌日は長山親子が会長の邸宅に引っ越すことになった。僕は実誠と一緒に教えてもらった長山の家に向かい、引っ越し作業を手伝った。長山の家は祖父が一軒家の借家を借りていて、そこに住んでいた。長山の母はあまり物を置かない人なのか、荷物もそんなになかった。そして昼前には準備ができたので、今度は皆んなで祖父の家に向かい、昼食後に片付け作業を手伝った。
引っ越しが無事終了し、僕らは邸宅を後にしたのだが、その後母が間に入って話をしたようで、長山も植野の姓にはいることになったようだ。それで長山が明日仕事を遅刻するとのことだったので、こちらから総務に連絡を入れることにした。
翌日会社に行くと、総務に長山の遅刻について伝えておいた。後来たら長山の件で手続きがあるので、あらかじめ準備をしてもらうように伝えた。
それから八反さんに、追加の証拠がでたので持っていきたいのですがと言うと、今日丁度伯父のところに行くので渡しておきましょうかと言って貰えたので、持ってきたデータを預けることにした。
しばらくすると、専務から連絡があり、臨時株主総会を開くことになったと連絡がきた。
僕は専務からの連絡を受けて、直ぐに母に連絡を入れた。そして僕がそこに入るにはどうすればいいかと言うと、専務に言って潜り込めと言われたので、専務にお願いすることにした。
八反さんが今日伯父の弁護士さんのところに行くって話をしていたので、再度八反さんに、今日僕も行って構わないか聞いたところ、伯父に伝えておきますと言ってくれたので、今日急だが伺うことにした。
臨時株主総会の話は専務からも社長に伝えられたようで、実誠からも僕に電話があった。そして帰りに八反さんのお宅に行くことを伝えると、頼んだよと言ってきた。
仕事が終わり駅前からタクシーに乗り、八反さんのお宅に向かった。そして、八反さんも別で後から直ぐに到着し、一緒に中に入っていった。
「急にすみません。緊急でお伝えすることがあったのと、あと追加の証拠が出たので伺いました。」
「緊急事項とは?」
「一週間後に臨時株主総会が開かれることになりました。」
「ああ、いよいよですね。こちらは準備できていますよ。それから追加の証拠ですか。」
「はい。それで会社で預けておいたデータを八反さんが出してくれた。」
それをパソコンで確認してもらうと、これは決定的な証拠を手に入れましたねと笑顔で返された。その後これは横領になるので、会社として彼らを刑事告訴することができますが、それはどうされますかと聞かれたので、お願いしますと言っておいた。
そして僕はその後、会長の邸宅に向かい弁護士の八反さんから言われた内容を会長に伝えた。それで刑事告訴についても話をすると、そうかと言って悲しい顔をしていた。まぁそばに今は修一の母がついていてくれるので、大丈夫だとは思うが念の為修一に様子を見てくれるように頼んだ。
家に帰ってからも実誠に連絡をした。すると、実誠が伯母と一緒にこちらに来るって言うので、先にシャワーを浴びて到着を待っていた。しばらくすると、インターフォンが鳴ったので二人を招きいれると、伯母が差し入れと言って、晩御飯を持ってきてくれた。
「実誠くんから聞いたわ。疲れたでしょ。」
「そうだね、八反さんのところに行ってから、また会長のところだからね。」
「そうよね、お疲れ様。これ温かいうちに食べなさい。」
「伯母さんと実誠は?」
「僕らは食べてきた。」
「お茶いれようか。」
「伯母さんが入れてあげるわ。あなたは食べなさい。」それで僕は思いがけず、美味しいご飯にありつけた。
食事を食べてる間は、伯母さんも実誠もお茶を飲んで待っていてくれた。そして食べ終わると、伯母さんが洗い物もしてくれたので、そのまま僕は座って待っていた。それで伯母さんも椅子に座ったところで今日の話をした。そして刑事告訴されることも。実誠はそうかと言って寂しそうにしていた。友人と思っていた奴に裏切られていたとは考えもしなかっただろう。それでその話を聞いていた伯母さんが、実誠に話をした。
「実誠くん、あなたは支えてくれる人が沢山いるのよ。今は辛いかもしれないけどね、みんな実誠くんに寄り添ってくれるから、彼と戦ってきなさい。伯母さんは家で待ってるから。ねっ。」そうすると実誠もうんと頷いていた。しばらくして、もう遅いからと伯母さんと実誠は帰っていった。
翌日仕事に行くと、永島が会社に顔を見せた。
「よっ、聞いたか?」
「何をだ?」
「臨時株主総会。」
「ああ、そうらしいな。」
「議題知ってるか?」
「さぁ。」
「社長の横領の件だよ。」そして僕は眉間に皺を寄せて永島を注意した。
「滅多なこと言うもんじゃないぞ、こんなとこで言うといずれ自分の首を締めることにならないのか?」
「大丈夫だよ。それだけお前に言っててやろうと思ってな。」
「そうか。」そして彼は会社の外に出て行った。
会社の入り口では他の社員もいた為、混乱するのではないかと思っていたが、僕が冷静に返したこともあって、全くと言っていいほど、混乱にならなかった。
情報システム部に到着すると、専務にこのようなことがあったと報告をしておいた。実誠にはこのことを言うのは昨日の様子を見てると耳に入れない方がいいだろうと判断したので、実誠には言わなかった。
それから長山さんが今日からIDが植野となっていたので、情報システム部のメンバーは驚いていたが、祖父と彼の母が再婚しましたのでと伝えると、なるほどと皆さん納得されていた。長山さん改め植野さんは少しまだ慣れないようだったが、僕は技と植野さんスケジュールの確認しましょうかと言って、部屋に連れていった。
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