第2話 僕、実誠のこと
「実誠くん、忘れ物ない?引っ越すなんて伯母さん寂しいわ。いつかはね、この家を出るとは思っていたけど…。」
そう言うこの人は、僕の母の兄嫁さんにあたる咲さんで、母がわりの人だ。母が居なくなってから、伯父さん夫婦の元で育ててもらった。伯父の植野左京は、SWEETS株式会社の代表取締役社長である。伯父さんは僕にはあまり関心がない。伯父さんのところに引き取られることになったのも仕方なくだった。伯母さんには良くしてもらっていたので、凄く感謝している。
この度僕はSWEETS株式会社の専務取締役に就任することになった。大学を卒業して五年目でという異例とも思われる人事だが、祖父の意向が入っているので仕方がない。元々僕はこの会社に勤める気はなかった。けれど祖父に手を回され、ことごとく採用試験は不採用となった。まぁ半ば諦めこの会社に入社した。取り敢えず実績は積んだ上でこの役職には着いたが、鶴の一声で体制が変わったりする。祖父は我が社の大株主なので仕方がないのだが…。
それで今日僕は引っ越しをする。セキュリティーの整ったマンションだ。そこは友人が見つけてきた。いつも伯父さん達の保護のもと生きてきた。自分の意見が通らない中、今回は内密に進め動いた。そして前日に伯母さんにだけ引っ越す旨を伝えたのだ。
何故セキュリティーにこだわるのか、情報もれを防ぐためと、監視から逃れる為、この二点が大きい理由だ。
いつも僕は不思議に思っていた。家での会話や行動、友人等、全て祖父に筒抜けだった。そしてある時、部屋に盗聴機がしかけられていたり、学校外では僕を監視するものがいるのに気付く。そしてそれからは、大学を選ぶ際もやりたい事も含めて、それなりのことを言って、学生の他には事前許可された者でないと学校の敷地には立ち入ることができない大学に進学を決めた。高校や大学の友人達は僕の事情を察してくれて、学外で会う時も密接していないと会話が聞き取れない場所を選んでくれ、そこで色んな情報をもたらしてくれていた。今回家を選ぶ際も友人に協力を仰いだ。祖父の手が及ばなくする為、友人に部屋を契約してもらい、その部屋を間借りさせてもらう形をとった。その友人は今僕の秘書をしてくれている。そして僕が引っ越す前に対策を取ってくれた状態で、身ひとつで引っ越すことができた。着る物も全て新しくした。そうすると、祖父はある行動に出た。
僕は秘書に祖父の動向を探ってもらうようにしていた。そして伯父の動向も。この二人は表面上はいい関係に見えるがそうでもない。なので僕を専務取締役として据えたものの、今回の僕の行動によりもう一つの対応を模索し始めたのだろうと思う。なので、事前に先手をとることにした。僕が直接動くと目立つので、友人を通すことにした。
新しい部屋は、とても心地が良い。仕事でもプライベートでも一緒って、何だか気持ち悪い気もするが、それぞれのスペースを確保できているので問題は無さそうだ。念の為鞄や服は盗聴妨害している部屋に置いて、そこで着替えを行っている。友人も然りだ。キッチンは一つしかないので、お互い当番を決めたりして自炊するようにはしている。今までやったことなさそうなのに出来かるのかと思われるかもしれないが、子供の頃から伯母さんの手伝いをしていたし、独り立ちした時の為にと家事を教えて貰っていたので、それを今実践に移した形だ。
友人とは高校からの付き合いだ。大学も同じ、そして同じ会社に入社した。何故そういう風になったのか、話せば長くなるのだが、元々友人は提携している会社の息子だったのだ。高校合格後に会社のパーティーに参加した時に初めて会い、凄く気があった。その後同じ高校に入学した時にクラスが一緒になり、友人関係を築いていった。その後大学を卒業の年に、友人の父が亡くなり会社を祖父が吸収合併したので、その会社の社員や入社内定しているものは、そのままこの会社が引き受けた形だ。
お互いに入社後、僕は営業部へ友人は管理部秘書課に配属された。同じ部署へは、だいたい一人から二人ずつ配属される。僕の部署へは二人、友人の部署へは二人、その他経理部門は一人、工場内は少し多く六名配属、開発部一名、庶務課二名、総務課二名、広報課一名だったと思われる。それから五年、主任に抜擢されたものも中にはいる。僕もその一人だったが、この間まで主任と呼ばれていたのに、そこから異例の人事だった。同期は驚いていたが、友人だけはいつも通りだった。そして友人も専務取締役秘書になった。僕の秘書って嫌じゃないのかと聞いてみたが、彼は何でも話しやすいので気持ちは楽だと言っていた。
そして僕には相談役がいる。専務になってから祖父の意向で伯父の秘書が相談役についた。専務の仕事について教えてもらう為ということと、祖父や伯父からの監視役であると思われる。
家でゆっくりしていた時、友人から少しいいかとリビングで話すことになった。すると友人からあいつに連絡をとって会った時、祖父の秘書が接触してきたらしい。その結果はこうだと言ってきた。やはりなと思っていた。あちらの会社にも祖父の手がかかったものが入り込んでいたらしい。あいつは一応考えさせてくれと言ってあるが、本人はめんどくせぇ状態だそうで、断っても何かしかけてくるだろうと話していた。
実はあいつも、僕らと同じ大学に通っていた。たまたま入学した時に、友人が間違えてあいつに声をかけたことから、お互いを知ることになった。あいつは僕の存在は父から聞かされていたらしい。なので実誠だろって声をかけてこられた時は驚いた。僕はその時一人っ子として育てられていたので、存在自体知らなかった。そしてその頃から父とも交流ができるようになった。ただ、あいつが僕の事情もわかっていたので、あいつの携帯やパソコンからということだった。あいつ自身も、こちらの身内と直接関わりを持つのは避けていたので、なるべく学校の外で会うことはしなかった。間違えられないよう、帽子やサングラスで変装もしてくれていた。
学生時代、僕は何となくあいつのすることが理解できていた。あいつもそうだろう。なのでいつも一緒にいても、思考が似ていてあまり揉めることがなかった。持ち物もだいたい似ていた。ある時上から下まで服装が同じ時があった、その時はお互い苦笑いするしかなかった。友人も勘弁してくれと行っていた。
僕たちにはある計画があった。そしてそれを誰にも邪魔されたくなかった。祖父達の動向を探る中で、今度は直接あいつに接触するだろうと予測できたので、祖父に取り込まれる前に緊急であいつに接触してもらうよう友人に頼んだ。
友人があいつと接触した時、あいつの会社に入り込んでいた木下だが、その後海外にいるある人によって情報がもたらされ、そいつはクビになったそうだ。それからはまだ連絡がないと言っていた。今は収まっているかも知れないがそうもいかなくなるだろうことが予想できた。祖父があいつを取り込みにくるだろう。そして僕らは、計画に協力してくれないかと申しでた。ただあいつは今の会社を辞めてまではと言っていたので、こちらに来ることは保留された。だがもしあいつがこちらに入るとなった時の為に対策を練ることになった。
まず友人にもう一人の同期の秘書に、もしあいつが入社してきた時にこちらとの連絡係になってくれるよう依頼してもらった。友人と、この同期は互いに協力し合い、秘書という仕事を全うしてきた。あまり役職とか拘りがない奴なので、友人が僕の秘書になっても、そうか頑張れと送り出したくらいだ。今は営業部全体の管理をしている。
友人が同期の秘書と二人で会った時に、ある話をもたらしてくれた。それは、僕が会長秘書に呼び止められ、横付けされた車に乗り込んで走り去って行ったというのだ。もちろん僕ではない。あいつがとうとう会長と直接面会することになったんだろう。恐らく、あいつは動くことになり、我が社にくる。そしてそのことを当日まで黙っているだろう。
会長も入社当日までは、僕には言わないだろう。何故ならあいつを隠し玉のようにして、僕と競わせるつもりだからである。僕は競うのはあまり興味がない。なのであいつが計画に協力してくれるのならば、今の地位なんてどうでもいいのだ。
翌日の昼頃、伯母さんから連絡があった。僕の専務取締役の就任祝いをしたいから、週末に帰って来なさいとのことだった。別にいいんだけどなぁ、そういう風に言っていると、友人が行ってこいよ、何か情報が聞けるかも知れないぞって言われたけど、どうせ伯母さんと二人でだからなぁ、まぁ親孝行も兼ねて行きますかと思い直した。そして伯母さんへのプレゼントを買って行くことにした。
週末実家へ帰ると、伯母さんは喜んでくれた。帰るとすぐに花束を差し出した。伯母さんは花がとても好きで庭のガーデニングも伯母さんが綺麗に育てている。センスもいいのだろう。そして、案の定伯父さんはいなかった。そして二人だけのお祝いが始まった。ダイニングテーブルにはご馳走様が並んでいた。そして伯母さんの近況を聞いたところで、伯父さんの話になった。
「この間ね街に買い物に出かけたの。それでね、あれどこだったかしらね、まぁそんなことより伯母さんが疲れて入った喫茶店でね、主人を見かけたのよ。でもね、伯母さん声かけずに反対側の見えないところに座ってね、話聞いたんだけどね、梨本さんにこの情報を渡せばいくらになるのかとかそういう話してたの。それでね、これ会社にとっていいことではないんじゃないのかしらと思って、実誠くんに言っておこうと思ったのよ。」と言われた。
伯母さんからそんな情報をもたらされるとは思わなかったが、これかなりまずいぞと思った。梨本ってライバル会社の営業部長じゃないか、この会社どうするつもりだ。そして伯母さんに僕は言った。
「僕がこの件を調べてみるから、伯母さんは誰にもこのことを言わないで。それとね伯母さん、もしこの件が公になったら、伯父さんの立場は無くなるけど、あっ、そういえばここ盗聴されてるから既にまずいかも。」
そう言うと、伯母さんは、そうなったら離婚するから大丈夫よ。外に女いるんだから、慰謝料踏んだ食ってやるわ。と言っていた。頼もしいけど、どこに住むんだそうなったら。伯母さんは、後先考えずに行動してしまうところがあるから、証拠集めとくか。そして僕は散々ご馳走様になり、食べきれなかったものは、持って帰りなさいとタッパに詰めてくれた。そして伯母さんにはくれぐれも一人で動かないでって伝えておいた。
帰ってすぐに友人に、伯父の浮気のことと証拠を掴むこと、離婚に強い弁護士の紹介の依頼、それと伯母さんがしてくれた伯父さんの情報漏洩の話を伝えた。すると浮気のこと黙ってようと思ったんだけどと言って、証拠写真を出してくれた。弁護士についてはまた調べておくがと言って、もう一枚写真を出してくれた。実はこの店での話聞き取れてなくて、ただ相手がフーズ四宮の梨本さんだったから、詳しく調べる必要があるとは思ってたと言っていた。そして情報漏洩のことについては、新しく特許をとろうとしているあの製法についてではないかとのこと。そして今何処が管理しているのかと、詳細を調べることにした。
翌日会社に到着すると、伯父の秘書が訪ねて来た。相談したいことがあると。会社の僕の部屋には当然だが盗聴機が仕掛けられているだろうから、下手なことはできない。なので仕事が終わってから、飲みに行くついでに聞くことになった。
そして時間が経ち、個室のある居酒屋へ行った。それで相談したいことってと聞くと、
「社長と会長の狭間でこれまでやってきたが、このところ社長の様子がおかしいところがある。秘書の私にも隠した行動が多い。フォローも出来なくなってきている。会長は新しく入社する人材の為の秘書の準備を進めてくれと、ただ内容は内密に動けと言われている。まあそれはいいとして、社長のことは見えないし、何を信じて動けばいいのかわからなくなるんですよ。僕はどうすればいいのかわからなくなってるんです。」
そう言ってきた。まぁ愚痴と言えばそうなのだが、それで聞いてみた。その新しく入社予定の社員はいつからなんだと。そうすると二十一日からくると言うことは聞いていますと言われたので、そうしたら秘書の件は、僕の同期のもう一人の秘書がいいだろうと伝えた。もし何故かと聞かれた場合、彼は優秀ですし、同期が専務秘書なので、彼と切磋琢磨してきましたので新しくきた方の支えるにはいい人材かとと言うのはどうだろうと。そうすると、わかりました彼を推薦することにしますと言ってもらえた。そして伯父の件だが、不穏な動きがあれば、僕の秘書に伝えるようにしてくれるようお願いしておいた。そのあとは、落ち着いておられたので休日の過ごし方など、たわいもない話をしていた。
家に戻り友人に今日のことを伝えて、もう一人の秘書に、あいつが入ったらやってもらいたいことがあるので、内容を打ち合わせしたいことを伝えて、家に来てもらうように頼んでもらった。
翌日の夜、我が家にもう一人の秘書がきた。来た時に二人で暮らしていることに驚かれたが、取り敢えずこれまで僕が育った環境のことを一通り説明をし、そしてこれから起こること、そしてあいつの存在、それからあいつに依頼しなければいけないことを伝えた。今までは蚊帳の外だった彼も当事者になる為、今まで以上に慎重にならざるを得ない。そして連絡手段について、僕らが大学時代に使っていた暗号を覚えてもらうことにした。彼は大体一瞬で文字を覚えるので、彼もすぐ使いこなせることができるだろう。そして、彼がこれから使用する部屋については、盗聴等されている危険があるので、十分注意が必要であることも彼には伝えた。
あいつの受け入れ準備が着々と進む中、僕のところに伯父さんが接触してきた。そして、特許のことについての進捗状況を聞いてきたのだ。社長だから当然と思われるかも知れないが、いつもとは違っていた。わかりやすいなこの人と思いながら話を聞いていた。そしてまだ何も把握されてないことに安堵しつつ、これから報告する情報について、考えなければならないと思っていた。開発室には社長も入れるからだ。開発室には登録されたものしか入れないが、その中には僕も含まれる。そしてそれに対しての僕の考えを、友人に話すことにした。
自宅リビングにて、今日友人が用事で出ている間に、伯父が接触してきたことを話した。ただまだあまり進捗を理解してないようだったので適当に回答をしたが、そこでなんだが、あいつが入社した時にセキュリティー強化名目で開発室に入らせて、伯父が触った時にだけ、違う進捗状況を見れるようにできないかと思ってたんだがどう思うと聞くと、友人はその辺あいつなら得意分野だからいけるんじゃないかと言ってくれた。また、アクセスした日と時間、コピーを取った日も分かれば、追求しやすいよなぁと話すと、友人からもう一人の秘書に話しをしてくれることになったのだ。ただもっといい案があればそれで頼むとも伝えてもらうようにした。
あいつが入社するまであと二日となった時だった。海外にいるあの人から、直接連絡があった。そしてあいつが入社する旨が伝えられたが、今回動くにあたって互いに信用できなくなる事態が起こりうるだろうと、ただあいつに全て委任しお前は動くなと言われた。ただ動くなと言われても立場上必要な時は出てくるがと伝えたところ、僕はあいつのフォローに回れと言われてしまった。あと、伯母さんのことだけは僕が動くようにと言われたので、まぁやれることはやるつもりだが、伯母さんがどういう動きを見せるのかわからないので、再度外で会うことにした。
早速伯母さんに連絡し、この前のお礼を兼ねて食事に誘ってみた。社会人になってから初めてかも知れない。伯母さんは凄く喜んでくれていた。何が食べたいかリクエストすると、お寿司が食べたいとのことだったので、カウンター席のみの少し高めの寿司屋に連れて行くことにした。仕事が終わってから待ち合わせをし、寿司屋の暖簾をくぐるとまだ時間的に早いのか、僕らだけだった。伯母さんと話をしながら、職人さんがいいタイミングで出される新鮮な魚で握られたにぎりは、口の中ですぐスッとなくなるようなとても美味しいものだった。いい店をチョイスできたことに喜びながら、今後また接待の時に選択肢の一つとして覚えておこうと思っていた。それから食事の後、伯母さんを僕らの家に招待した。もちろん事前に友人への許可は取ってある。そして、伯父のことを話すことにした。
まず伯母さんに伯父さんの浮気のことについて切り出した。そして、離婚ということを言っていたけど離婚したあと何処に住むつもりかと聞くと、あらどうしましょうと困惑していた。離婚することだけ考えていて、その後の生活のことについて考えていなかったようだ。伯母さんらしいと思いながら、生活のこともどうしようか考えていたかと伝えると、シュンとしていた。そして僕は伯母さんにある提案をした。するととても驚いていたが、提案を受け入れてくれた。ただ、離婚のタイミングはこちらのタイミングに合わせて貰ってもいいかと言うと構わないとのことだったので、それまでは伯母さんに今まで通りの生活をしてもらうようにお願いした。そして、この家のことは誰にも言わないでほしいとも伝えておいた。その後伯母さんを実家までタクシーで送っていった。
翌日祖父から明日情報システム部の部長として、新しい人物が入社する旨伝えられた。何処か含みのある顔をしていたが、僕は全く気にしていなかった。祖父の考えもやり方も、長年付き合えばわかることだし、自分に逆らうとこうなると言っているようだった。あと秘書にはこちらの言っていたものがつくようだったので、そこはホッとしていた。伯父もその場にいたが、少し複雑な顔をしていた。僕だと小さい時から見ているからわかるが、あいつには得体の知れないものを感じているのかも知れない。ただその顔を見て、この件伯父さんには知らされていなかったのかということも知れたので、警戒すべき人間は祖父であることがこれではっきりとしたと認識することができた。これからどう進めていくか、どう動くか、僕の立ち位置がどう変わるのか、常に気を張っていなければならなくなるだろう。そして、まず直面していることについて冷静に判断しなければならない。時間がかかるかも知れないが、あいつにも内密に調査を依頼しているので、結果が出る前にこちらも色んな準備を進めていかなけれはならない。明日からは忙しくなりそうだ。だから今日は友人と共に、何も考えず家でゆっくりと過ごすことにして、早めに布団に入り眠りについた。
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