第37話✤肉への準備期間
あれから色々と話し合って、一週間後には肉ダンジョンに行くよ、ってリビングでマルシルさんに伝えたら絶望し、号泣された。
挙句の果てには一緒についていく!と宣言された。
「まってまって、マルシルさん。あなた冒険者じゃないでしょう?ここんちのスー・シェフでしょう?」
この別荘ほどの規模の館であれば、シェフのラドさんさえいれば賄えそうではあるけれど……。
「これでもCランク冒険者の資格もってますよ!ラドの為の食材探しに妥協は許されませんから!」
「えええええええ!?」
これにはミルッヒちゃんやラクト君も驚いていた。
知っていたのはこの別荘を取り仕切る第三家令のレスターさんとメイド長のガーデアさん、件のラドさんだけ。
「足手まといにはなりません!」
うん、そうだね。
ちょっと遠い目をしつつ、命令系統が一番上のクレイ殿下を見れば、苦笑しながら頷いた。
「んじゃ、ドロップした肉で美味いもん作ってもらうかな」
「よろしくね、マルシル。私、トライプが好きよ」
「マルシルさん、僕、チョップの香草焼きが好きです」
てれれれってれー。
マルシルさんが仲間に加わった。
「でも、ラドさんに提供する食材の為に冒険者になったって……」
「すごいな。愛かな?」
「メルトも愛だと思う」
普通はそこまでしない。
良い所角兎とか大雉とか大猪とかならまぁ、冒険者でなくても猟友会とかに参加すればいいだけなんだけど。
「学生の頃に冒険者登録したんですよ。学年初級試験にどうしても雪兎の肉が欲しくて……」
「雪兎はこの辺だと山二つ向こうが住処なんですの」
ミルッヒちゃんがマルシルさんの話を補填してくれた。
「その途中で魔物にも出くわしたんですが、料理学校に行っているとおのずと解体スキルは上がっていくので、こう……急所をスコン、とやっていったら……」
「いつの間にかレベルも上がっていた、と……」
「はい。幸い、下級ですが魔法鞄は持っていたので、食材を持ち帰るのは楽でしたし……」
「……」
えへへ、と笑うマルシルさん。
この人、職業間違えてそうな気がする……。
余程適性がなければCランクまで昇級しないからね。
食材の為の狩りをするならDがいい所だし、それ以上は命の危険性が増す。
「持って帰った食材みて、ラドが目を輝かせてくれるからやめられなくなったのもあります」
「それはわかる……」
僕や聖も、でかい動物系の魔物を仕留めるとメルトが「お肉……!」て目を輝かせるからね。
そりゃ狩りにも力が入るってもんです。
「なので出発まで準備しておきますね。作り置きはサブキッチンでやりましょう。あ、ラドに一言告げてきます!」
そう言ってマルシルさんは厨房へと走って行ってしまった。
なんというか、食材調達に自分から狩りにいく料理人が居てもいいか。
グルメハンターとかそういうのもありだね、アリ。
「んじゃ俺らも支度……っていうかほぼ収納鞄の中か」
「なら出発までに私とクレイ様に稽古をつけて下さいませんか?」
「お?いいぞいいぞ。でも俺、剣は槍ほど扱えないぞ?」
「槍をお使いになられても問題ありませんわ。クレイ様もそれでよろしいですか?」
「お、おう。よろしくな、聖」
どうもミルッヒちゃんの方がクレイ殿下をリードしているようだ。
ミルッヒちゃんの将来が楽しみだね。
「父、メルトも一緒に稽古する!」
「いいぞー。2対2でやるか?」
「ううん、3対1」
「え?」
「3対1でも父にはハンデにならない!」
「……剣で対処するね……」
あっちはあっちで纏まった様だ。ゾロゾロとリビングの掃き出し窓を開けて、庭に出て行った。
さて、ではこちらかな。
「ラクト君は何を作りたい?」
僕はラクト君とテーブルに移動して、出発までに何がしたいのかを聞いた。
稽古なら聖の方に放り込むけれど、それ以外は僕の領域だ。
「まずは回復魔法の強化、身体強化魔法と防御魔法をパーティ全体に掛けられるようになりたいです。そのスキマで回復ポーション作り、の持った時間で作り置きの指導をお願いしたいです」
「うん。じゃぁまず、その杖に自分の銘を彫って魔力となじませるところから始めようか」
「はい!」
魔法職は杖などに自分の銘を掘ることがある。
これはその杖が自分以外に使えなくするための保護策でもあり、銘を彫ることで売買は不可能になるが、自分の魔力の通りが数段に良くなるからだ。
そして杖の究極系は、自身の魔力核を具現化させた核杖だ。
師匠も持っているし、魔力の通りがいいってもんじゃない、考えるだけで魔法が構築される、と師匠が言っていた。
ちなみに僕は作れない。
何せ魔力の核が何層にも重なっていてぐるぐる蠢いているから。
「枢が核杖作ったらそれは大砲なんじゃないかな?しかも連射可能で制御不可能の」
とか失礼なことを師匠に言われたことがある。
うん、僕も怖いから作れなくて正解だなと思っている。
「この魔工具を貸してあげるね。で、この持ち手のあたりに彫って……」
「はい」
「彫ったら反対側にこの中から好きな魔宝石を埋め込もうか」
ジャラ、と綺麗にカッティングされた魔宝石を小袋から取り出して、テーブルの上に乗せた。
「魔宝石?属性魔石や魔石とは違うのですか?」
「うん、説明するね」
内訳はこう。
■魔石
魔物から出てくる魔物の核。これに魔力を通すと魔道具の燃料になる。魔導コンロとか魔導ランタンとか。お家の灯りとかこれで賄う感じだね。大きさによって持続時間も容量も違う。ゴブリンやウルフの魔石数個で10畳位の面積であれば1か月くらいもつかな。オークは1~2個で1ヶ月、オーガくらいになると1個で1~2か月くらい。
■属性魔石
メインは鉱山から採れる。でも魔物やモンスターが属性特化だったりするとたまに落ちる。名前の通り、属性魔力を有していて魔法の媒体にも使えるけれど、生活用品的な扱いがおおいかな。お風呂に水属性と火属性の属性魔石を取り付けるといい感じの温度のお湯がはれる。金貨位の大きさでお風呂なら1ヶ月。小さいやつだと100Lとかそんな感じの生活用水を出せる。水と火の属性魔石は冒険者必須アイテムと言っても過言ではないね。
■魔宝石
魔術師必須の宝石。通常の宝石の中にはインクルージョンのポテンシャルが高い物があって、追加で魔力を込める事が出来る。宝石自体の特性を見極めれば高い属性魔法を封じ込めることも可能。いうなれば魔力電池かな。これを常備しておくのが魔術師の嗜み、らしい。常に込められる余裕がある魔宝石と、込め終わったものを用意しておくといい。
■魔法石
魔宝石と同じ。こっちは魔法を込めたものをさすんだけれど、厳密もなにもどっちだっていい感じ。
■白魔石
空になった魔石を再利用して、アレコレいじって魔力を吸収する特性がついたやつ。魔力溜まりとか、魔力渦とかその辺にポイしておくと勝手に吸収してくれるし、一度なら利用可能。ただし、利用するにも高度な魔力操作が必要。
「で、これが余裕のある魔宝石。いくつかあげるから、自分で好きなように作ってみる?」
「はい!」
柄部分に埋め込むのは、持った時にそこが掌に当たり、集中を促すためだ。
あれだ、印鑑でいう、ここが上に来るように押しましょう、っていう目印みたいなもの。
その手助け用の突起だと思ってくれればいいかな。
「魔宝石は好きな色でいいよ。用意したのは属性に引っ張られないやつだから。もう少し大きくなって魔力量が上がった時に、またカスタマイズすればいいよ」
「わかりました……。ではこの色で……」
「うん」
うんうん、さっとクレイ殿下の瞳の色を取る当り、殿下愛されてるーう。
「手に持った時にちょうど掌の中心に来る当りをちょっとだけ彫って……」
「うんしょ……、この位ですか?」
「そうそう。そうしたら、この接着剤を一滴たらして……。あ、手に付かないように気を付けてね、指同士がくっつくと剥がすの大変だから」
「え?……はい……」
うん、日本のあの有名会社の接着剤は大変重宝いたしております。
聖なんか魔道具作るために色んな種類を工具箱に入れてるしね。
僕も何種類か持ってるし。
「そーっと、尖っている方を掘った穴に押し込めて……。仕上げはこの小さい箸でコンコンって押し込めばおわり」
「……、できました!」
「えらいえらい。そうしたら自分の銘に魔力を通してごらん?」
「はい!」
ラクト君が杖をもって魔力を通すと、すうっ、っと彫った名前が金色に輝いた。
「枢さん、すごいです!僕今までこんなにも素直に魔力が通ったの初めてです!」
「よかったねぇ。優曇華の杖は聖属性の魔法を強化・底上げしてくれるから、初級回復魔法でも1段階上の効果を得られるよ」
「やった!」
「じゃぁ少し休憩してから、次は教科書を使って魔法を教えるね」
「宜しくお願いします!」
うんうん。メルトの魔法講座をするときに通販で買い揃えた参考書がまた役にたつね。
僕はお茶の準備をしてから、庭にいる皆に声を掛けたのだった。
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