第8話✤こちらとしても……
※6/15配信スタート【女装上司ちゃんと部下の松坂くん◆◇◆
領主様より先触れが来たので、二時間後のお迎えまでに荷物をまとめて支度をします。
なんか僕らの緩い服装を見て、もう少しなんとかなりませんか?とか言われたんで。……解せぬ。
とはいっても基本荷物は魔法鞄の中なので、出したものをしまうだけ。
お宿のチェックアウトは朝の10時なのだけれど、事情が事情のためお迎えが来るまで部屋でゆっくりしてて大丈夫だと言ってくれた。
「あれ? あの藍色のロングコートにしないんだ?」
聖がそんなことを言ってくる。
藍色のロングコート……? あ、あれか。
「嫌だよ。あれ、軍の支給品じゃないか」
「でもあれ、かっこいいし……」
確かにね。
僕が連合軍で着ていたとにかく丈夫な作りの軍用ロング、デザインをしたのが初代勇者様だったおかげでやたらかっこいいと評判のやつだった。
他にも勇者用とか将軍用とか、とにかく一目でどこの所属か解るように制服を作りまくっていた。
おかげで現場の指揮系統に目立った混乱が無かったので、それ以降ずっと各所ごとに制服は採用され続けている。
たまーに色や素材がマイナーチェンジするけれど。
その中で僕が着ていたのは1着しかない黒に近い藍色のロングコートの連合軍軍師制服。
辞めるときに一応、ってことで貰ってきているんだけれどね。
「日本だったら学生服でなんとでもなったんだけどなぁ」
そういう聖はいつものパーカーではなく、ちょっといいシャツにベスト、その上からB-3ではなく、マホガニー色のボアジャケットを羽織っていた。
メルトもいつものローブよりも大人しめの黒いゴシック系のワンピースを着せた。
うん、二人ともカワイカッコイイ。
僕はというと、普通にこの世界でも礼服として通用する上下のスーツっぽいものを着用している。
その上からウィザードコートを羽織るだけ。
「そうだねぇ。貴族とか会う時用に一揃えしておくのもいいかもね」
「そう頻繁に会いたくはないけれどな」
「だねぇ」
メルトの髪を結いあげ、可愛い羊の様な角に巻き付けて黒のフリルリボンを飾る。
「可愛いよ、メルト」
「おお、可愛いじゃないか!流石俺たちの娘!」
「へへー♡」
うんうん、可愛い可愛い。
「お迎えが参りました」
お宿の人がノックの後に声をかけてくれた。
「……いきますかー」
「かー」
「まぁ、いきますか……」
はぁ、とため息をついてから部屋を後にした。
お宿の前には立派な馬車が停まっていた。
なんか車体に伯爵位と解るフリンジが飾られていたので気を引き締める。
こういった公用の馬車には大体が家紋入りで、飾るフリンジの色によって爵位が解るようになっている。
男爵・準男爵・騎士爵・地方領主代行が黒。
子爵は茶色、伯爵はオレンジ、侯爵は緑、公爵は青、大公は黄色、王族は白。
という感じに。
ちなみに紫は教皇、薄紫が枢機卿、水色が爵位持ち神官系、となる。
そしてこの馬車、オレンジと水色の二色がぶら下がっているんだよねぇ。
それに気づいた聖が超真顔になった。
「帰りたい……」
「そうだね」
まだ馬車に乗り込んでも無いのにね……。
神官系で酷いのになるとやたら選民意識が高くて、人間の王国貴族以外は自分の手駒だと思ってるのがいるので回避したい所なんだけれどね。
あいつら、召喚勇者ですら貴族の為に死ねって言ってきたし。
ああ、憂鬱です……。
「こちらにお乗りください」
御者さんがドアを開けてくれたのでのろのろと乗り込む。
中は空間魔法で広げてあって、専属のメイドさんまでいた。
「到着まで20分かかりますので、お茶をどうぞ」
そう言って出されたけれど、飲む気にならないんだよねぇ。
「今は大丈夫です」
「先ほど宿屋で頂きましたので……」
ははは。
やな予感当たったよ。このお茶、眠り薬入ってるじゃないか!
やんわりと断ると、メイドさんはきょとん、としたあとお茶を下げてくれた。
あれ?もしかして薬が仕込まれているの、知らない?
(聖、これって……)
(2パターン、いるな)
つまり、僕らが元勇者一行だと知った上で、薬を盛ったやつとそうでないやつ。
なるべく表情に出さないで、領主様のお屋敷に付くまで僕らは一言も話さなかった。
……念話では話していたけれどね。
「お待たせいたしました」
馬車が停まり、御者さんがドアを開けてくれた先にいたのは執事だろうか、白髪の老紳士が出迎えてくれた。
……が、僕らが元気に出てきたのを見て驚いていた。
はい、執事アウト。
僕らを屋敷に案内した後、降りてきたメイドにお茶を飲ませなかったのか、言っていたのも聞こえたので確実に黒だな。
なんだかなぁ。
「お待たせいたしました。すぐ領主であるエルムート伯の応接室にご案内します」
慌てた執事さんにマーキングをした聖が共有マップに表示している。
聖は疑わしきは全員マーキングの勢いだ。
メルトの手を握り、聖の後ろを歩く。
「旦那様、お連れ致しました」
「そうか。入ってもらえ」
ノックの後に入室許可が出たので執事は応接室の扉を開けて、中へと促した。
そこにはちょっと中年太りの、穏やかそうな男性が……。
「よくおいで下さいました、勇者様。私はデルゴア・クオ・エルムート。この街を含むエルムート領主で神官位を持っております。」
「元、です。今はただの冒険者ですので」
聖が口を開く前に僕はそれを訂正した。
元、だからね。元。
「失礼……きみは?」
「聖様のサポーターをしております、
「……そうでしたか。では聖様。お座り下さいませ」
やはりというか、聖だけ特別扱いしてるな。
元とは言え勇者様ですからね。
「失礼いたします」
「早速で申し訳ありませんが、盗賊討伐の感謝をお伝えしたく思います。あの者たちは先月隣の国での盗賊一斉排除から逃げ出したネームドで、この国でも多少被害が出ていたのです」
「そうですか」
「そのうえで、アジトの位置も教えて下さったので、早速調べに行かせたらかなりの量がありました」
「それはお手数おかけしました。こちらも移動途中でしたので」
「いえ、お構いなく。その内の幾つかは紋章入りの箱に入っておりまして、貴族からの盗品になります。それは今調べておりますので、元の持ち主へ買い取りに出して頂きたいのです。いかがでしょうか?」
元の持ち主が明確にいる以上、手元に戻すのは吝かではない。
それにそのまま売ろうにも紋章入りってことでどこも引き取ってくれないことが多いし、それならば謝礼がでて貸しが出来る方を選んだ方が得策だ。
「ええ、元よりそのつもりです」
「ありがとうございます。中には私の親友である隣の領主の持ち物もありまして、嫁入り道具として造らせたものが盗まれたと言ってましたので、それかと存じます」
「それは落胆したでしょうね」
「はい。早速使いの馬を走らせたので喜んでくれると思います」
などと、盗賊が貯め込んだ金品の総額がいくらで、持ち主不明がどのくらいで、それ以外は全部こちらに譲渡できる、という話を一時間ほど。
その間、メルトと僕は立ったままだ。
聖が(座るならいうぞ?)と言ってくれたんだけれど、今の状況で僕らが『家族』であることを知られない方がいいから、と辞退した。
メルトもその辺はもう解る年齢なので、なんの文句も出さない。
そのあと、執事がお茶を運運んできて淹れてくれた。
……が。
うーん。どうしようかな。
(すぐ解毒するから引っかかっていい?)
(……俺の怒りを買いたいのなら)
(えー?)
「どうしました?」
エルムート伯はお茶をじっと見つめる聖を不思議そうに見ている。
「なぁ、執事さん。これ、毒見してくれよ」
「え?」
「なっ!?」
自分に入れられた茶を差し出す聖に二人はものすごく驚いていた。
「な、何か粗相でも……?」
「聖様、どういう事でしょうか?」
「うーん、遅効性のしびれ薬かな。馬車で出されたのは眠り薬だったんだけれどな。これ、誰の差し金?」
「えっ!?」
エルモート伯が自分の執事見て呆然としている。
あ、伯はシロですね。
「ビクター!これはどういうことだ!?聖様に何をしでかしたのかわかっているのか!?」
エルムート伯は激怒して紅茶をカップごと掴んで執事にたたきつけた。
「旦那様!話を聞いてください!」
「聞かぬわ!勇者である聖様のおかげで今の世があるのだぞ?!感謝し首を垂れる以外何をするというのだ!」
「しかし今は何の役にも立たない子供です!元々平民であると聞いてます。旦那様が頭を下げる事はございません!」
という事は、話し終わった僕らが一泊するのを見越して遅効性のしびれ薬を盛る→薬が効いてきたところでひっそりと屋敷から退去してもらう→何も告げずにいなくなるとは無礼千万、追っ手を差し向けて薬が効いている間に手打ちにいたす。
ってところかなぁ。
おそまつだなぁ。
「いやー、平民なのはそうなんだけどな。呼んでおいてこの仕打ちって、バレたらその旦那様に迷惑が掛かるって思わなかったのかなぁ?」
「黙れ小僧。さっさと謝礼を貰って消えるがいい。汚い魔族の娘とサポーターなどという下位職業など飼っているなど元勇者も落ちぶれたか。身の程を知れ」
「はいはい、そうしますよ。枢、メルト、帰るぞ~」
「聖様!お待ちを……!」
執事が懐からお金の入った小さな袋を出して投げてよこした。
聖はそれが地に落ちる前に執事に向けて蹴り返す。
おお、さすが日本では地元のプロサッカー直営のクラブでシャドウセンターだっただけはある。
これあれだな。
エルムート伯はともかくとして、執事は神官派閥の貴族主義なんだろう。
自分の主人が格下、それも平民に頭を下げるのが嫌というより、自分が納得できないのだろう。
ある意味老害なのかな?
「すみませんが余計な面倒ごとは回避したいので、盗賊関係に関してはエルムート伯に一任します。礼金が出るなら五大王都のどこのでもいいので本部ギルドから枢の講座に振り込んでもらうようにしてください」
じゃぁいくか、と僕らを促して部屋を出ていく聖に声をかける者などいない。
だって、聖の怒りは相当なものだったから……。
「気にしてないんだけどねぇ。よくあることじゃない?」
「メルトもきにしてないよ?あるあるってやつでしょ?」
「俺が!やなの!あとあるあるはあっちゃいけないの!」
すんすん、と街に戻ってから改めて取り直したお宿で聖は僕らを抱きしめて泣いていた。
コテージがあるお宿をギルドに紹介してもらったけれど、本館から庭を隔てて離れた場所にあってよかった。
「メルトは魔族のお姫様だし、正当な魔王職の後継者だよ?枢だってレベルカンストの連合軍最高軍師じゃん!」
「いや、僕は裏方だったから名前知られてなくて当然だし。今はサポーター職だし」
「メルトは今、父と母の娘だもん。お姫様じゃないもーん」
「やだー!二人が侮られるのほんとやだ!」
「よしよし、父。おいしいもの食べよう?こういうときはおいしいものを食べて母を抱いて過ごせば満足して機嫌よくなるよ?」
「メルトさん、今物凄く不穏なこと言わなかった?」
メルトは僕らがそういう関係だと知っている。
恥ずかしくはないけれど、娘として育ててるお姫様に言われるとちょっともにょるんですけれど?
「メルト、嘘は言ってないよ?」
「ですよね……」
「うう。枢はあとで頂くとして、なんか食べる……美味しいもの食べる……」
結局食われるんですかい。
「わかったよ。こういう時はドラゴン肉のステーキかな?それでいい?」
「うん……たべる」
「やったー!」
みんな大好き、ファンタジー物の定番のドラゴン肉のステーキ。
ドラゴンと言っても地竜は大きいだけでそこまで強くないから、Aランクパーティが2~3いれば討伐できる魔物なのだ。
地竜とそれに連なるアースリザードやクリスタルリザード、ミスリルリザードなんかも美味しいドラゴン種だ。
そのドラゴンステーキを塩コショウで下味をつけて、某有名ステーキソースとオリーブオイルでさっと炒めた玉ねぎを添えて出す。
三人で旅をするようになってから相当数狩ったので、未だに在庫が減ることがない。
それに炊き立ての10号土鍋ご飯を二つと油揚げと玉ねぎとわかめのお味噌汁に蕪ときゅうりのお漬物。
だし巻き卵に大根おろしを添え、ゆで卵入りのポテトサラダも出した。
そこにデザートとしてシナモンアップルパイとパンプキンパイも置いた。
「豪華!頂きます!」
「いただきます」
「頂きまーす!」
テーブルを埋め尽くす料理に、聖とメルトはご機嫌でそれらを食べつくした。
うん、二人ともなんでそんなに入るんだろうね……。
そのあとですか?頂かれましたよ。はいはい。
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