第31話


「ただいま」

『おかえりなさい、マスター』


 三匹と戯れていたモモに今日あったことを話す。


『なんだかサラちゃんを守る騎士様みたいになりそうですね』

「なりそう!なって欲しいな〜サラちゃん可愛いもんね。セレナさんそっくりで愛らしい顔をしてるよ」


 サイラスさんの遺伝子が急に主張が激しくなって、ムキムキになることもあるのだろうか。


「明日はメザイア連合王国の王都を散策しよう」

『では、また設定を考えなくてはいけませんね』

「え?魔法使いはだめ?」

『駄目という訳ではありませんが、王都ともなると魔法士が多いですから』


 そういえば魔法ギルドとかいう存在もあったな。

 関わりがないから全然意識していなかった。


「魔法使いってバレたらギルドに勧誘されちゃう?」

『基本的にローブは魔法士や魔法使いが着る服なので、服を変えて魔法を使わなければ大丈夫かと』

「何がいいかな?冒険者?」

『冒険者ギルドに登録してよいなら、冒険者もありかと思います』


 モモの話をふんふんと聞いて、冒険者ギルドの仕組みも知る。


 シュレト村みたいな小さな村や領主に捨て置かれているアキサルの町と違って、王都は警備が厳しいのであちこちで身分証が必要らしい。

 アキサルの町で村長が身分証を見せていたが、アキサル自体が警備のゆるい街なのでクレイくんと私は見せなくても良かったということみたい。


 王都は魔法ギルド、冒険者ギルド、商人ギルドも規模が大きいのが当たり前で、所属を明らかにできないとなると怪しまれてしまうそうだ。


 身分証は国の役所から発行される貴族のもの、神殿から発行される庶民のものがあって、他国を行き来するなら魔法ギルド、冒険者ギルド、商人ギルドで、発行して貰うのが良いと。


 発行したのがどこであっても良いが、身分証を持っていないことは王都では大問題だそうだ。


 小さな村で産まれた子供などはちょっと大きい町に行って神殿で発行して貰い、身分証を持つ。

 かなり辺境に住んでいて身分証を持っていない大人もいるそうだが、メザイア連合王国では中に入るために身分証が必要なので、滞在して5日のうちに発行しなければ追い出されるそう。


 そして身分証が必須な一番の理由は、発行される身分証は神様から頂いている魔道具を使うらしく、全員がカード型で発行されていて、神罰を受けたことがあるかどうかが身分証に現れるんだそうだ。

 受けたことがある人は身分証の名前の裏に傷が入り、受けたことがない人は何も書かれていない。


 身分証は何をしても傷付かないようにできていて、劣化もしないという。


 色褪せることもなく、傷も入らない素材ってすごいな。


 裏に傷がいくつもある人は危険視されていて、中に入ることを表面上拒否される。

 遠いところから来た元戦奴隷だとか、まれにそういう事情の人もいるみたいだから、発見次第すぐに聞き取りをする体制らしい。


 しかし、この決まりはこの大陸の中だけのものみたい。

 アガスティアがある大陸の方では、身分証に傷がある事こそ誉れみたいに勘違いしてるらしい。


 神様がなんかしら考えてくれても、受け取り方がおかしい人がやっぱり一定数いるんだね。

 この大陸に送ってくれて本当に良かった。

 ありがとうございます。


 でも、身分証かぁ。

 どこで作るのが一番良いだろう。


「神殿って全然馴染みがないんだけど、基本的には何をしてるところなの?」

『そうですね……聖女などが』

「出た〜【治癒】スキル女子だ〜男子もいる?」

『【治癒】スキルのある男性は医者ですね』

「なぜなんだ……それなら聖女じゃなくて女医でいいのにねぇ」

『神殿の権威の問題で』

「よし、神殿の話は聞かなかったことにしよう。怖い。複雑そう。魔法ギルドも勧誘とか怖いからやめとこう。冒険者ギルドは?」

『登録後、一定期間でクエストをこなす義務が発生しますが、ランクが上がらない間は薬草取りなどでも可能なので、マスターなら大丈夫だと思います』

「大丈夫ではない気がする。義務とか苦手なんだよ〜うっかり忘れちゃうよ〜」

『商人ギルドの方は期間が長くとれますよ。3年に1度の新商品の登録が義務ですが、いくつも登録することで生きている間は更新が必要なくなっている人もいますね』

「商人ギルドかぁ……待って、私不老不死なんだけど、それって永遠に続かない?」

『……ま、マスター』

「うん」

『マスター、た、大変です』

「どうしたの、なに、えっ、こわいよ」

『み、身分証は一度発行したら、消失するのは死んだときで、発行すると身分情報は統合して登録されるので、魔道具から生死が確認できるようになり……』

「あっぶな!やめ!やめです!」


 不老不死ってバレるよね?

 こいつずっと名前があるし、ずっと生きてるなってなるよね?


 こっわぁ。

 身分証は作らない!大変なことになっちゃう。


「【透明化】して王都で降りて、買い物だけってできるかな?買うときも身分証がいるかな?」

『大量に購入したり目立つ行動を取らなければ恐らく問題なくないかと思いますが、もし身分証の提示を求められた際にできないとなると……』

「怪しまれるよね。リスクが高いね。あーあ、買い物は駄目かぁ。ちょっと浮かれてたんだけどな」

『……』


 私はこの時のモモの様子を、もっと注意深く観察しておくべきだった。くっ。







「明後日はパーティーじゃないんですか」

「パーティーだな」


 変装したウィルヘイムさんが、使い込まれた幌馬車から降りてくる。


 モモに【透明化】せずに【座標転移】でここに降りるように言われたとき、なんかおかしいな〜と思ったんだよね。


 なんとかしておきましたので、とか言うからさ、何したんだろうと思って従って来ちゃったけど。

 危ない事でもしたのかなって心配もあったから、言う通りにしたんだけど、こうなるか。


 私がここに来ることを、予めモモから知らされていたのであろうウィルヘイムさんは、私の姿が現れてすぐ乗っていた幌馬車から降りてきた。


 黒っぽい紺色の髪はミルクティー色になっているし、瞳の色も暗い色だったのに、沖縄の海みたいな鮮やか色をしている。


 モモが【外見変更】でいじったんだろうな。

 この世界にカラコンってないもんな。

 顔や体型をいじらない所が謎だけど。

 変装する気あるのか、本当に。


「店を見たいと聞いた。案内しよう、俺でも構わないなら」

「この状況でやっぱり良いですって帰ったら、ウィルヘイムさん泣いちゃいますよね」

「そうだな」


 そうだな、じゃないんだよな。はーあ。


「身分証の提示は求められたら俺の騎士が行う。買い物程度ならなにも問題はないだろう」

「王子様の身分証をほいっと出すわけにはいかないですもんね。騎士様をお借りして良いなら、それだけでも助かるんですけど」


 ついてこなくてもいいよ、ウィルヘイムさんは。

 明後日は自分の誕生パーティーなのに、王都をぶらぶらする時間ないだろ。


「……俺がいると楽しめないか?」


 そうですって言ったら落ち込むだろうなぁ。

 あーやりにくい。

 ウィルヘイムさんが悪い訳じゃないけどね。

 悪いのはどっちかって言うと私の方だけどね。


「そんなことはありません。じゃあお願いします」

「事前にいくつか珍しい物も仕入れる店を見繕っておいた。回ろう」


 わぁ。仕事ができる。

 夜中にモモがウィルヘイムさんの所に行ったな?


「遅くにうちの子が来たんじゃないですか」

「まだ眠る前だった。翌朝を楽しみにして眠れたのは久しぶりだ」

「不憫な生活してますね……」


 大体私は1日を終えると疲れたね〜明日は何をしようかな〜と眠りにつくので、ウィルヘイムさんの苦労は想像することしかできない。

 会社に通勤してたときもわりと楽しみはあったので、仕事終わりに何をしようか考えるのは好きだった。


 王位継承順位が第一位の王子様は、心休まる時間も満足に取れない生活をしていそう。

 そんな中でこういうことに時間を裂かせるのは、あまり良いとは思えない。


「ここだ」


 入口から洗練されている大きなお店に案内された。


 とっても広いね。

 なんのお店かなと思っていると、身なりのきれいなおじ様が出て来て奥に案内してくれた。

 応接間のような部屋に入っていって、ゆったり座れる大きなソファーを勧められる。


 メザイア連合王国はあちらの世界にもあったものが多くて、素材は違えど似たようなものを作り上げるほどに発展している。


 座り心地は流石にビーズクッションが勝ってる。

 ふわっとはしてないな。


「頼んでおいたものを」


 ウィルヘイムさんがそれだけ言うと、このお店の職員のような人たちが次々に品物を持ってくる。


 小さい箱から大きい箱、細長い箱、袋。様々だ。


 思ってた買い物と違うなぁ。

 全然違うなぁ。


「こちらは東の方から取り寄せ致しております、メルムという果物です。小ぶりですが、甘みがあり、実をたくさんつけるので1本から50個ほど収穫することが可能です。かなりの距離を開けて育てる事になる木ですので、広い土地を必要とします。苗木でのご用意も可能です」


 おじ様が説明してくれる。


 プラム?すもも?サイズはそのくらい。

 色はオレンジに近い感じだけど、薄い黄色も混ざっている。


「次に、こちらはサイの木で御座います。魔力を与えることで縦に、水を与えることで横に育ちます。木は硬く加工に向いておりませんが、自然の城壁と呼ばれるほどに切り倒すことが難しく、大きな道具を必要とします。外敵から土地を守るには、うってつけの木であると私は思っております」


 ウィルヘイムさんが頷いている。


 なんで木?と思ったけれど、だんだん掴めてきた。

 村を守る手段を考えてくれているわけね。

 そういうことか〜。


 他にもいろいろと説明してくれた。

 魔物が嫌がる低木とか、育てやすい根菜とかそれと相性がいい野菜とか、食べられる上にきれいな花の苗とか、少量で汚れ落ちる石鹸とか。


 マロの実をここで見るとは。

 ウィルヘイムさんがそれは良いと断っていた。

 シュレト村のことを話したそうだったよ、おじ様は。

 素晴らしいものを作っているとか言い始めたので、ウィルヘイムさんがすぐ黙らせてしまった。


 でも私はちょっと聞きたかったよ、村の特産品の評判。

 おじ様は私がシュレト村の人だとは知らないから、黙るように合図したウィルヘイムさんに不思議そうだった。


「うーん、全部買います」


 せっかく選んでくれたものだし、この世界で産まれてこの世界で育てられているものなら、どんなものが増えてもいいかなって思う。


 モモチャンはあまり世話が必要ないし、村のみんなも慣れてきて、いまの仕事では暇を持て余している人もいるし。

 木工やってる村人の数人は、なんかないかなぁっていつもウロウロしてるもんね。


「お買上げありがとうございます。即決して頂けて、とても光栄です。どちらにお届けに……」

「俺の幌に積んでくれ」

「あっ、いいです。私が」


【倉庫】に入れるから、と言いそうになって、慌てて黙る。

 うーん、不便。


「……外の幌に積んでくれ」

「畏まりました。すぐに作業に移ります」


 このおじ様はウィルヘイムさんの事を、第一王子様って知ってるぽいな。

 すごく丁寧な対応をしてるし、身分証の提示も求めない。

 騎士様の方は見ていなくてウィルヘイムさんに接客してるし、信頼できる馴染みのお店なのかもしれない。


「すみません、つい」

「貴女を普通の場を出すと危うい、ということが分かった。さじ加減を知らない」

「まぁ、そうですね。分からないことがたくさん」

「俺は貴女の事をいくつ知ることができるんだろうな。生きている間に全てを知ることは叶わなそうだ」


 あ〜その事も言わなきゃいけないね。

 不老不死だってこと、ウィルヘイムさんには言っても良いと思う。

 だからごめんねってことも。


 不老不死だからこいつは殺さないとやばい、みたいな事は考えない人だろう。話してもよいに認定する。


 荷物が全て積み終わったので、ウィルヘイムさんがなにかにサインする。

 代金の支払いがなかったので、外に出てからお金を払うからいくらと聞いてみた。


「俺に借金を増やそうとしないでくれ」

「なんでそうなるんです?」

「与えて貰った物が大き過ぎる。一生掛かっても返済が終わらない」


 みんなそんなこと言うね。困ったなぁ。


【念話】でだいぶ動きやすくなったそうで、信頼している仲間にはそのスキルの事を伝えて、秘密裏に動きたい時は【念話】で指示するようにしているそうだ。


 良かったよ、便利に使ってくれて。


 次の店は調味料とか薬の材料に特化しているお店で、こちらも紹介された物は全て購入した。

 製菓に使えそうな素材はリリアンさんが喜ぶし、調味料はアローニャさんも喜ぶ。

 ハロルドくんも研究熱心だから、調剤に便利そうな器具はきっと喜ぶだろう。



 三番目に行ったお店は魔道具のお店だった。

 どれもこれも最新の一点もの、と言うわりに不安定だったり効果が間違っていたりしたので、あれ?と思ったけれど、言わなかった。

 付与魔法の【定着】は苦手な人が多いのかもしれない。

 量産型の魔道具は作りが簡単で複雑な付与をされていないので、こちらのほうが安定している。


 魔導具店の職員はいくつも誇らしげに説明してくれたけど、一つも購入したいものが無かったので、仕方なく厄除けの効果があるという呪われたブレスレットを買った。

 ウィルヘイムさんはプレゼント用に包んでくれたけど、これはそんなに良いものじゃない。


「……これ、効果わかります?」

「厄除けと言っていたな。幸運値が上がるのか?」

「闇魔法【魔力放出】が【定着】されたブレスレットです」


 メイローナさんがつけてたやつと同じ効果。

 人の往来が激しいところで名前を口にできなかったので、仕方なく【念話】を使う。


[メイローナさんが弟さんの支援家からプレゼントされたって言って、出会ったときにつけていたものと似ています。【定着】が下手なので不安定で、じわじわ魔力を勝手に放出します]

[すぐに調べる。メイローナのものは貴女が対処してくれたんだな、ありがとう]

[同じ人が作ったものだと思います。本来ならつけた瞬間に体の魔力が全て放出されて、死に至るはずです]

[そのブレスレットは預けてもらってもいいか]

[何かに使うんですか?]

[聖魔法【鑑定】の魔法が使える人間の所に……いや、それを掻い潜っているということだな、他に魔法がついているかどうか分かるか?]

[そこがメイローナさんの持っていたものと違う所です。闇魔法の【偽装】がついています]

[そうだろうな……]


 魔法ってややこしい。

 効果が一定ではなくて本人の素質も必要だから、【鑑定】した人よりも【偽装】した人の魔法が安定していたら、気付けない。

 スキルは確定で発動するので、私はスキルのほうが好きだ。


[信頼できる能力の高い鑑定士に渡してみる。その男がで見破れないなら、このブレスレットに【偽装】があるという公式鑑定証明書も作れない。そうなるとこの件は一度様子見になるが、手筈が整い次第なんとかする。約束しよう]


 ウィルヘイムさんのそういうところ好きだよ。

 メイローナさんに危険が及ばないように、お願いします。私にできることはするからね。



 買い物が終わったので、幌馬車に向かう。

 道中、美味しそうな匂いがしたので寄っていったら串焼きのお店だった。

 無言でウィルヘイムさんが買ってくれた。

 食べながら幌に戻って荷物いっぱいの空間を片付ける。


【倉庫】に全部入れて、幌の中は空っぽになった。


 いろいろとね、村のことを心配してもらったし、何か返さなきゃね。

 返済が増えると言っていたので、私のお礼ではなく村のみんなへのプレゼントに対してのお礼と言って、木箱にたっぷり詰まったモモチャンを【複製】していく。


「みんなで食べてください。10日くらいはこのままでも腐らないけど、加工したほうが長く持ちます。魔力が回復する効果と魔力の上限を上げる効果があるので、ウィルヘイムさんはたくさん食べると良いですよ」


 王様になってくれたら、メイローナさんもいじめられなくて済みそうだし。


「この実はシュレト村でしか実らない、という情報だったな。……貴女が、作ったのか」

「私は理想を言っただけで、作り上げてくれたのはモモですね。だからモモチャンって名前です」

「貴女の理想か」

「食べたことあります?」

「いや、実はまだ一度もない」

「手でもむけますよ。はい、どうぞ」


 むきむきしてまるごと渡す。

 ウィルヘイムさんにそのままのモモチャンの実はなかなか似合わないな。


「うまいな」


 モモチャンをまるかじり。

 野性的だね。似合わないね。


 三匹に出してる器に盛ったモモチャンを渡したほうが良かったね。ごめんよ。

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