王子様編

第29話

 メザイア連合王国は大国で、ウィルヘイムさんは第一王子様、メイローナさんは第三王女様、メローナさんは元王妃、と関わった人がみんな王族だから、必然的に話には貴族が絡んでくる。


 困っているのを何とかしてあげたい、という気持ちはあるんだけれど、説明を受けていると貴族の名前は長いし多いし複雑だし、でだんだん頭が混乱してくる。


 会ったこともない長い名前の人の家系や勢力を把握することはなかなか難しく、できれば最低限の関わりにしておきたいな、というのが正直な気持ちだ。


 貴族の名前、AとかBとかで飲み込んじゃだめかな。

 正式な家名を覚えておく必要ある?



【透明化】してから【座標転移】する。

 王宮の真上に出現した。

 【浮遊】を使って王宮を見下ろす。


 誕生日パーティーの開催は3日後だと聞いているけれど、準備が間に合っていないのか、規模が大きくて大変なのか、気配が多くてくらくらする。

 あっち行ったりこっち行ったり、沢山の人が動き回っていた。


 あっ、メイドさんがこけた。

 持ってた花瓶、割れなくてよかったね。


 忙しなく動き回る人々を観察しつつ、ウィルヘイムさんの気配を探す。

 執務室にいるみたいだ。


 まだ夕方だし、時間帯を考えると、お仕事中かもしれないね。

 邪魔しちゃ悪いかな〜と思ったので、先にメイローナさんの方に向かうことにした。


 モモは一足先にメイローナさんのところに行っていて、わたしはウィルヘイムさんに例のスキルの話をするつもりだったんだけど──まぁ、あとでいいよね?


 会うのが恥ずかしいとか気まずいとかではない。

 こっ恥ずかしいはちょっとあるか。


 モモは、メイローナさんが用意してくれた小さいティーカップでお茶をご馳走になっていた。


 このティーカップ、貴族のお姫様がお人形で遊ぶ際に、ままごとができるようにとお人形本体と一緒に買ったりするものらしい。

 メイローナさんは商会に問い合わせて、特注してモモ専用のティーカップを作ってくれたそう。

 前回会った時に出してくれて、モモが飛び上がって喜んだ。

 今日はお礼に手作りのネックレスを渡すと言っていたので、きっと喜んでくれただろう。

 やっぱりモモは、メイローナさんの事も大好きになってるんだろうなぁ。


『マスター』

「サイトー様、いらっしゃったの?」


 お姫様の目が腫れてるよ〜。泣いちゃった?


『はい。たった今』

「どうも、ごきげんよう〜、モモ、渡せた?」

『はい、喜んでくださいました』

「良かったね」


【製作】ででき上がったものを出すことだってできたのに、モモはわざわざ鉱石を探しに行って、自分で加工して、メイローナさんにネックレスを作った。

 デザインはあちらの世界のネックレスのカタログを出してあげて、こういうものがあるよ〜とアドバイスした。


 渡す日をずっと楽しみにしていて、すぐに行っても良かったのに健気に次の注文を待つと言うものだからいじらしくてたまらない。プリティ。


 モモが作ったネックレスは小さい宝石も散りばめられているけれど、一番目を引くのはテリヤの花が中央に透けて見えるトップの部分だ。


 テリヤの花は薄紫色でメイローナさんの瞳の色。

 ウィルヘイムさんが前にメイローナさんに、その色の靴を贈ったことがあるって言ってたかな。


 妖精族のみが持つスキル【花づくり】一番美しく咲いている時期のテリヤの花を出し、透明の樹脂を使って閉じ込めた。モモの力作だ。


「わたくし、どうしても堪えられなくて……」

「そんなに喜んでくれたら、モモが嬉しくて飛び上がって帰ってこなくなっちゃうなぁ」

「まぁ」


 いや、本当に可愛いんだよねえ、メイローナさん。

 モモと話してるところ、永遠に見ていられる。


「モモ、なんか効果つけた?」

『何をつけるか相談してました。でも、メイちゃんは受け取れないって……』

「アニエスさんに聞こう」

「サイトー様!」


 メイローナさんは止めるけれど、侍女のアニエスさんはメイローナさんを守るためには手段を選ばないので、こういう時はアニエスさんに聞くのが一番だ。


「ありがとうございます!身を守るものや姫様がいざというときに逃亡できるようなものが助かります!」

「アニエス!」

「場所を固定して【転移】にしようか」


 モモにはそれで伝わったようだ。

 メローナさんの避難所として、森の中に小屋を作ってあるんだよね。そこにメイローナさんも逃げてきたら良いんじゃないかな。

 間違って発動したとしても、あの小屋に気配があればモモが気が付くし、送り返してあげられるだろう。

 ネックレスの留め具だけは後から【付与】するつもりだったので【製作】で作ってある。

 モモがネックレスを【製作】でいじいじして、効果をつけてケースに戻した。


『メイちゃん、真ん中のテリヤの花の埋まった部分に触れて、【モモ】と念じて下さい。それで発動します』


 モモはスキルを使いこなしてるなぁ。すごい。


「……わたくし、いただいてばかり」

『嬉しくないですか?』


 来たぞ、うちのプリティモモの必殺うるうるおめめ。

 これには誰も敵わない。本当に敵わない。一回も勝てない。

 慌ててメイローナさんが首を横に振った。

 プレゼント、完了だね。


 ウィルヘイムさんのところに行かなきゃね〜とかわいい乙女達を置いて飛び立つ。名残惜しいよ。



 執務室の座標は分かっているので【透明化】してすぐに移動する。


 相変わらず厳しい顔してるなぁ。


 何やら書類を書いているようだ。近くに寄ってみる。


 私への手紙だった。


 言い方や条件を変えてパーティーに誘うな。

【遮音】をかけてから【透明化】を解く。


「パーティーには姿を消していきますよ」

「…………心臓に悪い」

「でも声は出しませんでしたね、助かります。【遮音】は部屋に掛けてますけど」

「貴女は逆に何ができないんだ?」

 

 心底不思議そうな顔をしながら聞かれる。


「うーん、全スキルを把握してる訳じゃないので、なんとも。スキルを全部纏めた本とかってあります?」

「国内限定の情報しかないもので良いなら」

「わーい、そのうち見せてください」


 メザイア連合王国はいろいろな国の集まりなので、情報もそこそこ多い気がする。楽しみだなぁ。


「それで、パーティーには来てくれるんだな?」

「メイローナさんのドレスが見たいですからね、チラッと見に来ますよ」

「姿を隠して?」

「隠すっていうより、消すの方です。透明化します。まるっと姿を変えても良いですけど、実体があるといざっていうときに逃げにくいですから」


 それはどういう顔?鼻になんか詰まった顔?


「パーティーの開催に向けて、不穏な動きがある」


 でしょうね。

 武器欲しいとか言ってますからね、アニエスさん。


「なぜか貴女はメイローナを大切にしているようだから……パーティーに来てもらうことで、俺が守りきれなかった場合、最終手段として貴女の手を借りたかった」

「それで諦めずに誘ってくれたんですね」

「……まぁ、それが一番大きな理由だ。なぜ、メイローナを気にする?」


 聞かれてから改めて考えたけど、理由はたくさんある。

 初めて会ったときにメイローナさんが嫌がらせを受けていると知って不憫に思ったから。

 モモがメイローナさんのことを好きになったから。

 モモが大好きなメローナさんと血縁関係がありそうだから。

 メイローナさん自身が素直でかわいらしく、私も好きになっているから。


「理由が多過ぎて答えられません。なぜ気にするのかといわれると、単純に出会ったから、っていうのが正しいかな?」

「出会った人間全員を気にして回っているのか、貴女は……」

「流石にそんなことはないですけど、助けたいなぁと思った人を助けてるような感じですね」


 ウィルヘイムさんは長く息を吐き出して、前髪をかきあげた。

 なんだそのイケメン仕草。

 スティーナさんの旦那さん、リクドールさんがもしもやったら町の女性が大変なことになりそうだ。


「時間はあるか?」

「今日は特に予定はないですね。村から呼ばれたりしない限りは」

「……村」


 あっ、言ってなかったんだっけ。


「いろいろとお世話になってる村があって」

「……シュレト村、か」

「えーなんで知ってるんです?メイローナさんから?」


 あっ、また溜め息ついた。なんなんだ。


 食事に〜と誘われたので、マナーとか知らないしモモも置いてきてるしと遠慮したら、私室でとるしメイローナさんのところに許可取りに行くしでモモが大賛成しちゃった。



「変なこと言われますよ?知らないやつと食事したとか、怪しいやつと密会したとか」

「流れの魔法使いだと言ってある。未登録の、な」

「わあ」


 未登録の魔法使いにしておけば、なんかやらかしても誤魔化せるってモモが教えてくれてたやつが、まさかここで使われるとは。


「嫌いなものがあれば避けてくれ」


 メザイア連合王国は調べてみたらコース料理が普通なんだけど、出てきたのはたくさん仕切りがある大皿。

 ちょっと良いバイキングのお皿の大きい版というのかな、そこに少しずついろいろなものが置かれていた。配慮のできる男がいるなぁ。


「美味しいですよ、全部」


 食文化の発展がすごい。

 大国はいろいろ進んでるんだね。


「シュレト村は隣国の小さな村だが、特産品の品質が良く、かつ珍しい。このところ異常な速さで貴族に流行っている」

「わぁ、そんなに?」

「……注目されているのは商品の価値もあるが、直接取り引きしている先が一つしかない、という部分だ。入手に制限があるものほど貴族は欲しがる傾向にある。我が国の貴族もこぞって手に入れようとしているが、あちらもなかなか上手くやっているらしい。貴族の圧力を冒険者ギルドと商人ギルドが抑え付けているようだ」

「へ、へえ〜そうだったんだぁ」


 知らなかった。頑張ってくれていたんだね。

 商人ギルドは法外な【制約】しているけれど、それでも貴族を抑えてくれていたんだ。


「そんな、隣国の、端の方にある、これまでなんの目立った特徴もなかった一つの村が、なぜ、急激に、特産品なんてものを生み出せたのか」


 区切って言わないでよ〜。なんか怒ってるじゃん。


「自国の貴族に変なことをされては外交問題になる。不味いと思って村を個人的に調べた。結果、流れの魔法使い様が村の発展をいろいろと助けてくれたらしい」


 なんだー。そこからか!

 流れの魔法使いが何かやらかすのは割とあると思っちゃったよ、違うのか。


「これは、貴女で間違いないな?」


 確信しているのに聞く必要ある?答えなくてもいい?

 わぁ〜この魚とっても美味しい。なんて名前かなぁ。


「……過激な手段を取りそうな者には、監視をつけてある。だが、俺は王じゃない。力を公には使えない。そんな立場で隣国の小さい村を守ることが、万全にできるとは言えない」


 あれ、守ってくれようとしてるの?


「調べている途中で、この魔法使いが貴女だと思った。今はどうにかできていても、いずれ村が狙われる。そうなると貴女は悲しむと思った。勝手なことを、と思うか?」

「思いませんよ、村を助けようとしてくれていたんですよね?」

「……貴女がいると思ったからだ」

「まぁ、それが理由だったとしても、村を気にしてくれた事は有り難いです。過激な手段を取りそうな貴族を見張ってくれていることも」


 なんでそんな言い草すると思われてるんだ。

 普通にありがとう〜助かる〜って思ったけど、まさか責めるとでも?


「危険だと言いたかった」

「危険?」

「貴女は自分の希少な力を使うことを、見返りなくしてみせるから。貴女に与えてもらっている俺が言うのはおかしな話かも知れないが」


 いろいろやってしまって危険なのはまぁ、うん。

 そうだよね。何か起きたら嫌だなとは思う。

 できることはやっているけれど、それでも駄目な時もたぶんいつか来るだろう。


「村のことを心配してくれてるってことは分かりました。もうちょっと何か対策を考えてみます。塀を作るとか、見張りを立てるとか」

「……」

「なんですか?」

「俺は貴女が危険な目に合うことを懸念している」

「へ?」


 私のことを単体で心配してるの?この人。

 え〜そうなの。めちゃくちゃ良い人だな。

 あれだけスキル使って見せてるのに、それでも心配してくれるんだ。


「貴女が誰かを守るとき、貴女のことは誰が守るんだ?」


 それは、モモとか、いや、モモは、駄目だ。

 危険な目に合ってほしくない。

 モモになんかあったら泣く。


「私は誰かに守られなくてもスキルが守ってくれる、というか」


 乱暴な【完全防御】とか【危機回避】とかあるし。

 なんだったら【不老不死】だからね。怪我は【平癒】で治るし。


「……そうか」


 ウィルヘイムさん、心配してくれてありがとうね。

 なんか久しぶりに人間だって思い出したような気がする。いや、ずっと人間なんだけどね。種族も人間だし。


「俺は貴女を守れるほどの力は持たない。それでも、貴女が大切にしているものを守りたいと思うくらいには、貴女のことを想っている。それだけは知っておいて欲しい」

「それは、えーっと」

「なにかしらの返答が欲しいわけではない。貴女はどうせ俺が何を言おうと絶対に頷かないだろう」


 その決めつけはよくないよ。

 勝手に振られましたみたいな態度はやめて。

 いや、逃げたいとは思ってるけど。なんかムズムズするし。


「すみません、ちょっと確認というか、一応、本当に一応の確認なんですけど、間違ってたらごめんなさい、ウィルヘイムさん、私のことが好きなんです?」


 そうかなぁと思ってはいるんだけれど、全く違う方向の話で、親友とかそっちかなって線も捨てきれない。

 いやでも、返答がいらないとか、やっぱりそういうことなのかな?


「……ふ」


 めっちゃ笑ってる。

 声出して笑うんだね、ウィルヘイムさん。


「ああ、そうか。貴女はあいまいな言葉があまり好きではないんだな」

「だって本当の気持ちは本人にしか分からないですし」

「貴女のことをまた一つ知れて良かった。……そうだな、私は貴女のことが好きなんだろう。断定して言えないのは色恋沙汰から遠いせいだ」


 色恋沙汰て。

 王子様の口から出てくる言葉なんだ。


「これが恋と言うわけか。貴女のことをずっと思い出してしまうのも、手紙が待ち遠しいのも、顔が見たいのも、そういうものだからか?」

「えー、私、もう帰っていいですか?」


 ぎゅんぎゅんアクセル踏むから怖いよ。

 私は不老不死なんだってば。

 普通の女だと思ってたらやべぇやつだったってなるぞ。

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