第28話
「見つけたときにはボロボロで、片目がなく、耳も上半分がなく、指も揃ってないような状態でした。背中にはいくつもの焼印があって、他にも、口にするのも憚られるほどの酷い傷を負っていました」
アイルの事情は詳しくは、村人達に話していなかった。
ログハウスで起こったことも、話さないほうが良いと思ったから言っていない。
ただ、いろいろ事情があって抱えているものがあること、できれば優しくしてあげて欲しいこと、もし村人に危害を加えるようなことがあれば、必ず私が治すから呼んで欲しいということ。
村のみんなは理由も聞かずに、アイルのことを受け入れてくれた。
言葉を教えると言ったら、モモの改造で既に家に広い空間があるメローナさんが場所を提供してくれて、みんな興味を持って代わる代わる講習を見に来たりした。
日常のお世話はアローニャさんとマリリンさんが請け負ってくれて、何があればすぐ伝えると約束してくれたから、アイルのことをお願いしていた。
講習の最後でアイルが語る自分の話は、あまりにも壮絶だった。
けれど、一生懸命に大陸共通語で話しているから、誰も止めようとはしなかった。
みんな、最後まで黙って聞いた。
クレイくんがその場にはいたけれど、誰も出て行くようにとは言わなくて、クレイくんはずっと真剣な顔でアイルの長い話を聞いた。
幼い子どもに聞かせるには、内容は残酷だった。
それなのに、クレイくんは最後まで聞いて、サイラスさんが泣き出すとそばによって背中を擦った。
講習が終わると、クレイくんがアイルを誘って外に連れ出す。
これから洗濯場に行って、マーヤさんの手伝いをすると言っていた。
残ったみんなが何か聞きたげな様子だったので、アイルを連れ帰ったときのことを説明した。
みんな静かに聞いて、静かに涙を拭いた。
「まぁ、そんなわけで、一度うちに連れ帰ろうと思います」
「お師様」
「うちに連れて帰ってみて、しばらくは色んなことを体験して貰おうかなって」
「色んなことって?」
セレナさんが不安そう。
「私の家の地下に、色んなものを建てられる空間があるんですけど、遊園地とか水族館とか動物園とか作ってみようかなとか」
あら、全部伝わらなかった。
こっちには無いものだもんね。
何が新鮮で何が楽しくて何が興味があるかを知りたい。
アイルが経験していないこと、アイルが見たことがないもの。
私はまだアイルのことを全然知らないままだ。
「アイルはうちで預かれないか?」
サイラスさんが泣き腫らした目を手ぬぐいで乱暴に拭いて、私に向き直る。
サイラスさんはアイルのこと気に入ってくれたんだね。
一緒に住むことになるセレナさんも頷いているし、それも良いかもしれない。
「サイラスさんにお任せするのも良いですね。セレナさんも大丈夫そうですか?」
「それもう、大歓迎よ」
「じゃあお願いしようかな。もし、家の改装とか必要だったらいつでも言って下さいね」
「ああ、助かる。……大事にするからな、アイルのこと」
サイラスさんとセレナさんなら、アイルも次第に心を開いて行くかもしれない。
アガスティアに戻ることはもう無いと思うし、これから色んなことを知って穏やかな生活をして欲しい。
新生活のお祝いにちょっと良いベッドを贈った。
キングサイズだ。
これでみんなで余裕を持って眠れるだろう。
ただ、サイラスさんの家の寝室がそれだけで埋まってしまったので、増築が強制的になった。
ごめんね、ちょっと大き過ぎたわ。
村の中に今までアイルが関わった人達と同じような、残忍な人は一人もいない。
村長の人柄というのもあるし、この村は不本意な物もあっただろうけれど沢山の人の旅立ちを見送ってきた。
寂しい思いをした人も多いし、時間が傷を癒やしてくれるということもみんな知っている。
子どもたちは逞しいし、大人は見守ることが上手い。
アイルが何か悪いことをしてしまっても、叱ることもできるし慰めることもできる。
【ランダム転移】を【スキル剥奪】してしまったことは、正直後悔していなくて、もしもアイルが欲しがるなら普通の【転移】を【付与】するつもりだ。
もともとアイルにあったものは種類は違えど【転移】だから、まだ安全な方の転移が良いだろうなと思っている。
村長は無事に魔法の【座標転移】を覚え、聖魔法の【解毒】と【制約】も取得して使うことができるようになった。
まだ聞きたいことも知りたいこともあるから、名入りのプレゼントは遠慮したいと言っていて、ちょっと笑った。
それでも、だいぶ覚えたので、次は村のみんなに魔法を少しずつ教える側に回るそうだ。
ミアさんは問題集を一番先に終わらせた。なんと問題を自分で作って、日を開けながらこなしているらしい。
魔法が使えるようになるのは、そう遠い日じゃない気がする。
アイルが服を着てくれないと膨れていたので、私にローブを作って貰った。
色は深緑でパッと見はそんなに変化が無いけれど、ミアさんらしい刺繍が裾や袖に入っていて、ローブの裏側には私の名前を入れてくれた。
宝物の一つなので、間違っても破れたり傷付いたりしないよう、魔法の【時間停止】を【付与】した。
モモは少し呆れていたけれど、マスターらしいですと笑った。
アイルがサイラスさんの家に行く日は、みんなプレゼントをたくさん贈った。
服はミアさんが山ほど渡していて、お菓子はリリアンさんが渡していて、基礎化粧品やハンドクリームやリップバームはマリリンさんが渡していた。
村長はアイルがサラちゃんを抱っこしている置物を作って渡していた。
どうやら、サイラスさんとセレナさんの娘の名前はサラちゃんに決まったようだ。
アローニャさんは簡単に作れる栄養豊富なご飯のレシピを渡していて、みんながプレゼントをするものだからアイルがこれは何事かと私に助けを求めてきた。
そんなことは初めてだったので、声を上げて笑ってしまった。
アイルを迎えるサイラスさんとセレナさんですらプレゼントを用意していて、自分が何も持っていないことに気付いて、アイルが落ち込んでしまう。
サイラスさんは本当に不思議な顔をして「アイルが来ることが俺たちへのプレゼントだろう?」と言った。
サイラスさんのそういうところ、私かなり好きだな。当たり前みたいな顔をして、人によっては恥ずかしい言葉を真っ直ぐに言えるところ。
意味が分からないと言うアイルに、サイラスさんはこれからたくさん教えると言った。
そして、私からのプレゼントだけれど。
「【なんでも叶える券】ってなんだ?」
「アイルが叶えてほしいことを必ず叶える券だよ」
「10枚もある」
「10回分だね」
「サイトーが一番、頭が悪いと思う」
「アイル、頭が悪いはあんまり人前で言っちゃ駄目だよ。心に仕舞っておくものなんだよ」
「……わかった」
アイルの言う「頭が悪い」は純粋な心配だと知っているので、みんな穏やかだ。
違う言葉に置き換えたほうが良いのはみんな分かっているんだけれど、アイルがあまりにも真剣な顔をして言うので、つい許してしまっている。
私が渡したプレゼントに、周りはドン引きの顔をしていた。
なんだなんだ。
なんでそんな顔をするんだ。
少年の時間を奪われてしまったこの青年が、どうか、いつの日か「産まれてきて良かった」と思えるようになればいい。
アイルとお別れをして、ログハウスに戻る。
「きたぞ」
「きたね」
「きたの」
「ただいま。なーにがきた〜」
「てがみ」
「かみ」
「てがみ」
ウィルヘイムさんのお手紙とメイローナさんのご注文ね。
そういえば、そろそろだったなぁ、誕生日パーティー。
メローナさんに断り方を教えてもらって返事をした後は、当たり障りない現状報告みたいな手紙が届いていた。
メイローナさんとは一度会ったけれど、ウィルヘイムさんとはあれから一度も会っていない。
手紙で言うことでもないしと第三王子様のスキルのことも伝えられていなかった。
メイローナさんと会うとお茶してる時間が楽しくて、あっという間に帰る時間になっちゃうんだよね。真面目な話をしてないや。
手紙を確認したら、遠国の賓客として極秘に招くのはどうだろうかという提案が来ていた。
めっちゃパーティーに招きたいやん、ウィルヘイムさん。
【透明化】して見に行くつもりなんだけれども、それを言ったほうがいいかな?
とりあえず置いといて、注文書を確認。
『珍しいですね』
「だよね?」
ドレスの下に隠せるような武器が欲しいとのこと。
穏やかじゃないぞ〜。
パーティーに危険があるのかな?
「お姉さんの方かな?弟さんの方かな?どっちもからも狙われているってことかな?」
『話を聞いてきましょうか?』
「あ、ついでにウィルヘイムさんに、第三王子様のスキルの事も話して来てくれる?」
『えへへ、それはだめです』
「なーんでーよー」
モモったら〜。そんなんじゃないんだから〜。
ウィルヘイムさんは匂わせてきてるけど、ちょっとそれも逃げたいんだよなぁ。
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