第25話

 スキル【蘇生】は、魂が神様の元に届く前であれば使用可能らしい。

 魂が届くまでの時間がどのくらいかは分からないけれど、早ければ早いほど蘇生出来る可能性は高いということなんだろう。

 仏教だと49日は彷徨うんだっけ?詳しくないから分からない。


 彼はログハウスに連れて帰った。

 私が何も言わないからか、モモも何も言わなかった。


 帰ってベッドに彼を寝かせて、【洗浄】と【ボディケア】を使う。

 服を着せることが出来なかったので、肌触りのいい毛布を掛けた。


 健康体になっているのに、目は、まだ覚めない。


「ごめん、モモ。ちょっと出掛けてくる。任せてもいいかな」

『はい、マスター』


【座標転移】して【浮遊】で空に浮く。


 真っ暗な夜の中で、焼き付いた光景を反芻した。


 数が足りなかった手と足の指。

 えぐりとられた肉のあと。

 うっすら見えて変色していた骨。

 目が一つ足りなかった。

 両耳も上半分が切られていた。

 剃られたり切られたりした無残な髪の毛。

 まるで、遊ばれたような、数々の痕跡。


 どんな罪を犯したんだろう。

 とても悪いことをしたのかもしれない。


 そう考えないと、気が狂いそうだった。


 もし、もしも彼が罪人などではないとしたら、なんの罪も犯していないのにあんな目に合っていたとしたら、私はこのやりきれない気持ちを、この叫び出したくなるような気持ちを、一体どうしたらいいんだろう。


 本当は分かっている。

 知っている。

 この世界では、とても悪いことをした人は、神様が神罰を与える。


 あんなのは神様のすることじゃない。

 あんな目に合わせる前に命を奪うことができるから。


 もしも、神様が彼のあの状態を望んでいたとして、やっぱり彼がよっぽど悪いことをしていないと、どう考えても割りに合わない。


 なにか悪いことをしたので無ければ、あの姿はあんまりだ。


 誰かの、悪意の塊。

 誰かの、残虐行為の証拠。


 神様。

 私、あちらの神様に、この世界は可愛いものが多い世界だって、聞いたのに。


 ──うまれてこなきゃよかった。


 あの人は自分の命が終わるとき、間違いなくそう言った。


 蘇生した私を恨むだろうか。

 勝手なことをしてと罵るだろうか。


 死にたかった?終わりたかった?

 だけど、何も聞けなかったから、私には彼の気持ちが分からない。


 どうやってここまで来たんだろう。

 一体彼の身に何があったんだろう。

 私は本当にそれを知りたいのか、本当は知りたくないのか、どちらか分からない。


 このまま世界に溶けたいと思った。

 怖くて、恐ろしくて、嫌になりそうだった。


 蘇生を使った自分のことも恐ろしいと思った。


 だけど、もし──時空を越えて戻ったとして、私はまた同じことをするだろう。


 そう思ったら、ひとつ気が付けた。


 私は彼にいま生きて欲しいと思っている。

 それが押し付けになったとしても。

 目の前であんなふうに死んだ人を、どうやっても素直に見送れない。


「もう、やっちゃったことは……しょうがないよね」


 深呼吸して気持ちを切り替える。


 使っちゃったなぁ、蘇生。

 もうメローナさんにも【不老不死】になって欲しいって素直にお願いしてみようかな。

 蘇生を使ったことでいい感じに倫理観が狂ってきた。


「モモ、心配してるだろうなぁ」


 帰ろう、ログハウスに。

 私とモモの大事なおうちに。




【転移】して室内を見渡す。

 海、桜、緑はベッドに転がっていた。夜になったら眠るってなんとなく分かって真似してるのかな。


『ま、マスター……』

「ただいま、モモ。ごめんね、心配かけて」

『ますたぁ』

「うん」


 一瞬だけ躊躇って、モモが唇を震わせた。


『そ、蘇生スキルは、マスターが知らないだけで、実はもっている人がたくさんいます。冒険者や、司祭など、もっていて、魔力はたくさんつかいますが、つかっているひとも、いて、だから、だから、ますたーがつかうことは、へんじゃなくて』

「うん」


 いっぱい考えてくれたんだね。

 どうしたらいいのか分からなくて、モモなりに一生懸命考えてくれたんだね。


 説明の言葉を考えて、どう伝えたらいいか考えて、嘘を、吐こうと……思ったんだね。


『ますたーが、つかうことは、へんなことではありません。わたしは、だから、ますたーが』

「モモ」

『おかしいことなんて、ありません。いいことをしたのに、いいことなのに、ますたーは』

「ありがとう」


 モモの目から涙が溢れて、なかなか止まらない。



 そうだよね、びっくりしちゃったよなぁ。

 良いことしたはずなのに急に私が無言になっちゃったから、びっくりして、理由を探して──記憶も辿ったかな。

 あちらの世界で生きる私を見て、なんとなく理由に辿り着いて、どうしたら心が楽になるか考えて、嘘を吐くことにして、嘘の内容を考えて。


 でもね、モモ。

 モモが私に教えてくれることは、忘れないように気を付けてるんだよね。


 蘇生スキルはこの世界で私しか持っていない、そうだよね。


「嘘つくの、嫌だったでしょ。無理したらよくないんだよ」

『マスターもイヤなこと、しましたから』

「まぁ、うん。なるべくそのスキルは使いたくはなかったけど」


 でも使っちゃったもんはしょうがないよなぁ。

 だって使うでしょう、あんな状況になったら。


「まだ目は覚めない?」

『起きませんね』

「とりあえず寝る場所を確保しなきゃ。ベッドは貸出中だし」

『あの方を地下に置きますか?』

「そうだね、地下に家を作ってからそっちに運んであげようか」


 モモと一緒に地下に向かう。

 うそつきフェアリーは珍しく私の首に抱き着いている。


『つぎはモモも一緒にいきます』

「置いてってごめんね。不安だったよね」

『つぎは、行きますので』

「うん」

『マスターが嫌っていっても、ついていっていいですか?』

「いいよ」


 先に聞くの可愛いな。



 地下でスキル【施工】を展開する。

 夜も遅いし、シンプルで普通の家を設置した。

 村の人が住んでたみたいな小屋だね。

 家具付きで一通りものが揃ってる。ベッドは良いものにしておく。あと水と食料と服も置いておこう。

 いつ目が覚めるか分からないから。


 ログハウスに戻って眠っている青年を、地下の小屋のベッドの上に【座標転移】で移す。

 ステータスも確認した。


 アイル、19歳。

 身長167cm、体重38kgだ。

【平癒】で健康体にして、この痩せた身体か。


「とりあえず、今日はもう寝ようかな」

『マスター、一緒にいても、いいですか?』

「うん。一緒に寝よう」


 モモが過保護フェアリーになっちゃった。



 翌朝になってもアイルくんは起きていなかったので、モモにお願いして村へ一人で飛んだ。

 メローナさんの手が空いていたら、手紙の書き方を教わろうと思っている。


 活気が出てきた村は私が知らないお客さんで溢れていて、みんな忙しそうにしているのに私を見かけると挨拶をしてくれる。


 村長宅に行ったらクレイくんが問題集とにらめっこしていて、ミアさんが解くスピードが尋常なく早かったことを教えてくれた。

 その調子なら店をやるのも近いかも知れない。

 だけど、ミアさん作るのも好きだから手が一杯になりそうだよね。


 鎖に繋がれた村長が、ミアさんが服の倉庫に行っているからとお茶を淹れてくれた。


「お師様、なにかありましたかのう」

「なにか?」

「お顔がいつもより、曇っておられる」

「……怖い顔してました?」

「いいや、そんなことはありません。お師様はそのう、なんといいますか、いつも穏やかにみなを見ておられますから」

「今日はそうじゃなかったですか?」

「すこーし悲しい顔を、しております」


 そんなつもりはなかったけどなぁ。


 クレイくんが私を見て、頭を撫でてくれた。

 将来モテる男になることがもう決まってるよね、きみは。


「人形みたいなかおしてた」


 わあ。そんな顔してたの?嫌だなぁ。


「うーん、ちょっとね、どうしようかなぁって悩んでることがあって」

「わしらに出来ることなら何でもおっしゃって下さい」

「そのうち頼むかもしれません。私もどうしたらいいかまだ迷ってて、何も決められてないですから」


 村長優しい。クレイくんも優しいね。

 ありがとうね。


「はっ、もしや、お師様、旅立ちをお考えで……」

「違います。違いますからね」


 怖いわ。

 縋るような目をすな。

 いなくなったりしないよ、森が近くにあるし。

 住処があるってそう言ったでしょうよ。


「村に仲間が増えてもいいですか?まだ何も決まってないし、本人にも何も言ってないんですけど」


 なんだそんなことかぁって顔してる。

 何をどう心配してるの、いつも。

 どこも行かないって行ってるのに。


「いつでも、どなたでも、お師様の連れてくる者ならみな大歓迎です」


 いや、そこは多少警戒して。

 人が良すぎて不安になるから。


「しかし、村も連日賑わっておりますが、若いもんが戻ってくるかと思えば、あやつらアキサルから出ておるとのこと」

「え?そうなんですか?」

「スティーナが言うとりました。半数は冒険者になってアキサルからとっくにおらんとか」

「あ〜そういう可能性もあったんですね。そっか」


 村人が増えるのはなかなか難しいもんかな。


「子どもらが不憫でなりませんな。わしらが親代わりになれておるなら、いいですが」


 本当にね。

 今の村の子達は自分の親が帰って来ないって知ってるみたいだけど、行方とかやっぱり気になるよね。

 アキサルにいると思ってるだろうから、会いに行きたいと思うこともあるかもしれないし、アキサルに行っていなかったらショックだよね。


「学校とか作ろうかな」


 満遍なく知識を覚えるようになったら、自分の将来の夢も見つけやすいかもしれない。

 親のことを知ったとしてもやりたいことや他の希望が見つかっているなら、少しは立ち直りやすいかも。


「お師匠様がなさるので!?」

「そうですね。もし本格的にやるとなったら、先生をやってくれそうな人を探して、その方に来てもらうまでは繋ぎで私がやっても良いですね。教えられること少ないかもしれませんけど」


 【歴史書】頼りになりそうだ。

 あ、でも村の子たち、仕事してる子も多いんだよな。


「学校では魔法も教えていただけますかな?」


 通うつもりじゃん、村長。

 絶対に通うつもりだよね。


 さーて、メローナさんの所に行ってみよう。


 詳細を聞きたがる村長を、その話はまた今度ねと宥めて村長宅を後にする。

 まだやると決まったわけじゃないんだから。


 メローナさんは手が空いているかな。

 普段は容器づくりを手伝ったり、リリアンさんのお菓子の梱包を手伝ったりしてくれているようだ。


 宿の方にいるか、家にいるか。

 まず家から訪ねてみようかなとおうちの前に【座標転移】する。


『マスター!マスター!帰ってきてください!』


 モモが現れた。

 しかも、泣いている。


「わかった」


 すぐにログハウスに転移する。

 ただ事じゃなさそうだ。


 帰ってログハウスの惨状を見て、モモが泣いていた理由を知る。


 動物のように地に伏せてこちらを警戒するアイルくんと、身を刻まれた三匹たち。

 あちこちにみんなの体液が飛んで、家具が湿っている。

 室内はめちゃくちゃだった。


 海も桜も緑も喋らない。

 身体とかさが刻まれて、細切れになっていた。


『マスター!わたしは蘇生スキルをもって、もっていません、みんなを』

「うん、分かった」


 すぐに三匹を【蘇生】する。

 蘇生が魔物にも適用されるかどうか一瞬の不安が過ぎったけれど、無事に戻って来てくれた。

 良かった。


「うみ」

「いたい」

「うん」


 痛覚があったのか、なにか痛いことをされたと知っているだけなのか分からない。

 本もたくさん読んであげたから、攻撃されたら痛いことは知っている。


「さくら」

「モモチャン」

「あげるよ」


 食いしん坊め。いつでも、いくらでもあげるよ。【倉庫】から出して渡す。

 海も寄ってきた。緑は動かない。


「みどり」

「きらい」

「うん、そうだね」


 嫌いになっちゃうよね。

 攻撃されたもんね。


 緑はアイルくんを見ている。彼は微動だにしない。


 もし、動く様子を見せたらすぐに動きを止めようと思っていたけれど、そんな素振りがなかったので一旦放置した。


「緑も食べな」


 モモチャンに群がる海と桜の方へ緑も向かわせる。



 モモが三匹の周りに透明なドームのようなものを出して、スキルを重ねがけする。もう害されることがないようにと気を利かせてくれたのだろう。



 私のミスだね。

 モモに彼の処遇をどうするかは伝えていなかったし、彼を拘束してもよいのか、蘇生したのに殺してもよいのか、咄嗟に判断ができなかったのかも知れない。

 三匹を攻撃されて、すぐに飛んできてくれたんだろう。

 おはなしダケは抵抗しないし、戦闘なんて無かったはずだ。狙いを決めたら一瞬で命を奪う事が出来る魔物だから。


 凶器が調理用の包丁だったことが嫌で堪らない。

 これは捨てよう。


 その包丁でモモチャンを切って、この子たちに食べさせた。


 知らないひとではあったけれど、見慣れた包丁に三匹達は期待すらしたかもしれない。

 モモチャンがもらえると、いつもの実を切ってもらえるとそう思ったかもしれない。


「モモ」

『はい、マスター』

「嫌なことをまたするよ」


 彼の側に【座標転移】して、すぐに【スキル剥奪】する。


【ランダム転移】ね。

 随分と危ないスキルを与えられていた。

 どこに出るか分からない、博打みたいなスキルだ。


 ああ〜剥奪って言葉がすごく嫌だなぁ。

 自分が与えたものを剥奪するのは良いけど、人のものを剥奪するのは本当に嫌な気分。


『一緒に、お散歩にいって、アイスを食べましょう。モモは酸っぱいのも好きです』


 レモンね。良いよね、爽やかだし。


「そうしよう」

『はい、マスター』

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