大きな傷編
第24話
改めて【魔法書】で【座標転移】の取得条件を確認したところ、80時間の肉体的拘束が取得条件だった。
「本当にそれをお使いになられるんですか、お師様……」
じゃらっと鎖の音が響く。
使いますよ〜村長。そんなビクビクしないで。
「取得した後ちゃんと使えるように、点と点を繋いで自分が移動するという想像をしっかり思い浮かべておいて下さいね」
この世界の魔法の取得条件って言うのは不思議で、取得した後に必ず使えるかというとそうではない。
魔力のコントロールはもちろん、イメージが上手くないとすんなり使えるようにはならなくて、この部分はなんていうか、思い込みが必要なところ。
思い込みって言うとちょっと言葉が悪いかも。
想像力と自由な発想力が必要って言うのかな。
村長の片足を鎖に繋いで、万が一にでもを怪我しないように、金属が肌に当たる部分は柔らかいスポンジで覆っている。
「痛くないですか?」
「は、はい。痛みは全くありませんのう」
【転移】の魔法は取得していないけれど、【座標転移】の魔法は条件が少し気になってログハウスにいるときに取得したんだよね。
──肉体的な拘束ってどこからどこまでの話なんだろう、と思って。
転移系は便利だから、やはりこの世界でも取得したがる人が多い。【転移】の条件を知っている人は少ないけれど、【座標転移】の条件はわりと知られている。
場所によっては長時間の肉体拘束を試練や修行みたいに思っているらしく、そういった儀式として経験させる国もあるそう。
やり方は基本的には個室に拘束して閉じ込めたりするんだけれど、【魔法書】に個室に拘束しろとは書かれていなかった。
それならば、実は知られていないだけでもっと楽に取得できるのでは、と片足に長い鎖をつけてログハウスで80時間過ごしてみた。
問題なく取得出来たので、村長にはこのやり方を教える。
そもそも、80時間も個室に閉じ込めて拘束してたら、寂しくて村長が死んじゃうよ。
「これを外さずに4日ほど過ごしてください。何かあって外に出るときは、私を呼んでくれたら鎖を伸ばしに来ますね」
「とんでもない、大人しくうちで過ごしますので、お気遣いなく」
取得までの拘束時間が長いから失敗のリスクを考えてなのか、単純にそういうものだと思いこんでしまっているのか、この世界の人々は取得条件の制限の度合いを試したり研究したりしないみたいだ。
好奇心旺盛な人とか調べそうな気がするけどな。
まぁ、知っている人からこうするべしと言われて従って覚えるから、どこかで歪んだり間違ったりするものなんだろうけど。
「大変なのね、魔法を覚えるのって。おじいちゃん、悪いことをした人みたい」
村長をミアさんの服倉庫に繋ぐわけにはいかないで、村長宅に戻ってきている。
一緒に戻ってきたミアさんが、鎖に繋がれた村長の足をまじまじと見てそう言った。
身体の自由を奪うってことをクリアしていれば、肉体的拘束に値するんじゃないかな、と思ってやってみて、実際に取得出来たのでこのやり方でなにも問題はないと思う。
もしかしたら、手を縛るとか目を隠すとかも肉体的拘束に入るのかも知れないけれど、実際に試してないからそれはわからない。
「家の中ではいつも通りに過ごしてもらって大丈夫ですから、空いた時間で別の魔法も覚えていきましょう」
「ははー!」
拝むのはそろそろやめようね。
聖魔法の【解毒】は毒物を一定摂取することで取得可能で、同じく聖魔法の【制約】のは数多くの真実を見抜き正しいものを選択する、なんだよね。
村長のご飯に強過ぎない毒を入れてもらうようミアさんにお願いして、食堂で食べるときはアローニャさんにもそれを伝えてもらうことにした。
毒は作った。
もしかしたら先に、スキル【毒物耐性】が出てくるかもしれない。毒を食べ過ぎて。
それから、計算の簡単な問題集を作ったので、村長にそれをやってもらおう。
数多くの真実を見抜く、という“数”が実際にはどれくらいなのかを知らないので、試験的なものだ。
もし、これで取得出来なくても、単純計算を沢山こなして早くできるようになっていたら、どこかで役には立つだろう。
「サイトー様、わたしもこれやってみたい」
「おれも」
いつの間にか帰ってきていたクレイくんも、はーいと手を上げる。
この問題集やりたいの?いいよ。
ミアさんとクレイくんにも村長と同じものを渡した。
筆記用具も作ってあげるね。
回答が載っている冊子はまとめてミアさんに渡す。
真面目に取り組みそうだし、一番早く終わりそうだよね、ミアさん。
村長の拘束が終わったので、他に困ってる人はいませんか〜なんでもします〜と村の御用聞きをして回る。
もう私がいなくても、全部なんとかなるんだよなぁ。ちょっと寂しい。
ログハウスに帰って、王子様からの手紙の返事を書く。
なーやーむー。
出ませんって一言だけ書くのは良くないよね、たぶん。
モモはメローナさんの所でお茶会をしているので留守である。
よいねよいね。
ちょっとお手紙に関しては、メローナさんに相談して、返事の書き方を教えて貰おうかなあ。
「手紙って難しい」
「てがみ」
「むずかしい」
「くえばいい」
緑、それは違うと思う。食べれないよ、手紙は。
いや、食べれるのか?紙って植物扱いか?
気になるので、レターセットを【製作】する。
「みんなこれ食べる?」
「まずいぞ」
「まずいね」
「まずいの」
「見ただけで味わかるのすごいな」
おはなしダケにとって手紙は美味しくないらしい。
じゃあ美味しいのを食べようね。
モモチャンを手に出したら、めちゃくちゃ早く寄ってきた。大好きじゃん。
「モモチャン!」
「モモチャン!」
「モモチャン!」
はいはい、いまカットしますね。
かわいいやつらめ〜。
モモチャンを切ってガラス容器に盛る。
私気付いてしまったんだけど、これを【複製】して【倉庫】にたくさん入れておけば、切って盛る必要なくなるよね。そうしよっと。
「おやつの時間だよ〜」
「おやつ」
「おやつ」
「おやつ」
もにもに歩いてテーブルに向かう三匹が可愛い。
ベッドで休むようになったし、フォークとナイフも使いこなせるようになっている。
かしこくてえらい。
モモは夜に帰ってきた。
何やらバスケットを持っている。
『マスター!メロちゃんがパイをマスターに食べて頂きたいと』
「やったー!」
メローナさんの手作りパイ、モモに聞いたときから食べたかったんだよね。
もしかしてモモが伝えてくれたのかも。
おいしーい!
まだちょっとあったかい。
わざわざ帰る時間に調整して、出来たてが食べれるように焼いてくれたのかな。
「メローナさんにお礼しなきゃね」
『マスターが喜んでくれていたと伝えたら、メロちゃんはそれだけで嬉しいと思いますよ?』
「でもさ、このパイめっちゃ美味しくない?次元が違うくない?なかなか食べられる味じゃないよ。ケーキ屋さんで食べたのより美味しいもん。すごいよこのパイは」
もぐもぐもぐ。とまらない。
食べやすくて、くどくなくて、なんだこのパイは。
ワンホールぺろっと食っちゃった。
絶対に太るわ。
「今日のお風呂はにごり湯〜」
るんるんでお風呂に入る。
モモとふたりですっぽんぽんになり洗いっこした。
妖精族はつるつるで、人間と同じような特徴がない。誤魔化さずに言うと、性器も乳首もおへそもないです。かわいい。
ぽっかぽかのほっかほかになり、お風呂を上がってひと息つく。
お風呂あがりに冷たいアイスだ〜とか思ってたけれど、さっきワンホール丸ごとパイを食べてしまったので、我慢することに決めた。
むしろ、カロリーを消費せねば。
カロリーとかそういう概念ある?この世界。
「散歩でもしようかな……」
『今からですか?マスター』
「汗かかない程度にぷらぷらしようかな。森に散歩道を作ってもいいし、森の外を歩いてもいいね」
『お供します』
「やった〜ふたりでお散歩しよ」
いつものローブじゃなく軽くてさらさらした素材の上着を羽織って外に出る。
こちらに来た頃と比べて、寒さも和らいできた。
雪が降る時期を逃したのか、それともこの地域は降らないのか。雪はまだ一度も目にしていない。
「雪はお目にかかれなかったかなぁ」
『マスターは』
「冬もそろそろ終わりかな!?まだかな!?」
やめて!【天候操作】の話はしないで。
知らない、そんなスキルは知らないなぁ。
森の中はまだ手を加えていないので、これから整備するよりは軽く外側を見て回ろうか〜ということになった。
なので、モモとふたり、森の外側を歩いている。
整備し始めたら時間が溶けていくもんね。スキル【施工】楽しいよね。
外は真っ暗だけれど、散歩すると決めたときにLEDのランタンを【製作】したので、びっくりするほど周囲が明るい。
手持ちのランタン、ファンタジーっぽくていいね。というか、LEDってすごいね。なんの略なのか知らないけど。
『マスター!』
「うん、いるね」
気配察知に何かが引っ掛かる。
人がいる。
「とぶよ」
なぜかわからないけど、すごく嫌な予感がする。
急がなきゃいけないような、そんな気がした。
人がいるのは気配察知ですぐに分かった。けれど、人影──遠目に見えるそれが、立ったり座ったりしている普通の人の影ではなかった。
明らかに倒れている。
そんなわけで、急がないとやばそうだなと【座標転移】した。
──死にかけている人が、いる。
服を着ていなかった。
全身ボロボロで傷付いていないところがないくらいに怪我だらけ。
新しい傷の他に変色した古傷もたくさんで、黒に近い灰色の髪も剃られていたり切られていたり、どうやったらそこまで痛め付けることが出来るのか疑問に思うほどだった。
すぐに触れて【平癒】で癒やそうと思った。
手を伸ばしたその瞬間、かなり強い力で手首を掴まれる。
「うまれて……こなきゃ……よかっ」
ハッとした時にはもう手遅れだった。
絞り出すような声でそう言って、言い切る前に力が抜けた。
私の手首を掴んでいた手が、物みたいに重力に従って地面に落ちる。
「モモ」
『……はい、マスター』
「こんな、かなしい言葉、私、きいたことないや」
どうして目の前のこの人がそんな事を言ったのか、私には分からない。
全く分からなかった。
だって、なにも知らない。
この人のことを、なに一つ知らないまま、この人はいなくなった。
ステータスが見れない。
命がないからだ。
名前も、歳も、スキルも、何も分からない。
片目が無かった。
それだけじゃない、全身が酷い傷だらけだ。
「……蘇生を使うの、嫌だったんだよね」
だから、みんなには危険なことになる前にみんなにあげたものは捨てて逃げて欲しいといった。
なるべく、危ない目にあって欲しくなくて、好きだから、村のみんなが大好きだったから、もし誰かが命を失ったら、迷わず蘇生を使う自信があったから。
与えてもらったスキルを、楽するためにたくさん使った。
だけど、蘇生という行為を簡単にしてもいいとはあまり思えなかった。
神様は仕事が減って、たとえ喜んだとしても。
「【蘇生】」
私はついに人の命を、弄ぶことになるんだな。
「【平癒】」
モモ、いま、私、どんな顔をしてる?
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