第23話


「お前は今、王位継承順位が第三位になったわけだが、今の状況をどう変える?望めば大抵のことは叶うだろう。……それこそ、王位も」


 ローナちゃんは真っ直ぐに見つめられている。


 王子様の持つスキルは【謀略】【魔法適性】のふたつ。

【謀略】はすごいスキルなんだけど、実はメザイア連合王国って王族は象徴的な存在で、政治に深く関わる事を良しとされないんだよね。

 細かい規定があって、少しの干渉はやりようによってはできるけど、それにはとんでもない労力が必要になる。誰にも負けないくらいの知識や議会を掌握する手腕、などなど。普通の人間では到底できないだろうな、とあまり頭がよくない私にでも分かるくらい、難しいことをやらなくてはならない。

というわけで、基本的には手を出せないということだ。

 だから王子様のスキルはすごいけれど、議会にとっては邪魔なものでもあり、ちょっと勿体ない。

 活躍する場が限られてしまうから。

【魔法適性】は魔法を使う際の不安定さが軽減されるスキル。こちらは魔法士をするには便利だよね。


 ただ、【豊穣】は国に直接利益をもたらすことが出来るので、貴族も手放しで歓迎するだろう。


「わたくしは、お兄さまに従います。それが、わたくしの意思です」

「……そうか。分かった」


 私には分からない、ふたりの間だけに何かを感じる会話だったんだろう。

 言葉少なに交わした意思表明だけれど、お兄さんは微笑んだ。


「ろくに構ってやることも出来なかった兄に、お前はそう言ってくれるのか」


 少し呆れたような声音でお兄さんがそう言った。

 ローナさんは静かに微笑む。


「お兄さま、わたくしは今の歳になっても、いまだに手放すことが出来ない宝物を持っておりまして」


 アニエスさんがハッとする。宝物のことを知っているのかな。


「なんの話だ?」


 怪訝そうな顔になったお兄さんさんに、ローナさんはいたずらっぽく目を細める。


「……テリヤの花の色をした靴を、いつまでも捨てられないのですわ。もう、とうの昔に履けなくなってしまったのに」


 お兄さんが顔をくしゃくしゃに歪めて一瞬だけ泣きそうになって、手のひらで覆って隠した。


 テリヤの花?なになに。

 あ、薄紫色の花だ。

 メローナさんとローナさんの瞳の色だね。


 もしかしてお兄さんが小さいときに、靴をプレゼントしてくれたのかな。


「この先、たとえ国がどうなろうと、俺がどうなろうと、必ずお前に報いる、メイローナ」


 アニエスちゃんは背筋を真っ直ぐに伸ばして、顔を上げたまま、ぽろぽろ涙をこぼして泣いた。


 お兄さん、名前を呼んでくれたね。


「これよりわたくし王位継承順位現在第六位メイローナ、王位継承権を内々に放棄することをお約束いたします」

「王位継承順位現在第一位ウィルヘイル、メイローナ共にアニエスの庇護をこの場より約束する」


 宣誓みたいなものなのかな。

 お互いに頷き合っている。


 メイローナちゃんが内々にって言ったのは、王位継承権を放棄することが死亡以外で許されていないからだろう。


 王を決めるのは貴族達であり、王族が勝手に決められるわけではないみたい。

 王になりたくないと言って犯罪を犯すなりすれば素養なしと判断されるかもしれないが、デメリットが多すぎる。

 なので、メイローナちゃんは第一王子のウィルヘイルさんを支持していますという態度を取りつつ、ウィルヘイルさんがメイローナちゃんを守る側に立つことで臣下として扱うのだろう。

 幸いというか、メイローナちゃんを支援している貴族家がいないに等しいので、庇護下に入ってしまえば反対派も堂々とは作れない。

 メローナさんのご実家のシェルトハイヌ子爵家が、どうするのかは分からないけど。味方なのかな?


「ステータスを確認したら数値を覚えて教えてくれ。私のも教えよう。それから、新しい靴を……今のサイズのものを、贈ろう」

「あっ」

「なんだ?」


 つい口を挟んでしまった。

 せっかくの機会だから、あのドレスに合う靴を贈ってもらうのはどうだろう。

 素敵な予感がするよ。


「注文を受けてパーティ用のドレスを作って持ってきてるんですが、靴をそれにあわせていただくことは出来ますか?」

「ドレス?ああ、次は誕生パーティか。そうだったな。そのドレス、後で見せていただきたい。構わないか?」

「もちろんです〜」

「もう完成しておりましたのね、楽しみですわ」

「すっごいよ〜ミアちゃんの力作だよ〜」


 教会で司祭様みたいな格好したおじいちゃんに包みを渡して中に入る。

 メイローナちゃんが一人で特別な扉の部屋に入って、しばらくして出てくる。


 困った顔をしていたので、ウィルヘイルさんは怪訝そうだ。


「あの、サイトー様……」

「うん?」

「スキル【念話】とは……もしや……先ほど……」


 あっ、そうだった!剥奪するのを忘れてたー!


「念話と言ったか?」


 相当驚いてるよ、そりゃそうだよね!

 ごめんなさーい!

 でもこれからもまだ使うかな?

 剥奪したらまた会話できない時に困るし、えーっと。


「ウィルヘイルさんもいります?スキル【念話】」

「…………い、いただけるものなのか?スキルが?いや、もしいただけるなら、ありがたい」


 これから協力していくんだろうし、いいよね!

 許してください、神様!

 悪用するような人たちじゃないと思いますので!


「アニエスちゃんは……」

「お願いします!一生を掛けて感謝申し上げます!」


 いやそんな一生は掛けないで、大丈夫だよ。


 帰りの幌馬車の中で、ドレスと付属の品々のお披露目をした。

 メイローナちゃんは感激して、アニエスちゃんは大喜びしている。

 ウィルヘイルさんは「今回の宣言に相応しいな」とまじまじと見つめていた。


 お誕生日のパーティで、メイローナちゃんを庇護する事を宣言するそうだ。


 住むところもウィルヘイルさんに割り当てられているエリアになるらしく、意地悪なお姉さんは入って来ることを許されていないとか。

 お茶会もウィルヘイルさんの名前で断っていいことになった。

 王位継承順位第一位ってすごいね、ウィルヘイルさん強いね。


 王宮に戻ってこれからすぐにお引っ越しの準備だそうだ。お邪魔になっちゃうので、このあたりでお暇することを告げる。


 そうしたらウィルヘイルさんから、少しだけ時間をもらいたいと言われたので、ウィルヘイルさんの執務室に【透明化】してついていく。


「まずはメイローナのこと、感謝する。貴女のおかげでこれからのことを相談し合える仲になれた」

「いえいえ。良かったです、メイローナちゃんが嬉しそうで」

「……俺は貴女との縁を望むに足る人物だろうか」


 おれ?


「繋がりを求めても許される立場にいるだろうか」


 おっと、ちょっと待てよ。

 あれ?なんかちょっとほのかに、うん?


「もし、貴女が良ければ、今後も会いたいと、思って、いる」


 まって!

 ちょっと恋みたいな方向にいってない!?

 苦手なんだよ〜やだよ〜


「お、お友達で良ければ、はい、いくらでも」

「んんっ、では、その、貴女と会いたい時は、どのような方法で連絡を取れば良いだろう?手紙の送り先などは、その、どちらに」

「あはは」


 いけない、笑っちゃった。

 だってウィルヘイルさん、顔が真っ赤なんだもん。

 もう可愛いなぁ。

 うちのぷりぷりしてる時のフェアリーくらい可愛い顔してるよ。


 スキル【創造】で飾り気のない木製の箱を出す。


「この中にお手紙を入れたら私に届きます。お返事はなるべく返したいですが、私は手紙を書くのが得意ではないので、急ぎでお返事が欲しいときは右側、そうでない時は左側に手紙を入れてください」


 真ん中に仕切りを作ってあるので、間違えることはないはず。


「ああ、分かった。感謝する。それから、一つ、聞きたいことがあるんだが……もし答えられなければ、そう言って欲しい」

「なんでしょう?」

「ローマンは本当に【安寧】のスキルを持っているのだろうか」

「へ?ローマン?」

「弟だ。現在、王位継承順位第二位にいる」


 そっか。

 ウィルヘイムさんの次が3歳の王子様なんだっけ。

 スキル何だろうなって思ってたけど、【安寧】って平和みたいなことを言うんだよね。

 そんなスキル持ってるのか。

 それなら順位にも納得だけど。


「本人を見てみないとわからないですけど、そんなすごいスキルがあるなら第二位なのも分かりますね」

「……すまない。貴女はなんでも知っているように思えたので、つい尋ねてしまった。聞かなかったことにして欲しい」


 実は少し気になっていた。

 ステータスの確認って本人しかできないよね。

 メイローナさんは今回初めてしたのに、3歳の王子様はもう確認済ってことが引っ掛かる。


「私からも聞いていいですか?」

「答えられることなら」

「メイローナさんはステータスの確認をさせてもらえてなかったですよね。3歳のローマンくんはしてるのに」

「メイローナのことは支援家の勢力が関係している。我が国は女王が立つことも可能だが、王位に男児を置きたがる傾向があって、男児は積極的にステータスの確認をさせる。その日はこれからを左右する大切な日と考えられ、一種の行事となるが……物事が大きくなると失うものも多い」


 お金だね。お金のことだね。


「そのため、女児は目覚ましい能力が見られてから、支援家が神殿をせっついて資金を提供し、ステータスの確認を行わせる。メイローナは支援を受けられなかったこともあり……公の行事として確認に行くことが出来なかった」

「あー、なるほど」

「本来、男児は5歳になるとステータスの確認をする規則だった。しかし、規則が変わり、言葉を話せるようになったら即時確認するということになったのが」

「ローマンくんからってことですね」

「その通りだ」


 めっちゃ怖い顔してるわ。

 その変更に納得がいってないんだね。

 それで、ウィルヘイムさんはローマンくんのスキルに懐疑的なんだ。


 まぁ、それはそうだよね。だって3歳だもんね。

 ほんとにそれか?って思っちゃう気持ちもあるよね。


「安寧かぁ。国が平和に穏やかに過ごせる、みたいなスキルなんですかね」

「本当に【安寧】であるなら、そうなのかもしれない。第一王子でもある俺が疑いを持っていることを知られてはまずい。この話は聞かなかったことにして欲しい」

「誰にも言わないですよ。約束します。もし不安なら【制約】しても良いですけど」

「……いや、いい。貴女を信じている」


 なんでやねん。


 それにしても、第一王子様も大変だよな。

 疑いを持ってるって知られたら、たぶん嫉妬してるとかなんやかんや言われるんだろうな。

 嫉妬してるような雰囲気全くないけど。ローマンくんの先のことを考えてくれてるような感じ。


「ローマンくんってどこにいます?」

「……気にしないで欲しい。俺は貴女を便利に使いたいわけではないんだ、誤解しないでくれ」


 いや、してないわ。


「便利に使われたとか思ってませんよ。単純に気にはなってたんですよね、3歳の王子様、どんなスキル持ってるのかなって」


 あっ、葛藤してる。

 部外者にに他の王子の居場所を教えてもいいのか悩んでるかな。

 これは聞かないほうが良さそうだ。


「うーん、まぁ、今回はやめときます。また機会があったらにしますね」

「すまない」

「いいえ〜では、これで失礼しますね」

「……また、必ず」


 こっ恥ずかしいよ、そんな寂しそうな顔しないで。

 恋するつもりで来てないのよ。


 じゃあね〜と【透明化】する。

 さて、ローマンくんを見に行こう。


『マスター、あちらです』


 モモが見つけてくれてた。さすがうちの子。


 ローマンくんはぷくぷくではなかった。子供なのにほっそりしてるね。

 優雅に紅茶を嗜んでいる。

 すごい、この歳で落ち着いている。

 ステータスは?


【安定】じゃん。

 えっ、【安定】だけど。

 物事に動じにくくなる、一定の落ち着きを得られるスキルだそうだ。

【安寧】ではなかったけど、魔法士とか魔法使いからしたら嬉しいスキルだね。

 あらー、今度会ったときにウィルヘイムさんに教えてあげよう。



 帰ったらすぐに手紙が来てた。

 お誕生日パーティに出ないかって書いてあった。


 出ないよ。


 こっそり【透明化】して、ミアさん作のドレスを着たメイローナさんは見にいくけど。


 ひゃ〜モモが嬉しそうな顔しちゃって。

 絶対メローナさんに話すじゃん〜!もう〜!



 村に行ってミアさんに、メイローナさんがドレスを喜んでいたことを伝える。

 お代はいらないと伝えたけれど、ウィルヘイルさんがそれはならないって譲らなかったので、ウィルヘイルさんが身に着けていたカフスを預かってきた。

 売ったら50万ルーツくらいになるって言ってたから、金額は言わずにそっと渡した。


 でもすごい高いものっていうのは分かったぽい。

 気まずそうだった。


 村長がいつでもいいので、私が来たら自分を呼んでくれと言っていたらしい。


 だからおじいちゃん呼んでくるね〜と言って出て行った。私が村長宅に行っても良かったのに。


 みんな仲良くしてくれるけど、遠慮は無くならないよね。親しき仲にも礼儀ありって言葉を体現してる村人たち。


 村長がハァハァ言いながら来た。

 そんなに焦らなくてもいいのに。


「お、お師様ぁ!」

「なになに、どうしました?」

「わ、わしは、わしはぁ!」


 なんだ!村長が珍しくでっかい声を出している。


「わしから言うのは、わしから言うのはぁ……あ、厚かましいと、わしは」

「なんでも言ってください」


 怖いよ、顔が。

 何でも言ってよ。


「本当にわしはなんという恥知らずなことか!ですが、ですがぁ、どうしても、気になり……もし、もしぃ、おさめておるのなら、お師様に……」


 早く言うんだ。

 怖いから。

 血管が切れちゃうよ、そんなに力を入れた顔してたら。


「名入りの……」

「名入り?」

「お名前の入ったものを……」

「…………は!そうだった!」


 すっかり忘れていた。本気で忘れていた。

 そうだ、師匠は弟子に魔法を教え終わったら、自分の名前が入った何かを渡すことになっていたんだ。

 名を広めることに微塵も興味がなかったので、今の今まで忘れていた。


 村長が自分で魔法を編み出したりしてたからすごいな〜向上心あるな〜とか思って見守ってたけど、魔法を教えなくなって結構な日が経っている。


 村長は私が何も言わないし名入の物を渡さないので、修了なのかまだ新しい魔法の指導があるのか分からず悩んでいたってことだよね。


 すっごい顔してるもん、めちゃくちゃ言いづらかったんだね。

 ごめん、本当にごめんなさい。忘れてた。


「忘れてました……名声を轟かせたいみたいな願望を本気で持っていないもので……」

「そ、そうでしたか。ではわしは、いただけないのですな……」


 そんなしょぼくれないで。

 そっちが欲しいのもなんかおかしいだろ。


 渡す理由が師匠の名を広めるためって言うんだから、師匠側の出しゃばりがすごいよ、その風習は。


「広めないならなんか作りますよ」

「広めるとやはり、不味いですか……」


 村長が広めたいんかい。なんでだよ。


「というか、そもそも最近はガイルさんの魔法が上達して私が教えなくても自分で考えて出来ることが増えていたから、すごいなぁと思って見守っていたんですよ」

「お褒め頂き、なんとも光栄です。そうでしたか」


 めっちゃ嬉しそう。

 そんな顔も出来たんだ。ちょっと可愛いよ。


「そういうことなので、なにか新しい魔法が知りたければ教えますし、修了したことにして名入りのプレゼントを贈っても良いですよ。出来れば名前は広めないで欲しいですけど。私はどちらでも」

「まだ教わっても構わぬのですか!?」

「なんか覚えたいのあります?」

「それはもう、数え切れぬほどに!」

「じゃあ覚えましょう、どんな魔法がいいですか?」

「わしはずっと【転移】に憧れがありまして……」


 もじもじしてる。

 転移かぁ。めちゃくちゃキツいとこ来たな。

 座標転移じゃなくて転移の方?


「精神的苦痛、身体的苦痛をかなり長い時間受ける覚悟ってあります?」

「それは一体……」

「えーっと、1日1時間苦痛を与えたとして、300日ほど掛かりますけど、いけそうですか?」


 ポックリ逝かない?

 大丈夫かな?


【転移】の取得条件が精神的苦痛、身体的苦痛を時間換算で合計300時間受けること、なんだよね。


 まさか私が教えることになるとは。


「わし、いけないかも」


 村長が子供みたいになっちゃった。


「【座標転移】ならもうちょっと優しいので、それ目指しましょうか」


【座標転移】は五感のうちのどれか三つを封じた状態で経過した時間が合計100時間だったかな、確か。

 あれ、50時間の断食だったっけ?

 それとも80時間の肉体的拘束だっけ。


【魔法書】見なきゃ。

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