第22話

 兵に引き取られる二人の見送りは、ミアさんもクレイくんもしなかった。

 村長はふかーく息を吐き出して、決別するように背中を向ける。


 村長宅に戻ったら、ミアさんにきてきてと手を引かれた。されるがままについていくと、服の倉庫に連れて行かれる。


「これ、どうでしょうか」


 薄手の生地のカバーを外してミアさんが見せてくれたのは、お姫様に注文されたパーティ用のドレスだった。


 すっごいものを作ってるな!?


 クラシカルで無地のシンプルな桃色のドレスの上にシースルーって言うんだろうが、ほぼ透明の透けた薄布が重ねてあり、この薄布に刺繍が品よく広がっていて、色や大きさは控え目だけど少なくない可愛らしいツル薔薇の刺繍が広がっている。

 上品なのにどこかえっちい感じもあって、だけど可憐って印象が強い。

 お姫様にぴったり!

 桃色のドレスの背中は少しあいているけれど、透明の薄布があるので全然下品に見えない。


 ひゃあ〜すごい。


「完璧すぎるよ、本当にすごいよ」

「それから、必要かどうか分からなかったので、同じ素材で髪飾りと手袋も作りました。わたし、パーティは行ったことがないからメローナさんにもいろいろ聞いて……」

「最高の出来だよ、絶対に喜んでくれるよ」


 これに合う靴を選ぶのは私に任せて〜!


「サイトー様、お姫様にお代はいりませんって伝えていただけますか?」

「えっ、どうして!」

「好きなように作っちゃったから、お金なんていただけないです」

「うーん、じゃあ、私からお礼」


 どこの国かちょっと分からないやつも混ざってるけど、服の型が載っている本だ。

 ドレスも少しは載ってるみたい。


「わあ!」


 めっちゃ喜んでくれた。




 ログハウスに転移して、ドレスと髪飾りと手袋を可愛らしく箱に詰めてラッピングする。

 靴もとびきり可愛く見えるものを選んだ。

 靴はサイズを聞いていないので、スキル【伸縮】を【付与】する。


『ローナ様、驚かれますね』

「絶対びっくりするよね、【着想:服】や【着想:ドレス】のスキルがついていないのが不思議だよ」

『センスがとびきり優れているということですね』

「ほわーびっくりしたし感動した。早く喜ぶ顔が見たいね」


 渡せる日を楽しみにしていたのだが、2日経っても3日経っても注文が来ない。


 あれ、結構長いな?


 ドレスはあちらに置いてある箱に入り切らないから、直接届けに行きたい。

 注文が来たら品物を送り返す時に、そちらに行っても良いタイミングを教えて欲しい〜とメモを添えるつもりだったんだけどな。


「もしかして、ローナさんの方もなんか問題が発生してる?」

『確認して参りますか?』

「一緒に行こうよ。モモになんかあったら困る」

「こまるぞ」

「こまるね」

「こまるの」

「ほらみんなそう言ってる」


 3匹にお留守番を頼んで、メザイア連合王国の王宮の上に【透明化】して【転移】する。


 空から見るとメザイア連合王国ってごちゃごちゃしてる国だな。

 連合王国って言うくらいだからいろいろな国が集まって出来ているんだけれど、それらしい雰囲気がすごく出ている。大きい国だなぁ。


『マスター、あそこに気配がありますね』


 王宮の敷地内ではあるんだけど、王宮からは離れた場所に森に囲まれた建物がある。

 そこからローナさんとアニエスさんの気配がする。


「前に住んでた場所と違うね」

『なにがあったんでしょう?』


 建物は立派だけど、雰囲気が物々しい。

 騎士がたくさん立っているから、そう思えるのかもしれない。

【透明化】で見えないようにしているので、騎士に見咎められることはない。


 ヘルムさんじゃない騎士が扉の前に立っている。

 建物内に【座標転移】したら、中にも騎士が立っていた。侍女も結構いる。


 ローナさんは本を読んでいて、アニエスさんは他の侍女と同じ位置で控えていた。


 監視がついてる?


 アニエスさんは昼食を取りに行くと言って部屋を出たけれど、ほかの侍女もついてくる。しかも二人も。

 アニエスさんを囲むようにして動くので変な感じ。

 アニエスさんも監視をされてるっぽいな。


 えーどうしたんだろう。

 どうやって話したらいいかな。


 うーん、【念話】を【付与】する?

 ローナさん、後々困らないかなぁ。


 ちょっと待ってね、スキルを無効化したり消去したりするスキルがあるなら【付与】を使っちゃおう。


 えーっと、スキル【スキル剥奪】かぁ。

 怖いなぁ、剥奪って言葉。


 悪用するつもりはないけど、もし私が悪い人間だったら神様どうしたんだろう。

 あ、この世界の神様がやっつけに来るのか、そういうことをすると。


 ローナさんに近付いて、スキル【念話】を【付与】する。


[ローナさん、今あなたの脳内に直接語りかけています]

「……っ」


 おっ、声は我慢してくれた。

 耐性がついていってる気がするなぁ。


[口に出さなくても、心の中で念じた言葉が伝わるようになっています]

[サイトーさまでいらっしゃる?]

[そうです。注文がなかったから、心配になってきちゃいました。ドレスも素敵なものをミアさんが作ってくれたよ]


 ローナさんの目からぽろっと涙が溢れてしまった。

 泣かないで〜ローナさん、怪しまれちゃうよ。


[お姉さまがわたくしの髪艶が良かったことにお気付きになられて、アニエスが荷物を運ぶ所を怪しまれてしまったのですわ。箱を盗もうとしたみたいですけれど、アニエスがいち早く気付いて防ぎましたの。そしたら、お姉さまがアニエスを有無を言わさず連行して鍵を開けるように命令して……抵抗している間に騒ぎが大きくなって、アニエスのお父様のヨルムレッド公爵様が駆け付けて下さって、その場は収まったのですが……]

[うんうん]


 アニエスさんのお父さん、ヨルムレッド公爵って言うんだ。

 公爵って確か貴族の中では一番権力がある地位の人なんだっけ。

 アニエスさんは側室の子だけど、お父さんにはすごく可愛がられてるって言ってたから、味方をしてくれたのかな。


[ヨルムレッド公爵家は第一王子のお兄さまを支援しております。お姉さまがお兄さまにあれこれ言って、わたくしとアニエスを離宮に閉じ込めるよう進めたのです。お兄さまは騒動を解決したらすぐにここから出すとお手紙でお約束下さいましたが、お姉さまが何をどう言っているのか教えては頂けないのです]

[あー、お姉さんがつけてるいちゃもんの内容は教えてもらえてないんだね]


 ふんふんふん。

 またいらんことお姉さんが意地悪してるんだね。


 お兄さんはローナさんをいじめているわけではなさそう?まだ分からないか。

 アニエスさんのお父さんはお兄さんの支援者だから、お兄さんの決定があればそれに従う感じになっちゃうのね。


[はい、ですが、ヨルムレッド公爵家はハーベンダルク公爵家と仲が悪いので、このままということにはならないはずですが……]

[うん?]


 おおう、分かんなくなってきたぞ。

 公爵家ってたくさんあるの?あっ、そうなんだね。

 一つではないんだね。

 公爵家ってたくさんあるの!?

 連合国全部で言うといっぱいある!?

 ええ!?多いよ!わかんないよ!


[ハーベンダルク公爵家はお姉さまの支援者なのです]


 ということは、第一王子様の支援者と第一王女様の支援者が仲が悪いから第一王子様側がこのまま言いなりになることはないってことね。


 なんとなくは分かった!

 ごめんね、貴族に馴染みがないもんで。


[第一王子様はローナさんから見て信用できる人?]

[お兄さまは自分にも他人にも厳しく、わたくしのことは努力の足らぬ無能と思っておられるようです。あまりお話しする機会を得られないこともあって、人となりはそこまで深くは掴みきれておりませんの]


 自分にも他人にも厳しいとなると、公正な人ではあるのかなぁ。ちょっと試してみる?


[ローナさん、実はあなたにはスキルがあります]

[そうなのですか?]

[しかもすごいスキルです。これ、お兄さんに教えてみてもいいですか?]

[なぜお兄さまに?]

[ローナさん、ステータスの確認に一度も行っていないのでは?]

[はい、行く必要がないと言われておりますの]

[実はスキルを持ってるんですよね。だからお兄さんにそのことを伝えて、調べに連れ出して貰おうかと思ってます。もし、公正なお兄さんならきっと調べることはしてくれるはず]

[たしかに、おっしゃるとおり、わたくしの持っているお兄さまの印象からはそう動くように感じます]

[それから、一つ聞きたいんですが……]

[はい、なんでもおっしゃってくださいませ]

[女王になりたいですか?]

[いいえ!まったく!]


 即答だった。



 じゃあお兄さんを味方に出来るかやってみよう。


 また後でねっとバイバイして、モモと二人で第一王子様が普段おられる執務室とやらを探す。


 王宮の二階に上がって右手に真っすぐ、それから突き当りの階段を登って、右だったかな?

 どこだ〜。

 分かんなくなってしまったので立ち止まると、モモが先導してくれた。

 うちの子はなんて優秀なんだ。


 騎士が守っている扉の向こうに第一王子様がいるっぽい。

【座標転移】で中に失礼して、王子様のお顔を拝見。

 眉間の皺すごい。

 そんな怖い顔をしてると形がついちゃうよ。

 でも、あんまり悪い人には見えないね。

 勉強し過ぎの神経質なお兄ちゃんって感じがする。

 二十歳だったっけか。


【三番目の娘は国を豊かにする力を持っている】と書いたメモをお兄さんの机に【座標転移】させる。


 急に現れた紙に即座に反応して、机に立て掛けてあった剣を抜いた。


 瞬発力すっごいな。

 構えて周りを警戒しているけれど、それはただの紙です。


 ゆっくり近付いてメモを読む。

 眉間に皺がぐぐぐっと寄った。


 メモをくしゃっと握り込んで燃やす。

 火魔法だね。魔法が使えるんだね。


 握り潰されちゃうのかなと思ったら、お兄さんはへやの扉をあけて立っていた騎士に「離宮へ向かう」と告げた。


 おお〜確認してくれるぽい!

 モモが張り詰めていた息を吐き出す。

 ホッとしたね。


 お兄さんと騎士のあとをついていく。

 離宮の入り口で第一王女様と遭遇してしまった。


 もしかして意地悪しにいこうとしてる?


「あらお兄様、ご機嫌よう。おちこぼれの娘に御用がおありかしら」

「悪いが、お前と話している暇はない」

「そんなにお急ぎで一体何の御用でいらっしゃるの?」

「なんだ、聞こえなかったのか?いつから私に意見するほど頭が悪くなったんだ?医者が必要なら手配してやるが……ああ、そうか。お前は随分と親しい仲の医者が専属でいたな、アレの名前は……さぁ、なんだったか」

「わ、わたくし、予定が詰まっておりますの、失礼いたしますわ!」


 完全勝利してる!すっごい!

 めっちゃキツイこと言うね、このお兄さん!

 かっこいー!

 絶対ローナさんの味方になってくれー!


 真っ赤な顔して早足に去っていくお姉さんに1ミリも興味がなさそうな顔をして、離宮にさっさと入っていった。


「先触れも出さずにすまない。お前には不自由させているな。急だが、今から外に出る用意をしてくれ。準備にどのくらい掛かる?」

「掛かりませんわ。すぐに行けます」


 挨拶もそこそこに用件を告げた王子様もテキパキしてるけど、ローナさんもわりとそういうところあるよね。潔いというか。


 王子様はビックリしてちょっと固まったよ。


「そうか?じゃあついて来るように。お前たちは全員残れ。……なんだ、私の騎士が信用ならないか?」


 威圧してる。

 監視をしていた騎士も侍女も何も言えなくなった。


「そうだな、アニエス。お前だけついてくることを許す。これの雑事を任せる」

「承知いたしました」

「あとの者はここに残れ。私の命令が聞けないと言うなら後で抗議を正式な形で出せばいい。ついてくる者に命の保障はしない」


 過激王子様だな〜。

 でも今のローナさんにとっては頼もしい。

 アニエスさんも抜け出せたし、ひと安心。


 来るときは競歩かってくらい早足に歩いて来たのに、ローナさんを連れてとなるとペースが落とされる。

 やっぱり意地悪するような人じゃないっぽいな。



 馬車の手配を騎士に申し付けて、騎士が走って行った。風魔法の【障壁】が展開される。

 王子様は魔法がお得意なのかも。ローナさんを守る気持ちも持ってくれてるんだね。


[お兄さんのこと、信じてみてもいいかも]

[ええ、わたくしもそんな気がしておりました]


「一つ聞く。帰ってからずっと身に着けているというそのネックレス、どこで購入した?」

「こちらは……」


[正直に言っても良いよ、大丈夫]


「お前をアキサルの街に向かわせたと聞いた。そこで買ったのか?」

「……いいえ、お兄さま。こちらはさるお方から贈っていただいた物です」

「お前はそのような付き合いがあると耳にしたことはないが……そうか、そういう存在がいるのか」

「……なっ!違いますわ、お兄さま!こちらは大恩ある女性の方から作って頂いたものですの!魔法をお使いになられるお方ですわ」


 勘違いされたことに気付いたローナさんが、少し不機嫌な顔をして否定した。

 アクセサリーだもんね。誤解も仕方ないかも。


「魔法士、ではないんだな?」

「ええ。いくつもの魔法をお使いになられる、私の恩人ですわ」

「そうか。何が付与されている?」


 お兄さん、鋭いんだなぁ。

 魔法を使う人間が作ったアクセサリーは、付与されているのが当然と思っている。魔法使いが周りにいるのかな。

 慣れてる人は話が早いね。


「詳しいことは分かりませんの。困ったときにネックレスの真ん中を押すようにと、それだけ伝えられておりますわ」


 ローナさん、誤魔化してくれてる。

 話しちゃっても良いけど、たぶん私のことを心配してくれてるんだよね。

 気を使わせちゃったなぁ。


 馬車の用意が出来たと騎士の人が戻ってくる。


 用意された馬車は幌馬車で、かなり質素な見た目のものだ。中にはクッションがふたつ。

 ローナさんとアニエスさんに座るように言ってお兄さんはそのまま座る。


 幌馬車が王宮の敷地を出た頃に、やっとお兄さんが口を開いた。


「ネックレスを押せ」


 あ、命令だ。

 逆らうなよっていう圧を感じる。


 さっきからローナさんに何か言うときは〇〇してくれとかだったけど、断ることを許さない時は命令するような口調だった。

 お兄さん的にはネックレスの効果を確認するのは、もう決定事項なんだろう。


[サイトー様、いらっしゃる?押してもよろしいですか?]

[良いよ〜]


 ぽちっとネックレスの真ん中が押される。

 座標が届きましたね。

 ここで登場しても良いのかな?


「……何も起きないな」


 起きたほうが良さそう?

 話してもいいのかな。


 モモが王子様をじいっと見つめてこっくり頷いたので、まぁいっかと【透明化】を解除する。


 王子様はメモ一つにすごい反応をしちゃってたので、あらかじめ身体の動きを止めさせてもらった。

【時間停止】は全部止まっちゃうので、暇な間に取得した闇魔法の【身体拘束】で身体だけ固まってもらう。


 外に声がもれないように【範囲指定】で幌の中に【遮音】を掛ける。


「誰だ」

「サイトーと言います、はじめまして」

「……これに何を求めている?」


 これ、とはローナさんのことだね。


「笑って楽しく過ごしてくれたらいいなーって思ってます。あとはもうちょっと自由に動けたらいいかなって」

「あなたは……いや、いい。あの手紙はあなたですね?」


 王子様めっちゃ頭の回転早いな。

 素性とか聞こうとしたけど、答えないと思ったのかな。事実確認だけしてくるじゃん。


「そうです。驚かせてしまってすみません」

「これにはどんな力があると?」

「言ってもいいんですか?実はまだ本人にも伝えてないんですけど」

「……聞いても構わないか?」


 ローナさんに確認をとっている。ローナさんはすぐ頷いた。


「スキル【豊穣】穀物の生育を魔力で促進できるスキルです。MPは王子様の2倍はお持ちですよ」

「とんでもないスキルだな……」


 話が早くていいね。

 王子様もMP高くて、それの二倍だからすごいよね。モモチャン食べてるもんな。


「……順位が狂うな」


 だよね。

 ローナちゃんのスキル、とんでもなく国の為になるスキルだからね。

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