第20話


 村のちょっと先の方に【座標転移】して、目的の森へと向かう。


 おはなしダケは色もたくさんあるみたい。

 なに色のおはなしダケに会えるだろう。


 モモとふたりで森を歩くのも楽しい。

 ピクニックみたいだね。


「あ!いた!」

『三匹いますね』


 三匹のおはなしダケが固まっている。


 水色、ピンク色、緑色のかさをしたおはなしダケに、【透明化】してからそうっと近付く。


「かぜがふいてるね」

「かぜがふいてるぞ」

「かぜがふいてるの」


 風が吹いてる……


「きもちいいね」

「きもちいいぞ」

「きもちいいの」


 気持ちいい……


「なんかいるぞ」

「なんかいるね」

「なんかいるの」


 バレた?


 おはなしダケは気配察知とかできるのかな。

 スキル【製作】で大きめの虫網を作って三匹確保する。



 転移してログハウスに戻った。


「さて、おはなしダケ諸君」


 三匹並べて前に立つ。


「一緒に暮らしましょう」


 おはなしダケはこっちを見つめている。


「くらすといったぞ」

「くらすといったね」

「くらすといったの」


 三匹はちょっと多かったかもしれない。

 一匹からチャレンジするべきだったかな。


「モモ、おはなしダケって放置してても好きに遊ぶ?」

『飼ったことがある人間が少ないので、飼育に関しては情報があまりないですが、怪我をすると液体はたくさん出ます』

「そういえば言ってたな、液体出るって。それは嫌だなぁ。怪我しないように気を付けないと。排泄とか食事とかするかな?」

『食事はしますが、排泄はしないようです』

「じゃあ好き勝手にさせとこう」

「にんげん」

「おっ、なんだ水色!」

「にんげん……」

「そうだよ、人間だよ。君たちに名前つけようか。海、桜、緑!」


 指差して順番に名前を告げる。


「うみ」

「さくら」

「みどり」


 おっ、いいね。覚えてくれたね。

 知能はあるみたい。物覚えも悪くなさそう。


「この部屋、この空間では好きに遊んでよし!怪我、身体に傷をつけるようなことはしないように」

「けが」

「からだ」

「きず」

「そうそう。危ないことはしないようにね。液体がたくさん出てくるらしい」

「えきたい」

「えきたい」

「えきたい」


 かわいいな、おはなしダケ。


 子供用の室内遊具をいくつか出したら遊び始めた。滑り台楽しそう。

 ログハウスちょっと拡張しようかな。



 おはなしダケが遊んでいるのをぼんやり見つめながら、コーヒータイムと洒落こんだ。モモが付き合ってくれる。


 カスタード硬めのシュークリームをおやつに出して、もぐもく。平和〜幸せ〜と思いつつ、頭の端っこに引っかかる存在について考える。


「モモ〜ローナさん、なんとかしてあげたいよねえ」

『女王様にということですか?』

「うーん、それがローナさんにとって幸せかどうか分からないから、そこまではまだ考えてないけど」


 メザイア連合王国は女性も王位継承順位を持つ事から分かるように、女王が立つことも可能だ。

 歴史を振り返ると数は少ないけれど、有り得なくない。


「ローナさんって扱いがひどいよね。王位継承順位が最下位だから名乗れないって決まりも、先代の時は無かったって言うし」


 気になって色々と調べたけれど、どうやらローナさんは王様に嫌われているのか今のお偉い方に嫌われているのか、窮屈な生活を敢えて作られている。


 王位継承順位が入れ替わる事も全然珍しくないのに、まるで最下位はローナさんから変わることがないように想定していて、その上で制限を掛けているようだった。


『マスター、メロちゃんが……お姫様が自分のせいで国で形見の狭い思いをしていないと良いけどって心配しておりました。メロちゃんが関係しているとも考えられます』

「あ〜似てるよね。ローナさん、メローナさんと似て綺麗だし可愛らしさもあるし、純粋に優しいというか……人がいいよね」


 あんなに意地悪なお姉さんのことも気遣うくらいだ。

 ざまーみろなんて笑ったりしなかった。


「だから逆に女王様になったら、苦労して辛いかも。メローナさんは王妃様をやっていて、争いがすごく嫌だったんだよね」

『メロちゃんは、自分が居る間は周りの人たちが自分を守ろうとしてしまうから、そんなことで命を失うくらいならいっそ自分が居なくなってしまったほうが良いと判断したようです。自死するから後はそれぞれの意志で身の振り方を考えるようにというお手紙を書いて、大切な人たちに送ったって言ってました』

「メローナさんらしいなぁ。だけど、そういう人が一番上に居てくれたほうがいいかもって私は思ってしまうな」


 無責任に見えるといえばそうなのかもしれない。

 だけど、仕えていた相手から身の振り方を自分で考えていいと言われたら、罪悪感なく動きやすかっただろう。

 むしろ、一人で勝手なことをしてと恨む人もいたかもしれない。

 メローナさんは自分があとでどう言われても良いと覚悟を決めていたのかな。


 強いなぁ。

 誰だって悪く言われたくないのにね。


 だけど、そっか。

 大切な人たちがメローナさんにちゃんといたんだね。


「よし、ローナさんちの家系図を盗もう。メローナさんとの繋がりがあるのかも知りたいし【歴史書】には個人のものはないよね?」

『貴族ですので掲載されております、マスター』

「おっ、泥棒せずに済んだね。どこだろう」

『ええっと、メザイア連合王国王族……』


 モモが悲しい顔をした。

 どうしたどうした。


『メロちゃんのお名前が消されておりました……』


 ぐわ。


『ですが、メロちゃんの家名はシェルトハイヌですので、シェルトハイヌ子爵家の家系図を見てみます』


 検索で呼び出して一緒に見る。

 貴族の家系図ってややこしいな、名前多いな。


 シェルトハイヌ子爵家63代目の娘としてメローナさんが生まれて、それで王家に嫁いでるんだよね。


 これは当時の王様の強い希望で実現した結婚で、子爵家だから断る選択肢は無かった感じかな。

 目をつけられちゃったんだね、メローナさん。


 それから、メローナさんは妹さんがいるね。

 妹さんはログバート伯爵家に嫁いで、男の子を産んでるね。

 世襲制だから次のログバート伯爵が妹さんの息子。


 その今のログバート伯爵の奥さん、ここでミュレストン侯爵家が出てくる。奥さんがミュレストン侯爵家の次女だった人。

 ログバート伯爵とミュレストン侯爵家次女との間に産まれた娘が王族に嫁いで今の王妃様。王妃様の娘の一人がローナさん。


 メローナさんから見たらローナさんは曾姪孫?

 いけない、混乱してきたぞ。

 貴族の結婚と出産って若いうちにするんだなぁ。


「頭が爆発しそう。とにかくメローナさんとローナさんは血縁関係ってことは間違いないんだね」

『はい、マスター。ミュレストン侯爵家が第三王子を支援している侯爵家です』

「ログバート伯爵家はミュレストン侯爵家から次女をお嫁さんに頂いたから、基本的には逆らえないということかなぁ。普通に自分たちより偉いから逆らえない?」


 貴族なんて分かんないよー難しいよー。


「ローナさんを支援してる貴族はいないのかな?」

『ヘルムと呼ばれていた騎士がシェルトハイヌ子爵家の者です。支援している、というほどでもないみたいですが……メロちゃんが自死したあと、シェルトハイヌ卿は爵位剥奪となる予定でした。ですが、国が指揮を取る鉱山の事業に多くの技術者を提供していたので、当時の財産こそ取り上げられましたが、家は存続できたようです。鉱山の事業に滞りが出ることを王が良しとしなかったみたいですね』

「財産を取り上げるってどこまで取り上げるんだろう。全部ってことはないよね、お金がないと生活できないし」

『メロちゃんが居なくなる前に、価値のある宝飾品を全て子爵家の墓石に隠していたそうです。もしかしたらその事もあってローナさんに少し助力しているのかも』

「やさしい、かしこい」

 それでなんとか立て直したってことなのかな。


 シェルトハイヌ子爵家はローナさんの味方になってくれていると良いんだけど、実際どうなんだろう。

 逆に恨んでる可能性もあるのかな。


「女王様になるかどうかはさておいて、せめて命の危険がないようにしたいよね」

『もしものときに避難できる手段をご用意致しますか?』

「それも必要だね。でもそのもしもが来ないようになんとかできないかなぁ」


 ミッション、優しくて可愛いお姫様が命を狙われないようにしよう。


 ああでもないこうでもないと相談しながらモモと色々作った。


【転移】を【付与】したネックレス。

【倉庫】を【付与】したピンキーリング。

【平癒】を【付与】したイヤリング。


 自然に身に着けるものって意外と少なくて困ったよね。お姫様は鞄を持って歩かないし。


 周りは目ざとく身に付けているものにも文句を言いそうだし、可愛すぎたり派手過ぎたりするものは作れないし。


 考えれば考えるほど、ローナさんはしんどい立ち位置にいる。


「……ちょっと待って」

『マスター?』

「ローナさん、スキルないって言ったよね?」

『持ってることをご存知ないようでしたね』

「それだー!【豊穣】って国からしたらとても助かるスキルだよね!なんで持ってないと思ってるんだろう」

『ステータスの確認をしたことがないのでは?』

「魔道具を使わせてもらえなかったのかも。スキル【豊穣】を知ったら絶対殺そうなんて思わないよ!もし思うならいっそのことローナさんは誘拐してしまおう」


 モモが笑った。

 わーい。

 駄目なら国から出ちゃえばいいよね。

 ローナさんがいいなら、だけど。


 この世界の神様のご意向で、ステータスの確認は必ず一人で行う決まりだ。

 魔道具だけを置かれた個室で自分だけが見れるもの。ローナさんが知らないということは、他の誰も知らないということ。


「次にローナさんに会ったときにその事も話そう」

『はい、マスター』


 ああ〜桜がこけちゃった。

 怪我しなくてよかったよ。


「たのしい」


 それは良かったけども。


 おはなしダケは全長30cmくらいしかなくて、手はあるけど足はない。

 移動は基本的にぴょんと飛んで行うけれど、むにむに動く事もある。

 喜怒哀楽の表情はなくて、目はまんまるでまばたきしない。口は動く。

 眠ることはないけど疲れることはあるようで、疲れたときは動かずジッとしているらしい。


 三匹の色と同じ色の小さいベッドを【製作】する。

 机をひとつ、椅子をみっつ。


「これはベッド。寝床。海はこれ、桜はこれ、緑はこれ。休むところだよ。こっちはごはんを食べるところ。椅子に乗って、机の上にごはんを置いて食べるよ」

「ごはんといったぞ」

「ごはんといったね」

「ごはんといったの」


 おはなしダケは植物と木の実と果実を食べるとモモが言っていたので、モモチャンの実をカットしてフォークに刺して与えてみる。


 腕が短いんだよな。

 倒れたとき起き上がるのに時間が掛かるよね。


「にんげん」

「なーに、海」

「うまいぞ」

「気に入った?良かった〜」

「よかったね」


 桜が真似した。


「よかったの」


 緑も真似した。



 だんだん君らのことが分かってきたよ。

 最後に「ぞ」をつけることが多いのが海で「ね」をつけるのが桜で「の」をつけるのが緑。


 色によって語尾が違うのか、個体によって違うのか。おはなしダケは不思議だなぁ。

 必ず語尾をつけるわけでもないっぽい。


「まだいる」


 緑がおねだりしてきた。


「おかわりする?いいよ」

「いいよっていったね」

「いいよっていったぞ」


 もりもり食べるじゃん。食欲旺盛だなぁ。

 お世話するの楽しいけどあまり手が掛からないな、この子たち。


「あ、そうだ。モモ」

『はい、マスター』

「海、桜、緑。この子はモモ。覚えてね」

「このこ」

「違うよ、名前がモモ」

「もも」

「もも」

「もも」

「そう、モモ。一緒にきみらの面倒を見てくれるから、さんとかちゃんとかさまとかつけよう。モモチャンがあるからややこしいか。モモさまって呼んでごらん」

「ややこしい」

「ややこしい」

「ややこしい」

「そこは別に覚えなくてもいいところだよ。モモさま。呼んでみて、モモさま」

「ももさま」

「ももさま」

「ももさま」

「よろしい、完璧です。これからはモモさまと呼ぶように」

『マスター……』

「ますたー」

「ますたー」

「ますたー」


 真似されたモモはちょっとビックリしたけれど、そのまま教えることにしたらしい。


 マスターと呼ぶように!とおはなしダケを教育していた。

 癒やされるなぁ、この光景。

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