お姫様さま編
第15話
モモがいない間にこの世界のことを少し復習した。
最初の方に学んだ内容を忘れがちで、歴史についての知識ばかりがぽんぽん出てくるので、それをなんとかしたい。
今の人達がどうしていて、なにが今の普通なのか。
商人ギルドは対応があまり良くなかった。
あれも、商人ギルドができた経緯を知っていたから不思議に思ったけれど、今の商人ギルドでは当然の対応だったようだ。
もともと商人ギルドは、貴族などから利益を奪われる商人を保護したい、という理念で立ち上げられている。
商売を妨害したり、まるごと品を盗んだり、適正な値段で買い取らなかったりすることが、当たり前になっている風潮を変えたい、と初代のギルド長が必死になってあちこち周って、力をつけていったらしい。
思いついた売り物を商人ギルドに登録したり、製造の権利や販売の権利を登録したり、持ち込んだ物に適正価格をつけて買い取ったり、商品価値が低ければ相談に乗って価値を上げられるよう手伝ったり、困った商人に他の仕事を斡旋したり、そういうことをしていた。
けれども、今の商人ギルドは価値ある物、利益に繋がる縁を持ち込む者は歓迎されるが、商品価値が低い物は受け付けないし、困っている商人の手助けもしない。
冒険者ギルドと商人ギルドと魔法ギルドは手を取り合って協力していたが、それも時代の移り変わりと共に変化してしまっている。
魔法ギルドは他を見下し、商人ギルドは冒険者ギルドを見下し、冒険者ギルドは魔法ギルドを毛嫌いし、商人ギルドとも距離を置いて、素材の買い取りや保存食の販売を独自でやるようになった。
スティーナさん達が住む町はアキサルと言って、昔はもっと人が多くて、貴族も相当数いたらしい。
今でも村と段違いに人が住んでいるように思えるが、全盛期の頃と比べると人の数は3分の1以下。
当時、王都だった都市からこちらへ向かって3番目に通る町だったので、それに相応しい盛り上がりがあったようだ。
しかし、治水の関係で王宮が移動して離れてしまったので、それに合わせて住民大移動があった。
旧王都は、現在王族の避暑地だが、他の場所にも避暑地を作っているので、こちらに来ることは、ほぼないそうだ。
前領主一家は100年前くらいに罪を犯して処刑されている。今の領主一家に変わってからは、この町にあまり価値を見出していないという。
悪い領主でもないそうだが、特別親切でも精力的でもないとのこと。
なにかあればスキルを使ってどうにでもできる、という頭があるからか、私は物事を深く考えないでどうにかなると思ってしまう癖がある。
しかし、使える手段は多い方がいいし、守る方法もあればあるだけいい。
スキル【完全防御】だとかスキル【座標移動】とか使ったことがないスキルを詳しく調べていく。
【完全防御】はちょっと乱暴な感じがあるなぁ。
全てを防ぐけれど、跳ね返すといった感じ。
毒などの内側からのものに対してはどうなんだろうと、興味本位で毒入りの水を飲もうとしたら、液体が唇に触れる前にコップが弾けて水がこぼれた。
そういう防ぎ方なんだね。
薄い膜がほのかに光り、体を守っていた。
【座標転移】は座標さえあれば、自分が行ったことがない場所でも行けるので便利。
ただ、移動先が危険な場所という可能性は十分にあるので、気を付けないといけないだろう。
試しにほんの少し座標を今の地点からずらして、座標転移をやってみたら目の前で木が大破した。
たぶん、木が生えているど真ん中が指定した座標だったのだろう。【完全防御】がなかったら体の方が裂けたかもしれない。
不老不死だから死ぬことはないけれど。
スキル欄に恩恵スキルの【不老不死】がある事を知ったときはつい笑ってしまった。
本当につけたんだなぁと思って、なんとなくそのスキルが愛しい。あちらの神様は元気にしているだろうか。
あの時は思いつかなくて、名前も聞かなかったな。
リリアンさんが与えられているスキル【着想】は生まれつきの恩恵スキル。
恩恵スキルを持って生まれてくる人はこの世界には沢山いて【並列思考】とか【謀略】とかあるらしい。
私はどっちも持っていない。
ちょっと欲しかった。
そのあたりのスキルは発展国の宰相や王族が持っていることが多いんだとか。やり手の商人がそのスキルを持っていることもあるようだ。
いろいろなことを考えながら、魔法取得に必要な作業をこなしていく。
種族縛りで取得ができない魔法はスキル【魔法少女】を使用するけれど、なにかの回数をこなせば取得出来るものは作業としてやっていた。
村のみんなに渡した腕輪はボタンを押すと、私が持っている端末機に通知が来るようになっている。
あちらの世界ではスマホを持っていることが当たり前だったので、常に持ち歩くことは苦に感じない。
様々な事が出来る世界なので、直接脳内に情報をキャッチする事も出来るが、一度にたくさんの情報が来たときに、なにか別のことをしていたら頭の中が混乱するかなと思ってそういう仕組みにした。
スキル【製作】もかなり便利だけれど、スキル【創造】は自由度が段違いなので助かっている。
カスタマイズが難しいし、用途を減らさなければ選択肢が多過ぎるので、そのあたりは慣れるまで大変かなと思う。
端末機はマナーモードに出来るようにしているけれど、この世界の人が近くにいるときしかマナーモードにしないつもり。
寝ていても緊急事態の時は起きたいし、赤色のボタンが押された時は爆音でアラートが鳴るようにしてある。
朝早い時間帯に通知がぽんぽん鳴ったので飛び起きた。
端末機には押した人の名前と押されたボタンの種類がなにかを知らせる通知が届く。
黄色がめちゃくちゃ押されている。
朝の5時に一体なにがあったんだろう。
ベッドの上で服とローブを出して着替える。
サラサラ素材のパジャマを着ていたからこのまま行くのはちょっとまずい。
靴下と靴も出す。
さっさと着替えてスキル【透明化】してスキル【転移】シュレト村。
日が昇る前なのに騒がしい。
モモはどこだ〜
[マスター]
[メローナさんの家の中にいる?]
[はい、マスター。メロちゃんがわたしはお家にいるように、って]
[大正解。メローナさんとそこにいて]
メロちゃんて。ほっこりしちゃった。
ご立派な馬車が3台も来ている。
スティーナさん達じゃなさそうだね。
村長が冒険者風の格好をした人と話している。
「理由を教えていただきたい」
「この村の特産品は、既に独占契約が決まっております。どのようなお方からのご依頼でも、こちらが受け入れることは出来ませんのでな」
「こちらはいくらでも払う用意がある。どうにかならないか」
「ですから」
「事情があって素性をみだりに明かす訳にはいかないだけで、きちんとしたお方なのだ。本当に対価は充分に支払う用意がある。疑うなら確認して欲しい」
「そういうことでないんですがの」
ううむ、と村長がうなる。
チラチラ腕輪を見ている。
来ているよ〜聞いていますよ〜。
あくまで話し合いで何とかしたい、と相手側が思っているのは伝わった。
良かったよ、武力行使するような人達じゃなくて。
馬車の中に貴族が乗っているのかな?
しかし装備がえらい上等な冒険者だな。
全然くたびれてないし、新品っぽい。
馬車を囲む冒険者達もみんなどことなく清潔感がある。
ちょっと変な感じがするなぁ。
ステータスを確認する。
ひえっ、能力値が高い。なんだなんだ。
スキル【筋力強化】を持っている人がいる。
他の人もスキルあるな。
【疲労軽減】だ。クレイくんと同じやつ。
【瞬間記憶】なに?すごい。
視界に入ったものを記憶出来るって。
あっ持ってました。
ついでに【完全記憶】も持ってましたね。
使ったことなかったけど。
【瞬間記憶】はまばたきする度に場面として記憶されていくんだって。
え〜脳みそ爆発しない?
スキル持ちがこんなにたくさん。
馬車は真ん中の馬車の中だけ2人乗ったまま。
前後の馬車は今馬車の周りを囲んでいる人たちが乗っていたっぽいな。
女の人が2人乗っている。
ささっとステータスを見る。
スキル【毒察知】だって。
もう一人はスキル【豊穣】
なにそれ欲しい、便利そう。
あるんかい。
なんでも持たせてくれてるな、神様。
なんか全部確認していないのが申し訳なくなってきた。
いやそれはいったん置いといて。
スキル【豊穣】すごいじゃん。
穀物の成長を使用する魔力に応じて早めるって、すごいスキル。
でもこの子、MPがえらい減っているな。
「いやぁ、しかし、きまったものは」
「そこをなんとか、なんとか頼めないか」
あっ、観察が忙しくて一瞬忘れていた。
村長がもう赤のボタン押そうとしている。
えーっと、どうしようかな。
村長の家にいったん行って、出てくるか。
視界に入っている場所なので【座標転移】してみる。
玄関のドアに張り付いていたミアちゃんとクレイくんが、急にソファから物音がしたので、大層びっくりしていた。
【透明化】を解いて、ごあいさつ。
「ミアさん、クレイくん、おはよう」
「サイトー様!おじいちゃんが」
「うん、行ってきますね」
「やっつけてきて!」
クレイくん、それはあかん。
まだ何もされていないよ。
村長宅の扉を開けて出ると、村長がパァッと顔を明るくする。
お待たせしてすみませんね。
「どうも。朝早くにお客さまですか?」
村長に話しかけたんだけど、冒険者の男の方がハッとした。
「申し訳ない、こんな早朝に」
村長が今更?って顔をした。こらこら。
「こちらは村の特産品を一緒に考えてくださっているサイトー様です。サイトー様、こちらは町からいらしたというヘルムさんです。特産品を大量購入したいと……」
「なるほど」
たくさん買いたいんだね。
「商品を管理しているのがサイトー様か?お話しはそちらのガイル様から出たとおり、沢山購入させていただきたい」
名前に様はつけてくれるけど口調は丁寧語じゃないんだね。やっぱり偉い立場の人かな。
「独占契約をしていると聞いているが、話を聞けばまだ販売数などは決まっていない模様。流通する前で無茶を言っているのは分かっているが、どうにかならないだろうか」
「なにか急ぎの理由があるのでしょうか?」
早朝に来てこの言いようなら急いでいると思われて当然だろうに、ヘルムさんはぐっと顔をしかめる。
馬車の近くにいた冒険者が走り寄って来て、ヘルムさんに耳打ちした。
ヘルムさんはいや、とかうむ、とか言いながらがっくりした。
「重ね重ね申し訳ない。雇い主のお方が直接お話しをしたいとのことで、どこか落ち着ける場所をお貸し願いたい」
村長の家か食堂がいいかな?
洗濯場にベンチもあるからそこでもいけるけど、たぶん外は失礼だよねぇ。
「では、わしの家にご案内しましょう」
馬車をどうするかとかポルテをどうするかとか話し合って、村のポルテを管理するマティアスさんにお願いする。
ポルテを買って連れ帰って来たときに、庭と小屋を拡張しとけばよかったねぇ。
マティアスさんは無言で頷いて、慣れた手付きでポルテを連れて行った。
荷物、というかたぶんお金やいろいろ対価になるものを積んできたのかな?
荷物番で2人は馬車を見る係になるようだ。
お金持ちにしては質素で、しかし庶民からすると立派に見える馬車から、初めに【毒察知】を持った女の子が降りてきて、その次に手を引かれてもう一人女の子が降りてくる。
村のみんながちょっとざわつく。
すごいきれいな子だもんね。お姫様みたいだ。
村長が家の扉を開けると、ミアちゃんとクレイくんがサッと出てきて入り口を譲った。
私と村長が先に入って、続いてヘルムさん、冒険者3人、女の子2人、冒険者3人が入った。
狭いな。
察したミアちゃんとクレイくんが頷き合って扉を閉める。
ミアちゃんはぐるっと裏手に回った気配がしたので、たぶん裏口から入ってお茶を用意するつもりかな。クレイくんはサイラスさんちに向かって走っていった。
村長の家も大改造してあるので、前よりはずっと広いけど、応接間にこの人数は想定していなかったし、だいぶきついなぁ。
「ちょっと人が多過ぎますね……村には浴場があるので良かったらご利用されてみては?」
ヘルムさんが首を傾げる。
「村に浴場が?」
「ええ。えーと、1000ルーツで入浴可能です」
「それは見てみたい、いや、しかし、今は遠慮させてもらう」
説得に失敗した。
心配なのは分かるけど、大の大人がこれだけいると威圧感がすごいよ。
「ヘルム」
わぁ可愛い声。
【豊穣】の子がヘルムさんを呼んだ。
「折角のお誘いですから、お受けしなさい」
「ですが」
「ヘルム」
「……ぐ」
「ヘルム」
「……承知いたしました。ハルマル、アライシュを残して、あとのものは浴場という所に向かうように」
4人出て行ってくれた。場所わかるかな。
サイラスさんとクレイくんが外に来ているから大丈夫か。案内してあげてね〜。
座っていいのかな?
全員まだ立ち尽くしているけども。
「座りましょうか」
声を掛けたらヘルムさんが【毒察知】の女の子になにかを合図する。
【毒察知】の子は抱えていた鞄から布を出してソファーに敷いた。
おお〜めちゃくちゃ失礼だけど、村長が当然のような顔をしているので、この世界ではそういうものなんだろうな。
一番先にソファーに座った【豊穣】の子を見て、村長が対面のソファーに腰掛ける。
三人用のソファーがテーブルを挟んで2個置いてあるので、スペースはだいぶある。
私も村長の隣に座った。
ヘルムさんも残された護衛も【毒察知】の子も座らずに後ろに控えている。
「まずはこのような場を設けてくださり、ありがとうございます。突然の訪問で失礼をいたしました」
【豊穣】の子は堂々としていて、優雅に微笑んでいる。村長の顔が引き攣った。
「お恥ずかしいお話しですが、肩書を名乗ることを家から許可されておりませんの。ご理解いただけるかしら」
「ええ、それは、はい」
「こちらでお作りの商品を、アキサルで偶然知りましたの。モモチャンの実、それからフィナンシェ、と申しましたかしら。それとマリリンオイルにクリーム。その他のものはわたくしが知る前に全て買い手が決まってしまったようで……」
スティーナさん行動が早いな。
「こちらの村の特産品とお聞きして、すぐに出立いたしましたの」
こっちも行動早いな。
護衛の一人に【目利き】があったから、それが理由かな。買い物するタイミングが無かったからまだ使ったことがないんだよね。
スキル【目利き】とスキル【値切り】のふたつ。
「昼にはこちらを出なくてはなりませんの。どうか、お譲りいただけないかしら」
昼には出なきゃいけないんだね。
それで急いでいるんだ。
村長は縋るように見てくるけど、別に村長の好きにしていいのにな。スティーナさんは他に売ってもいいよって言ってくれているし。
それとも断ることは決まっていて、どう言ったらいいかって悩んでいるのかな。
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