第12話

 シュレト村の近くに転移して、おはなしダケが存在しているという森の方から来たように見せかけて、村に歩いていく。


 様子を窺っていたのか、サイラスさんが村の入口に立っていた。


「やぁ。この村の人かな?」

「あ、ああ。そうだ」


 サイラスさんは挙動不審になって、村の奥を見たりこっちを見たり忙しい。


 たぶん、私が来ると思っていたので、別人が来たことに戸惑っているんだろう。でもそのまま行くよ。


「随分と新しい建物があるようだけど、この村はできたばかりなのか?」


 そんな感じに探りを入れるかな?

 現地民じゃないからわからないな。

 仕掛ける側もちょっと難しい。


「そ、そんなわけあるか。昔からある村だ。最近流れの魔法使い様が寄ってくれて、いろいろ与えて下さったんだ」


 おお、そういう感じで説明するのね。


「そんなことが?村の中を見せてもらっても良いだろうか」

「その前にあんた、名前は?どこから来たんだ?悪いが、子供も住んでるんだ。素性の分からない人間を入れるのは、村の決まりを破る事になる」


 私が来たときにも警戒していたし、サイラスさんが一番村を守るのに向いているかもしれない。

 身体も大きいし、目付きも鋭いから。


 最初は私が来ると思っていたから動揺したように見えたけれど、今は私ではないと思っているようで、かなり警戒している。


「ああ、すまない。街で騎士をやっている、アレクサンダーという」

「騎士だと?ポルテはどうした?なんで街に騎士が置かれてるんだ。何があった、領主様のご命令か?」


 まてまてまてーい。ポルテなに?


[モモ、やばい、全然分からない]

[勉強したことがあります!マスター、落ち着いて。ポルテはマスターの世界で言う馬のような立ち位置にいて、この世界の馬よりも懐きやすいので、商人や騎士が飼っている生き物です。近くの街は領主様が精力的に動いていないので、騎士が駐在しておりません]

[選択ミス!騎士をやめたい!]

[マスターがんばってください!]


「えー、んんっ、あー、ポルテは途中で足が折れたので休ませている。私は最近街に来た騎士で、視察でこの村に来た」


 めちゃくちゃ怪しんでいる。

 いや、サイラスさんはそれで正解なんだけどね。

 大正解なんだけどね。


「変だな、相棒のポルテの足が折れたってのに、あんたそんな平然として」

「そんな事はない、悲しいと思っている」

「そうは見えんが……」


 サイラスさんはじっとり見つめている。

 しかし、次の瞬間ハッとして目が輝いた。


「ふん、まぁ、いいだろう。村を見ていってくれ」


 あっバレたわ。

 たぶん私ってバレたんだわ、この反応。

 見ていってくれじゃないよ、こらこら。


「……ありがたい。そうさせてもらおう」


 村の中へ案内してくれる。

 サイラスさんのあとを追う形で歩みを進めていく。


「少し前までこの村は死にかけていたんだが、魔法をお使いになられるお方がたまたま通り掛かられてな。村の惨状を知って助力を申し出てくれたんだ」


 念を押してるな。

 うん、そういうことになったんだね。


「それは幸運だったな。あの木は?」

「村の特産品のモモチャンと言う実をつけるモモチャンの木だ。魔法使い様が、村の特産品にしてくれと言って、この村だけで育つという果実の種を蒔いてくれてな」

「この村だけで?そんなことがあるとはとても信じられないが」

「ああ、俺たちには理解し得ない魔法をお使いの方だった。そのお方が風呂も作ってくれてな」

「風呂と言ったか?」

「そうだ。あんたも入ってみるといい。村の住人以外は金を払ってもらうことになるが、損はさせない。風呂に入ってみて、あのお方がどれだけのお力を持っていたか実感してくれ」


 本人も実感できるかな。いける?


「ああ、それは楽しみだ。風呂はどのくらい払えば使えるんだ?」

「1000ルーツだ」


 日本円で1000円。ちょっと高いな。


「高くないか?」

「その言葉が入ったあとにもう一度聞けるか楽しみだ。もちろん入らなくても良いんだが」


 強気。サイラスさん強気過ぎる。


 本当にそんな感じで良いのか?銭湯の中身は知ってるけど1000円はちょっと高くない?


 というか現金持ってないなそう言えば。

 製作しても良いけど、現金以外のものをもらえたほうが村は助かるんじゃない?


「この村は現金よりも物品のほうが助かるのではないか?」

「…………今はそうだな」

「なにが必要なんだ?」


 じっとり見ないで。助かるほうがいいじゃん。

 ちゃんとやれよみたいな顔しないで。


「そうだな、野菜や穀物、子供たちには流行りものや服なんかがあると助かるだろうな」

「それは偶然だな、私は実は小麦の粉をたくさん持っていて、アクセサリーや服なんかも持っている。ぜひ村に贈ろう」


 小麦の粉袋を5つと、王都で一般的に流通している野菜を木箱に詰めたやつと、子供たちへのお洋服と流行っているらしいかわいめのリボンを詰めた箱を【製作】して出す。


「はぁ〜……泊まるなら宿はこっちだ。浴場と宿は隣り合わせだから覚えておいてくれ。特産品の販売はあの店だ。赤い刺繍が下がっている店でモモチャンを加工した特産品を置いてある」


 よっこいしょとサイラスさんが粉袋を担いで、何人かに手で合図して回収を頼む。

 村人が出てきてぺこっとしている。


「詳しく説明してもらえて助かった。これは取っておいてくれ」


 ササッとジャーキーを出す。

 冒険者ギルドが作っているらしいジャーキーの中で、一番高価なものを【製作】した。


 サイラスさんははぁ〜と溜め息をついて、お礼を言いながら受け取った。


 宿屋の扉を開けて中に入るとカウンターがあり、アローニャさんはお客さんが来たことを知らせるベルの音に応じて出てくる。


 カウンターの奥に二階へ上がる階段が2つ。

 宿屋はいろいろなことを想定してかなり広めに作った。

 複数人一緒に泊まる大部屋を3つ、お金があまりない人や事情があって泊まるところがなく無償で泊まる人のことを考えた狭めの隠れ小部屋を一階に作り、二階は防犯のため上がる所から男女別になっている。

 男女別の部屋はそれぞれの建物に6部屋あって12部屋。

 そして、地下に富裕層向けのちょっと良い部屋を作った。


 一階の右手側に泊まる部屋へ続く扉があり、左側は食事が取れる場所と厨房を作った。

 製菓マスターのリリアンさんが基本ここで作業している。

 マリリンさんの家にもキッチン設備を作ったんだけど、宿屋と浴場を繋ぐ廊下を作って行き来ができるようにしたので、浴場で働くマリリンさんから近い場所にいることにしたようだ。


 食事スペースを過ぎた所にある扉から廊下へ出ることができて、行き止まりの扉を開けると浴場の広間に出るようにした。


「いらっしゃい、お泊まりですか?」


 お、アローニャさんは丁寧な口調。

 街で宿屋をやっていたというから、これまでに偉い人とか面倒な人とかも対応の経験があるのかな。


「ああ、泊まりたい。1泊で」

「お一人でいらっしゃいますか?お連れさまがいらっしゃいますか?」

「いや、私一人だ」

「失礼ですが、男性の方?」


 アローニャさんこれ聞いてもいいのかなって顔をしている。私か私じゃないかの判断がつかないんだろう。それでも予行練習と言われているからか、冷静に対応している。


「男性です」

「……でしたら、男性専用部屋にご1泊で5000ルーツになります。浴場を使う場合はさらに1000ルーツが掛かりますが、お泊まりの間に限りその後は何回浴場をご利用されてもお代はいただきません。食事はあたしが作るんでも良ければ、1食500ルーツでつけられますよ」


 すぐに私ってバレたくさいな。

 というか、高くない?そんなもんなの?

 いや確かにビジネスホテルって5000円くらいだったけど、村でそんなにとっていいのか。

 お金ばっかり増えていかない?


「この村は現金より物の方が助かると聞いた。ほしいものはないか?」

「あら、そんなお気遣い頂いて……やはりお肉や新鮮なお魚が助かるかしら。めったに食べられるものではないので、子供たちに食べさせてあげたいわ」


 アローニャさんが嬉しそうにこっちを見るので、わっはっはという気持ちでドサドサ【製作】した。

 リリアンさんも荷を回収しにきた。かわいいね。


「こちら、お部屋の鍵ですので、外出する際はカウンターでお返し下さいね。お名前と今お住まいの場所をこちらにご記入お願いします。お住まいの場所を書いていただくのは、お客さまが体調を崩されたり、何かあったときにご連絡させていただくためですので、連絡してほしい方などがいる場合はそのお方のお名前などもお願いします」


 おお〜完璧。たくさん相談したもんね。


 個人情報だからいろいろと扱いが難しいなぁと思っていたけど、この世界ではあんまりそういう部分は頓着していないようだったので、なら書いてもらおうかと言うことになった。


 サイトー、シュレト村と書く。

 アローニャさんがあらあら〜と言いながら鍵をくれた。

 嘘はついたらあかんもんな。


「浴場と宿は昼夜交代制ですので、いつでもご利用可能ですが、寝ているお客様もいますから、深夜はお静かにお願いします。また、深夜は食事の提供をしておりませんので、ご理解お願い致します」

「分かりました」

「お部屋は鍵についてる木札と同じマークのお部屋となっております。右側の階段から上にお上がり下さい」

「ありがとうございます。浴場を利用する場合も鍵は預けた方が良いですか?」

「お願いします。あら、すみません。こちら、浴場の利用に必要な腕輪となります。この腕輪をつけている方はお支払い済という証明になりますので、ご着用のまま浴場をご利用下さいね」


 完璧だ。ちょっと忘れてたぽいけど、思い出して教えてくれた。

 アローニャさんすごいよ〜街の宿とは勝手がだいぶ違うはずなのにしっかり覚えてる。すごい。

 肝っ玉母ちゃん感は丁寧な言葉を使うとだいぶ薄れたなあ。


「食堂を真っ直ぐに抜けた扉が浴場に繋がっておりますので、外に出なくても向かえますよ」

「それは便利ですね。早速行ってみようと思います」

「ごゆっくりお過ごしください」


 宿もいい感じ。みんなたくさん考えたもんね。

 モモがめっちゃ拍手してる。わざわざスキル【遮音】を自分に掛けて拍手しているのでいじらしい。

 モモのこともみんなに言いたいよ〜。



 浴場の広間に出るとマリリンさんがカウンターの中から一礼した。

 浴場は男湯と女湯があって家族用もある。

 事情がある人とか身体を見せるのに抵抗がある人は、従業員用として作った地下の温泉の方を利用してもらう予定。

 外から見られたりするのはちょっとなぁということで、完全施設型の区切りがある銭湯だ。

 換気口は作ってあるので、湯気はほかほか外に出ているのが見えるようになっている。


 脱衣場に入る前に、カウンター両脇にある靴箱に靴を入れてもらう。

 ひどい汚れがついた装備なんかもここで脱いでもらうか、軽く汚れを拭いてもらってから中に入れるようにしようって事になった。

 靴箱は木札が鍵になる靴箱。


 靴を入れたら木札を持ってカウンターに向かう。


「ようこそお越し下さいました、ご利用ですか?」

「はい。浴場を利用したいんですが、良いでしょうか」

「腕輪をつけていらっしゃいますね、お支払いは結構です。こちらは木札を無くさないためにお渡ししております。首から下げて、この袋の中に木札を入れて、ボタンを留めて下さいね。中にはいると脱衣場があり、そちらにも先ほど靴をお入れしたような荷物入れがあります。荷物入れの中には手ぬぐいが置かれているので、お湯から上がって身体を拭く際にご利用下さい。お洋服や装備品を入れましたら、必ず木札をとって、この袋の中にお入れくださいね。紛失されないようお願い致します」

「わかりました」


 丁寧に説明してくれたのでわかりやすい。

 ただ、みんながみんな説明聞くかっていうとそこは不安なんだよなぁ。

 とりあえず勝手に入れないように、暖簾ではなくて扉をつけてはある。


 首から木札入りのポーチを下げる。


「男性は右手、女性は左手の方になりますが、大きいお風呂を貸し切りでご利用されたい場合は、追加料金の3000ルーツが必要です。ほかのお客様がいらっしゃらない小さいお風呂をご利用の場合は、追加料金で1500ルーツいただきます。通常のお風呂のご利用でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


 あ。

 この場合、どっちの湯に入ったほうが良いんだろう。


 ちょっと困っているとマリリンさんが小さく笑って女性用の扉を開けてくれた。バレバレだわ。


「今は誰もいないのでこちらでどうぞ」

「ありがとうございます」


 脱衣場に入って服を脱ぐ。


 うわあ、下半身もちゃんと男の子だった。

 見てしまった。

 スキル【外見変更】すごいな。


 荷物入れの木札を取って、首から下げているポーチに追加で入れた。


 脱衣場を抜けて引き戸になっている扉を開ける。


 シャワーをつけたかったんだけど、シャワーってこの世界にはないみたいでどうしても違和感があったんだよね。

 だから、入ってすぐのところに洗面桶と椅子を重ねてたくさん置いて、それぞれ一個ずつ持っていって位置取りして、大きい檜風呂の浴槽からお湯をすくって、髪や身体を洗ってもらう事にした。

 スペースは多めにとったけど、三十人くらいが快適に使える最大の人数かなぁ。


 温泉気持ち良い〜。


 ぽかぽかになったので、お湯から上がって脱衣場へ向かう。

 タオルはあかんと言われて置いたのが手ぬぐいなんだけど、タオルがいいよね〜変えたいよ〜。


 使った手ぬぐいはこちら、と書かれた看板の下に置いてある麻袋の中に使用済み手ぬぐいを入れる。こちらは数が溜まったら洗濯場に任せるそう。


 ちゃっちゃっと服を着て脱衣場から出た。


「やっぱりふわふわの手ぬぐいにしちゃだめ?」

「まぁ、盗まれちゃいますよ」


 マリリンさん困った顔しないで〜。

 盗まれたらまた作ろうよ。


 浴場も完璧だと思う。

 提案したマッサージチェアとか飲料設置とかは、アイデア出しのときにあかんぞ〜と言われたのでそもそも作れていない。


 うん、問題ないんじゃないかな、今のところは。

 盗難とか紛失とかはまぁ、うん、いろいろ起きそうな気はするけど、村の備品になっているものは、村から持ち出したら消えてなくなるようにカスタマイズで条件をつけて【製作】した。

 だから、持ち帰ってどうってのはできないんだけどね。

 備品の予備は倉庫を作って詰めてあるので、浴場のみんながそこから補充する。


「良いと思うな。全体的に」

「良かったです」


 わーいとマリリンさんが嬉しそう。


 それでは予行練習を終わりましょう。

 スキルを解いて元の姿に戻る。


 靴を履いて浴場を出て、外にいた村人に手を振る。


 きたきた。みんなきた。

 マリリンさんも後ろから出てきた。アローニャさんも出てきた。早いなぁみんな。


「本日の予行練習ですが、完璧でした」


 わあ〜と手を取り合って大喜び。


 村長、いつの間にシャボン玉出せるようになったの?それ水魔法と風魔法同時に使ってない?マロの実でたくさん遊んだな?


「みんなしっかりしていて、大変よかったです。こんな素敵な村で問題を起こすような人がいたら、しばって村長の家の地下に放り込んであげましょう」


 罪人の扱いどうしようか〜と話し合った時に、基本的には村長の家に身柄を拘束して置いといて、街から領主様に伝えてもらって引き取りに来てもらうのが普通って事だった。

 なので、危ない目に合わないように地下に牢屋を作った。

 牢屋って言ってもベッドはあるしトイレもあるしソファーもあるけど。

 ソファーいる?って村人たちはなったけど、なんとなくスペースが寂しいから置いた。

 そういうわけで牢屋もあるので、危なそうな人はそこに入ってもらおう。


「あっ、そうだ」


【倉庫】から桃油製造機を取り出す。


「わぁ、それはなんですか?」


 ハロルドくんが近付いてくる。

 肺の病気だったハロルドくんが特産品の生産にかなり興味を持ってくれていて、マロの実でいろいろ作ったりしてくれているのだ。


「モモチャンの種から油がとれるんですよ〜」

「種をとってきます!」


 しゅたたたたと走り去って行ってすぐに戻ってくる。種を両手で抱えてきた。


 ガラガラポンの入り口から種を一つずつ入れていく。6個くらい入れたら蓋をしめて、ガラガラ。


「音がしなくなったら中身はもう油になっているので、蓋を開けるときは容器などを置いてから開けてね」


 木の深皿を置いてから蓋を開ける。

 手についちゃった。


「この油は身体に塗ったり爪に塗ったり、マロと混ぜたりしても良いよ。お菓子にも使えるみたい」


 種を食べられるようにしたので、食用油にも使えることが判明したのである。


 桃を選んで良かったなぁ。

 モモがカスタマイズを頑張ってくれたおかげでもある。


 ハロルドくんもリリアンさんも、試してみたくてそわそわしている。


「じゃあ今後は、特産品を売れるくらいに安定して在庫ができて、効率のいい作り方とか決まって、製造のペースがなんとなーく掴めるようになったら町に卸しに行こう」


 おー!とみんなで一致団結。

 アキサルかぁ。どんな感じだろうねぇ。

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