第9話


『マスター、わたしはマスターのそういうところ大好きです』

「普通の旅人じゃなくなったね。良かった?」

『はい。わたしが間違っていました。神様にいただいた力です。たくさん使って、マスターの言う通り、楽しく過ごしましょう』


 モモが肩に座ってぴったりとくっつく。

 ああ〜癒やされる。


 村人の相談は7割がやはり食糧難で、細々と畑をやっている家が多いけれど、村全体で考えると食糧は全然足りていなかった。

 取引みたいなものがあまりなく、善意で譲ったり物々交換したりしているらしく、人が良いというか、純粋というか。


 そんな人柄の人ばかりが残っているので、助けたくなるのも当然だなぁと思った。


 育てやすい野菜や穀物を調べて、それで作れるレシピがどのくらいあるか、季節はどうか、いろいろと検討した。


 この世界に既に存在するもの、あちらの世界にしかないもの。


 育てやすいという部分だとミニトマトが良いらしい。

 こちらの世界にはミニトマトはなく、細長めのトマトは存在している。


 とりあえず、村人全員にミニトマトを育ててみるようにお願いしている。

 小学生のときにそんなことした気がする。


 ミニトマト栽培セットがあったので、人数分それを出したけれど、付属の写真によるとクリスマスツリーみたいな感じに育って、赤い実がたくさん付くっぽい。すごいな。


 でもミニトマトは一度しか収穫できないらしい。

 トマトは畑でやるにしても連作障害というのがあるみたいで、一度収穫したら数年開けなくてはならないとか、いろいろと管理が大変そうだ。


 土魔法【盾】でなんとかなりそうだなとは思ったけれど、やってみないと何とかなるか分からないので、時間をたくさん取られそうな事は一旦却下する。


 とにかく早く収穫できて、みんなが育てやすいものがいい。


「モモ、収穫が早くて、育てやすくて、美味しくて、特産品になりそうなものって何があると思う?」

『いっそ、マスターが作ってしまえば良いのではないですか?』

「えっ」

『スキル【創造】で果物や野菜、穀物を指定した後にカスタマイズされてはいかがですか?』

「できるの?」

『スキル【創造】は、あちらの世界にもこちらの世界にもない物を生み出すことができるスキルで、逆に既に存在するものと同じものを作れない制限がありますが、そのあたりはカスタマイズでどのようにもできるかと』


 単体ではたぶん使ったことが一度もないスキルだな。

 スキル【遮音】を村長から間借りしている部屋に使ってからスキルを展開する。


「スキル、創造」


 久しぶりのふぉん画面。

 スキル【創造】の画面は+と書かれたボタンしかない。


 +をタップすると入力項目が出てくる。

 使い方が難しい。

 説明がないので、どこをどう触れば良いかわからない。


「えーっと、果物、になる種を作りたいんだけど」


 カテゴリとジャンルとが勝手に選ばれて、種という項目を見つけ出した。

 あ〜苗木とかもいけるんだね。


「モモ。どうやって進めよう」

『わたしがマスターの変わりに選択と入力を致しますので、ご希望をおっしゃってください』

「うう、助かる」


 モモがいないと生きていけない、ダメダメ人間である。


「桃を作ってもらいたいな。食べたいし、こっちの世界にはあっちの世界みたいな桃がないし、あっちの世界の桃は育てるのが大変だから、それを簡単なものにしたい」

『はい』

「あまくてみずみずしくて、栄養満点な美味しい桃を作りたいんだけど、育て方は水やりしたらできるくらいのものにしたいんだよね」


 めちゃくちゃなことを言ってるけれども、モモはなんか入力して進めている。

 可能な範囲って事なのかな。


「桃は本当は木に成るものなんだけど、高すぎると高齢者には収穫が大変だと思うからそこまで高くならない木がいいな、2mは超えないくらい。あと、害虫が多く寄ってくるって聞いたことあるから、それもなんとかしたいけど」

『マスター、こちらの世界には作物につく害虫が存在しませんので、そのあたりは大丈夫かと思います。魔物が寄ってこないように致しますね』

「ありがとう」

『植え付けや収穫の時期はどうされますか?』

「どうしよう〜めちゃくちゃわがままなんだけどさ、一回植えたら永遠に水やりだけで収穫できる、みたいなのっていける?」

『可能です。こちらの世界ではそういった木が存在します。魔力が与えられている間は枯れず、実がずっと成る木もありますので』

「そっか、魔力ってものがある世界だもんね。大抵のことはできるか。じゃあ、すごいの作ろう。できるできないは教えてね」

『かしこまりました』


 モモとあれこれ意見を出し合いながら作った種は、うっすらピンク色の手のひらサイズの丸い種になって産まれてきた。


 植えて3日で成木となり、1日に10個実が成る。

 一日一回水をあげると翌日には20個成る。

 魔力をちょっとあげると翌日に30個成る。

 成る実の数は上限100個までにして、木に実が成っている間は腐らないようにした。

 もいだ実は常温だと10日くらいで腐るようにしてある。


 甘くてみずみずしい桃の実は、種の部分も食べられるようにして貰った。

 種の食感は硬めのりんごみたいな食感になるようにして貰って、味もりんごにして貰った。


 他にない特産品にするつもりなので、成った実の種を植えても成長しないようにして、この村に植える木だけから取れる果実にする。


 栄養とか効能とかどうしようか〜という話になって、この世界には魔力回復の果物とかもあるってことなので、食べたら魔力が半分くらい回復する効果をつけた。


 村の大半が栄養失調なので栄養は豊富にした。

 あちらの世界の栄養補助食品だったゼリーにビタミンを入れたバージョンくらいの栄養成分に設定して、桃を食べるときにひと手間だった皮剥きを簡単にできるように、湯剥きしたり背を撫でたりしなくても手で剥ける皮にして貰う。

 果肉は白。皮はピンク。


「完璧な果実……」

『マスターのおうちから一番近い村ですし、特産品になったらたくさん食べられますね』


 種から生み出した果実は、きっと美味しく感じるだろうなぁ。



 村長の家の裏側にレンガで枠を作り、その中の土を柔らかくして種を埋める。

 3本育てる予定なので、ちょっと感覚を開けてあと2つ。


 村人がちらちら見に来ている。

 3日後が楽しみだね〜。


 村長を含めた村人全員を集めて、埋めた種の説明をする。

 数人が虚弱だったり体調不良だったりで来れなかったので、説明を後でしてもらうように頼んだ。


「まず、この木は3日で成木となり、実をつけます。水やりをすると実が増えます。魔力を与えるともう少し大きく増えます。何もしなくても10個の実が成りますが、この木に100個の実が成っている間は新しい実は成りません。栄養が豊富なので、まずはたくさん食べて下さい。健康になったら村の特産品として加工したりして売れるものを作ります」


 おお〜と嬉しそうな声が挙がる。

 もう突っ込まずにただ喜んでくれているあたり、この村人を守りたいという強い気持ちが湧いてくる。

 悪いやつが絶対に寄ってくるので、注意点も伝えておく。


「特産品が有名になると、この木を奪おうとしてくる人も出てくると思います。ですが、この木はこの村でしか育たないようになっていて、この村の外に持っていくと枯れてしまいます。また、実の中にある種を植えても木には成長しません。種も食べられるので、食べて下さい」


 奪おうとしてくる、のあたりで村人がざわざわしたが、種も食べられる話をすると嬉しそうな顔をする。

 かわいいなお前たち。


「そしてこれが一番大事な話ですが、偉い人や怖い人、みなさんが逆らえない人がきっといつか来ると思います。この木を譲れと脅してきたり、無理に持っていこうとしたりするかもしれません」


 ちゃんと聞いて貰いたいので、みんなの顔を見渡しながら話す。


「そういう時は逆らわないで下さい。さっきの説明をして、それでも奪う人がいたら、危ないことはせずに放置して下さい。わたしがまた植えに来ます。だから、奪われても、大丈夫」

「そんな!せっかく下さったものをわしらが見捨てるなんて」


 村長が悲しい顔をしている。

 村人たちも頷いている。


 そうだよね、嫌だよね。分かるよ。

 でも危ない目に合うほうが嫌だからなぁ。


「実は私はこの村の近くに住んでいて、その家がとても大切です。だから一番近いこの村も、これから長くお付き合いしていきたいです。何度でも植えるので、決して争わないようにお願いします。傷付いてほしくないから。怪我をしたり、殺されたり、そんな事になる方が悲しいです」


 取り返しがつかない事になる方が嫌だ、という気持ちは伝わっただろうか。

 木を守って死ぬなんてことがあったら大変だ。

 このあたりは村長からも念を押してほしい。


 うん?ちょっと待てよ。


[モモ、蘇生とかいう概念ある?]

[マスターはスキル【蘇生】をお持ちです。この世界ではマスターのみのスキルとなります]


 こっわいこと聞いたな!知らなきゃよかった!


「それで、そのう、お師様」


 村長がモジモジしている。


「そちらの木に成る実はなんでしょう?」

「モ、モモちゃんです」

「モモチャンですか?」

「そうです、モモチャンです」


 危ない。

 モモって名前にしたら、うちの超絶可愛いプリティフェアリーがあちこちで呼び捨てされるところだった。

 それはだめだ。

 うちのモモを呼び捨てにしていいのは私だけである。


[マスター]

[なぁにモモ]

[なんでもありません]


 久しぶりのてれてれフェアリーであった。

 かわゆい。



 3日を迎える前に、かわいい村人達に栄養失調で死なれてはまずいので、話を聞いてやばそうなお宅を訪問診察して回った。


 虚弱体質と思われていた男の子は、なんかしらの肺の病気だったのでスキル【平癒】を使って治す。

 残りの数名は栄養失調だった。みんな治した。


 それにしても子供はわりといるけど、労働力になりそうな歳の村人が殆んどいないな。

 そんなに若者は都会が好きか。


 でも、特産品が流行りだしたら帰ってきたりするんだろうな。その辺も今いる村人が酷い目に合わないように考えなきゃいけないね。


 サイラスさんちがえらいことになっとるぞ、というわけで、村人がサイラスさんちに押し掛けて見学していくので、もうスキル【施工】とスキル【インテリア】でみんなの家を大改造したよ。


 村の中も結構家を建ててる場所がぐちゃぐちゃだったし、整備できる人もお金もないからまとめてやっちゃおうということで。


 村長もあんまりビックリしなくなったよ。

 私のことを賢者かなんかだと思ってるみたいだけど、賢者ではないよ。

 むしろ、村長がサボらず真面目にずっと魔法を鍛えていってるから、完全に見た目が賢者みたいになってきたよ。ローブも作ってあげるよもう。


 大改造にちょっと不安そうだった村人とはきちんと話して、外観や中身をいじらずに場所を移動する事も可能だと言ったら、相談してそれがいいと言ったのでそうした。

 が、翌日になったらやっぱりこういう感じがいいですと希望が出てきたので、たぶんサイラスさんちに行ったんだろうな。希望通りにいろいろと変えた。


 だけど、やっぱり善意の塊というか。

 村人は希望を出してくれるようになってきたけれど、豪華なものとか高そうなものとかそういうのを望まない。


 出てきた希望は「木枠が腐ったから今よりも丈夫なベッドがほしい」とか「腰が悪くてはしごが使えないから雨漏りしてる天井を修理してほしい」とか「塞いでも塞いでもすり抜ける隙間風をなんとかしたい」とか。


 いろいろもっとできるよ〜と言ったけど、そんなそんなって遠慮している。


 モモも村人があまりにも欲がないのでいろいろとお世話を焼きたがって、けれど姿を現してないのでコミュニケーションは取れず、見てるだけ。


 モモからのお願いでいろいろと付け加えたりした。

 おばあちゃんちに手すりがほしいとか、トイレを作ってあげてほしいとか。


 モモが無垢な村人たちを心配している。



 そして、トイレの使い方をやっと知った。

 村長の家にあるトイレは洋式トイレっぽいんだけれど、タンクとかは無くて、便座の真ん中に穴が空いていて、その隣にぐるぐる回すハンドルがある。

 ハンドルを回すと便座の真ん中にあった穴が閉じる。

 穴の開閉をハンドルでして、排泄物は穴の底におちていくのだが、その先には排泄物を食べる魔物がいる。


 こいつ、自然で捕まえずに買おうとすると、めちゃくちゃ高いらしい。


 排泄物を好んで食べるけれど、食事がなくても死ぬことがないそうで、白っぽいスライムみたいな見た目をしている。


 一度手に入れたら排泄物の問題が解決するらしいので、魔物を捕まえて販売している業者から高値で売られているらしい。


 村には80年前くらいに一匹購入して来て、村長の家には50年前くらいに買って一匹来たんだって。

 その時はまだ村も人が多くて、村長の家もそこそこ裕福だったらしい。


 村の人たちは共同トイレを使うらしく、順番待ちしたりする。

 切なくて涙が出そうだったので、村長宅のスライムをスキル【複製】で増やして村人の家全部にトイレを設置した。


 スキル【複製】怖いよね。

 生物に使えるんだもん、めちゃくちゃ怖い。

 深く考えたら負けだし夜眠れなくなると思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る