第8話


 村長は信じられないみたいで、ぶつぶつ「まさか」とか「わしが魔法を」とか言っていた。

 モモ情報では意外とこういう人は多いそう。


 歳をとるに連れてステータスは少しずつ成長する。

 大幅にぐーんと伸びる人も稀にいるけれど、基本的には個人で決まってる上限までちょっとずつ増えるていく。

 だから、若い頃に確認して、特に目を見張るスキルなどが無ければ、その後はステータスの確認を全然しない一般人もいるんだって。


 この世界では、触れてる間はステータスが視認できるようになる魔道具を神様から贈られていて、それを管理してる人達が利用者に金銭を要求しているらしい。

 だから、金銭的な問題で、後天的にスキルが増えたり、急成長して魔力が増えたりしていても、確認に行けなくて気付かないままの人がたくさんいる。


 村長は遠慮していたけれど魔法を覚えたそうだったので、訓練じゃ〜と言うことで、師になる事にした。

 村長のおうちに居候させて頂きつつ、指導を始める。

 まずは簡単な【着火】【注水】【盾】【送風】から。


 ミアさんは裁縫の速度が2倍になるスキル【裁縫】を持っている。

 しかし、このスキルは裁縫自体の技術が必要なため裁縫を頑張って貰うことになった。


 クレイくんはまぁ、大きくなるにつれて村長が道を一緒に選んであげたら良いんじゃないかなと思う。


「ほ、本当にこの柔らかい土が硬くなるんでしょうか……」


 訓練三日目に入り【盾】の取得がなかなかうまく行かないので、村長のやる気が落ちてきている。


 土を見つめて不安そうな顔をして、ぐぅ〜と唸る。

 面白い顔すな。


「【着火】と【注水】は取得できましたし、無理にとは言いませんが……【盾】は使いこなせるようになると土の柔らかさを変えられるようになるので、畑を耕したりするのに便利ですよ」


 そもそも歴史書を参照すると【盾】というのはあとからつけられた魔法名で、やっている事は【物理変化】だ。


 魔法名を決める際、この現象を土限定だと思い込んだ魔法使いが【土壁】とつけた。

 その後、【土壁】の魔法を得意する大国の一族がもうちょっとかっこいい魔法名にしたいと変えさせて【盾】という魔法名になった。

 しかし、その魔法名に引きずられて【土を硬くして強い盾が作れたらすごい】みたいな魔法だと思われているらしく、謎のおもしろ一族になっているらしい。

 おもしろ一族は私的な感想だけど。

 本人たちは誇らしいのかも。



 魔法名を決める魔道具を神様が与えていて、その魔道具を昔は神殿が管理していたそう。

 今は魔法ギルドが管理している。


 盗んだのかな。譲ったのかな。


 いけない、脱線していろいろ考えてしまった。


 まぁ、そういう訳なので、逆に柔らかくしたりして【物理変化】をさせれば取得できるのではと思ったが、こちらの神様が作った取得条件はあくまで【土を硬化させること】なので、それは変えられないらしい。


「ガイルさん、硬いものって何が最初に思い浮かびます?」

「パンですかなぁ」

「パン……じゃあ、ガイルさんが今までで一番硬いと思ったパンを思い出しながら、その硬さを土を再現するつもりで魔力を放出してみましょう」

「おお、わかりやすい例があるとできそうな気がしますな」


 むん、と力を込めて土に触れる。

 やっと成功したので、土魔法【盾】はゲットである。


「わしに三つも魔法が……ありがたいことです……」


 拝まれている。私は人間だぞ。


 まだ午前中だけど、村長の魔力が減ってきたので、風魔法【送風】は明日以降となる。

 一日ひとつずつ魔法を覚えられるくらいには魔力があり、取得までの道のりも早いので、村長は精神がかなり安定しているという事になる。

 クレイくんにいつも付き合ってるもんね。


「魔力が少なくなったので、今日はここまでとなります。明日は風魔法【送風】を覚えましょう」

「そんなにたくさんの魔法を……わしはなんて恵まれて……お師様、ありがとうございます。ありがたや、ありがたや」


 拝むのはやめましょう。


 村長の家に居候させて頂いているので、村人がちらほら様子を見にきては困っている事を相談してくる。


 ちょっと希望を持って訪ねたものの、魔法士におねだりをするのは……という空気を醸し出される。

 いいからいいからと強引に困っていることを聞き出した。


 雨漏りだとか、商人が来ないだとか、食糧難だとか、掘れば掘るほどに出てくる。隠すな隠すな。


 だいぶ田舎の村なので多少やらかしても大丈夫だろう、ということで、モモと二人であれこれ村いじりをすることに決めた。


 万が一なにかあって大丈夫じゃなくても、最終的にはログハウスで引き篭もって暮らそうね〜ということである。


 村人のステータスをなんやかんや誤魔化しつつ見て、スキルがある人にはそのスキルに向いた作業を頼み、魔法を覚えられそうな人はいつなるか分からないけどそのうち村長に教えて貰ってねと伝える。


「ハリサさんは染織に向いてらっしゃいますね。ミアさんと一緒に作業して切磋琢磨していくのが良いかと思います」


 ミアさんより小さい女の子だ。

 ハリサさん、11歳。

 引っ込み思案でおとなしい女の子だから、将来はどうしたらいいかとご両親は不安だったそう。


 私の言葉を聞いてパッと顔を明るくした。

 お礼を言って出て行く。


 お次の方どうぞ〜。

 クレイくんが次の人を連れてくる。

 ここ数日何かとお手伝いしてくれるのだ。


 入ってきたのは身体の大きい厳つい顔の男性。

 でっかいなー。

 ちょっと緑っぽいミルクティーカラーだね。でもおめめは緑色だ。ペリドット、いや、エメラルドグリーンだな。エメラルドの瞳。

 30くらいの歳に見える。


 おお、私のことを胡散臭いと思ってそう。

 不審者を見る目だ。


「あんた、何しようとしてるんだ」


 突然の言葉にクレイくんがぎょっとした。

 すぐさま走って消えたので、たぶん村長を呼んで来るんだろう。


「村がもう少し元気になったら嬉しいな〜と思っていろいろやってますが、出ていったほうがよろしいですか?」


 素直に思ってることを言う。

 相手は難しい顔をして黙り込んでしまった。


 うーん、思ってたんと違う、ってなってる感じかもしれない。


「サ、サイラス」

「あ、ああ、村長。あんた、最近なにやってんだ?」


 村長が現れた。前回ほどの息切れもしていない。

 体力が増えたのかな。


「このお方に失礼なこと言ってはならんぞ」


 サイラスと呼ばれた男性は、村長の威圧にちょっとビビッている。


 分かるよ、私が来たときよりも自信がついたのか、頼もしい感じあるもんね。


「こちらの方はわしの師となるお方、魔法を教えて貰ったのでな。なにかあったかね?」


 堂々たる佇まいだから、サイラスさんが戸惑っている。


「村の連中が最近おかしいからよ、どうしたもんかと思ってたら、ここに魔法士が来てるって言うもんで……そんなことあるかと思って来てみたら、クレイが並べって言ってよ」


 ちゃんと並んだの偉いな。


「魔法をお使いになられる魔法使い様ではあるが、魔法士様ではない。外で広めたりしないように」


 村長はずっとそこを区別してるよね。

 魔法ギルドのことを知ってるのかもしれない。


 サイラスさんはどう違うんだ?って顔してるもんな。


「本当に魔法士、じゃなくて、魔法使いなのか?」

「間違いない、弟子にしてもらったのでな」


 うむうむと村長が頷くと、サイラスさんも厳しい目つきを普通の目つきにしてこちらを見た。


「そうか、それなら悪かった。もし詐欺師かなんかだったらと思うと、気になってしまって……無礼だったな」

「いいえ。大丈夫ですよ。警戒してくれる人が居ることで危険を避けられる事も多いと思いますし。なにかお困りの事がありましたらお聞きしますが、あります?」


 言ってもいいのか?という顔で村長を見るサイラスさん。

 魔法士に頼んだらだめってのは知ってるんだな。変な風潮は広く浸透しているのが悔しいところ。

 村長も村長でチラッとこっちを見るな。

 だから良いって。


「お聞きしますよ、どうぞ」


 改めてサイラスさんが椅子に座って話し始めた。


「いや、うちのが身篭ってるんだが、ちょっと前から元気がなくて」


 魔法使いを医者だと思ってません?


 兎にも角にも元気がないとはただ事じゃない。

 のんびり座って話すことじゃないな、と思ってサイラスさんの家に向かうことになった。


 順番待ちをしてる村人にクレイくんから説明してもらう事にして、さっさとサイラスさんの家に向かう。


 小ぢんまりとした可愛いおうちだが、端っこが腐ってるように見えたのでスキル【念話】でモモに修理をお願いする。

 どういうスキルを使ってどういう感じでやるのかはお任せした。

 たぶん私がやると大事になってしまう。


 家の中に唯一ある扉を開けて、そこに迎え入れられる。


 寝室かぁ。お風呂とかトイレとかないな、村長の家にはトイレはあったけど、仕組みが謎だったので使えていない。

 携帯トイレを制作してスキル【ごみ箱】を【付与】した袋に放り込んで処理してた。


 なんだろう、病人の匂いというか、独特な匂いがする。

 もしかして寝たきりになってたのかな。

 顔色が悪そうな女性が、硬そうなベッドに横になっている。


 それ布団とも言えないやつ。

 え〜ちょっと村人が貧乏過ぎるよ、もっと早く知りたかったよ。


 気になる部分がたくさんあるけれど、まずは奥さんの状態を確認しないと。


「えーっと、部屋から出てもらっても大丈夫ですか?」


 村長が渋るサイラスさんを連れて出て行った。

 物分りの良い村長は好きだよ。ありがとうね。


 奥さんは全然身体を動かさないし、目も開けない。

 寝ているわけじゃないっぽいけど、意識が朦朧としてるような雰囲気がある。


 ステータスの確認をしてみる。

 HPがやばい、かなり減ってる。状態異常もついている。衰弱って、栄養失調って、もう。


 スキル【平癒】を使っても大丈夫かな?

 妊婦には使ったらヤバいとかあるかな?


[モモ]

[はい、マスター。おうちの修理は完了しました]

[ありがとう。スキル【平癒】って妊婦さんに使っても大丈夫?完全回復して赤ちゃんが消えちゃったりしない?]

[大丈夫ですよ、マスター。スキル【平癒】は現状のまま最大限に健康体にする、というスキルなので赤ちゃんがもし病があったりしたら一緒に治りますが、宿っている命が消えるなんてことはありません]

[良かった。使っちゃっても、いいよね?]

[マスターのお望み通りに]


 ちょっと嬉しそうなモモにホッとする。

 最終的に逃げ込む場所(ログハウス)があるっていうのは良いよなぁ。


 スキル【平癒】を使用して奥さんに触れると苦しそうな顔から穏やかな顔になり、すんなり寝入った。

 苦しくてうまく眠れなかったのかもしれない。

 そのままスキル【洗浄】を使う。髪だけは水魔法の【洗浄】を使う。


 スキル【洗浄】は水分がほぼ残らないけれど、水魔法の【洗浄】は洗っただけの状態になる。

 すぐにスキル【ドライヤー】したら絡まった髪がサラサラになった。


 お風呂もしばらく入れてなかったんだよね、たぶん。


 寝てる間にスキル【インテリア】でベッドを交換しよう。木の枠の上に木の板を敷いて、薄い毛布みたいなものを敷いているだけの寝床だった。しかも夫婦でシングルサイズはどう考えてもつらいだろ。


 ダブルベッドと入れ替えて、マットレスを敷いたベッドに重力魔法【浮遊】で浮かせていた奥さんを寝かせる。


 毛布と羽根布団もつける。枕もつける。2個あげる。

 カバーもいる?敷きパッドもいる?シーツも?


 どんどん出していったら流石にモモからストップが掛かってしまった。やりすぎた〜。


「入っても大丈夫ですよ」


 寝室から出るとサイラスさんが入れ替わりに中に入る。


「ひょっ」


 変な声出たな、サイラスさん。


「こ、これはっ?」


 振り返ってすごい目で見られたのでヘラヘラ笑った。

 村長が寝室を覗き込んで目を見開いている。


「奥さんにプレゼントということで、このことは秘密にして貰えたら嬉しいなぁって」


 サイラスさんはめちゃくちゃ泣いてた。

 奥さん寝てるからね、ちょっと、静かにね。


 とりあえず落ち着くまでは二人きりにしてあげようということで、退出。

 奥さんが栄養失調だったこと、今は健康だと言うこと、きちんと栄養を取らないと奥さんと子供のどちらも危ないことだけ伝えた。

 泣きながら頷いてたけどちゃんと聞いてたかな。


 根本的な問題の食糧難を解決しなきゃいかんなぁと思いつつ、村長から村の食糧事情を聞く。


 どうやらたまに気まぐれに商人が来てくれて、その時に種とか苗とか買うんだそうだ。


 以前は村に商人一家がいて、町と村を往復していろいろと販売してくれていたけれど、商人一家の息子が大きくなって村を出て町に住み、年を取った両親と同居を望んだらしい。


 町に引っ越したあとも好意で不定期に村に来てくれていたそうだが、ある日を境にぱったりと来なくなり、村人が町まで行って確認したら、歳のせいもありご夫婦どちらも足腰が悪くなってしまっていたらしい。


 無理に来てくれとも言えず、村の若者たちが町に仕入れに行っていたが、だんだんと町に居着いてしまい村に帰ってこなくなってしまったと言う。


 村長の娘も夫が早くに亡くなり、町へ仕入れに行っていたが、ついには子供を村に残して町で再婚して暮らしていると。


「帰ってくる気も子供らを引き取る気もないそうで、情けないことです、お恥ずかしい」


 新しく子ができたとか、再婚相手が嫌がっているとか、村に帰りたくないとか、そういう感じなのかなぁ。悲しい話だな。


「ほかの家も似たようなもので、若い者は町に憧れておりますし、村にいる数少ない若者は、遠くの町まで仕入れに行けるほどの体力が今はない状態で……」


 初めて出会った村だし、そのまま過疎化して無くなるのも切ない。

 特産品みたいなものがあれば、村に定期的に商人も来てくれるかな。


「この村だけの特産品を作って、安定して供給ができるようになったら町へ卸に行って商人に来てもらいましょう。定期的に卸せるとなったら商人が来てくれるようになると思いますし」

「特産品ですか」

「村長も魔法が使えますし、裁縫の得意な子もいますし、いろいろ考えてみます。なんとかしたいですね」


 村長宅の前の列をとりあえずさばいてしまわないと。クレイくんがホッとした顔でこちらを見ている。

 再開しますね〜。

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