第6話


 モモとの楽しい生活も三ヶ月ほどを過ぎたところで、ついに予定していた訓練と勉強が全て終了になったとの報告があった。


 気持ち的にはえ〜もう?という感じだが、一度も外に出ていないことを考えると、口に出さない方がよろしい気がする。

 メニュー作りを頑張ったモモのために。


 実際、モモとの暮らしは退屈するようなこともなく、ストレスもなく、ただ楽し過ぎた。

 このままだともう外に出なくてもいいな〜と言う気持ちにしかならないので、出来れば理性が残ってるうちに行動しなくてはいけない。


 モモだってせっかく頑張ってメニュー作ったのに〜となってしまう。

 たぶん思っても言わないだろうけど。


 本当に苦労を掛けてしまった。

 本来なら一ヶ月程度で終わっていた訓練が、ちょっと面白くなってレアな魔法をぽんぽん取ってしまったので、それらを使わずに普通の人間っぽくするための訓練が追加されてしまったのである。


 種族変更して取得した魔法を咄嗟に使わない、という訓練に二ヶ月ほど使った。


 うっかり使うとうちのフェアリーが頬をぷくぷくしてしまうので、可愛くていたずらしていたら訓練期間がどんどん伸びた。

 遊び過ぎたかもしれない。


『それでは旅の支度を始めましょう。一般的に旅に必要とされているものは食糧と水と武器、それからお薬と包帯ですね。学者などは紙と筆記用具を持っていたり、商人だと魔道具を持っていたりします』

「どうにかひと目を避けられたら【製作】で何でも出せるから、実際特にこれと言って必要なものはないよね。スキル【倉庫】もあるし」


 スキル【倉庫】の倉庫はどういう訳か、この世界のどこでもない謎の空間にあるらしく、中に物を置いておけるスキルだ。

 置いたものはリストになって確認する事が出来る。時間の経過も重力もないらしく、どれだけ入れても良いらしい。便利だね。


 魔法で【空間収納】というものがあるけれど、こちらは自分の魔力の高さに応じて使える空間が決まってしまうらしく、リスト化は出来ないので、入れた物をピンポイントで呼び出さなくてはならないらしい。

 入れたことを忘れたらやばいのでは。


『マスターは何でもできますが、外に出るとなると通常の旅人が持つものを持っていないと怪しいのです。手ぶらでお出かけする旅人はいないのですよ』

「なんなら姿を隠してもいいよね?」


 恩恵スキル【透明化】で透明になれるので、実際人と遭遇したらそうやって逃げる手段もあるんだよな。


 モモも葛藤している。

 あくまでも普通に行くか、スキルや魔法を駆使して楽に行くか。


『スキル【透明化】はマスターのために作られた素晴らしいスキルですが、それでは訓練や勉強を頑張った時間が報われません。けれど、わたしは、やはり、マスターのご意向に従いますので……』

「まーたそんなこといって。いいよ、モモの言うとおりにするよ。私は楽な方を選びがちだけど、モモがいろいろ言ってくれるから楽しく過ごせてるんだよ。なんでもできるようになってきたけど、敢えて手間を掛けたりして楽しくやってきたじゃない」

『マスター』

「そうやってなんやかんやしながら楽しく過ごそうよ。モモが怒ったって嫌いになったりしないし、なんかあったとして嫌なことは嫌だって言うよ」


 ちらちら窺ってこちらを見るモモに苦笑いする。


 この三ヶ月でモモは徐々に自我が強く出てくるようになった。

 本来の性格というものなのか、恥ずかしがり屋で遠慮がちで、でも短気だったり私にたまに呆れたりしている。

 かわいいな〜と思っているけれど、モモはそれを悪いことのように思っているらしく、言おうとして黙り込んだり、ハッとして泣いちゃうこともあった。


 私にはこの世界で成し遂げないとならない事も特にないし、今のところ外でやりたいと思うこともあまりない。

 たくさんのスキルは有り難いけれど、それを駆使して名声を得たいという気持ちもない。


 もし、モモという存在が居なかったら人恋しさに外に出ようと思ったかもしれないが、モモが居てくれることで充分に満たされている。

 そういう生活なので、モモがいろいろとこうしてみたらどうか、なんて提案するのは大歓迎で、何よりモモが思いついて言ってくれる事が嬉しくて、やってみようという気になる。


 けれども、モモは自分があれこれ意見する事を良くないと思ってしまっている。


「普通の旅人、やってみようよ。服装はどんな感じが普通なの?」

『魔法使いはローブが主流ですが、マスターはどのような格好をしたいですか?』

「とくにないかな。想定ではどうなってた?」

『どの職業でも出来るように訓練を組みましたので、騎士や魔法使い、冒険者、聖職者、どんな職業にもなれる魔法をお持ちです。貴族なども可能ですが』

「うーん、もし、うっかりやらかした場合は、どれが一番誤魔化しが効くと思う?」

『そうですね……魔法使いが良いかと思います。魔法ギルドに未登録の魔法使いという立場なら、どこかに仕えている有能な人、という風に勝手に勘違いしてくれる可能性が高いですし、マスターが女性でも変な事を考える相手がぐっと減ります。未登録の魔法使いはどんな魔法を使えるか不明の人が多いですから』

「じゃあそれでいこうかな。ローブは何色が普通?」

『お好みで大丈夫です。ただ、汚れが目立ちますので、暗い色を着ている人が多いです』

「無難に深緑とかにしようかなあ。魔法使いっぽいよね」


 スキル【製作】でローブを選び、深緑を選択する。

 お揃いにしたいので二着作った。


「あれ、ローブって羽織るものなの?それだけで着るものだと勘違いしてたなぁ。下は何が普通?」

『女性だと丈の長いワンピースなどが多いですね』

「じゃあいつものでいいか」


 着慣れたアイボリーの無地のワンピースの上から、作ったばかりの深緑のローブを羽織る。


『靴は革靴が主流です。茶系の物が一般的ですね』

「めちゃくちゃファンタジーっぽい見た目をしているこのライトブラウンのブーツにしよう。冒険の雰囲気がある。靴下も深緑でいいかな〜」


 こちらも二足ずつ。

 モモとお揃いにすることが一番の楽しみなのである。


『魔法士は魔法ギルドで作られている杖を持ち歩いていますが、マスターは未登録の魔法使いの予定ですから、なくても良いかと思います』


 杖か〜確か世界の魔法は杖とかそもそもいらないんだよな。

 なんで杖を使うのかスキル【歴史書】で調べたら、魔力を杖の先から出すイメージをするとうまく行ったから、ということらしい。

 木の棒から始まって見た目が悪いということで杖となったようなので、まぁなくても良いものである。


「荷物の中身は一般的な傷薬の軟膏と飲んで回復するタイプの飲み薬、解毒の丸薬、包帯、食糧と水。素材を入れるための袋、こんなもんでいいかな?」

『はい、ごくごく普通の旅の魔法使いです』


 お出かけの用意が終わったので、モモにも着替えてもらう。

 いやぁ、かわいいね。心躍るね。


「じゃあモモ、スキルを使って」

『はい』


 スキル【透明化】でモモだけ透明になってもらう。それからスキル【気配察知】とスキル【マッピング】と【魔法無効】と【毒物無効】を常時発動とする。

 これはもう今後は切ることはないかな。怖いし。

 何故か最初から常時発動になってるスキルもいくつかあるんだよね。全部ちゃんと見れてないなぁ。


 スキルの使用も慣れてきて、画面を出さずに出来るようになった。

 ひと手間ないと随分と楽に感じる。


「いってきます、神様」

『いってきます』


 ログハウスに向かってなんとなく挨拶して、初めての外に出る。


 全然外の世界が気持ち良いとかないな。

 家が好きすぎるのかもしれない。


 ログハウス自体はなくならず不可視のままずっと使えるとのことなので、安心して出掛けられる。

 今やログハウスは私とモモの大事な家なので、なくなったりしたらとても悲しい。



 モモの案内に従って、てくてくと森の中を歩く。

 この森は恵みが少なく魔物も生き物も居ないらしい。そしてかなり辺鄙な所にあるらしく、それでここがスタート地に選ばれたということみたい。


「しばらく歩くの?」

『2時間ほど歩いたら開けた場所に出ます。軽く整備された道を30分ほど歩いたら小さな村があり、その少し先の森におはなしダケがいるはずです』

「村って寄る?素通りする?」

『どのような暮らしをしているか確認する為にも、一度は寄ってみたほうが良いかもしれません』

「じゃあ寄ろう。でも生き物がいないならこの森はさっさと抜けちゃっても良いんじゃない?」

『マスターの服に多少なり汚れをつけることが徒歩の目的です』

「なるほど。じゃあやんちゃしちゃおっかな」


 通れる場所を選んで汚さないように進んでいたけれど、汚すことが目的ならあまり気を使わなくても良いか。


 木に掠ったり枝に引っかかったり、泥が跳ねたりしていくうちにモモがぷくぷくし始めた。


『マスター!やりすぎです!』

「ごめんよ」


 汚れすぎたらしい。

 合格ラインは超えたみたいなので、森はもう抜けちゃっても良いだろう。


 重力魔法【浮遊】に風魔法【送風】を組み合わせて空を飛ぶ。

 風魔法に【飛行】があるんだけど、長時間滞空できないので【浮遊】のほうが好きだ。


 モモは仕方なさそうな顔をしてついてきた。


【透明化】のスキルはカスタマイズでそう見せたい対象が選べるので、私以外と限定してからモモスキルを使用したみたい。見えてるもん。


 村っぽいのがあったので魔力を緩やかに減らしていき、ちょっと手前で地面に降り立つ。


 空中散歩いいね。

 普段のモモの気持ちが味わえて最高だね。


「村ってあれであってる?」

『はい。シュレト村と言うそうです。人口は60人ほどで、世帯数は20くらいのかなり小さい村です』

「緊張するね。どんな人がいるかな」


 村に向かって歩いていくと、入り口の方で遊んでいたミルクティーカラーの髪の男の子が走って村の中に戻っていった。


「あ、誰かきた〜って言いにいったかな」

『マスター、独り言にしては大きいです。これよりスキル【遮音】でわたしは静かになりますから、いつもみたいに話し掛けては駄目ですよ。用事があるときは【念話】で』

「はい。気を付けます」


 モモと話せないのはちょっとつらい。

 スキル【念話】は違和感すごいんだよな〜。

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