第4話

 いろいろあったからか、真夜中だと言うのに眠気が来ない。


 モモがお風呂の用意をしてくれたらしいので、スーツを脱ぎ散らかして浴室に入る。

 後ろでモモが服を回収してくれていた。


 やさしい。


 ボディーソープもスポンジもシャンプーコンディショナーヘアマスク、全てモモが用意してくれていたみたいで、いたれりつくせりな状況に旅館へきた気分になる。


 体も洗って檜風呂に浸かった。

 あったかーい。


「あれ、これ温泉?」

『スキル【温泉】を使用しました』

「なんじゃそりゃ」

『温泉を発生させたり温泉の湯を出せるスキルで、水量や種類なども選べます』


 日本人だから喜ぶと思ってつけてくれたのかな。


『本日は単純温泉を出してみました。入浴剤をご利用になられますか?』

「ううん、そのままでいいや。スキル欄がえげつないことになってたから全然確認してないんだけどいろいろ下さったんだねぇ」

『マスターのためにお作りになられたスキル【ボディケア】は体のマッサージや保湿などを行うスキルで、入浴後や疲労時におすすめだそうです。スキル【洗浄】は体を洗った状態にしてくれるものですね。この世界での【洗浄】は魔法が一般的です』


 大変なものがたくさんあるな。

 バレたらとんでもないことになりそう。


「便利だけどスキルが万が一バレたらやばいよね?」

『マスターのスキル欄が他人に漏れることはありませんので、使い方を気を付けてスキルを保持していることを口になさらなければ大丈夫かと』

「気を付けるね。それはそうとモモ一緒に入ろうよ〜」

『妖精族は入浴を必要としません』


 もちろん入りました。髪の毛も洗わせてもらった。

 真っ赤になってぷるぷるしてた。


「風呂上がりのアイスって最高だよね、なに味がいい?」


 ふわっふわのバスローブを用意してくれたので、それを着てベッドにどーんと転がる。


 珍しくモモが慌てた様子でスキルを使ったので、ありゃっと思いながら見るとほっぺがぱんぱんに膨らんでいた。


 怒ってるなこれ。


「アイス嫌い?」

『マスター!髪の毛をまだ乾かしていなかったのに!』

「あっごめん、あれ?」

『スキル【ドライヤー】を使用しました!髪の毛をふんわり乾かすスキルです!マスターのために作られたスキルの一つです』


 ぷくぷくフェアリーは不満そうな顔をしている。

 かわいい。


『スキル【ボディケア】を使用します。使用後はリラックスした状態になるそうなので、こちらは寝た状態での使用が良さそうですね』


 モモがそう言って画面をするする触ると、体が淡い光に包まれて、光が消えた直後に体から一気に力が抜けた。


 あ、これマッサージされた直後に起き上がったら来る感覚だ。

 リンパマッサージの後とかの感じ。


「ふわ〜すっごいリラックスって感じ、つるつるだ」


 ボディクリームを塗るかどうかの選択もできるらしい。

 神様、本当にいろいろくれてる。


 ふふーんと笑ってモモを見るとモモが逃げ出そうとしたので、画面を出さずに念じる。

 スキル【ボディケア】使用。


 へろへろ〜とベッドに落ちてきたモモを抱っこした。


「どう?」

『気持ち良いですが、妖精族にボディケアは』

「全部お揃いで最高だね〜」


 そうなのだ。バスローブもお揃いにしたので、すっかり女子会みたいな感じになって楽しい。


 妖精族の羽根は全てを透過するらしく、体は通り抜けしないのに羽根だけは服などを通り抜けるらしい。

 同じ服が着れるし、そういうところも最高。


「いろいろあったからつかれたねえ。モモもおつかれさま」


 モモを抱っこしたまま転がる。

 胸の上にぺたりとくっつくモモはこちらを見て、口をパクパクさせた。

 言っていいのか迷って口を閉じて、みたいな事をしている。


「なーに」

『マスター。寂しいですか?』

「ぐう〜」


 そうだなぁ。

 寂しいって改めて聞かれると、変な気分になってしまうな。


 怒涛の展開であんまり深く考えないようにしてたので、モモに問われて考える。


 もう家族とは会えない、慣れ親しんだ世界にも戻れない。

 やっぱり考えてみても、どうにも実感が湧かない。


 寂しいような、辛いような、悲しいような、でも、そうでもないような。

 家族と仲が悪いとか良いとか特別なかったし、会社での人間関係も良くも悪くもなく。


「たぶんね、あとから来るんだと思うよ」

『あとから、ですか?』

「昔、お祖母ちゃんが死んじゃった時さ、急過ぎてびっくりしちゃって。私が学校に行ってる間に倒れて、お祖父ちゃんが救急車を呼んで病院に運ばれたんだけど、着く前にもう心臓が止まっちゃってどうにもならなかったんだって。それで、学校から帰ってきたらみんながバタバタしてて、遺体が返ってきて、お通夜があって、お葬式があって、段取り決めたり、まぁ、いろいろね」

『マスター』


 心配そうな瞳に微笑む。


「私、泣けなかったんだよね。お祖母ちゃんは歳だったし、いつかは人は死ぬって事も理解してたから、その時がきたんだなぁって思ってた。葬式も終わって、家に帰って、三日くらいはみんなバタバタしてたけど落ち着いてきて、三週間も過ぎたら居ないことが当たり前になって。私はずっと泣かなかったから、周りからは当時変に思われてたんだけど」


 思い出すのは、夕日に照らされた自分の家。

 ちょっと坂の上にある家に着いて、いつも通りに玄関に向かう途中で、ふと思い出した。


「お祖母ちゃん、たまに夕方になると外に出てきて庭から坂を見てたんだよね。たぶん、そろそろだろうって思って出てきて、私が帰ってくるのを待ってたんだと思う」


 待ってると言われたことはないし、いつもいる訳じゃなかったけれど、いま思うと体調が良くて気分が向いたときになんとなく待ってたのかな、と思う。


「お祖母ちゃんを見つけたらただいまって言うんだけど、お祖母ちゃんはおかえりって言わなくて、うんって頷いて家に入るんだよね。私はその後を追って家に入って、別になんか話すわけでもなかったんだけどさ」


 お祖母ちゃんがそこに居るような気がして見て、居なかったあの瞬間に、強烈な虚無感があった。


 小さい背中を追って家に入ったことを思い出して、全身から力が抜けるような気がした。


「ああもう居ないんだって思ったら、お祖母ちゃんの影を探しちゃって」


 行事があると必ず作ってくれた煮物とか、多すぎる量の寒天とか、別に好物だった訳ではなくて、お祖母ちゃんが生きている間はあったものがさっぱり無くなったことに気付いて、同じものを作れる人がもうこの世には居ないことを実感して、その日、声が枯れるほど泣いた。


「親が不思議な顔してたよ。通夜のときも葬式の時も能面みたいな顔してた娘が急にわんわん泣くからどうしたってびっくりして、お祖母ちゃんがもう居ないって言ったらきょとーんってして、いまさら?みたいな顔してた」


 思い出すと、親の気持ちも少しは分かって笑ってしまう。

 タイムラグがだいぶあったなって思うよね。


「今回もそんな感じなんじゃないかな。実感がないから、寂しい気持ちが今はあんまりない気がするけど、きっとこの先どこかでそれを実感して、わーって泣くんだと思う」

『……モモに何かできますか』

「そばにいてくれたら嬉しいな」


 それがいつ来るかは分からないし、もしかしたら来ないかもしれない。


「アイスを食べよう!モモはなに味がすき?妖精族はアイスを食べないかも知れないけど、一緒に食べようよ。私は一緒に食べたいな」

『……桃のアイスが食べてみたいです』


 言う言葉を奪われたモモが控え目に希望を口にした。あーあ、心配かけちゃったなぁ。


「良いね。桃のアイスキャンディーにしよう」


 起き上がってふたつ【製作】して、一つには【伸縮】を【付与】する。


「はい、モモ」

『マスター、お気付きかと思いますが、食べるものにぽいぽい付与するのはとんでもない事なんですよ』

「うん、まぁ、そんな気はしてた。魔力が無限にあるからいいかなって」

『外ではしちゃ駄目ですからね』

「はい」


 モモ先生のありがたい注意を聞いて、アイスを齧る。

 美味しい〜。


「ほういや、ほとって」

『マスター、口の中のものを飲み込んでから』

「うん、そういや外っていつ行くの?」

『マスターがスキルの使い方に慣れたら、でしょうか。期限は特にありません』

「ふ〜ん。あ、魔法って難しい?」

『難しいというよりも時間が掛かると言った方が正しいかもしれません。使うほどに練度が上がり、強力になったり、新たな魔法が取得できたりします。一般的には魔力が切れると死に至るので、そうそう1日に何度も使うことはできず、練度も簡単には上がりません』

「ということは、魔力がある私は使えば使うだけ強くなる?」

『おっしゃる通りです』

「怖いなぁ。魔法を覚える方法は?」

『通常は師を見つけて弟子になり、教えて頂く形です。独自で魔法を覚える人もいますが、稀ですね。魔法を書物に残すことはあまり良いとはされておりません。ひっそり残している人もいますが、残したことで処刑されてしまった人もいます。国によって扱いが違うようです。師から口頭で教える形が一般的ですが、マスターはスキル【魔法書】をお持ちですので、全てそちらに魔法の取得条件や詳細が記載されております』

「出た〜とんでもスキル。スキル、【魔法書】」


 うわっマジの本が出てきた。

 しかもちょっと発光してる。


「モモ、モモ」

『はい、マスター』

「魔法の数とんでもなくあるね?」


 ぱっと開いた所にびっしりの文字。

 自分のアビリティ画面を思い出す。


『魔法の種類は数千を超えますが、その全てを把握できるのは現在マスターのみとなります。廃れているものも多く、知られている魔法のうち、10種類でも使えたら相当に実力があると一般的には判断されます。火魔法の【着火】だけを教わり練度を上げて魔力の調整次第で【業火】と言って使っている魔法士や、水魔法の【洗浄】だけ教わり魔法士とならずにメイドとして働いてる者もいます。魔法士と自称するには、魔法ギルドで認定をもらう必要があります』

「魔法士って認定を貰ってないけど、めちゃくちゃ魔法使える人もいるんだね」

『そういった人物は魔法ギルドからの勧誘を避けるために、敢えて隠している場合もありますが、魔法使いと名乗っています』

「へえ〜ギルドの勧誘とかあるんだ。すごい人がいっぱい居そうだね、魔法ギルド」

『スキル【魔法書】にはこの世界に存在するすべての魔法が記されており、取得条件も書かれておりますので、取得したい魔法があれば優先的に学ぶことも可能です』

「わあ〜脳みそがとけそう」


 ぱらぱら捲る。


 空間魔法【転移】の取得条件は一定の精神的苦痛、体的苦痛を時間換算で合計300時間受けること。


 うわ〜怖い〜やばそう。


「転移を覚える条件かなり怖くない?これを弟子に教えるのも怖くない?」

『魔法で【転移】を使う方はあまりおられませんね。【座標転移】の方が一般的です。【座標転移】を【付与】された道具や建物が存在します。マスターは既にスキル【転移】とスキル【座標転移】が存在しますので、覚える必要はありまないかと』

「そのふたつの違いってなに?」

『魔法の【転移】は一度でも行ったことのある場所ならどこでも行けますが、距離に応じて魔力を消費します。魔法の【座標転移】も魔力を使いますが、こちらは座標を結んでいるので魔力消費が少ないです。スキルとしての【転移】と【座標転移】は魔力を消費しない上に細かいカスタマイズが可能です』


 こんがらがってきたぞ〜。


「魔法とスキルってややこしいよね」

『スキルは細かく分けると種類があり、生まれ持った恩恵スキルや素質スキルの他に、努力次第でも身に着ける事が可能なスキルもあります。対して、魔法は取得の条件が決まっており、魔法を行使するには必ず魔力が必要となりますので、スキルのほうがやはり強力です。スキルには一定の安定性があり、魔法には精神的な部分が強く作用いたしますので』

「うーん、分かったような、分かってないような。まぁ、ちょっとずつ覚えていけばいっか。じゃあ、モモから見て覚えておいた方が良いなっていう魔法をピックアップしてくれる?それを覚えることにする」

『かしこまりました。では、訓練のメニューを考えておきます』

「ありがとう、助かる」

『本日はお休みになられますか?』

「そうしようかな。モモも眠くなったら寝てね」

『妖精族は眠くならないのですよ……ですが、せっかく作っていただいたので、ベッドで作業いたします』


 かーわーいーいー。

 天蓋付きベッド気に入ってくれたらしい。

 良かった。


 アイスの棒をベッド脇のごみ箱にぽいしたら、すぐに粒子みたいになって消えてなくなった。

 連携されとるなぁここも。


 転がって目を閉じる。すんなり眠った。


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