第161話 夏休みが始まりました
いよいよ夏休みが始まった。大学生になって初めての夏休み。高校時代、早苗を除いて誰とも知り合っていなかった頃、俺は大学は入れる所に行けばいい。そこでスローライフを過ごすつもりだ。
そう考えていた。だがどこでどう間違ったのか、涼子と知合い、加奈子さんと知合い、玲子さんと知り合い、四条院さんとも知り合った。
もちろん健司や小松原さんとは三年間楽しい時間を過ごしたし、そんなに悪い高校時代じゃなかった。
だけど、それは高校まで。大学に入ったら早苗とのんびりと学生ライフを過ごすはずだった。
……なんて妄想をしても現実は目の前に有る。
「達也、乗って」
俺は自分の家の最寄り駅に迎えに来た加奈子さんの車に乗った。夏なので一週間とはいえ荷物は少ない。七十五センチサイズのトラベルケース一つで充分だ。
「達也、これから羽田に行く。そこからジェットで北海道の保養地に行くわ。向こうに行ったら二人でのんびりしようね」
「はい」
俺はチラッと後ろを見ると、いつもの様に俺達の車以外にワンボックスカーが後ろに付いている。
「達也、慣れて。仕方ないわ。私は三頭家を継ぐ人間。そしてあなたは私を支える人よ。この位当然の事だから」
「分かってはいるんですけど」
だいぶ慣れたが、まだ体が理解できていない。
途中から高速に乗り、羽田ICで降りると一般ロビー棟には向かわず、そのまま格納庫の方へ車が向かった。
格納庫に車が入るとプライベイトジェットとは言え、直ぐ側で見るととても大きい機体がタラップを出して止まっている。
流石に一般航空機と比較するのは意味がない事だが、それにしても大きく感じた。
車の後部座席が開けられるとタラップまで四人のセキュリティが頭を下げて並んでいる。
「お嬢様、お待ちしておりました」
機長らしき人が車の前で挨拶をしている。
「機長宜しくね」
「はっ!」
俺達はそのままタラップを登って機内に入ると、なんとそのまま応接間だ。多分二十人乗りを仕上げたのだろうが、始めて見る機内に俺が驚いていると
「ふふっ、いつもはお父様が使用している機体。今日、達也と出かけると言ったら、これを使えって言われた。この機体は二十人乗りを改造した物。とても乗り心地がいいわ。もちろんこれは国内用だけど」
「…………」
言葉が出ない。俺達以外にもセキュリティが二人、多分CAの役割だろう女性が二人乗って来た。但し別室だ。俺達の場所とはドアで仕切られている。
機体がタキシングロードに入ると機長からシートベルトを締める案内が出た。俺達が締め終わると機体が滑走路に入りそのまま滑走して飛び上がった。機体が小さい分滑走距離がとても短い。
少ししてシートベルトを外して良いアナウンスが流れると
「達也、一時間半位だからのんびりしましょう」
「はい」
少しすると後ろのドアが開いて女性二人が入って来た。
「お嬢様、お飲み物を用意致しましょうか?」
「達也は何か飲む?」
「はい、炭酸水にレモンを入れてくれると」
「私は、アイスティを」
「畏まりました」
飲み物が用意されている間、外を見ると、えっ?同型機種の機体が一緒に飛んでいる。
「あれは予備機。この機体が飛ぶ時はいつも一緒に飛んでいる。こちらの機体が何か有った時の為。もちろん地上での話よ」
「そうですか」
まさにエアフォースワン、政府専用機並みだ。ちなみにアメリカの富豪とまで言わない金持ちでも自家用ジェットは普通に持っていると聞いている。やはり国の大きさの違いだろうか。
プライベイトジェットは五万フィート程度の高度まで飛行できるが、俺達の為か今日は高度1万五千フィートを飛行していると案内が有った。上空五キロ位だ。この高度でも下の景色が本当に小さく見える。
加奈子さんと景色の話や着いてからの話をしながらのんびりしていると高度が下がって来た。
「もうすぐ着くわ」
窓から下を見ると山と平野のコントラストがとても綺麗だ。やがて機体がぐっと降りてくるのを感じると座っているソファに軽く本当に軽くショックを受けて着陸した。機長のレベルは相当の物だな。
窓の外を見ると小さな管制塔と格納庫が三つある。管制塔の前で車が用意されていた。滑走路からタキシングロードに入り、やがて管制塔の前で機体が停止すると少ししてドアが開かれタラップが接続された。
「さあ、達也着いたわよ」
俺達が降りて行くといつもと同じ車、そしてワンボックスカーが停まっていた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
多分この保養地の責任者らしい男が頭を下げて加奈子さんに挨拶している。
「一週間、お世話になるわ」
「はっ!」
「達也、これから車で十分程乗ると宿泊できる施設に着くわ。さあ行きましょう」
「はい」
「ここは旭川から二十キロ位大雪山の方へ入った所、この辺一帯は全て三頭の土地だから一般の人は入ってこない。だから静かでいいわ」
他の車が全くいないのはその所為か。確かに雄大な眺めが窓の外に流れている。
十分もしない内に車が停車した。三階建てのとても大きな建物だ。一階の真ん中が入り口の様だ。片側二十人近い人達が両側に並んでいる。
車が停止すると初老の男が直ぐに駆け寄って来た。セキュリティがドアを開けると
その男が
「お嬢様、お待ちしておりました。お久しぶりでございます」
「北川、久しぶりね。こちらの方は立石達也さん、粗相の無い様に」
「ははぁ、立石様の事は既にお聞きしております。ここに居る者全員でご満足頂けるよう致す所存でございます」
「達也、ここの責任者の北川。覚えておいて」
「分かりました」
いつもながら加奈子さんの振る舞いは持って生まれた者にしか持つことの出来ない所作だ。彼女の一言一言が、この人達を緊張の渦の中に閉じ込めている。俺なんかでは到底できない。
北川という人がやっと顔を上げると
「ご案内させて頂きます」
と言って俺達の前を歩き始めた。
俺達が入り口に向かうと列を作っている四十人の人達が七十度に腰をまげてお辞儀をしている。全く微動だにしない。体幹がしっかりとしている。鍛えられているのか。
「ふふっ、達也。ここに居る人は全員セキュリティでもあるわ。安心して過ごせる」
歩きながら周りを見ると周囲二キロ位の各要所に鉄塔がある。多分監視の為だろう。いつもながら凄いものだ。
俺達は三階にある部屋に案内された。ドアを開けると大きなリビングの様だ。壁には高級感溢れるタペストリが飾られ、壁際に置かれているサイドボードには高価な調度品が置かれていた。
中央にはガラス作りの大きなテーブルが置かれている。そして横にはソファがある。
壁にあるドアの向こうはベッドルームだろう。そして広いバルコニーにお洒落なテーブルと椅子が置かれている。もう一つのドアはレストルームか。
「達也、気に入ってくれた。ここがメインルーム。他に眺望抜群の露天温泉もある。もちろん内風呂あるけど。食事はここでも取れるし、一応ダイニングもあるわ。今日から一週間ここには私達二人だけよ」
「凄いです。前に行った所といい、いったい日本だけでいくつこういうところが有るのですか?」
「達也、無粋な事は聞かないの。いずれ分かる事。それより思い切り楽しみましょう。私達だけの夏休みを」
そう言うと加奈子さんが俺に近付きそっと俺の腰に腕を回すと唇を合わせて来た。
――――――
いつもながら凄いですね。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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