第115話 加奈子の焦り


 俺立石達也。昨日までの賑やかだった夏期講習は終わり、俺は今、駅まで迎えに来た加奈子さんが用意した車に乗っている。まだ、午前八時を少し過ぎたばかりだ。


「達也、今日と明日は、二人だけだから」

「それはそうと何処に向っているんですか?」

「それは着けばわかるわ。それより私と一緒に居て嬉しくないの?」

 なんか加奈子さんいつもと違う。余裕が無い。


「そんな事無いですよ。とても嬉しいです」

「それならいいわ。ねえ達也…」

「はい?」

「いえ何でもないわ」


 私三頭加奈子。やはり私より桐谷さんを優先した事が心のどこかで引っ掛かっている。今までに無かった事。私は油断していた。


 週一度会えばずっと達也は私を向いていてくれると思っていた。でも最近は勉強優先で会う時間が削られている。そこに更に私より桐谷さんを選んだという事実。


 この状況を見逃す訳にはいかない。もう一度私を一番にさせないと。今ならまだ間に合うはず。彼とは会う時間が少なかったからそして彼女達と会う時間が多かったからそういう事になったという心理的な事から来るもの。


 もう一度引き寄せればいい。その為には彼との時間を長く取る事。だから今回も二人だけ場所を用意した。



「加奈子さん、何処に向っているかだけは教えて下さい。一応一泊分の着替えは用意していますけど」

「ふふっ、大丈夫よ着替えが必要ならその場で用意せればいいの。今日行く所は前に行った別荘じゃないわ。今の時期あそこは色々な人が来るから」

「何処なんですか?」

「もう少しで着くわ」

 

 車に乗ってから一時間弱。高速は三十分程しか乗っていなかった。やがて一般道からそれると明らかに門と分かる所を通り過ぎ、車は道を登って行った。


「お嬢様、着きました」


 前と同じようにサングラスをしてスーツをしっかりと着込んだ男の人が後部座席のドアを開けている。


「さあ、降りましょう」


 加奈子さんの後、俺が降りると綺麗な山間の風景が広がっていた。向こうに見えるのは富士山だ。

「どう、達也。ここは宿泊施設も小さいけど、二人だけで過ごすにはとてもいい所よ」


二階建ての大きな建物だ。玄関の方を見る片側五人程の人が両脇に並んでお辞儀をしている。その内の一人の人が近寄って来た。


「お嬢様、お待ちしておりました」

「ご苦労様、こちら立石達也さん。くれぐれも粗相の無い様に」

「ははあ。伺っております。全員身を引き締めてお世話をさせて頂きます」


 玄関だけは木で作られているが中に入ると表面は木造に見えるが、多分頑丈な素材で出来ているんだろう。


 部屋は、前と同じように二十畳ほどのリクライニングルームと十五畳のベッドルームそれにテラスが八畳位だろうか付いている。


「達也どうかな。二人でここでゆっくりしましょう」

「はい」



 俺は精神的には今一つ慣れない。大きさの次元が違うのだ。我が家も別荘を持っているけど、普通の別荘だ。特段大きい訳ではない。家族四人とお手伝いの人二人が住める程度だ。


 更にここは下からは全く見えない様な場所だ。だがこちらから周りの景色が一望できる。セキュリティは、前の所とは違い見えないが、各所に居る事は何となく分かる。


 車止めには俺達が乗って来た車以外に黒塗りのワンボクスカーが四台も駐車している。中の一台は車の上に小型のパラボラアンテナまで見える。




「達也」

 加奈子さんは俺の側に寄って来て抱き着くと


「寂しかった。あなたと会えない時間が堪らなく寂しかった。だから今日と明日はずっとずっと私の側に居て」

 上目使いに俺を見ると目を閉じた。


 口付けが終わると

「達也して」


……………。


 ふふっ、嬉しい。久しぶりこの感覚。彼と一つになれていると思い切り心が満たされてくる。



 朝から元気を出してしまったが、ちらりとサイドボードに置いてある時計を見ると午後一時を過ぎていた。

「達也、時間なんか忘れて」


 また口付けをして来た。




「加奈子さん、流石にお腹が」

「ふふっ、そうね。私も空いて来たわ。シャワーを浴びたら持ってこさせましょう」

 加奈子さんがインターフォンで何か指示をしている。


「ねえ、シャワーじゃなくて露天風呂にしない」

「あのそれは食後でも」

 じーっと俺の顔を見た後、


「そうね。お腹を満たさないといけないわ。さっ、一緒にシャワールームに行きましょう」


 加奈子さんと一緒にシャワーを浴びてバスローブだけ着てリクライニングルームを見るといつの間にかテーブルにもの凄い量の海の幸山の幸が乗っていた。脇に二人の女性がウエイトレスの恰好をして立っている。



「達也食べましょうか」

「いや、着替えて来ます」

「良いのよ。ここでは私達二人だけだから。その二人は気にしなくていいわ。もし邪魔なら下がらせるけど」

「いえそれは必要ないです」


 仕方なくバスローブで食事を始めた。加奈子さんも同じだ。食事が始まると流石に腹が減っていたのか、俺の胃袋はテーブルの上の料理の大半を収納してしまった。

「ふふっ、達也嬉しいわ。一杯食べてくれて」

「とても料理が美味しいからです」


 食べ終わった後、少しバルコニーでジュースを飲みながら休んでいるといつの間にかテーブルは綺麗に片付けられていた。


「達也、露天風呂行こうか。素敵よ」


 川のせせらぎとかは聞こえないが、遠くに山々が見える。結構高い位置にこの別荘は有るみたいだ。下に平野が広がっている。



「達也」

 加奈子さんと一緒に温泉に並んで入っているといきなり俺の体に跨って来た。俺の顔をじっと見ている。

 つい俺は彼女の首から下を見てしまった。ふくよかな胸、白い絹の様な肌、痩せ過ぎず太り過ぎずそしてとても滑らかな肌。顔が赤くなっていくのが分かった。


「ふふっ、達也…」

 


 少し入り過ぎてしまった露天風呂を出て部屋に戻ると

「続きしようか」



 翌日目が覚めたのは午前九時を過ぎていた。俺の横には綺麗に整って美しさを体現している女性がいる。頭の先から足の先までどこを見ても綺麗という言葉以外出てこない。

 ずっと見ていると


「あっ、達也起きていたの?」

「ええ」

「何をしていたの?」

「加奈子さんを見ていました」

「えっ」

 彼女は何も着けていない。もちろんタオルケットも。急に顔を赤くして


「エッチ!」

「えっ、で、でも」

「女の子は、恥ずかしがり屋なのよ」

 意味分からん?寝落ちるまであれほど…。


「達也、思い切り抱きしめて」

俺の方に両腕を差し出して来た。俺がその柔らかい体をしっかりと抱きしめると耳元で


「達也、私だけ見ていて。ずっと私だけ見ていて。本当は余裕があるはずだった。でもあなたと少しの間だけど、会えない時間が長く続いた。そしたら急に私の胸が締め付けられるようになって。

 今更と思うわよね。でも前の様な余裕がなくなってしまったの。桐谷さんや立花さんとあなたが会っているだけで不安で仕方ない。だから私をずっと見ていて。ずっと傍にいて」

「加奈子さん…」



 それから帰るまでの間、ずっと二人で体を温め合った。少し疲れた。帰りの車の中で


「達也、今月の後半空いているわよね」

「いえ、二十二日までは一杯です」

「そう、じゃあその後全部私と会って」

「…………」

「お願い達也」

「直ぐに学校が始まります」

「だから学校が始まるまで。ねっ、いいでしょう」

「分かりました」

「じゃあ、細かい事はまた連絡する」


 家のある駅まで送って貰った後、車が見えなくなるまで加奈子さんを見送った。家に帰ろうとすると

「達也さん」

「玲子さん。何故ここに?」

「そんな事はどうでもいいです。明日から達也さん合宿ですよね。だから二時間だけ、いえ一時間だけでも良いんです。私の部屋に寄って行って下さい。お願いします!」


 胸に顔を付けられ懇願された。周りはまだ人がいる。直ぐに彼女を引き離すと

「少しだけですよ」

「はい♡」


 家に帰ったのは午後九時を過ぎていた。疲れた。


――――――


 達也明日から夏期特訓の合宿だよ。居眠りしない様にね。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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