第77話 元旦の午後
午前中、両親に早苗と正式に付き合う事を話した後、初詣に行った。早苗は午後は家族でゆっくりとするらしい。今頃俺が正式に交際を申し込んだことを話しているだろうと思うと、少し顔が緩んでしまった。
「お兄ちゃん、どうしたの?顔が緩んでいるよ」
「いや何でもない」
今妹の瞳と簡単な昼食を摂っている。和服を着ているといつもの様な食は出ない。まあ夕飯を食べれば良いだろう。
昼食を摂り終わってリビングでテレビを見ていると母さんが玄関を出て行った。
「あなた、達也、立花さんがいらしたわ」
「分かった」
父さんは午前中に来ていた来客と会っていたので和室にそのままいた。俺はリビングから和室に行くと立花父娘が来るのを待った。
廊下を歩いてくる音がする。襖は開けっぱなしだ。
ピンクを基調とした綺麗な和服を着た玲子さんが父親と一緒に入って来た。アップにしてある髪の毛に通してある簪(かんざし)が美しさに彩を添えている。はっきりって相当に美しい。
「立石さん、明けましておめでとうございます」
「立花さん、明けましておめでとうございます」
「達也さん、明けましておめでとうございます」
「玲子さん、明けましておめでとうございます」
一通りの挨拶が終わると、父さんと玲子さんの父親が仕事を交えた会話になっていた。その間玲子さんは俺の顔をじっと見ている。視線は全く外さない。俺も彼女の視線を外さなかった。
流石に玲子さんが俺から視線を外して
「達也さん、恥ずかしいです。そんなに見つめないで下さい」
そっちが見て来たんじゃないか。まあ、俺も視線を向けられると外せない性格だからな。
少しだけ玲子さんと話をしていると父さんと玲子さんの父親がお互いに頷いて
「達也、お前と玲子さんとの許嫁の話だが、あれは無かったことにする」
「…………」
俺は玲子さんの父親をじっと見た。
「達也君、去年、立石社長と話をして君と玲子を結ばせようとしたが、あくまで本人同士の意向だ。それが叶わなければ、この話は無かったことにしたい」
俺は言葉が出なかった。こんなに簡単に終わらせられるものなのか。玲子さんの気持ちはどうなんだ。
「達也君、君と玲子の事は玲子からよく聞いている。自慢になるが玲子はこの通り何処に出ても自慢できる綺麗な娘だ。頭も良い。性格も良くて手習いもしっかりと覚えさせている。
玲子も君とは簡単に相思相愛の中になると考えていたらしい。だが、娘に手を出すのに八か月もかかって、それも玲子から有無を言わさない言い分だったそうじゃないか。
親としては、複雑な心境だが…。
玲子は諦めの悪い子でな。先ほどこの話は無かったことにしてくれと言ったが、玲子は君との関係を大学まで続けたいと言っている。
親としては望みがないなら身を引けと言ったのだが、聞かなくてな。達也君、君は玲子の事をどう思っているんだ?」
まさか、玲子さんの父親からこんな事を言われるとは思ってもみなかった。頭ごなしに怒る事は無いにせよ、もっと厳しい言葉を言って来ると思っていたのだが。
「達也さん、私は諦めません。まだ五年もあります。あなたと知り合ってからまだ八ヶ月です。ほんの少し時間が過ぎただけです」
「玲子さん、立花社長、俺は桐谷早苗と言う女性と正式に付き合う事にしました。だから玲子さんの言葉は受け取れません」
「えっ、桐谷さんと!…。それはプロポーズをしたと言う事ですか?」
「いや、今日の朝、両親の前で彼女に告白した」
「…それなら構いません。例え桐谷さんに告白したとしてもそれは気持ちだけのもの。
桐谷さんは距離的な優位が大きいです。私は駅で達也さんと別れれば、連絡出来るのはスマホだけ。でも彼女は違います。直ぐに達也さんの傍に来れます。だからその優位を無いものします」
「えっ?!」
「すまんな。我儘娘で。駅の近くのマンションの一室を借りた。あそこは我が社の不動産部が建てた物件だ。セキュリティもしっかりとしている。だが流石に一人では無理なのでお手伝いを一緒に住まわせる」
「達也さん、これで私も桐谷さんに負けない位、貴方と一杯時間を共有する事が出来ます。だから大学卒業まで側に居させて下さい。
達也さんも私に言ってくれていますよね。大学までは真摯に向き合ってくれると」
「え、ええー!」
確かに言ったけど…。
「ははは、だそうだ達也」
「父さんは知っていたの?」
「いや、今聞かされた。しかし玲子さん、本当にいいのですか。こいつは頑固ですよ」
「分かっております。達也さんのお父様。これからも宜しくお願いします」
おい、俺の意見は何処に消えた。
「立石さん。まだまだ公私共に長くお付き合いの程お願いします」
玲子の父親がそう言って頭を下げた。
「立花さん、頭を上げて下さい。同じ遊び仲間、飲み仲間じゃないですか。仕事は勿論の事、こちらこそこれからも公私とも宜しくお願いします」
両方の父親が目を合わせると声を上げて笑った。父さんが、パンパンと手を叩くと
「立花さん、この後のご用事は?」
「もちろん入れていません」
「はははっ、私もです。今日は立花さんの為にいい酒を用意しています」
こうなったら俺達は用済みだ。仕方なく朝一度行ったけど
「玲子さん、神社でも行きますか?」
「はい」
思い切り綺麗な笑顔を見せてくれた。参ったなあ。
玄関を二人で出ると門の所の車止めには黒塗りの大きな車が止まっており、運転席から沖田さんが出て来た。
「立石様、明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました」
「沖田さん、明けましておめでとうございます。こちらこそお世話人ありました」
沖田さんは運転手件玲子さんのセキュリティもやっている。去年の夏の出来事以来、俺を随分信用してくれている様だ。
「お嬢様、お車を出しますか」
「達也さんと歩きます」
沖田さんは玲子さんに何も言わずに頭を下げた。
俺はうちの車を使った事無いけど妹の瞳は結構使っている。同じなのかな?
「達也さん、大学卒業までお傍に居させて頂く事をお許し頂き大変ありがとうございます」
「いえ。約束ですから。ところでいつから駅の傍のマンションに引っ越してくるんですか」
「七日から学校なので五日からです」
「えっ、えーっとそれって」
「はい、七日からは達也さんとここの駅から一緒に登校できます」
この人こわっ。
「もちろん早苗さんに告白なさった言う事は心得ました。悔しいです。でも必ず私が達也さんの心を私に振向かせます」
「玲子さん…」
俺達は、まだ混んでいる神社の参道を歩いていると玲子さんへの視線が凄かった。まあ、確かに芸能人とかでもこの人の右に出る人少ないだろうな。
「ふふっ、どうしたんですか。達也さん」
「えっ、別に。玲子さんへの視線が凄いなと思って」
「ならば、達也さんが私をしっかりと捕まえておいて下さい。こんな風に」
「うおっ」
玲子さんが長振袖も構わずに俺の腕を掴んで来たよ。周りの視線が俺への妬みと嫉妬に変わったじゃないか。
玲子さんの我儘はそのままに、もう一度参拝した。神様には、二度目ですとはっきり心の中で言ったけど、聞いてくれているかな?
それからゆっくりと歩きながら家まで戻った。父さん達はまだ続きそうなので仕方なく二人で、いや瞳も一緒にリビングで正月番組を見た。瞳の目が少し怖いんだけど。
それから更に一時間程して立花父娘は帰って行った。
「玲子、本当に良いんだな?」
「はい、お父様。大学卒業までとは言いません。高校卒業までには彼の心を振り向かせます。振り向かなくてもイーブンに戻して大学中に彼の心を掴みます」
「どうしてそこまで達也君の事を」
「あの方には不思議なものがあります。側に居るだけで安心して心が穏やかになるんです。先ほど神社に二人で行った時もそうでした。
もちろん他にも素敵な所は一杯お持ちです。でも彼といる時、私の心は幸せになるんです。だから誰にも譲りません」
「そこまで思っているのか。…玲子の好きにしなさい」
中学まで男を寄せ付けなかった程の気位が高い娘だったのに。達也君にそこまで思いを寄せるとはな。面白いものだ。
立花家としても今回の件、悪い話ではない。破談しても立石さんとは、元からそういうものとして二人を会わせている。楽しみが増えたな。
――――――
なんか去年より凄い事になった様な?
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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