第56話 深まる秋に


 俺は早苗と一緒に散歩して、それから駅近くの喫茶店で簡単に軽食を取った。考えて見ればあんな事があった所為で昼食を摂る事を忘れていた。


 明日も会って欲しいと言われたが、明日は加奈子さんと会う約束がある。会えない理由をしつこく聞かれたが、なんとか誤魔化した。


 家に帰り、自分の部屋に行こうとすると瞳とすれ違った。

「お兄ちゃん、早苗お姉ちゃんの匂いがする」

「そんな訳ない。何もしていないから」

「あーっ、それって」


タタタッ。


「お母さん、お兄ちゃんが早苗お姉ちゃんと抱き合っていたってー」

 おい、でも事実だが、これは後が大変だ。この前のキス事件といい。参ったな。


 自分の部屋に戻り部屋着に着替えてからベッドの上に仰向けに寝た。

 参ったなー。あそこまで早苗が考えているとは。まあ、あいつとだったらという思いもなくもない。


 しかし、三頭先輩は既にしているし、それなりの責任は取らないといけないだろうな。玲子さんの事はどうする。彼女とは高校一杯まで今の友達のままで行ってごめんなさいするか。

 しかし涼香ちゃんが俺の事。いや、これは駄目だ。涼子の件で感情的になっているだけだ。

涼子は今のままでいい。でもずっと支える必要はあるだろうな。これだけ縁があるんだ。まあ、いい人が見つかった所で身を引けばいいか。




コンコン。


ガチャ。


「お兄ちゃんご飯だよー」

 何故か瞳の目が笑っている。


「ふふっ、お兄ちゃんダイニングで待っているねー」

 なんか被告人席に連れて行かれる人ってこんな気分か?


 夕食が終わってコーヒーの時間になると

「お兄ちゃん、早速聞きましょうか早苗お姉ちゃんとの関係を…」


 それから一時間母さんと瞳からしっかりと質問された。でも

「早苗とは十八になるまでは手を出さない」とはっきり言うと母さんが


「えっ、なんで、早苗ちゃん選んだならさっさと手を出してあげなさい。うちも早苗ちゃんの所も喜ぶわ。まあ立花さんには悪いけど。お父さんには私が言っといてあげて良いわよ」

「私もそう思うよ。お兄ちゃん」

「はっ、何言っているの二人共。それに立花さんには、高校最後まで真摯に向き合うつもりだ」

 どうも俺と貞操観念が違うらしい。でも加奈子さんの事絶対に言えないな。いずれどちらかに決めるとしても。


「達也、それって、これからも心変わりがあるって事、早苗ちゃん可哀そうじゃない」

「そうよそうよ」

「いや、そういう事ではないんだが」


 全く二人共好きな事言って。ここまで言うと俺は部屋に戻った。





 翌日、午前十時に加奈子さんの家の最寄り駅の改札で待った。今日は何をするか二人で決める予定だ。

あっ、駅前の交差点で加奈子さんが信号待ちしている。しかし、あの人本当に綺麗だな。


 ニットに大きなチェックのスカート、茶色のパンプスに茶のバッグを持っている。俺はいつもの格好だが、厚手のシャツを着ている。


「達也おはよ。待ったあ?」

「いえ、いつも同じ時間に来ていますから」

「そうか。ねえ今日は買物付き合ってくれる?」

「いいですよ。俺が一緒に行ける所ですよね」

「う、うん。大丈夫。きっと」

「はっ?」

「まあ、いいじゃない行こう」

 加奈子さんが俺の腕に絡みついて来た。周りの人の視線が痛い。


「か、加奈子さん。ちょっとこれでは」

「どうかしたの?さっ行こう」

 うーっ、この人最近遠慮なくなって来たなあ。



 俺達は、いつものデパートのある駅に降りた。

「達也、前に洋服買いに行った所だよ」

「分かりました」

 流石に交差点は手を繋いだ。



 この前に来た俺から見ると女性専用のデパートだ。一階に入ると香水の匂いがきつい。どっちに行けばいいんだと思っていると加奈子さんが手を引いて

「達也こっち」


 エスカレータを上がり女性洋服専用売り場で降りた。


「加奈子さん、ここは!」

「ふふっ、大丈夫よ。私と一緒に居れば。達也に選んで欲しいの」

「いや絶対に無理です」

 入ろうとしたショップはまさに女性ランジェリ―一色。俺のメンタルもう駄目。


「大丈夫入ろう。達也の気に入った下着を着けたいの」

「で、でも無理です。お願いします。勘弁して下さい」

「ふふっ、じゃあ達也、買った後着て見せてあげるから今日はこの後私の家よ」

 やられた。またその手か。


「分かりました。でも加奈子さん狡いですよ。俺が入れないの分かっていて」

「えっ、そうなの?」

 ふふっ、達也が入れる訳無いでしょ。ここはこの後の約束を取り付ける為だけよ。



 なぜか、加奈子さんはサッと買い終わると

「じゃあ、達也行こうか」

「え、ええ」

 駄目だ、この人といると完全にリードされている。





 俺達は加奈子さんの家に行き、彼女の部屋に入った。いけない事だが部屋に入る事になれてしまった。


「達也、着て見せてあげる。ちょっと待っていて」

 あれ、部屋を出て行ったよ。


 ちょっと待つとドアを開けて入って来た。

「どうかな?」

「うわっ!」

 下着だけしか着けていない。黒のレースの下着だ。他の家族いないの?


「ふふっ、いつもと同じ。午後六時まで誰も帰ってこないわ。どうかなこれ?」

「と、とても似合っています」


「そう、じゃあ、お願い。後は達也よ」

 加奈子さんが俺の前に来て俺の首に手を回した。


「た・つ・や」



…………………。


「達也嬉しい」


 ふふっ、して貰ちゃった。彼が私の横で目を閉じている。

素敵な顔。大きな目、濃い眉毛、がっしりとした鼻、薄い唇。しっかりとした輪郭。体のどこにも贅肉なんてない。それに目を閉じているとちょっと可愛い。


 誰にも渡さない。立花さんにも桐谷さんにも。達也の事だ。あの二人には手を出していないはず。もししていれば会話で分かる。


 今は私の一人勝ち。気持ちも少しずつだけど私を向いてくれているのが分かる。もう少し。あっ、目を覚ました。


「あっ、加奈子さん。済みません。寝てしまいました」

「良いのよ達也。でももう少しして」

「…………」


……………。


 堪らなく気持ちいい。すっかり覚えてしまったこの感覚。私だけの達也。もっと思い切り。



 俺の腕の中で目を閉じている。とても綺麗な人だ。体だけじゃない。心の中も。俺にだけ○○○だけど。


 最近、加奈子さんにも心が向く様になった。はっきりと分かる。加奈子さんとは来年二月位まで、それまでに俺の気持ちをはっきりしないといけない。

 早苗との約束は来年五月。いずれにしろ決める時期だ。



「達也、何を考えているの?そう言えば一昨日達也の悩み聞いてあげるって言ってあげたわね。なあに?」

「いえ、もう良いです」

「どうして?」


 えっ、彼から口付けして来た。これって。もしかして。


 あっ、なんか激しい。えっ、えっ、えーっ。



「達也、ちょっと休ませて。ちょっときつい」

「…………」


 だめーっ。



「はあはあ、達也。凄い。初めてこんなの」

「加奈子さんが悪いんです」

「私?」

「はい」


 えっ、また?



 俺は目を開けて天井を見た。真っ白い天井だ。加奈子さんは、まだ目を閉じている。

 俺はスマホを取って時間を見ると、あっ、もう午後五時半だ。不味い。


「加奈子さん、起きて下さい。加奈子さん」

「えっ、もう出来ない達也」

「何寝ぼけているんですか。もう午後五時半です」

「えっ!」

 私は起き上がろうとして

「はあーっ」

 起き上がれなかった。


「達也起こして」

「はい」

 彼は私の両脇の下に腕を入れて起こしてくれると

「大丈夫ですか?」

「達也し過ぎ。でも嬉しい」

 俺に抱き着いて来た。


 何とか二人共起きて洋服を着替えたが、加奈子さんがまともに歩けない。

「大丈夫ですか?」

「達也が悪い」

 なんかリフレインしている。


「とにかく一度駅まで行って休みましょう。達也が良いって言うなら家でも良いけど」

「すみません」

 まだ、向こうの両親に顔を合わせられるほど、心の準備は出来ていない。


 駅の近くの喫茶店で軽く軽食を取りながら一時間位休んだ。もう十月も終わりだ。この時期外は真っ暗だ。

「達也、私の事好き?」

「えっ、突然こんな所で」

「簡単で良いから答えて」

「…好きです」

「ふふっ、ちょっと考えたわね。その間(ま)は桐谷さん、立花さん、それとも…。まあいいわ。聞きたい事聞けたから」


 私はお父様からの見合い話を断った後、もう一度お父様に呼ばれた。でもそこには三頭家の現在の総帥であるお爺様が一緒にいた。


 そしてお爺様からとんでもない事を聞かされた。でも達也の今の一言でもう決まったわ。ふふっ、その時が楽しみ。


「加奈子さん、何一人で微笑んでいるんですか?」

「何でもない。達也が私の事好きって言ってくれたから。達也送って」

「はい」


 加奈子さんを家に送って行く時もまだ少し腰がふら付いていた。大丈夫かな。玄関まで着くと

「達也」

 先輩が目を閉じた。

 少しだけ口付けすると

「達也またね」

「はい」

 俺は、彼女が玄関に入って行くのを見てから踵を返して駅に向かった。



 私が玄関を上がろうとするとお父様が立っていた。

「加奈子、あれが立石の倅か?」

「はい、お父様」

「そうか」

 それだけ言うとお父様は自分の書斎に戻って行った。


――――――


 ふむ、達也気持ちが決まって来たのかな?


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



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