第3話 彼女の気持ち


「一緒に帰ろうか」


「本宮……」


「そんなに怖い顔しないでよ。昨日話したでしょ。一緒に帰るって」

「えっ、いや俺はそんな約束していないぞ」

「したじゃない。登下校の挨拶はしようねって。だから下校は一緒にして挨拶しよ」

 いったいどういう理屈なんだ。アインシュタインだって理解出来ないぞ。


「さっ、早く履き替えて」

「…………」


 私、本宮涼子。立石達也君とは同じ中学校出身。中学の頃から背が高く目付きが鋭い事から色々目立っていた。何かと先輩達に目を付けられては呼び出され、彼だけが平気な顔して戻って来た。


 一度放課後に数人の先輩達に連れられて校舎裏に行ったので、友達と校舎の陰から見ていたら、殴りかかった先輩が、あれっと思う程に簡単に倒れた。後の四人は、飛び掛かったが、可哀そうなだけだった。

 終わると彼は平気な顔して戻って来る。


 そんな事も彼が二年生の半ばころには無くなってしまった。まあ理由は分かるけど。

 廊下を歩いていても皆避ける様に歩く。先輩達もだ。だから女の子達も怖がっていた。男友達はいたようだけど。


 でも彼が心優しい事を知っている。駅の近くで迷子になった子供を連れて近くの交番に一緒に行ってあげたり、道に生えているタンポポ見て嬉しそうな顔をしている。その時ばかりは鋭い目が、柔らかくて優しい目になる。


 私は偶に彼のそんな姿を見ていつも心が温まる思いだったけどとても話しかけられなかった。周りの目も気になったし。



 でも中学校ではそれまでだった。高校受験も忙しくなり、塾にも通う様になってから学校以外で彼を見かける事は無くなった。


 高校に受かり、入学して見るとなんと彼が同じクラスに居る。始めは遠目で見ていたけど、段々彼が教室に入る時、しっかりと見る様になった。でも目を合されると恥ずかしくて逸らした。


 話しかけるチャンスも無かった。自分の弱さに仕方ないと思いながら中学時代から続けているテニスの部活仲間と一緒に帰っている時、なんと彼がホームに立っていた。


 全身のエネルギーを使って声を掛けた。何も話してくれない。でもこれがチャンスと思い、一生懸命話しかけたら、何とか登下校の挨拶だけはしてくれるという事だった。


 翌日登校して教室で彼が来るの待っていた。彼が教室に入って自分の席に着くと直ぐに近くの席に座る高頭君と話し始めた。これはチャンスと思い挨拶だけをした。


 自分の席に戻るといつも話をしているクラスの友達からどういう事?って聞かれたけど同中だからでだけしか説明しなかった。まだ彼への思いはみんなに知られたくない。



 彼が挨拶を返してくれた。それだけで夢中になり、下校時同じ時間に居るかもしれないと思って下駄箱で待っていたら、彼が来た。




「ねえ立石君。なにかクラブに入っているの?」

「クラブじゃないけど図書委員始めた」

 えっ、この人が図書委員。何か想像できないけど。


「そうなんだ。だからこの時間か。それって毎日するの」

「ああ、人がいないからほぼ毎日だ」

 これはいいチャンスだ。


「そっか、そっか。じゃあ毎日一緒に帰れるね」

「えっ、い、いやいや。俺なんかと一緒に帰ったら本宮が困るだろう」

「何が困るの?私は自分の意思で君と一緒に帰りたいと思っているんだよ」

「そ、そうなのか」

 どういう事だ?


「だから私が困るという考えは止めて。立石君が迷惑だって言うなら止めるけど…」

 なんで寂しそうな顔するんだよ。


「そんな事ないけど…」

「けど…」

 うっ、突っ込んでくるな。こいつ。


「いや慣れていなくてさ」

「じゃあ慣れればいいじゃない。毎日私と一緒に下校すれば慣れるよ。あっ、良かったら登校の時も良いよ。駅で待ち合わせしようか」

 こいつ俺をからかっているのか。


「それは勘弁してくれ。俺の精神状態が持たない」

「なんで腕っぷしはそんなに強いのに」

「それとこれとは違う」

「まあ、いいわ。取敢えず下校は一緒ね」

 こいつ策士か。絶対できない一緒の登下校を言って来て、出来ないと言うと片方だけまるで当たり前の様に受け入れさせる。なんか安土桃山時代の武将で居たな。


「いや下校も勘弁してくれ」

「えっ、さっき良いって言ったじゃない」

 おい誰か二人の会話をリピートしてくれ。



 駄目だ、女子免疫不全の俺に断る事が出来ない。会話を主導されている。


「あっ、もう着いちゃった。じゃあまた明日ね立石君」

「ああ、明日な」


 これは不味いぞ。爺ちゃんの所で稽古つけて貰って邪念を払って貰うしかない。





「達也、心が乱れているな。突きや蹴り、棒の踏み込みも全て一歩遅れている。何かあったのか?」

「ふーっ、だめだ爺ちゃんには敵わない。実は…」

 仕方なく稽古の後、爺ちゃんに事の次第を話した。


「はははっ、達也も春が来たか。本宮さんと三頭さんいう女の子面白そうだのう」

「爺ちゃん、他人事みたいに言って。俺の気持ちにもなってくれよ」

「武術もそうだが、それも修行に励む事だ」

修行ってどういう意味で言ってるんだ?励むって何?



 GWも過ぎて五月半ば頃には図書の運用も慣れ、三頭先輩は月、火、水を担当して俺が木、金、土を担当する事になった。月曜日は連絡事項もあるので一緒にやる事にした。


 本宮にそれを伝えると

「じゃあ一緒の下校は月、木、金、土ね。土曜は何時に終わるの?平日と同じじゃないよね」

「ああ午後三時半だ」

「じゃあ、私も土曜の部活は午後三時半に終わらせる」

「そんな事出来るのかよ」

「大丈夫、反対されたら止めればいい。私も図書委員になる」

 勘弁してくれ。しかしどうしてこいつ俺に付きまとうんだ。


 そして六月に入ると変な噂がクラスに流れ始めた。本宮と俺が付き合っているという噂が。


―――――


 おやおや。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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