第5話 時計塔守

 このところ、私の気分と体調は絶好調だった。

 順風満帆とは、まさにこの事だ。なにしろ、長谷川社長は毎日のように昼メシをおごってくれるし、夜は宿で馴染みの無料配給にあり付ける、1日2食が保証される日々。衛生面でも、事務所の中庭にある井戸で毎日身体を綺麗にし、着替えのツナギだって清潔なものが支給された。

 仕事は適度に身体を使い、時に気を張り詰めることもあるが、それさえも、充実した日々を演出するフレーバーだと言ってもいい。いわば、全国大会優勝を目指す運動部ほどに、きつい内容でもなく、集団で目的達成を目指す事の無い帰宅部ほどに、暇で平坦な日々でもない。

 そう。ほどよい労働と緊張と緩和。

 日当も確実にカウントされ続け、ラベルの所持金表示が増えていく感覚は、何とも甘美な充実感を与えてくれた!ラベルに念じて所持金を表示させる事が、癖になってしまうくらいだ。

 2,750RB

 4桁もあるぜよ!順調、順調♪

 温泉旅館に食事付きで泊まれるぜ。贅沢を言わなければ、二泊だって行ける!

 異世界だろうが何だろうが、私は真面目に働けばそれなりにできる子なんだ!お金というものは、何て、素直なものなのだろう。自分の存在が社会の役に立っている、という証そのもの!

 まぁ、毎月2,000RBのローン返済はあるものの、家賃、光熱費、通信費、食費、税金、社会保険料など諸々の固定費の束縛が無い今の私にとって、収入はイコール遊興費であると断言しても過言ではないのだ!正確に言えば、前述のそれら諸々は、給与を受け取る段階ですでに引かれているのだが。日本の税金も、給与を受け取った側や支払う側に事後処理の税務を押し付けるのではなく、専門の省庁が事前に処理し、民間人は生産活動に専念できるよう、取り計らってもらいたいものである。まぁ、日本にいた頃には、ぶっちゃけそんな事を考える余裕も無かったのだけれども。

 この世界の一週間は、元の世界と同じ7日間ある。最後の1日を安息日と言って、街や家ごとに違う神を祭り、仕事を休む。安息日の設定は厳格な決まりでは無いようで、職種によって休む順番が違うようだ。宗教については、なんだかやんわりとしている。世界の全ての物、空や山や風や行事や道にだって、神聖な何かが存在するらしい。その代表格がマナだ。マナは、私たちラベラーには認知できないが、この世界を構成するどんなものにも内包されているという話だ。もしかすると、素粒子の一種なのかも知れない。何はともあれ、多神教でさえあれば、日本人の私にとっては難しく考える必要はない。人それぞれに何かを信じている、それが分かれば十分なのである。そして、安息日には神に捧げる御馳走をいただく風習があるようだ。今度の週末には、私も宿で豪華なディナーと洒落込もうか。うーん、今からよだれが出て来てしまう!今日の夜に、メニューをチェックしておこう!思えば、この国で金を出して飯を食うのは、初めてかも知れない。ビリーが仰天するだろうな。

 話は変わるが、株とか、アフィリエイトとか、YOUTUBEなんてものはないのだろうか?デジタルサイネージまがいの魔法広告板も街頭に設置してある次第だから、遅かれ早かれ、そんなものがこの世界に出回る日も近いだろう。そして、情報化が促進されれば、この世界の為政者たちはどうなるだろうか。少なからず、姿勢を正さずにはいられまい。

 そんなことに思いを馳せつつ、ようやく小慣れてきた街路灯の交換作業は、この日で最後となった。耐用年数から次は数ヶ月先の作業になるのだという。いよいよ、この快適な仕事場もお払い箱になるかと思ったが、水周りからリフォームまで、長谷川メンテナンスサービスは何でもござれ、公共施設から個人宅まで仕事の依頼は山積しているらしい。この温和で腰の低い社長は、案外やり手なのだった。

 サイネージが本日のガチャランキング速報を流しているのを尻目に、私は梯子の上の社長に結晶を渡しながら、ふと訊ねた。

「そんなに仕事があるのに、なんでHMSは社長一人だったんです?」

「ん〜。ヘルプを頼むことはできるのよ、それは今でもね。ほれ、同業の横の繋がりってやつ?でも、社員さんとかパートさん、アルバイトさんとなると、ずっと給料払い続けることになるじゃない?これって、結構プレッシャーなんだよね。みんな君みたいな要領のいい人間ならばいいんだけれど、教えるのもまた、結構大変なのよ。叱ると萎縮しちゃうし、頭を下げるとツケ上がるしね、これがさ。書類を頼んでいた女性のパートさんも、付き合いが面倒で、結局辞めてもらっちゃった。僕って、女性の免疫が少なくてね、どう接したらいいか解らないんだよね。色々考えすぎちゃって、ついに10円ハゲができちゃってさ!ははは、ちっちゃいやつがさ!」

「社長さんも、色々悩むもんなんですね」

「いやぁ、君、お恥ずかしながら、むしろ悩むことばかりだよ。全部自分で決めなきゃならないし、誰にも相談できない事柄も多いし、パートさんが出来ない事や失敗しちゃった事も、最後は全部、僕が責任を負わないといけないからね。特にお金の話なんて、どうにもならない時はどうにもならない。あぁ、君への給料は、ちゃんと責任持って払うから、大丈夫だよ!心配しないでね。色々、お金は必要だと思うから。はぁ、君みたいな子がずっといてくれたら、助かるのに・・・」

 意味深な言葉に、私はこほんと咳払いをした。

「あぁ、ごめん、何でもないよ。いつまでいるかは、君が決めればいい!そういうもんだよね。日雇いなんだし、ははは」

 つまり、人付き合いが苦手で、一人で仕事を切り盛りしている方が気楽だ、という事だ。月に動かせる仕事量の上限が少ない分、実入は少なくなると思うのだが、人間、お金だけあれば他は全て我慢できるとまではいかないらしい。

「社会人って、大変なんすね〜」

 社長が魔封結晶を取りやすいように、木箱を掲げ上げながら、私はふとサイネージに目線を送った。

『隣国アルタイアとの緊張高まる!独立勢力に政権を奪われたアルタイル国は、人道保護政策を掲げ、近隣諸国への圧力をかけ始めた。これに対し、我がローザモンド執政官エルベアトは、内政干渉との・・・』

「お!ばっちいカブラリ〜!」

 突然、駆け寄って来たツインテールの少女は、運悪く私の手前で石畳につまづき・・・私の顔面にツルピカおでこを強打させた!

「おふッ」

「げふッ」

「あ、ちょっと!・・・」

 訂正しよう、運が悪かったのは私の方だ。

 結晶をつまみ上げようとしていた社長の手に木箱の縁があたり、その手から結晶が離れた。

 それはまるで、スローモーションのようだった。

 危ない!

 私は、片手で木箱を抱えながらも、もう一方の腕でクラーラの顔を自分の胸に押し当てた。


 バンッ!と激しい音が街中に響いた。


 近くを歩いていた女性が悲鳴をあげ、手にした袋を石畳に落とした。

 袋から飛び出したリンゴのような果実たちが、石畳の上を転がり回り、やがてその動きを止めるまでの間、通りは静寂に包まれた。

 魔封結晶が落下した地点には、銅貨一枚分程度の丸い穴が空いていた。

「クラーラ、怪我は無い?痛いところは?」

 身を固くした少女の顔を覗き込むと、涙目だった。

 レーアさんが駆け寄り、クラーラ嬢を引き受けると両腕で包むように抱きかかえた。

「大丈夫?大丈夫そうね、良かったわ。もうッ!お仕事中のうさぎさんを驚かせるからよ!」

「ごめんなさいなのじゃ!」

 あぁ、これはこれで和む。

「申し訳ありません。皆さん、お怪我は無いですか?本当に、大丈夫ですよね?」

 長谷川社長は梯子から降りて、二人に謝罪する。

「社長、大丈夫です。こちらこそ、すみませんでした。気を抜いていたので、思わず大袈裟に反応しちゃって。この二人は知り合いなので・・・」

 私の言葉は、通行人の怒声で遮られた。

「スレイブがストーンを爆発させたわ!まだ、あんなに持っている!」

 あたりが騒然となり始めた。

 数人の女性が、いささか過度な反応を見せていた。

 私の目には、内心危険は及ばないことを知っての、どこかわざとらしい芝居がかった振る舞いに映った。

 これは、まずい流れになりそうだ。

「二人は、とりあえずこの場を離れてください。あとは何とかするわ」

 レーアさんは無言でうなづくと、クラーラを連れて裏通りへと消えた。

「これは、ソーサラーを呼ばれた感じだね。やれやれだ。まぁ、責任は現場管理者の僕にあるのだから、冠城君はきっと、大丈夫だよ。最悪でも仕事内容が不適合と判断される程度じゃ無いかな?」

「社長は、どうなるんですか?」

 長谷川社長は、鼻頭を掻きながら、眉を曲げて首を捻った。

「指導か、罰金かな〜?業務停止処分まではならないよ。実は、前にも経験あるから!気にしない、気にしない」

 ほどなくして、予想通り三人組のソーサラーたちが駆けつけて来た。

「両手を頭の後ろに組め!」

「やれやれ、ご大層な・・・」

 社長と私は並んで立ち、ラベルをチェックされ、彼らの詰所に連行された。

 サイネージには、“エルベアト執政官、国境警備軍を視察“と示されていた。


 連行は、見物人たちを安心させるためのテンプレート行動だったようだ。

 社長が結晶を掴もうとしたところに、虫が飛んできて、思わず手を滑らせたと説明した。通行人たちに聞き取りでもすれば嘘はすぐにバレそうだが、役人はその説明を鵜呑みにした。紛失書類を書かされ、注意を受け、反省文を書かされた後、業務の再開を命じられた。

 職務怠慢、と表現するのは些か早計かも知れない。もしかすると、彼らは市民に根付くラベラーたちへの不信感を理解しており、その経験上、彼らへの聞き込み調査が必ずとも真実の情報を得る手立てでは無いことを知っているのかも、そんな気がしてきた。状況を必要以上に荒立てない、そんな風潮を私は感じ取ったのだ。

「だが、通行人たちに不安を与えた以上、我々としても目に見える形で、何らかの処罰を君たちに与えねばならない。それは、君たち異邦人たちの立場を悪くしないための処置でもある事を理解いただきたい」

 言い方は和らげているが、これでは完全に2等市民扱いだ。

「まず、アルバイトの君には、辞職してもらう。ただし、一人では本日予定されている業務を完遂できまいだろうから、処分は明日よりとする。以上、退庁して良し」


「・・・で、またクビですかよ。このお脳無し様」

 次の日、冒険者の宿のカウンターで、背後に立つハンドラー、ライラの嫌味のナイフを背中にズサズサと刺され続ける事に耐えねばならぬ羽目となった。

「いいですか?問題を起こしやがらないようにと、何度も申し上げましたな!その一つでもお記憶ねーんですか?どんなお脳をしてやがるのでしょうか?頭蓋を開いたら、お味噌スープが湯気をあげてやがるんじゃないでしょうね」

 なかなかに、バリエーションに富んだ嫌味だ。本日も、ライラ女史は絶好調のご様子。私は、事を荒立てないローズ役人を見習うことにし、感情に影響を受けても翻訳が乱れないよう、工夫した返答を考えた。

「お経歴にお傷をつけてしまい、面目次第もございませんことでやがりますよ」

「腐れお脳で憎まれ口を考える暇がおありなら、せめて実行して示しませだ!」

 余計、おこ具合がアップした。あれれー?マイナスのマイナスはプラスにならない?言葉って、難しい!

「それにしても、そのお姿は、もしや持ち逃げしなさったのではねぇーですよね?」

 更年期のヒステリー女は、どうやら私のツナギの事を言っているらしい。

「これは、ろくな着替えも買う金のない、哀れな少女の事を気遣ってくれた優しい、優しい人徳者が素直で働き者だった勤労少女との別れを悼んで、プレゼントしてくださったものでございますよ」

「あー、さいですか。これ以上、私の手間をかけるようならば、牢獄でお反省いただきやがりますので、そこんところ、ご承知おきくださいやがれ!」

 ふん、と毛先をさっとかきあげ、私の頭頂部に悪意がナイフになったような、鋭い視線を刺し込んでから、荒々しく店を出て行った。

「あいつ、忙しいのか、暇なのか・・・」

 ライラがくるりと振り返り、捨て台詞を残して行った。

「いいですこと!?今日中に、次のお仕事を探しやがれまし!」

 運悪く居合わせた店内の客全員が、思わず姿勢を正すほどの剣幕だった。

「なぁ、ビリー。この世界のブーツはフェルト底が流行っているのか?」

 カウンターに頬杖をついて、成り行きを見守っていたビリーに訊ねた。

「さぁ、詳しく無いわね。でも、渓流釣りが趣味だった元カレが、そんな靴を持っていたわ。濡れた岩の上でも滑りにくいとか言ってたっけ。優しかったけど、几帳面で陰気な彼。私がこの世界に来てしまってから、どうしてるかしら・・・。寂しい思いをしてなければ良いのだけれど」

「いや、あんたの本体はそのまま普段通りに生活してるから、ご安心しやがれですわ」

「はぁ、私と上手く付き合ってくれてたらいいのだけれど」

 難しい悩み方だ。

「ところで次の仕事だけれど、今度は、靴屋にでもバイトしてみたら?」

「靴屋か・・・興味は無いかな」

 ポンと、目の前に鶏の腿肉が置かれた。某大手フライドチキンチェーンのように、強烈にそそる匂いはしなかったが、くっきりと焼き目の付いた皮から、しずる感漂うジューシーな脂が滴っていた。

「どうぞお食べなさいな。私からの奢りよ」

 どうしたビリー!?優しいじゃねーですか!?気を使ってくれるのは嬉しいのだけれど、私はこの程度じゃ凹まない女でいやがりますよ?でも、まぁ、せっかくのご好意を拒むのは謙虚を通り越して、むしろ失礼というものだし!私は両手を合わせてから、ありがたくガブついた。

「どう?」

「旨し!」

「なんで指を立てるの?誰のギャグ?お金を払えば、こういうもんが食べられるのよ。たまには、注文してね?いいこと?」

 なるほど、これは試食による広告戦略というわけか!ま、照れ隠しで、そういう風に言っているだけなんだろうけどね〜。

 それにしても、肉、肉、肉、最高〜!涙が出そうだわ!

「うさぎが鶏肉を手掴みで食べている光景って・・・」

 ビリー・・・。

 静かになったビリーを他所に、指に付いた脂も残さず、丁寧に舐めとった。

 ご馳走様!どこぞの鳥さん、ありがとう!

「つりは、ろんな仕事がある?」

 親指を根本からズッポリ舐めながら、私は掲示板を眺めた。

「もぅ、はしたないわね。どんな育ち方したのよ、あなた。そこらの物を触る前に、指を拭いてよね」

 げんなりした表情で、ビリーはカウンターの下から一枚の蝋板を取り出した。

「今朝、出たばかりの依頼よ。まだ、掲示する前だったけど、これなんてどう?」

 手渡された蝋板には、こう書かれていた。

『時計塔守り募集 雇用形態:月雇い 月給:60銀貨 待遇:住込み 持参するもの:なし』

「月給じゃないの!マジか、珍しい!にしても時計か・・・興味はあるけれど、スキル的な条件とかは無いの?」

「請負人のじぃさんが耄碌しててね、放浪癖もあるみたいで、なかなか時計塔にいないのよね。ぶっちゃけ、聞き取りが出来ていないってわけ。雇い主は役所の管財課で、そっちの方でも実のところ仕事の内容は把握できていないらしいわ。何せ、“時計塔“だから」

 魔法に慣れ親しんだ者にとって、機械仕掛けの時計にはアレルギーがあるのかにゃ?

「老人を首にして社会保障の対象にするよりも、補佐を割り当てて社会参加を続けさせようという考えかしら?」

「ボケ防止にもいいんじゃなくて?」

 ビリーは、バツが悪そうに首筋を小指でコリコリと掻いた。

 それらしい、シナリオってわけね。

「ちょうど時計には興味が湧いていたし、ライラの指示通りに行動するのは、ちょっと癪だけれど、この後行ってくるかな。場所は・・・凱旋門よね?」


 街の中心部に繋がる大通りに、かつて黒き民との戦争で勝利したローザモンド皇帝リヒャルドが凱旋の折に建立させたという大理石の巨大アーチがある。そのぶっとい柱には、当時の激しい戦いの様がレリーフとして記録されている。それ以来、黒き民たちは海を隔てた辺境へと姿を消し、千年帝国に平和が訪れた。

 レリーフには、そこまでしか描かれていない。

 国民総動員の全体戦争と化したこの大戦により、どれだけの死傷者を生んだかということも。

 その後に訪れた、異民族由来の伝染病による被害も。

 ましてや、レリーフの中で槍を手に勇猛果敢に戦う戦士が、異世界から召喚された戦闘奴隷であったことなど、一切触れられてはいなかった。

 それでも、リヒャルド皇帝は、当時の状況下で成せるであろう、最善を尽くしたと評価してもいい。

 問題は、その後だ。

 召喚儀式は、戦後に停止するべきだった。

 止めるタイミングを逸した責任は、彼にある。

 互いに異なる生存競争のルートを辿り、ローズ、黒の民、召喚者という、それぞれに生態系の頂点に立つ三者が織りなす自然の摂理を逸脱した戦いは、召喚者を味方に得たローズたちに勝利になった。そして、ローズたちはこれを成功体験として記憶してしまう。求める人材を戦闘力から労働力へとシフトすることで、戦争から復興へとビジョンが変化しても、同じ様にラベラーという奴隷を使役することに、ある意味験を担いだのだ。人手不足解消という言い訳をつけて。

 やがて、代理戦争とでも言うべき、召喚者の質対決が、周辺国でブームとなる。

 自国が優れた召喚者を引き当てたと知れば、市民たちは歓喜して、バルで仲間たちとエールを交わした。

 しかし、ラベラーを指導者とした隣国の独立という帝国基盤を震撼させる事件が、本質的問題に対して、無関心を装っていた市民たちにも、否応無しに課題を突きつけることになる。

 その一つの答えが、ヴェリーヌ城市だ。

 多くのラベラーたちを一つの街に集結させ、結界で封じた中で、労働に従事させる。街の外への勤務には、ハンドラーが随行し、不穏な行動をすればたちどころに拘束する。その為に、全てのラベラーを魔法省で一括管理し、組織力でもって監督し、安定的に、治安維持を図りながら労働力を維持させる。

 まったく、呆れた答えだ。


 ガンガンガンッ・・・ガンガンガンッ・・・

 時計塔は、ローザモンドの執政官が時計の性能に感動し、これで怠惰なローズ市民たちを効率よく勤勉に、日々の仕事に従事させられると思い込んで・・・かどうかは定かではないが、凱旋門をリフォームして設置したものだ。もしかすると、先代の偉業を讃える広告塔にケチを付けたかっただけかも知れない。真意は何にせよ、故に、ここは時計塔とも、凱旋門とも呼ばれるようになった。

 ぶっとい柱の中には、木造の骨組みがあって、空洞なのだろう。大理石とは、薄く切って化粧板の様に外側に貼り付けるものだから、建屋全体の重量を軽減するためには、基礎は石積み、上物は木製であることが多い。その証拠に、柱の中に入るための扉があり、私はそこで、金属製の呼び金を叩き続けている。

 確か、宿屋の主人の話では、管理人のじぃさんは耄碌していたとか言ってたかしら。このままでは、私の成金人生下克上ストーリーは話が進まず、総集編でお茶を濁す憂き目に遭いかねない。あたりを見渡すが、人目は無かった。ここは最も人通りが多く、観光名所でもあるのだが、それだけに逆に、人が出入りする扉の位置は見えないように工夫して設計されている。

 ハンドラーのライラは、今日中に新しい仕事を探せ、とは言ったものの、まさかこれほど早く私が行動を起こしているものとは思うまい。自明、私は今、完全にフリーだ。

 ここで突っ立ていても腹が減るばかり。私はポケットから2本の金具を取り出し、扉の鍵を開けた。

 金物屋でレクチャーされたとはいえ、この国の鍵は、単純で張り合いがない。

 言っていなかっただろうか?

 私はこの国に亡命する前、アルタイアで空き巣を繰り返して生計を立てていたのだ。あまり、大きな声で言うことでは無いので、続きは何かの機会にしておく。

 果たして扉は開かれん。

 柱の内部は薄暗く、剥き出しの木の骨組みの他は、上へ伸びる梯子が一本あるだけだった。

「失礼しますよ〜」

 私は鍵を持っていないだけで、正当な権利を持つ侵入者だ。不審者では無いことをしっかりアピールしつつ、10メートルはあるかという高い梯子を登る。明かり取りになっている天井の四角い穴を抜けると、そこはまるで秘密基地を彷彿とさせる広い屋根裏部屋だった。外からは気付かなかったが、レリーフの合間にガラス窓がはめ殺してあるようで、そこから差し込む日の光は、不規則な形状の陽だまりを板床に落とし込み、まるで木漏れ日のように幻想的。埃っぽい部屋の壁には、おびただしい数の滑車やバイパス金具、高枝切り鋏のような巨大なレンチなど、金物屋にも勝るほどの数多の工具が並んでいた。そして、奥には規則的な金属音を奏でながら動く、滑車たちの集合体。さらに注目すべきは、その上部にある・・・。

「何物じゃ?化け物」

 私は思わず大声を上げて、飛び上がった。

 いつの間にかすぐ背後に、私の2分の3ほどの背丈の老人が杖を付いて立っていた。

「いつから・・・」

「何物じゃ、と聞いておる」

「あぁ、失礼しました。私は決して怪しい者ではありません!冒険者の宿からの紹介で・・・」

「聞こえんよ、もっと大きな声で話してもらえんか?」

「ごほん。新しい時計塔の管理人見習いです。仕事を教えてください。宜しくお願いします!」

 ペコリと勢いよく90度のお辞儀で挨拶。

 老人は頭を掻きながら呟いた。

「モンスターでは無いのじゃな。魔法省の奴らも、ヘンテコなモンを造るもんじゃ。はて、見習いとな?そんな話はとんと聞いておらんな。すると儂はもうお払い箱という事じゃろうか・・・」

「あの〜、高い所の作業とか、力仕事とか、何かとお困りだったのでは?」

 老人は目にかかるほどの長い眉毛をくいと上げて、私の目を覗き込んだ。

「短足で背の低い異邦人の助っ人というわけか。役人連中め、時計塔の仕事を何と思ってるのやら・・・やれやれ、次第に儂らの仕事が無くなっていくのぅ!良い、時計塔の中を案内してやるで、着いて来い。初めに言っておくが、儂はうさぎ人間だろうと、ローズの小役人だろうと容赦はせん。使えぬモンは塔から蹴落としてくれるから、そのつもりでおれよ」

 老人は振り返りもせずに、歩きながらそう宣言した。やれやれ、順応性の高い御仁で助かりましたよ。

「私はバニーガールと言います。先輩の名を伺っても?」

「名など、どうでもよいわ。師匠と呼べ、お前の事は仕事を覚えるまでは、ひよっこと呼ぶぞい」

 食物連鎖では、鶏よりも上位に立ったばかりなのだが・・・下克上は一日にして成らず。

「はぁ、ご随意に・・・」

「なんじゃって?聞こえんわ!」

 時計塔の管理部屋には、機械式の汲み上げ水道が敷設されていた。それどころか、空きスペースを利用した寝台や、汲み取り式のトイレ、水浴び場まで完備され、24時間体制で大時計の正常稼働を管理できるようになっている。政治家トップの執政官の肝煎りのためか、至れり尽くせりの設備だ。かといって、扉は無く、老人が取り付けたのだろうか、薄汚れたカーテン状の布で仕切られているだけの質素な造り。木の床も所々に隙間があり、はるか下方を行き交う荷馬車を見下ろすことができる。命令した側と、作業を担当した側の認識の差が偲ばれる。凱旋門の内部の空洞を改築したとはいえ、あくまで急拵えのもので、人が長期間滞在する場所としては些か寒々しい。冬になれば、さぞかし冷える事だろう。だが、宿屋での雑魚寝生活と比較すれば、数段上を行く好物件だ。月極の給与も保証され、台所を自由に使えて湯浴みもできるとなれば、異世界バイト生活も、ようやくこれで軌道に乗ったと断言せざるを得まい!


 そんな時計塔での新生活も3日も経てば、飽きがきた。

 初日から早々、昼を買いに行くと称して、老人がえっちらほっちら梯子を降りると、そのまま次の日まで戻らない。元からそうだったのか、私が来たのでこれでゆっくりサボタージュできると思ったのかは定かではないが、どちらにせよ、師匠だけが特別悪タレなわけではないのだ。ここの世界の住民たちは、魔法を使えるためか、誰も勤労に対して前向きでは無いのだ。ラベラーたちを労働力として効率良く管理しよう、と企てる素地がそこにはある。時計塔での仕事の説明も、初日でほぼ引き継ぎ終わっていた。

一、変な音が鳴り出したら、油を差して、それでも治らなければ、その部品を交換する。

二、一日一回、日時計を見て時間のずれを合わせる。

たった、それだけだった。実際の時計塔守りの仕事がどうなのかは知らない。きっと、本来はもっと気を使う専門職的な仕事だろう。しかし、師匠だって子どもの頃から時計塔守りだったわけではない。街の新たなシンボルとして建立されたにしろ、まずもって機械時計自体、その存在意義すら定着しきっていないほど、最近の代物なのだ。高齢者の仕事先として丁度良い、役所の管財課からその程度の認識で派遣されたシニアに過ぎないのだ。

 今日も今日とて、午前中からすでに一人きり。床に寝転んだまま、リズムカルな時計の音を聞きながら、大通りの往来を数えているうちに昼になったので、いつも出店しているケータリングで大通り名物のサバサンドを購入した。塔の上でそれを食すと、また暇になった。いっその事、分かり易い異音でも鳴らないかと思っていると、扉の呼び金を叩く音が聞こえてきた。

 しかし、師匠は呼び金を鳴らさない。さて、では誰だろう?

 10メートルの梯子を降りるのには、ひと苦労だ。さっき登ったばかりだというのに、降りている最中にも、ガンガンと扉を叩き続ける。これでセールスだったらしばいてやるぞと内心意気込みながら扉を開けると、図らずやグラマラスな美人と生意気そうなツインテール少女が立っていた!

「モフモフは、こんなところに隠れていたのか!」

「先ほど、通りで食事を買っているところをこの子が見かけまして、どうしても追いかけると言うもので・・・お邪魔で無いかしら?」

「とんでもない!さ、さ、どうぞ。埃と油くさい場所ですが」

「すごい梯子ですね」

「なんだか、楽しそうな場所だな!上はどうなっておる?案内するが良い!」

 レーアさんはくるぶしまであるロングスカート姿だったが、女性3人、気にすることなく梯子を登る。登り切るなり、クラーラのはしゃぎようは、何とも微笑ましいものだった。

「うわ、なんだこのハサミのようなものは、でっかいな!こんな重そうなものをカツラギは持てるのか?」

「カブラギだ!お約束的な噛み方しないでよ。足に落とすと痛いから、気をつけてね」

 私は二人が座る為の綺麗な板を用意し、ククサという木製カップに水を汲んだ。

「私が洗ったので、綺麗ですよ。水もここは取水地寄りなので、安心です」

 レーアさんは手を口に当てて笑った。

「日本人の方は綺麗好きだと主人から聞きましたが、本当なんですね」

「いえ、綺麗好きと言えるほどでは無いと思っていましたが・・・ちょっと神経質すぎますかね?」

「無神経者はモテないと聞くぞ。カララギはそのくらいでちょうど良いのじゃ」

「ご神託に心よりの感謝を、そして私はカブラギだ」

 このやりとりはどっかで聞いた事があるから、この辺で止めておくよーに。

「これはなんじゃ?」

 クラーラが床の上の木板を指差した。そこには、釘で削った“正“の字が並んでいる。

「通りをゆく、怪しい人物の数を数えていたのよ」

 金髪の少女は、その可愛らしい口をぐにゃりと曲げて言った。

「それは・・・くだ・・・大変な仕事よの」

「くだらん、と言いかけたか!?」

「それが、お主の仕事なのか?」

 私は短い手足で地団駄を踏んだ。

「人を自宅警備員みたいな言い方するな!時計塔を管理する仕事だ!ちゃんと正確に動き続けるように、ここで調子を見張っているんだ!」

「良く壊れるのか?」

「今のところ、問題はないわ」

「・・・やっぱり、暇そうじゃな」

 げぇ〜という表情。

「まぁ、子どもには忍耐を必要とする仕事はできまいよ。これは、自制心ある大人にしかできない仕事なのだよ!」

「誰でもできる退屈な仕事・・・」

「これこれ、クラーラ」

 レーアさんが、困った顔でフォローに入った。

「来訪早々、5分でこの仕事の本質を突くとは!その輝くSの刻印は伊達じゃないな!」

 おどけて見せた私の言葉に、クラーラは左腕を見やってから、俯いて黙り込んでしまった。

「・・・ごめんなさい、気にしてた?」

「いえいえ、そうじゃないんです。糸口が掴めなくて困っているのです。クラーラ?言いたい事があったのでしょ?こういうのは、単刀直入に、ですよ」

「?」

 上等な服を着込んだ白銀の少女は、居心地が悪そうにモジモジと身をよじってから、レーアさんを見上げた。

「ほら・・・」

 レーアさんに促されて、私に向き直る。

「このあい・・・」

「もう少し、大きな声じゃないと聞こえないわよ?ちゃんと相手を見て」

「あぅ。この間は、すまなんだ!僅かな賃金のため、日々の労働に明け暮れるお主を少しでも励まそうと、幼気な子どもを演じて戯れついてしもうた。結果、大事な仕事を取り上げられ、代わりにこんなへんぴな仕事を押し付けられる次第となってしまい、遺憾極まりない所存だ!誠にすまなんだ!」

 しばしの沈黙。

 思わずレーアさんは苦笑い。私も思わず吹き出した。

「気にしないで、クラーラの所為じゃないわ。でも、ただでも言いにくい内容を、さらに拗れた言い回しで、舌を噛まずに言い切ったのは凄いぞ!人に頭を下げる勇気は、人に頭を下げさせる事よりも凄いもんなんだからね。偉い、偉いぞ〜」

 クラーラのような妹がいたら・・・私は、癖のある銀の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやった。

「あーもぅ、絡まるから止めい!」

 三人は、まるで姉妹のように笑った。

「本当に仲良しね。見ているだけで、和むわ。本当に・・・こんなの久しぶり」

 レーアさんは、喉の奥から響くような、低い声で呟いた。

「レーアは、昔を思い出しておるのか?」

 彼女はポンと、その白い手をクラーラの髪の上に乗せた。

 昔・・・大戦はもう20年は前の話だ。レーアさんは、その頃ちょうどクラーラほどの年齢だったのかも。


 しばらく巨大な時計の仕掛けを珍しそうに眺めた後、周りを一通り探索し終えたクラーラは、急に大人しくなったかと思うと、グーピーと昼寝を始めてしまった。

 クラーラを膝枕で寝かしつけ、その髪を優しく撫でながら、レーアさんはクラーラの言葉が振りになったかのように、まるで独り言のように昔話を話し始めた。


「私の生まれは、カルフという観光資源のある街の片隅でした。昔ながらの美しい街並みで、そこに訪れる観光客たちも文学好きの品のある方たちばかりでした。まだ幼かった私は、川遊びが大好きで男友だちと一緒になって、洋服をびしょびしょに濡らしては、母に叱られるようなやんちゃな子だったんです」

 まさか、今の気品溢れるレーア女史からは想像できませんな。

「その日は、お婆様がマウル・ライヒタッシェを焼いてくれて、それが大好物だった私はお腹いっぱいになるまで頬張って、あまりの大食漢ぶりに家族が驚いていましたっけ」

 マウルなんたらとは、そんなに旨いのだろうか?私はなるべく話の腰を折らないように、さりげなく相槌を打った。

「お腹が一杯になった私は、いつもよりも早く寝床についたのを覚えています。そして、お婆様がオールド・イングリッシュ・シープドッグをプレゼントしてくれる夢を見たのです」

 ん?今、イングリッシュとか言ったか?

「でも、その夢は途中から悪夢に変わって、私の精神が身体から浮き上がり、瓦屋根を突き抜けて天高く舞い上がったのです。私は怖くなって、身体に戻ろうと足掻きました。でも、目が覚めた時、翠色の光に満ちた、あの部屋にいたのです」

「え?ちょっと待って!レーアさんって、もしかして?」

「?ドイツ人です」

「ラベラーだったのかーい!」

 レーアさんは突然の私のツッコミにひゃっと驚き、膝ではクラーラが身動ぎした。

「え、知らなかったのですか?すみません。てっきりご存知だと。正確にはラベラーでは無いのですが・・・」

 そうなのか、ドイツ系美人と言われれば、そんな気もしてきた。彼女は幼かった頃の話をしていたのではなかったか。だとすれば、違和感がある。彼女はどう見ても戦闘員向きではなく、労働者としても不向きに思える。

 だとすれば・・・ごく初期段階のランダム召喚の時代ということになりはしないか。

「恐ろしさしかありませんでした。多くの人々が戦いに出向き、死体となって帰ってくる。街の空き地には、お墓ばかりが、それはものすごい勢いで増えていきました。私は言葉を理解することもできず、お腹をこわしたり、病気になったりばっかりで、提供される食事にも恐怖を覚えるようになっていました」

 きっとその頃の帝国といえば、黒の民たちとの戦闘が激化し、連戦連敗を重ねていた頃だ。突然、たった一人、風土も言葉も違う世界に拉致された幼い子どもにとって、それは筆舌に尽くしがたい状況であったろう。

 私は相槌を打つのも忘れ、彼女の瞳を見つめた。

「お腹が空きました?」

「食わんわ!どちらかというと、食われる側でしょ!」

「ごめんなさい。うさぎさんに見つめられるのは初めての経験なので、つい」

 まぁ、大抵の人はそうだろうさ。

 私は自分のラベルをまじまじと見つめた。

 この呪紋には、行動を束縛する結界呪縛、瞬時に身体を硬直させる身体麻痺、そして常時起動している翻訳機能の他にも、防御障壁、免疫強化、負傷箇所の代謝促進などのサポート魔術回路が施術されている。これらの機能は皆、彼女のような黎明期に召喚された人たちの苦難と苦痛の日々が礎となっているのだ。

「食べ物が合わなかったということは、もしかして、その身体は、元の世界のまま?」

「いえ、この世界の名も知らない幼子の身体です。恐ろしい事・・・何でも、技士たちは魂の座標だか位置だかが違うため、相性が悪いのだと言っていました。今では、もう慣れましたけれど」

「その時代ということは、アルタイア王国で召喚されたのかしら?」

「よく、ご存知ですね。いえ、流石というべきですね。私と主人は、アルタイアの前王朝期にこの世界に呼び出され、後に帝国に亡命したのです」

 初印象とは、だいぶかけ離れた境遇の持ち主だった。私の人物鑑定眼も、あてにはならないらしい。召喚され、亡命し、結婚して、子を授かる。どうして、たくましい女性じゃない。

「その、ご主人とは?」

「今は、離れて暮らしております」

 あやや、ただでもデリケートな話に、取扱注意の荷札が貼られてしまった。

 コミュ能力が問われているぞ、私!正直、人の表情を失い、自然、交流も減った私は、うさぎになって清々した感もあったのだ。ぶっちゃけ、デリケートな状況下でのコミュニケーションは苦手分野と言わざるを得ない!

 私が次の言葉を探そうとした時、再び呼び金が叩かれた。

「あら、今日は珍しく千客万来ね。これで宗教の勧誘とかなら、容赦しないわよ」


 現れたのは、土師氏だった。

「お!どうやら、お集まりのようだな」

 よ、とばかりにレーアさんに挨拶をする。クラーラも目を擦りながら、ご婦人の膝下で身を起こした。

 あれ、御三方はお知り合い?

 レーアさんたちは冒険者の宿に出入りしているのだから、起業する前に土師が出会っていても不思議は無いか。

「これが、例の・・・でかいな」

 土師は、時計台の中枢、ゼンマイの代わりにこの巨大な時計を動かしている動力源を見上げてうめいた。

 翠色の光を放つそれは、みかん箱を八つほど集めたような、強大な魔封結晶の塊だった。

「飯は食べたのか?じゃ、俺にも水をくれないか。最近、日差しが暑くてたまらん」

 私は三つ目のククサに水を汲んで、彼に差し出した。

「で、今日は何の用事?」

 ぐびっと一気に飲み干すと、ククサを置いた板に、彼は『正』の字を認めた。

「通行人を調べているのか?で、どんな様子だ?」

「いや、え、まだ何とも」

「そうか、まずは情報を共有しよう。執政官が南下を始めた。このタイミングを見るに、やはりどちらかの意図があるとみて間違いがない。クラーラ、誕生日まであと何日だ?」

 ちょ、何仕切ってるの?

「5、6、7・・・あと15日!」

「執政官がこの街に到着するのは、遅くてもその5日前から、早くて10日前になるだろう」

「土師、ちょ、話をやめ・・・」

 待てよ、誕生日まであと15日だって?

「なんだ、キューティーバニー。そのために集まったんだろ」

「聞いてないし!それに私はそんなエロ可愛い変身キャラじゃねー!バニーガールだ!あぁ、もう!そんな事はどうでもいいし!」

 クラーラの方に詰め寄り、慎重に語りかけた。

「クラーラ、あなたの名前を教えて、フルネームで!」

「舌を噛まずに言えるぞ、妾はアデルハイト皇クラーラ・ド・ヴェリーヌじゃ!どうじゃ、すごいか?」

 あぁ、私としたことが不覚だった・・・。

「でも、フルネームは本当は秘密なんじゃぞ?ここだけの内緒じゃぞ」

 すると、レーア女史は・・・。目があった彼女は、こほんと咳はらいをしてから声を張って答える。

「クラーラ皇女のお目付役のイーリカ・レーア・フジノです」

 フジノ将軍のご婦人!

「なんだ、聞いてなかったのか?俺は土師 暁、あかつきと書いてアキラだ。時計職人をしている」

「知ってるわ!ヴェリーヌ領主でアデルハイトの息女、フジノ氏の妻のイーリカと教えられていたのよ。てっきり幽閉でもされているのかと思い込んでいたわ。まさか、街中をのほほんとお散歩なされているとは、これっぽっちも思いもよらなかったわ、あぁ、不覚だわ」

 土師が、肩をポンと叩いた。

「日本人のクセがでたな。この世界の名前は洋風だ」

 シタビラメのムニエルみたいな言い方するな。

「貴族同盟は、秘密裏に兵力をこの街に潜り込ませている。皇女がこの街にいる事も、エルベアトがこの街に向かおうとしている事も、何かも知られていると見た方がいい。必ず、奴らは生誕の儀の前に行動を起こすはずだ、時間はもう何日もないぞ」

 生誕の儀・・・エルベアトの保護のもとお隠れになっていた皇女殿下の成人を祝い、同時に正統な帝位継承権を得たことを公開するための式典。その日を最後に、代理統治の役である執政官職は解消され、3期に渡る政権からエルベアトは退くこととなる。無事に何事もなく実施されれば、の話。エルベアトは、皇女の身柄をラベラーたちの街の中に隠し、そのご健存を世に知らせぬまま、4期目続投を宣言している。貴族同盟はそれに強く反発する急進派閥による政治同盟であり、エルベアト政権からは左派、帝国の歴史からすれば右派にあたる。

 土師が提案する。

「皇女の存在を知る者は、エルベアトの他には俺たちと、この街の魔法省の上層部だけだ。だが、相手が魔法省なだけに、街の中において隠れ続けるのは困難だ。この場所も、いずれ見つかるだろう。そこで、今日は安全な隠れ家の確保と、脱出計画の詳細を詰めたい」

 土師が、作戦会議の開始を促した。

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