第23話:なぜ、多様な価値観を認めないのか? ⑤

 まず、幼少期からいじめなどが定常化されている現状では“多様性”どころか“協調性”が先行してしまい、お互いの価値観ではなく、力の強い人の意見が優先的に採用されてしまう。そのため、言い返せない子供が増えていき、どんどん自己肯定感が低くなっていく傾向がある。それが今の社会において自己表現を持てなくなる要因だろう。また、それらに対して干渉することでエスカレートする場合もあり、力が強い子ほど先行性は強くなる傾向にある。しかし、そのような行為をしてまで仲間を蹴落とす必要はないだろうし、相手にとってはそのようなことをされて一生傷を背負わなくてはいけなくなることも少なくない。だからこそ、幼少期からきちんといじめや対人トラブルに対しては周囲もアンテナを張らないといけない。


 その他にも今は“受験”する事が当たり前になっているのか、よく聞くのが“教育格差による差別”だ。これは、教育的価値観の相違により相手を見下す行為や成績で友人関係を決めるなどかなり複雑な状態になっている。これは、今の社会のパワーバランスに似ているように感じる。私の知る限りでは国会議員や省庁勤務の職員などは学歴が高い場合が多い。そして、大手企業に入社した社員の傾向を見ると有名大学が名前を連ねており、有名大学というネームバリューだけが一人歩きしていて、社員全体を評価しているようには感じない。もちろん、中堅大学の人もいるとは思うが表には出してこない。これは、社会的影響力やブランドイメージを考慮しての考えなのかもしれないが、逆に悪いイメージを持つ人も少なくない。


 これは私見だが、私はこういうことをしなくてはいけない現状を変えなくてはいけないと思う。これらの行為は企業(会社)にとっては有益なことにつながることになるが、第二新卒などの求職者や大学生などの新卒で就職活動をしている学生にとっては“この企業に入りたい”という希望を持っているが、このように採用実績などを見せられてしまうと一気に自己肯定感が下がるだけでなく、場合によっては労働意欲が低下してしまう場合もある。だからこそ、自分たちに有益な情報だけを出してイメージ・コントロールするのではなく、その企業の現状を出すようにすることが求職者の判断しやすい状況を作り出せると思う。


 今の日本はWin-Loseの関係性が定常化してしまい、下に行くと行くだけ上の指示や発言に対して反論などをする事が出来ない。それでは、力のある人がやりたいことを好きに出来てしまう。これでは、前述した就職活動もそうだが、公平性が全く見受けられず、個々に対して平等性も担保できない。その結果、良い人材だけを囲い込んで悪い人材を可能な限り持ちたくないという考えが先行してしまうのだ。それでは、人材不足が深刻だとは口が裂けても言うべきではないし、男女雇用機会均等法ではないが労働権を持っている人が全員働けるようにすることが出来ないならそもそもこの法律が機能していないのと同じ事だろう。


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