第13話: なぜ、社会は変わらないのか? ①
私自身、いくつかの疑問を抱いている。1つ目は“LGBTQIA+などに対する対応格差”だ。自分自身、そういう人には何人も出会ってきた。しかし、彼ら・彼女たちはどこか社会に生きにくさを感じていた。確かに、トイレなど公共施設も異性が入ってくるとトラブルになることも少なくない。今は専用トイレなども普及はしているが普及率はあまり高くないため、そのような人たちはなんとか自分の元の性であるトイレを使うしかないという苦痛に耐えなくてはいけない。また、結婚に関しても同性婚は戸籍法で認められていないため、一部自治体を除き、事実婚もしくは同棲婚を選択するしかない。しかし、そこで問題になるのが、仮に子供が出来た場合にどのように戸籍をとりまとめるのか?父親の名前はどうするのか?というたくさんの問題が発生してしまう。だからこそ、戸籍法を改正して、同性異性に関わらず結婚を認め、子供に関しても2人に子供という認識を深めていかなくてはいけない。そして、子供が産まれた際に提出する出生届に関しても同性の場合は父親を任意事項とし、基本は2人の子供という事で受理できるようにするべきだろう。
なぜ、日本では異性でないと結婚できない、夫婦別姓など海外では定常化している習慣を認めていないのか?
これは私見だが、夫婦=異性という認識が定常化しているため、同性で結婚すると言うことに対して社会的道徳に違反するという固定概念があまり崩れていないように感じる。これでは、何らかの壁にぶつかった際に大きな痛手になってしまう可能性があるのだ。
もちろん、法律は守らないといけないが、法律を守ることで個人の自由が侵害され、国民生活が脅かされるのは権力掌握以外のなにものでもない。
社会は刻一刻と変わっており、それに会わせた法改正や法制定などを行わなくてはいけないだろう。特に、これまで触れてこなかった部分や現在起きている事項に対して何もアクションが見られないと同性愛者など国際的認知の高い項目の社会的認知がどんどん遅れていき、ますます肩身の狭い思いをしてしまうこともある。そして、同性婚を承認している自治体に対する誹謗中傷や名誉毀損などの風評被害も十分に考えられる。これは当事者たちも周囲からの誹謗中傷やいじめなどを受け続ける事にもつながるため、自傷行為や精神疾患などを行うもしくは発症する可能性が高くなるのだ。
私はこのような人に対しては肯定的に捉えている。なぜなら、個人の意思や育ってきた環境などに加え、2つの性を持っているもしくは同性であっても一般的な視点ではない視点から物事を捉え、当事者目線で考えてもらえるため、新たな知識を得られるだけでなく、そのような人向けに展開できる知識を蓄えられるなど利点しかないのだ。
今は、それらの観点から教育等の現場は少しずつ変わり始めている。しかし、社会はあまり変わっていない。そのため、学校ではそこまでストレスを感じず、比較的過ごしやすいと感じていた子供たちがいざ社会に出たときにその格差に対してショックを受けてしまいやすくなる要因になってしまうのだ。そして、今の日本にはどこか見えない区分が出来ており、その壁を乗り越えるのにも一苦労している印象だ。
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