第35話

 



「…ここは」


 目が覚めた。


「ふむ、目覚めたようだな」


 隣から声が聞こえたきた、体を起こそうとしたけど思うように動かせなかった。


「あまり動かん方がいいぞ。というより動くことできんだろ、タートスの爺から聞いたからな。体から疲労がまだ抜けていないのだろう」


 目線をだけを動かして声の正体を確かめる。そこに居たのは…


「大賢者様!?」


「ワシだ」


「っ何故ここに?」


「なんじゃ、ワシがここに居たらいかんのか?」


「いえ、そう言う訳では…何故、僕の隣に?」


「魔物の始末を終えた後に、今回のスタンピードで活躍した勇敢な冒険者諸君のボロボロな姿を一目見ようと思って来てみたらお主が居た訳じゃ。あと、お主の…嫁、だったか?そいつも隣のベットに居るだろ?」


「そうなんですか?…あ、本当だ」


 目線だけを頑張って動かして左の方を見るとミルアがすやすやと寝ていた。


「どうやら進化してるらしいぞ」


「っ!とうとう、進化してるんだ」


「あと数日は目覚めないだろう。お主も一日寝ていたけどな」


「一日もですか?」


「ああ、ワシが聞いた話だとな。あと、お主…前より強くなっておるな」


「え?」


「自覚無しか。…どうせ、無意識のうちに進化したんだろ」


「え………あ、そうだ」


 最近見てなかった情報カードを見てみよう。そこにレベルが書かれてるはずだ。それで進化回数もわかる。


「…動かん」


 右腕が動かない。なんだろう、この変な気持ち…右腕を動かそうと言う意思はあるのだが、動かせないという、このもどかしい気持ち。


「情報カードか」


「はい。でも、腕が動かないので無理なんですよ……あ、大賢者様」


「お主…お主が何を言おうとしているのか予想できるぞ。ワシにそんな事をさせるのか?」


「……自分でやります」


 僕が考えていたのは大賢者様に右手を動かしてもらい胸に置いてもらう単純な動きをお願いしてもらおうと思っていたけど、無理だったようだ。というより、見抜かれた。


 僕は自分の力で右腕を動かそうとするが、上手いこと行かない。


「…………苦戦しておるな」


 それを見かねたのか大賢者様がそう言ってきた。


「…ぐぐぎ」


 動けー。


「……はぁ、仕方ない。ワシが手を貸してやる」


 大賢者様の小さな手が僕の右腕を優しく掴んで、ポイってと胸の中央に放り投げた。…出来る事なら最後まで優しくして欲しかった。



 数秒後に、手元に一枚のカードが出現する。


「よし。あとはこれを見……」


「お主、もう少し後のこと考えて行動したらどうだ?」


「本当にその通りですね…」


 カードを取り出したのはいいが、見れなければ取り出した意味が無い。


「……はぁ、手間のかかる奴だ。少し貸せ」


「あ、どうぞ」


「…ほぅ、早いな」


「えーと、どれくらいだったんですか?」


「教えて欲しいか?」


「…意地悪ですね」


 ニヤニヤと笑いながらそう言った大賢者にジト目を向けながらそう答える。


「くっくっく」


「…いや、笑ってないで教えてもらえませんか!?」


「おっと、すまんな。で、お主のレベルだが、53だ」


「へ…?53ですか。へぇー、えぇぇ!?」


「おぉ、面白い反応の仕方だな」


 その反応やめてください。いや、それより…


「53って…つまり5回も進化、スタンピードに参加する前より2回も進化したんですか」


「お主の前のレベルは知らんからなんとも言えんからお主がそう言うのならそうなのだろうな。…じゃが、お主が今も動けん理由が分かったな」


「え、疲労のせいじゃないんですか?」


「それもあるだろうが、短時間で二度の進化をしたせいで体がまだ慣れていないのだろう。普通1回進化するのに最低でも数週間、最高で数年だからな。それを1日、数時間で2回もしたんだ。体が驚いているんだろうな」


「なるほど……あれ?でも、どうして僕は戦闘出来てたんですか?」


「恐らく無意識のうちに力を使いこなしていたのだろうな」


「…」


「あと1日くらいは体は動かせないだろうな。力を慣れさせるために、な。安静にしとけ」


「分かりました。…ありがとうございます、大賢者様」


「礼を言うのはこっちだ。一人でよくあの魔物の中を生き残れたな」


「…結局、自分のことで精一杯でしたよ」


「アホか、あの状況で他人の事を考えられるのは神魔鋼級オリハルコン冒険者だけだ。5や6の魔物だらけの中で魔鉄級ミスリルのお主の方が凄いぞ」


「…そう言ってもらえると嬉しいです」


「さて、ワシも少し休む」


「大賢者様も休むんですね」


「…ワシをなんだと思っている。今回のスタンピードのボス魔物の討伐と、魔物の死骸どもを一人で処理したんだぞ?流石に疲れた」


「お疲れ様です…」


「では、またな」


 そう言って大賢者様は姿を消した。転移かな?


 目線を元に戻す。…地味に疲れた。


「……あの時の動きを」

 ポツリと呟く…


 脳裏に思い浮かぶのは最小限の動きで、最小限の傷で魔物を斬り殺していた動き。


「あれを当分の理想としよう」


 あの動きを自由に出来るようになったらもっと強くなれる気がする。よし、頑張ろう。

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