第17話 交易艇の客人

 艇長に報告するや否や、本人に詳しく話を聞きたいということで艇長は副長を呼びつけ、女性と三人で操舵室に篭ってしまった。そして僕とフラウレットは今日2度目の締め出しを食らった。


「断られるに決まってるよなぁ」

 少女には可哀想だが、艇に利益があるわけではない。

「当たり前よ、聞くまでもないわ」

 フラウレットは僕に向けて指を立てた。

「このことはみんなに黙ってなさい、いいわね」

 何か言おうとしたが、その度に彼女に「めっ!」と制されてしまったので僕は是非を答えることすら許されなかった。

 もう陽も傾き掛けている。街に出る気分にもなれず、時間を潰そうと食堂に戻ると、ちょうど一緒に外出していた艇員達が戻ってくるところだった。


「あーこんなところにいた!」

 アシマが声を上げ、どかどかと床を鳴らしながらイツキらが追従した。

「フラウも一緒じゃんか、やっぱ心配なかったろ」

「ほーら、この二人のことだから絶対めんどくさくて早めに切り上げたんだって」

 先ほどまでの妙な雰囲気に全身が痒くなってきていたところだったので、普段はやかましい仲間の騒音が心地よくすら感じられる。それよりも、どうやら心配させてしまったようだ。

「あー、いや、ごめん、こっちもまあ色々とあ」

 言い終わる前に襟首を締め上げられ、体を持ち上げられた。まだ発語途中だった文が、変な音程で口から漏れ出た。

「おいテメェ、フラウに何した?」

 尋問してきたのはイツキだった。

「明らかに顔色が暗いじゃねぇか。さっきまで一緒にいたんだろ?何したんだほら言ってごらん?ちゃんと聞いてから斬ってやるよ」

 さすがというべきか、イツキは人だったり場の空気を見て瞬時に戦局だとか色々と直感的に判断する能力に長けている。つまり早とちりしがちである。

「待て待て待て違う何かあったのは事実だがお前が思っているような事は断じて起きていない」


「何かあっただと?」

 イツキの背後からぬっと出てきたジトーの顔は冷静に見えるが、首筋の血管が浮いているのが見える。

「なんでお前まで反応してんだよっ・・いいから離せ、フラウもなんか言ってくれ」

 当事者に収めてもらわないとどうにもならなそうなので、締め上げられた喉から掠れる声を絞り出した。

 フラウレットがはっと顔を上げた。

「ごめんなさい、心配させちゃったわね。大丈夫よ、彼のせいじゃない。大した事じゃないの」

 いや姐さん、その言い方は如何かと。おかげでアルまで後ろの方でなんか棒切れっぽいもの持ち出してるじゃないか。

「彼のせい・・・?大した事・・・?」

「やっちまったなぁリック。明日の朝日は拝めなさそうだな。残念だ」

「おまえら絶対わざと聞き違えてるだろう!」

 阿吽の如く睨みつけてくる鬼と化した二人に吊られて、僕は最悪を覚悟した。だがおいそれと死んでなるものか。心の中で念仏を唱える代わりに、今後一生箪笥の角で小指を突き指し続ける呪詛を二人に向かってなるたけ早口で紡いだ。


「遊ぶのもほどほどに。備品が壊れます」

 静観していたらしい副長が仲裁に入ってくれた。いつからそこにいたんですか。

「イツキ、降ろしてやりなさい。ジトーも柄にもないですよ」

 諭されて一気に蒸気が抜けた二人の手が緩んだ隙に、僕はカサカサと逃げ出してアシマの後ろに隠れた。ここならイツキも手が出せまい。アシマが呆れながらも頭をぽんぽんとしてくれた。嗚呼、慈悲深き慈母神よ。

 イツキが勘違いから暴走するのはいつものことだが、ジトーも珍しく感情的なのはどういうことだ。こいつはどうもフラウレットのことを妹の様に思っている節がある。まるで過保護な兄のようにも見える。


「フラウ、ジトーにマイルズ。あとそうですね、リックも。操舵室まで来てください。他の艇員は、手の空いている人を集めて待機してください。三十分後に当面の航行方針を伝えます」

 副長は淡々と伝えると、来た時と同じように音も立てずに食堂から出て行った。


「びっくりした、いつの間にいたんだろ」

 第六感が秀でているイツキをして気づかせないとは、あの副長実は結構、やるんじゃないだろうか。

「あの人が神出鬼没なのは前からだぜ。気が付いたら陰から見られてるんだよ。おかげで悪いこともできやしねえ」

「悪いことなんでどうせしないだろ。でもなんだろうね、僕らだけじゃなくて、フラウやリックも合わせて呼ばれるって」

 落ち着きを取り戻した様子のジトーにマイルズが続けた。


 ジトーとマイルズが呼ばれたのは、操舵室で艇長の聞き取りを受けているあのタチアナと呼ばれた女性に関連しているのだろうか。フラウがゆっくり立ち上がった。

「マイルズにジトー。先に謝っておくわ。ごめんなさいね」

 と伏せ目がちに言い残し、先に向かった。

「おいおいなんだよ怖えな」

「何か知ってるのリック」

「さあね」

 不思議そうにしている二人の会話を区切るように促し、僕らは操舵室へと向かった。


 操舵室は前面がガラス張りになっているので、飛んでいる時なら空の様子が数理先までよく見える。今は停留しているので整備場の壁しか見えないが。船首側のデッキには基部を新調したアンカーが見え、板を張り替えた後や塗装を塗り直した箇所が散見された。どうやら、僕らが毎日街で遊んでいる間に艇の整備も概ね完了したようだ。


 操舵室では艇長と副長、そしてタチアナがいた。艇長の咥えタバコの隙間から煙が漏れた。

「あー、なんだ。先にお前らに言っとこうと思ってな。この娘を東の王国まで送ることになった。色々とよろしくな」

「はあ。でもなんでわざわざ僕らにそれを先に言うんです?」

 僕とフラウレットはわかるにしてもジトーとマイルズに予め了承を取る理由がわからない。


「テレンス、あと頼めるか」

 艇長は副長に説明を丸投げした。副長は露骨に嫌そうな顔をして艇長が吹かした煙を払い除けた。

「こちらの方から護送依頼を承りました。本艇としては、多少のリスクはあれど報酬額が高いので受けることにしました。支払いは、依頼人の状況を鑑みて手付金なしで成功報酬のみです。その代わりに、目的地に辿り着くまでは艇で働くこと、そして道中で空獣を発見した場合はそれの捕獲、解体、売却を優先して良いということで同意してもらいました」

 副長は淡々と続けた。

「彼女は依頼人ですが依頼達成までの臨時の艇員でもあります。複雑ですが、客人であることは忘れないでください。フラウは彼女に仕事を教えてください。ジトーとマイルズは王国に接近した際や越境後の警護を。元々務めていた地域です、勝手はわかるでしょう」

 さっきから物静かな隣の二人組に目をやると、ともに表情は固かった。元々務めていただって?

「紛争地域を横切る形になるため、この艇では目立ちすぎて越境は不可能です。よって、少数精鋭を商隊と偽り、徒歩のルートで送り込みます。交易が封鎖されているわけではないので街道を問題なく使えるはずですが、万が一を考えるとイツキは戦力として外せません」

 さっきの気になるところについて質問する間もなく伝達は続く。なんだか流れが読めてきたぞ。

「そうなると、イツキをサポートする人間が必要です。ジトーとマイルズは依頼人とフラウレットの護衛に専念してもらう必要があります。そしてアシマは非戦闘員なので、最後の人選は必然的にリックになります」

 また面倒ごとを押し付けられた気がする。毎度のことだが、しれっと大事な情報を挟むのはどうにかならないのだろうか。


 「ここまでに質問はありますか?特にリック」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔でもしていたのだろうか、副長が聞いた。

「情報量が多くて感情を処理するタイミングを逃しました。驚くべきか納得すべきか悲観するべきかわかりません」

「それは結構」

 何が結構なんだか。こちらがリアクションをとったところで適当に流すつもりなら聞かないで欲しいものだ。


「さて、依頼主からもお一言どうぞ」

 副長に促されて、少女は僕らを一瞥した。

「話の通りよ。私はタチアナ・アストリッド・エッツォ。南の共和国と、東の王国の国境にある辺境の領主の娘。今更だけど久しぶりねテューラ、しばらくの間よろしくね」

 さっき店先からおずおずと出てきた時とは打って変わって、腰に手をついてはきはきとしている。この場にいる各々がそれぞれの理由で頭を抱えていなければ好印象を持ったかもしれない。

「ここでは彼女のことはフラウレットかフラウと呼ぶように」

 副長が釘を刺した。今聞いた名が彼女の本名なのだろうか。

「そうだったわね。状況が状況だもの、ファーストネームは避けるわよね。でもミドルネーム使うくらいならいっそ偽名でいいじゃない」

 少女はつらつらと思っていることを言葉にしていった。

「でもいいわ。私もここにいる間はアストリッドって名乗ることにする。アスタでいいわよ。さて、乗った時から思ってたけど、面白い飛空艇よねコレ!さっきまで自分の身の上を悲観してたけれど、急に楽しくなってきたわ。話が通ったからには働かなきゃね。まずは艇のことを覚えるところからだけど、とりあえずここの中を歩かせてもらうわね。そこのあなた、道を開けてくださる?」

 明朗快活かつ猪突猛進というべきだろうか。少女は僕に目もくれず側を通り、そのままつかつかと操舵室を出て行った。

 予想外の勢いに、全員が言葉を失った。

「彼女もなかなかの癖者ですね」

 副長が失笑し、艇長はタバコを灰皿に押し付けた。フラウレットはというと、頭を深く抱え込んでいた。

 大丈夫か、と声をかけたら、

「あの子、昔からああなのよ」

 とため息と共に返された。


「とりあえずは様子見だ。無茶しないよう見ててやれ。悪ぃが頼んだぞ」

 艇長は新しいタバコを取り出し、火をつけて操舵室を出た。食堂に向かうのだろう。

 「あとそこの固まってる二人も、いつまでも寝てる様なら引っ叩いといてくれ」

 ジトーとマイルズを見ると、二人とも微動だにしないままだった。

 

 




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