第14話 求めない者にこそ訪れるもの
白昼夢を見ることはあっても、それが覚めた途端に見ていた夢を忘れたことはないだろうか。あるいは夢と現実の境目を曖昧に感じたり。さっきまでお花畑で誰かとくるくると回っていたと思うのだが、今この瞬間に僕の正面にあるこいつの顔ではなかったはずだ。
「いくら暇だからって放心しすぎだろ」
マイルズに軽く頬を引っぱたかられて白昼夢から覚めた。
「ああごめん、何か話してたのか、聞いてなかった」
「寝ながら歩いてるのかと思ったぜ。かっくんかっくんしてよ」
ジトーも茶化してきたが、絡む気分でも無かった。しかし自分はどんな歩き方をしていたのだろうか。
「買い食いする金すらないんだろ。道すがら香ってくる屋台飯に苛まされないように無意識に考えるのを止めてたんだよ」
適切な分析をしたマイルズに、ため息をついたのはジトーだ。
「便利な技能だな。おら、これでも食え」
目の前の店で適当に掴んだジトーに無理やり渡されたのは水飴だった。
「ありがたい。ついでに肉があるとよりありがたいんだけど」
「文句があるなら返してもらうぜ」
「いやいやそんなことは滅相もへったくれも」
「適当な返事だなおい」
男3人で歩いているのは特に意味があるわけではない。ショッピングに沸く女子についていけず、置いて行かれただけだ。
「せっかく服も決めてきたのにこれじゃ寂しいったらないな。女子艇員の目もないし今が好機だ。俺はこの街の素敵なお姉さんとの運命的な出会いを果たしにいくぜ」
ジトーは街に降りると、毎度運命の出会いとやらを探しに行く趣向がある。奥手そうに見えるマイルズもいつも存外に乗り気で、よく二人で街に出ては七転八倒の不毛な戦いを繰り広げていた。二人とも軍属だった頃にそういった遊びを覚えたらしい。曰く、勝ち負けよりもスリルそのものを楽しんでいるようだ。そして僕も清廉潔白であるとはいえ彼らの探索に参加したことがないとは言えない。だって年頃の男の子だもの。旅先のひとときの思い出とか、なんか良いじゃないか。でも髪と眼の色で悪目立ちすることばかりで、少なからず見せ物になるのが面倒でいつからか辞退するようになった。今では毎度意気消沈して帰還する二人を慰める役回りになっている。僕のため息は聞こえないふりをして、二人は襟を正し、背筋を伸ばして雑踏の中に突撃していった。骨を拾う方の苦労も考えろよ。南無三。
二人の背中を見送るのに気を取られていたら、エスコート対象であるはずの女子艇員らを見失ってしまった。仮にも空の男を謳っておきながら用心棒役もろくにできないとなると流石に無能の称号を賜りかねない。まぁあの女子の一群の中に僕が束になっても敵わないのがいるから問題ないはずだが。特に心配することはないものの、広間にある時計台に登ることにした。地元の名所らしいが、こちとら日頃空からの景色意外に見るものがない生活をしている。艇員達の中で興味を示す者こそいなかったが、上から人を探すには便利だろう。時計台といってもせいぜい4階建ての小ぶりな造りで、上まではすぐだった。
小さな展望台に出ると頭上に小さな、といっても両手に抱えて余りそうな鐘が吊られていて、茶の地金に緑がかった色から青銅なのだろうことがわかる。眼下では四方に煉瓦の瓦屋根が広がり、その背後では細かくきらめく水面が水平線まで続いている。陽の光が無数の波に反射し目に刺さる。髪を通る風は潮を含み、頬を撫でる陽は少し暑い。四方を、耳が浮いて飛び去っていきそうな甘言を吐き続ける恋人達に囲まれているところにさえ目を、いや耳を塞げば、爽快な場所だと思った。
取り急ぎ見回してみたが、見失った護衛対象の女子艇員らは見つからない。露天商がひしめき合っているだけでなく、多くが布の陽避けを立てているので仕方ないのだが。少なくとも、僕は探す努力はした。残念ながら僕には荷が勝ちすぎていたということにして、用心棒役は引責辞任しよう。残りの時間は無職らしく散歩に費やそうと思う。いや残念だ。
「あなた何してるの?」
気持ち飛び上がって、声の方に目をやると柵にもたれかかるフラウレットがこちらを見ていた。
はっはっは、と白々しく独りごちていたのをしっかり見られた様子だ。
「なんでもないよ、もう終わった。フラウこそ何してるのさ」
まさか艇員と遭遇するとはおもっていなかった。正直、空からの景色の方が見応えがあるし、普段地に足を付けていない僕らは寄港するときは地べたを歩きたがるものだ。
「あなたと同じ。探し人よ。ただし、私が探される方だけどね」
なんだフラウも迷子かしょうがないな、と返したら笑われた。
起き上がったフラウレットはカットソーに長めのスカートを合わせていた。装飾は最低限に留めているのも彼女らしい。風に煽られると裾や袖が大きく揺れ、彼女とそれ以外との境目を強調した。逆側の生地はゆったりとしたままで、その対比がたおやかさを強調しているように見えた。
「そうね、その通りよ。さて、お互い用事は済んだみたいだし、日が暮れるまで観光に付き合ってもらおうかしら。できれば買い物以外でね」
一対一でのエスコートをお願いされてしまっては、無下に断ることもできない。
「買い物じゃなくて良いのかい。荷物持ちなら問題ないぜ」
「そんなに得意ではないのよ」
「意外だね。やれやれ、せっかくお役御免だと思ってたのに」
「そんなことだろうと思ったわ」
僕は諦めて、先ほどジトーにもらった水飴を口に放り込んだ。
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