第12話 良い話にするには味が足らない
「なぁ、これ本当におまえんとこの郷土料理なのか?」
アルの疑問は彼の感想を物語っていた。
待望のコメ料理は、想定通りというべきかは憚れるが、食うに耐えない代物だった。碌に精米もされておらず、大釜で適当に煮たのだろう。べしゃべしゃの糊の中に炊けていない硬い粒が混ざっていて、おおよそ郷里を思い起こさせる触感とはほど遠かった。一緒についてきてくれたアルも興味本位で頼んでみたものの、一口で諦めスプーンで掬っては落とし遊んでいる。フラウも、妙な粥だという以上の印象を持たなかった。今更になって実感するのは、国が違えば食文化は変わるということか。こちらで美味いとされるものが向こうでは受け入れられないなんてことは当たり前の話で、だからこそ珍味やげてものとかいうジャンルがあるわけだ。この地域では粥はあるが、パンにできないクズ穀物を処理する調理法という位置付けだった。同じ要領で調理したのだろう。故郷と全く同じ味が楽しめるとまでは思っていなかったものの、近しいものはあるのではないかと勝手に期待し、その結果必要以上にダメージを受けた。全くもってまぬけだ。がやがやと食事に興じている他の客を殊更煩わしく感じるが、流石にそれは独りよがりだ。
絶望にうちひしがれているところに、例の二人がやってきた。
「リック漆器扱えるんだって!?」
先の店でひと悶着あってからいくばくも経っていない。どこから聞いてきたのだろうか。この際何でもいい、このみじめな空気をどうにかしてくれ。僕は頬杖をついて応えた。
「地元が職人街ってだけだ。おもちゃ代わりにしてただけだよ。技術なんてないし、何も期待するな」
「早速だけどアタシの刀の鞘の拵えを直せねぇか?もうばきばきなんだよ」
「湿度と陽の光の増減が激しい上空で晒しとくからだろ。道具もねぇしとりあえず薄く湿らせた布巻いとけよ」
「あぁーなんか真っ当な意見来た!まじかよなんで今まで言わないんだよ」
人の話を聞かないイツキに、出来るだけつまらなさそうに返答し続けた。実際自分は職人として働いたことはないし、そもそも飛び出してきた身だ。できないしやりたくないものはそう言うしかない。僕はイエスマンではないのだ。周りに下手に期待させると、自分の責任や仕事が増えるだけだ。そしてその分だけ、期待に応え続けなければいけなくなる。そしてそのうちに自分では賄いきれなくなって、失望されるんだ。うまく人を使えるタイプならまだしも、僕のような人間は仕事を抱え込んであっというまにバーンアウトするのがせいぜいだろう。そもそも周りの評価にそんなに踊らされるなよ、とは言ってくれるな。おだてられれば火の中水の中土の中あのおっさんの腕の中、どこにだって飛び込んでしまうのが普通の人間だ。だって、自分に興味を持ってくれている人には応えたいじゃないか。
「もうやめなイツキ。ごめん、迷惑だったかな」
妄想が迷走、いやいや思想に耽っていたらアシマが話を切り上げてくれた。
食い下がり続けるイツキを制し、
「なにかを一緒に造れたら楽しいかなと思っただけなんだ、ごめんね」
しゅんとしながら言うその姿にちょっとやられそうになった。
「イツキも私も、偶然とはいえ君のことが少し知れたので嬉しくなっちゃったんだ。できれば気を悪くしないで欲しい」
突然背後から胸を刺されたかのような激痛に僕は崩れ落ちた。いや違った、僕の良心が死にかけたようだった。
そんな顔をしてくれないでくれ、僕が悪者みたいじゃないか。いやこの場合僕が意地を張っているだけなのは明瞭なのだが。
言葉に詰まっていると、悪く受け取ったのかイツキも口を開いた。
「いやまぁお前が自分のこと喋りたがらないのは知ってたけどよ。悪かったよ」
改めて自分の行いを明確に言葉にされると、とりあえず否定したくなるのは一体どんな心理なのだろうか。
自分はなぜ頑なに過去を隠したがったのだろう。地元が嫌だったのは確かだし新しい可能性を探してみたくもあった。でもそれを第一の答えにするには何かが違う。考えれば考えるほどわからなくなるが、ともあれこの会話の中で結論は出なさそうだ。
「あ、いや違うんだ、そうじゃ無いんだけだ。特別隠してた訳じゃなくて」
口をついて出た返答はなんともふにゃふにゃしていた。
「もう、この話はおしまいね」
フラウが気遣ってくれたのがもどかしさに拍車をかけた。アルも、見るともなく静かに僕の顔色を伺っている。僕は急に苛立ってきた。なににって自分にだ。もしかして普段から周りに結構気を使わせていたのではなかろうかと思うと、不甲斐なさを感じた。僕は自分が今までかっこつけていたのだろうことに気づいて、急に馬鹿らしくなった。
この痛い設定めいた態度を今後も続けるのは面倒だ。しかし、今更改まって自分の話なんぞ癪だ。気恥ずかしくてしたくない。テンションが高いまま色々な思いが逡巡する中で、僕は一つの解答に辿り着いた。僕は勢いよく立ち上がり、仰け反って額に手を当ててポーズを決めた。
「仕方ない、そこまで聞きたいなら僕も吝かではない」
ついでにふぅーははは、と高らかに笑い声を上げてみた。僕の答えは開き直ることだった。こんな時はおどけるに限る。いやまぁ、素直に話をするのとどっちが恥ずかしいのかわからないが。痛さはこっちの方が確実に高いけど。昼間に入った変なスイッチがまだ切れていないらしい。それでも、今の僕にできる精一杯だった。
流石に付き合いが長いだけあって、着席していた面々は皆僕の真意を察した様子だ。ツッコミを入れてくれる奴はいなかった。やべぇこれはこれで恥ずかしい。イツキの野郎、こんな時こそいつもの調子で絡んでくれれば良いのに。ともあれ、今更ながらの自己紹介となった。
「本当に大したことはないんだ。単に古い職人の街で育ったってだけで、僕自身は職人でもなんでもない。確かに、多少は漆器を扱えるけど。多少だけど。子供の頃からそれに触れて育ってきたから、一通りの工程は知ってるってだけさ。そもそも地元を出た身だからね。だから申し訳ないけど、本当に期待に応えるだけのモノは持ち合わせてないんだ」
僕は昔から工芸に興味がなかった。家業を継ぐ兄弟は別に居たし、両親も特別に教えてくれることもなかった。いわゆる、「背中を見て学べ」という姿勢だ。親に遊んでもらった記憶よりも、漆器にばかり目を向けて僕の方はちっとも見てくれなくて寂しい思いをした記憶の方がずっと多い。親に反発して学ばなかった子は僕以外にもいたが、それでもほとんどはある程度歳を重ねてからは積極的に家業に携わっていった。僕は、街の遊び相手が段々と自分よりも幼くなっていくことに気づきながらも、頑として修行をしなかった。日々の中で漆器に触れる機会は多かったが、絵を描いたり、釣りをしている方がずっと楽しかった。その結果、齢十四を迎えて本来なら工房の即戦力になることを期待されていた僕は、同世代と比べて当然ながら全く使い物にならなかった。親もその頃にはもう期待をしていなかったことは肌で感じていたが、その時になってようやく、自らの過ちに気がついた。ただ飯食らいとして冷遇されるようになり、あとはもう街を出るまでは自然の流れだった。
同郷の友人らは皆今頃は立派に家業を継いでいるのだろうが、僕はもう故郷に戻ることもないだろう。僕は今までの人生で努力をすべきところでしてこなかったのだ。積み重ねたモノの薄っぺらさをわざわざ晒す様で、説明を続けるにつれ、なんだか違う意味での恥ずかしさが込み上げてきた。僕は、自分の過去を恥じているのだ。
「なんだ、要は自分のやりたい事がわかんねぇっつう話か」
イツキに乱暴に纏められて僕の身の上話は終了した。エールのおかげだろうか、すんなり話せたことは自分でも意外だった。
「贅沢な悩みだよね」
「私やアルみたいにいくところがない人もいて、あなたみたいに、予め決められた人生を歩みたくない人たちもいるってだけよ」
アルが言い、フラウが諭した。フラウレットは流石にというか、達観していると感じることが多い。
「そんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃないかな。ボクやイツキも家業が嫌で家を出たのは一緒だけど、叩き込まれてきた技術しか取り柄がないから今でもそれに頼ってるわけだし。リックが今この艇に乗ってるのは、旅をしたいからでしょ?だったらこの旅を楽しむために使えそうな知識や技術は図々しく使っていけばいいんだと思うよ」
「ありがとう、アシマはいつも優しいな」
皆の反応が思いの外軽く拍子抜けだった。胸の内がすこし空いた気もするが、他人の評価がさほど悪くないからと考えを改める程度の引け目だったのだろうか。人の言葉ひとつで有り様すら左右される自分自身にはほとほと呆れる。
それにしても、自分はこんなに感情や思考をまとめるのが下手だったのだろうか。
「おまえはそういうのないのかよ。僕だけ話を聞かれるとか恥ずかしいんだが」
イツキに振った。
「んー、小さい頃は特になかったけど、なんかだんだん嫌になってきたから出たんだよ。一緒だ一緒。アタシらも特になにしたいとかないよなぁ」
「でも葛藤とかはあるよね」
アシマに向いて、二人でうんうんしている。
「どうやってその心境から脱するのかをぜひご高説願いたい」
二人とも、いや他の皆もだが、僕からみると毎日活き活きとしている。どうやったら自分にそんなに自信が持てるのか、僕には皆目検討がつかない。
「過去を引き摺ってたらいつのまにか擦り切れてただけよ」
フラウレットがビールを傾けながら答えた。なんかかっこいいこと言ってる様に見えるけど、顔赤いぞ姐さん。アルに指示して、度数の低そうなビールに差し替えさせた。
「そういう事だと、このこたちはあまり使い道がないのかな」
アシマがテーブルの上の漆器を弄りながら呟いた。どれも管理が雑で、実用には耐えそうにない。かといって直せる道具もないが。
「まぁ、使わないのも勿体無いし、僕にできる事があるならするよ」
当面は、僕に否応にも初心を思い起こさせる物として棚に飾るしかなさそうだ。それでもいつか、道具が揃って気が向いたら、下手なりに直すのも良いかもしれない。僕は飯を一口食べ、その不味さに辟易しながら思った。
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