第11話 交易艇員の新たな憂鬱
入港時に空から見えてみたので予想はしていたが、市場の至る所がこの街の繁栄を物語っていた。
「まるで立体の迷路だな」
誰ともなく呟き、だれともなく頷いた。
街道の石畳は凹凸が少なく、並ぶ建屋の漆喰も割れが目立つところはない。白い壁に開いている窓枠に鮮やかな旗や標識を掲げているが、その背後に見え隠れする家具に生活感が垣間見える。街道には小橋が多くあった。細い水路が幾重にも折り重なっていて、物資の運搬に使われているようだ。地上の喧騒も我関せずといった様子で、露店の品を載せているだろう小舟がゆらゆらと足元を滑っていった。そして、まるで優美な街の絵画の上にビー玉をこぼしたかのように、行き交う買い物客や露天商がその艶やかな服飾で陽の光をきらきらと乱反射させていた。
米はもちろん気になるが、飯は逃げることはないし掘り出し物は待ってはくれない。まずはひととおり買い物を済まそうということで満場は一致していた。
「よっし、アタシはエモノ探しに行くぞ」
「そんな物騒な言い方しないの」
イツキとアシマは足速に露店を一店ずつ一瞥しては進んでいった。買うものが限定されてると悩むことがなくて良いな。ジトーとマイルズは小道具を探しに行くといき、女子のほとんどは服を見に行った。特に買うものが決まってないフラウレット、アルと僕は雑貨を見て回る事にした。
「フラウはなにか目当てのものはあるのかな」
ふらふらと数件を見た後に聞いてみた。
「特にないわね、物が増えても困るだけだし」
なんとも寂しい返答じゃないか。ではここは僕が一肌脱いで、センスの良いものを選んでやろう。
「要らないわ」
卓上燻製器、暗器を仕込める脛当て、多機能手鏡、果ては蒸れた靴を短時間で干せる快適グッズなど、僕がセンスの限りを尽くして厳選した雑貨はすべて却下された。
「ほんとセンスねえよな。デリカシーも」
アルの一言は刺さったが、それよりもフラウがフォローしてくれない事に轟沈し、大人しく自分の買い物に注力することにした。
それなりに店舗を周ったが、仲間は皆まだまだ夢中な様子だった。持て余した時間をなんとか浪費しようと歩みを進め続けていたら、骨董品の専門店が集まる区画に入ったようだった。
「あ…」
アルが溢したのが聞こえたので振り返ると、フラウが足を止めていた。
こういった市場には、戦地での戦利品という名の略奪品が並ぶことが当たり前だった。いまだに各地では争いが絶えず、敵対国から略奪したものをステータス視する人たちもいる。没落した小国の調度品など、素材が良くても価値がないものは地金用に投げ売りされていた。レプリカンの乗組員には、戦争で故郷を失った者も多い。フラウももしかしたらそうなのだろうかと気づき、慌てて踵を返した。
「ごめんなさい、気にしないでいいわよ、見てみましょう」
改めて歩を進めたフラウレットの目にはなにかしらの想いがこもっているように感じられた。
露天商に混じって、実店舗を構える専門店もあった。略奪品の専門店だと思うと複雑だが、並んでいるモノは確かに美麗だった。宝石箱や鏡台、刀剣類や織物が主で、傷のない美品が通り沿いのテーブルに鎮座する。その脇に、微細な傷ものが並べられ、そして地べたや床に敷かれた大風呂敷には、大きな傷や弾痕、果ては血痕が洗い落とせていないようなものまでが乱雑に並べられていた。
名店らしく、陳列されているのを適当に流し見るだけでも、多数の地方から品が集められていることはすぐにわかった。特にいまだに内紛や侵略等の争いが激しい東の国々のものが多いようだ。人によっては憎さだったり懐かしさだったりと様々な感情が湧くのだろうが、地方どころか大陸外の人間である自分が見ても特になにも思うところはない。そもそも国や勢力図だってまだ覚えきれていないので、旗章が何通りあるだろうかとか、そんな低レベルな見方しかできずにいた。僕の故郷の品もいくつかあったのは意外だった。美品はそれなりだが、床に転がってる品々はキズが痛々しく、手にとって見たいとまでは思わなかった。
そんな僕とは対照的に、フラウレットは床にある商品も手に取り、装飾や旗章を確認しては戻していた。アルも黙々と同じ作業をしていたので、二人で同じものを探しているのだろう。手を貸したいところだが、探し求めている柄がわからなければ手伝いようもない。自分の無知は悔やまれるが、諦めて自分用の道具を探してみることにした。そもそも今日はまだお金を使っていない。適当なナイフの一振りでもないかと物色していたら、床に積まれた品の中に小箱を見つけた。
手のひらサイズの割にはずっしりと重いことから、細部まで金属製であることは明らかだ。輝きを失ってはいるが細工は細やかで蝶番もしっかりしている。惜しむらくは弾痕があり側面が凹んでいることだが、鋳潰して地金にしてしまうのは勿体無い。中を見ようと開けようとしたが、何かが引っかかって開かない様だ。少しだけ開いた隙間に陽の光を差し込むと、ところどころ金属片が伸びる円柱が横たわり、小さな突起が無数にある。その爪に何かが引っ掛かっている様だった。すこし触ってもよいかと店主に断ると、話しかけるな邪魔だと言わんばかりに手を振られた。許可を得たので遠慮なく隙間から針金を差し込んで暫し弄っていると、引っかかりが外れる音と、歯車が軋む音が聞こえた。続いた金属音は音程が高いが、金切り音ではなく柔らかい。これはもしや、と慎重に蓋を開けると、温かな旋律が数秒鳴り、また止まった。側面の凹んだ壁にまた何かが引っかかったようだった。
「オルゴールか、インテリアとしては良いけど壊れてたらしょうがないな」
戻そうとした手を、別の手が覆った。
「待って」
フラウが隣から覗き込んでいた。
「これがどうかした?」
だが返事はなく、抑え込む両手に少し力が入った。受け取る様子もないので、掌を返しフラウの両手にそれを乗せた。彼女は暫く眺めた後、慈しむように両手で胸に抱きかかえた。
「お嬢さん、それが気に入ったかい」
目ざとく見ていた店主が近寄ってきたが、提示した値段は思いの外高かった。
さすがに吹っかけすぎだろう、とアルと僕とで噛みついたが、店主は動じなかった。
「お嬢さんには悪いが、いちいち感傷に浸って値引きしてたらこっちの店が持たねえんでね。壊れてるとはいえ、ただのハコじゃないってわかっちまったからにはそれなりの対価ももらわねえとね」
どうやら店主は傷物だからと碌に確認もしていなかったようだ。だがこちらの反応を見てあからさまに値段を吊り上げてきた。三人分の手持ちでも全く足りないことを伝えると、店主はめんどくさそうに手を振って僕らに帰る様に促した。
「お仲間もいるだろ、そいつらからも掻き集めりゃなんとかなんだろ。それとも」
店主は口角を吊り上げた。
「お嬢さんが他の方法で払ってくれるなら、俺も良心的な値段で譲るのも吝かじゃねえがな」
「今何って言ったおっさん」
アルがずい、と前に出た。これはまずい。だが初動が遅れ、店主の声を遮るに至らなかった。
「こちとらお前さんらみたいなのと日々取引してんだ。おたくらが海なのか空なのかしらないが、どうせ他にやることもないから船乗りしてんだろ。だが俺も商人だ、上質なモノには対等に金を出すぜ。どうだいお嬢さん、俺の紹介があればそんな汚い恰好を二度としなくて済むようにしてやれるぜ」
得意げな顔に透ける下卑た笑みに、視線を向けられていないにも関わらず僕は全身を舐められているかのような錯覚に襲われた。うう。きもい。
アルが飛びかかるも、間一髪で首襟を掴んで押さえつけた。下衆な提案に僕も腸が煮えくり返る思いだが、騒ぎを起こして憲兵に引っ張られるのは余所者の僕らだ。フラウはオルゴールを抱いたまま俯いている。胸の中で、憤りや諦めや哀しみといった感情が次々と湧いてはないまぜになって気持ち悪い。僕は耐えきれず、咄嗟にいくつかの商品を掴んで往来に向かって大声で叫んだ。
「あーこれは見事な茶器だ、極東のものだな」
突然の事態に、他の三人が明らかに困惑の表情を浮かべたが気にせず続ける。
「これは漆器ってやつだな。樹液から作る塗料を何十層も塗り重ねるから見かけに反してすごく丈夫なはずだ。いやあ珍しい」
何事かと、往来の人たちが集まってきた。店主はぼくが黒髪の黒目であることに気づき、極東の人間であることをいまごろ理解した様で、目に見えて焦り出した。
「だけど残念だ、こいつはガラクタだなぁ。僕はこの漆器の産地の出身だが、こんな失敗作は向こうじゃ薪がわりだぜ」
あーあ。言ってしまった。特に明確な理由があって隠していたわけではないが、まったくもって誇りを持てない、自分の出自。物心つく前から刷り込まれていたのに、自分のものになることはないからと置いてきた記憶。自分がモブだと思い知らされる設定。だけど。
こんなはったりでもこの場を切り抜けられるのであれば、使わない手はない。僕は声を大にして繰り返した。
店主がぼくの腕を押さえ込もうとしたが、こちとら伊達に空獣を相手にしていない。かるくいなして続けた。
「幾らかな?おわっ、たっかいなぁ。ガラクタにこんな値段付ける店主だ。これは他の商品も信用できたものじゃないな」
群衆がざわつき始めたところで、強引に商品を取り返された。
「誰か憲兵を呼んでくれ!出鱈目いいやがって」
やはりそう来たか。目を三角にして叫ぶ店主に、追い討ちのつもりで耳打ちした。
「粗悪品があるってことは本物もあるんだろ?お貴族様の誰かは持ってそうだよな。僕は極東の人間だ、偽物だと喚き続けたらとりあえず話題にはなるだろうな」
僕の腕を掴んだ手が緩んだのを好機と見て、駄目押しした。
「あぁ、だが大海を跨いでまで出会った故郷の特産品だ、どうしても買いたい!ここは店主が求めるように、僕のカラダで払うしかなさそうだぁ!」
いろいろと頭に来すぎて変な方向にギアがはいってしまったらしい。興が乗ったのでわざとらしく、くねくねくるくるとしながら上着を脱いでアルに放り投げた。観衆の中には大道芸が始まったのかと勘違いして、笑ったり野次を飛ばす人も表れ始めた。
店主はというと、湯気が立ちそうなほどに顔を赤くして両目をさらに尖らせていた。僕の腕を掴んだまま店内に逃げ込もうとしたので、もったいつけて艶っぽい悲鳴なんかもあげて精一杯煽ってやった。
「それもってさっさと出て行け!」
店主は漆器のいくつかを放り投げてきた。特に欲しくもないが、こう話題になってしまっては売るに売れないのだろう。
勝った、としたり顔で素直に退店しようとしたが再度呼び止められた。
「待て。金は払ってもらう」
先ほどまで赤ら顔だった店主は落ち着きを取り戻していた。
「三人の有り金全部って、どう考えても嫌がらせじゃんか」
アルがぶつくさと文句を垂れるのを宥めながら僕らは宿に向かっていた。
「まあまあ、無事手に入ってよかったじゃないか」
フラウはというと、無言で着いてきていた。店を出た際に、ごめんね、ありがとう、と言った以外は黙っている。だが落ち込んでいる様子ではなく、オルゴールを大事そうに抱えていた。
詳細を聞くのは野暮というものだ。もう陽も傾き始めていたので、僕らは忘れかけていた、米が出されるという店を探していた。
「それにしても驚いた。リック、元は職人かなにかなのか?」
あんな啖呵を切ったのだから隠しようもない。最低限の説明で出来るだけ短く切り上げることにした。
「地元ではどこの家もあれを作ってるんだ。職人街で育っただけで職人じゃないよ。あそこの子供はみんなああいうので遊んでたから、なんとなく善し悪しが分かるだけさ」
実は漆器を多少扱えると知れたら、あの二人が飛んでくるだろうなぁ。
憂鬱をため息で精一杯表現するも、雑踏の中で仲間には聞こえないようだった。
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