第10話 持つ者と持たざる者

 艇が高度を下げるに連れて、流れる風の音がウミネコの鳴き声に覆い隠された。甲板やエンベロープに鳥群の影が重なっては流されていく様を眺めているうちに、街の喧噪も届くようになった。街は港以外は堀で囲まれていて、街中でも幾重にも交差していることから水路が主要な交通手段なのだろうことが解る。水路沿いを埋め尽くす建造物はみな漆喰の壁と瓦屋根で覆われ、黄色がかった白とレンガ色で統一されている。街路を行き交う人々は皆鮮やかな衣服を纏っており、まるで動く絵画を見ているような錯覚を覚えた。

「壮観だろ」

 いつの間にか側に数人が立っていた。言を発したのはジトーだ。

「市民が服に金をかけられるってことは、街の経済がよく回ってるってことだ。あと治安も悪くない。いいぜ、ここは」

「でもその分見栄っ張りなところがあって、さらに商魂逞しい。金の使い方には要注意だな。特に気をつけないといけないのはリックとイツキだな。おやつ買いすぎんじゃねぇぞ?」

 続けるジトーに、艇長が補足した。

「いやいや子供じゃ無いんですから」

「この艇に大人なんて乗ってねぇよ」

 甲板長や艇長はいい加減中年だろうに。ていうかあんたブリッジに戻らなくて良いのか。存外にみんなうきうきしているみたいだった。こういう機会でもなければ、娯楽はあまりない生活だ。ここでしか買えない掘り出し物もあるだろう。普段あまり使うことがない給料を何に換えるか、僕も考えを巡らせていた。

「ちゃんと自分のために使うのよ?」

 思いがけない言葉がフラウレットから投げかけられた。

「もちろんさ。これまでだってそうしてるじゃないか」

「誰にあげるかも決めないまま変なお土産ばかり溜めこむのを、上手なお金の使い方だとは言わないわよ」

 ぐぅ、と変な声が出た。痛いところを突かれた。僕は観光地に行くと、特に理由も目的も無いまま、お勧めされた工芸品やら菓子やらをやたらと買い込んでそのまま溜め込んでしまう傾向にある。店先で限定とか元祖とかセリフを並べられるといいように踊らされてしまうのだ。僕の純真っぷりが際立つところなのでむしろチャームポイントとしてアピールしたいのだが、周りから見るとそうでも無いらしい。曰く、ネギを背負って尾をぶんぶんと振り回しくるくると回っているカモが僕だそうだ。それが本当なら、売る側から見て大層目立つことだろう。

 実際、僕のベッドの鉄枠にはよくわからない工芸品がじゃらじゃらとぶら下がり、訳のわからないスダレのようになっている。お菓子は保存が効くものをいつも選んでいるが、部屋のただでさえ小さい棚にこれでもかと押し込んである。ちょっとした時に他の艇員にあげたり、寄港した街々で物々交換に使うのに便利なので自分としては有用な投資だと思っている。だがそのおかげで、私物の整備や新調を何度もし損ねていることは過去にも指摘されていた。

「いいんじゃねぇか?こいつの溜め込んでるお菓子、腹減った時にちょうどいいし、案外美味いのもあるぞ」

 珍しくイツキがフォローしてくれたが、いやそれお前何さらっと自白してんだ。

「テメェその言い方は常日頃くすねてやがるな!」

「美味かった順から解説してやろうか」

「やめろ!聞きたいけど被害の程度を知りたくない!」

「まずはアレだなー、干し杏が沢山練りこんであったサクサクの焼き菓子。あ、緑色の砕いたナッツがかかってた棒菓子もよかったな」

「くっそそれ高かったんだぞ!」

「溜め込んだあと忘れるとか小動物みてえだよなあ。今回も減った分ちゃんと買い足すんだぞリッス」

 フラウとアシマが同時に小さく吹き出して横を向いた。どうやらツボに入ったみたいで、小刻みに震えている。

「そうか喧嘩売ってんだなよし買った!戦争だ!」

 低俗な罵詈雑言でぎゃあぎゃあとお互いを罵り合う、危険極まりない戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。だが。突如、頭に衝撃があり目の前に火花が散った気がした。

「うっるせぇなお前ら毎度毎度。ほらドックに入ったぞ、さっさと係船準備にかかれ!」

 甲板長に優しく諭され、僕らは各々殴られた頭を摩りながらそれぞれの持ち場に散った。


 大小様々な船や飛空艇がひっきりなしに出入りする港は、しっかりと係船するまで気が抜けない。気づくと、さっきまで呑気な雰囲気を醸していた海鳥の鳴き声や汽笛は、艇員の声や駆動音に隠れてしまっていた。

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